見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記

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神戸男

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リュウちゃん6796 @ Re:東京パンデミック。違った!、オリンピックだ!。(06/26) 初めまして、 奈良の法隆寺の傍に住んでい…
2021.02.26
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カテゴリ: 日々の出来事
おふくろは1980年3月15日。税務署に親父の確定申告書を提出に行った帰り道、路上で倒れて息を引き取った。急性心不全。享年64歳だった。
糖尿病の持病を待っていて、ある日、右手が思う様に動かなくなったことがある。
そんなおふくろに『ちゃんと摂生しろよ』と言うと「好きな食べ物我慢して少しぐらい長生きするより好きなもの食べてさっさと死んだほうがいいね」なんて軽口叩いていたけど、かなりショックだったとみえて、日頃の軽口は鳴りを潜めた。食べる事が好きなおふくろには辛い事だったんだろうと、太りすぎて心臓に負担が掛かり死にかけた者としては、身につまされるものがある。
 名古屋出身のおふくろは、親父の仕事の都合上神戸に引っ越してきた後も、名古屋にあった家屋を改造して当時の名古屋にしては珍しかったお好み焼き屋を営んでいた。私がまだ小学校低学年の頃でおふくろは家に居ず、ずっとお手伝いさんに育てられた。後に神戸に戻り、洋品店、喫茶店、お茶漬け屋と手広くやっていた様だ。
 そんなおふくろが京都の『ムラセのわらじ』の話をよくしていた。
ワラジと言っても道中カッパに三度笠のワラジ(草鞋)じゃなくて、京都の新京極にあった『ムラセ(多分、村瀬)』と言う洋食屋のカツのことで、トンであれ牛であれ肉を叩きかなり薄くなるまで伸ばしカツに揚げてあるのでまるで見た目がデカい『ワラジ』の様なのでその名が付いた。とおふくろが説明してくれた。そんな話が忘れられずに、自分のお小遣いで外食ができる様になった頃『ムラセのワラジ』を食べに京都に出かけた。同じ頃に神戸の三宮センター街にトンカツの『武蔵』と言うお店があった。初めてトンカツを食べたのは中学3年生の時。大きな長方形で肉厚のトンカツだった。多分値段は千円少々だったと覚えている。『ムラセのワラジ』は超弩級で大きなワラジは皿から溢れ出んばかり。肉厚は薄いが衣がサクッとしていて口当たりは最高。まるで正反対でありながらどちらも『天下無双』の味わいだった。まっ、中学生の感想だけどね。
 その頃の食べ物の思い出をひとつ。
京都の河原町西木屋町の『志る幸』。一人で入店したイガグリ頭の中学生にお店の人も驚いていたが『お母さんと待ち合わせ』って体で入店。昼時を少し回っていたこともあってカウンターの隅の席に座ることができた。わざわざ食べに出かけた『利休弁当』。壁に書かれた品書きはお味噌汁の具だとか。
生まれて初めて京の白味噌の味噌汁を食べた。扇形に盛られた炊き込みご飯。塗りの器に盛られた焼き魚、漬物、和え物。中学生には理解不能な雰囲気。のぼせた。何を食べたのか、よく味もわからなかった。早い話が完全に雰囲気に呑まれていた。でも。いい経験ができた。

そんな時にサン・ミッシェルの安旅籠『スエーデ』で食べ歩き専門の日本人に出会った。
夏のバカンスが始まる前にパリの名だたるレストランの食べ歩きをするというので、予定を早めて帰国する前に余った滞在費で酒池肉林(と言っても酒は飲めんし脂っこいものは胃にもたれるけど‥意味が違うか)の1週間。流石にディナーは無理なのでランチタイムに三ッ星のレストランを中心にホテルから予約を入れてもらう。ランチなら服装が少しカジュアルでもあまり咎められる事もなかった
で、ケチってケチって生活していたのに、1週間で約40日分の滞在費を使ってしまった。
お陰で体重は4キロ戻り、財布は空っぽになってしまった。
 今ではいい思い出だけど‥‥もう、行くことはないんだろうなぁ。





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Last updated  2021.03.07 20:57:00
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