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彼の焼くフランスパンをこよなく愛する者の一人としてご冥福をお祈りしたい。
今でこそ日本中にフランスパンを販売する店は沢山あるけど、本格的なフランスパンを日本中に広め定着させたのは、神戸の「ドンク」がフランスから招聘したパン職人フィリップ・ビゴさんの功績だと言える。
私がビゴさんに始めてあったのは 1975 年。駆け出しのカメラマンとして撮影の仕事で出かけた芦屋の店での事。その風貌は分厚いレンズの眼鏡を掛けた小太りの気のいいフランスのおじさんって感じで、そのざっくばらんな物言いが好感を持てた。何度かお店にお邪魔する機会がありビゴさんの焼いたパンを頂く機会があったが、当時の私は大のパン嫌いで、菓子パンと調理パン以外のパンは殆ど食べず、特に固いフランスパンは大の苦手だった。でもビゴさんの店で頂いたクロワッサンだけは驚くほど美味しかった記憶があった。翌 1976 年にフランスに渡った私はホテルの朝食に出されるバゲットが食べられずクロワッサンだけを食べていたが、貧乏旅行故のひもじさからバゲットを嚙り、ついにはバゲットの美味しさに目覚める事ができた。
日本に帰国してフリーランスのカメラマンとして仕事を始めた頃はビゴさんの店の取材や撮影も何度かさせて頂いた。そこで分かった事は、日本のフランスパンは一部のお店を除いてかなりお粗末な物で、多くのお店でクロワッサンにバターを使わずマーガリンを使用するお粗末な物だという事だった。
パリでの貧乏生活のお陰でフランスパンの美味しさを知り、ビゴさんのお陰でクロワッサンに目覚め、ついでに大嫌いだったチーズも山羊のチーズでも青カビのチーズでも拒む事はなく美味しく頂いける様になっていった。
もうすぐ今年も終わろうとしている。
昨日は本山の「ドンク」でバゲットを買い、夕食にバゲットの腹を横に割いて生ハムとチーズを挟んだサンドイッチを、物憂げに、ビゴさんを偲んで食べた。
約 70 年間の人生のほんの一瞬。後の人生を大きく変える様な出会いがあると思う。その一瞬の出会いから頂いた貴重な経験を大切にしてきた。そんな貴重な体験を沢山してきたはずなのに、ボンクラの私は何もなし得ず「喜寿」を迎えようとしている。
せめて最後を迎える時には「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」なんて格好いい言葉を吐いてみたいと思っている。
ビゴさんに合掌。