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20世紀少年を観るため出かけているのですが。 (現在府中です) …左右違うスニーカー履いてるし!! ( ̄□ ̄;)!! ネタじゃありません。 これはさすがに恥ずかしい… ・出かけるとき、横着して玄関の灯りをつけなかったこと ・毎度棚にしまわず多数のスニーカーが並べてあったこと が原因だと思うのですがね。 映画館の駐車場で気づいたし… 気づく前は何とも思わなかったけど 自覚した瞬間、 履き心地が左右違って歩きにくいの何の。 画像はジーンズの裾を上げて撮っています。 限りなく隠れるよう、 腰パンするしかないですね。 それか、新しいファッションとして流行らせるとかね。 誰か~一緒にやってくださいよ(-"-;)
Aug 30, 2008
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昨夜から明け方にかけて、やられた地方の皆さん寝不足ではありませんか?都心に出かけた夜だったのでお風呂後すぐ布団に入って眠りにつきました。しかし、夜中の2時頃でしょうか。夫が起き出してきて部屋の灯りとテレビをつけ騒ぎ出したのです。激しい雷雨に興奮して。何だよ~~寝てたのに!フェレ達を確認すると、彼らもどっぷり夢の中。早朝バイトだし、「もう寝るよ?」と再度目をつぶったのですが・・。どれだけ固くつぶっても、至近距離でフラッシュを焚かれているように闇がパッパッと照らされます。おかしい、目は閉じているのに何で?とか考えていると、ドバーーーン!!!と雷鳴。あそこまで巨大な破裂音は初めてでした。しかも何度も。断続的にマンションを激しく打ち付ける雨音合間に犬の遠吠えとも子供の泣き声ともつかぬ恐怖に慄く誰かの叫びが聞こえます。暗がりに発せられる様々な音に煽られ寝ぼけながら私も少しずつ恐怖を感じ始めました。そして「バイトに行く時間までやまなかったらどうしよう」とボンヤリ考えたりして。そうすると寝られやしません。夫は完全に起き上がって、窓の外を眺めていました。ピカッ、ドドーーーーンと共に「ワッ」と驚く。すぐ近くの浅川の辺りを稲妻が責めたようだった。そんな話もしてくるし、「ちょっと!寝なきゃいけないんだけど」と怒りながらますます寝られん。結局二時間ほどの睡眠で、5時半には家を出たのでした。バイト先は浅川からすぐなので、仕事前にちょっと覗いてみると激流が川幅いっぱいに走っていました。早朝だというのに見物人が沢山いて、写真を撮っている人もいました。さて、バイト後に用があって高幡不動まで行く途中今度は私もカメラを持って浅川沿いを自転車で走りました。早朝に見たときよりも、だいぶ穏やかな流れになり水位も下がっていますが、それでもいつもとは全く違う様相です。濁流の中、左側に少し緑があるのがお分かりかと思いますがいつもはその辺りまで降りていける河原です。高幡付近です。ピーク時の勢いや水かさが見て取れますね。恐ろしいです。高幡ふれあい橋近くの自転車置き場にマイチャリを置いて歩いて駅へ向かう途中・・。湖畔に佇む学校じゃありませんよ。校庭が水没した小学校です。向こうの校舎の前には、腕組みした先生らしき人たちがいました。こちらから眺めている私の横には、小学生の女の子二人。「わ~~すっごい、綺麗!」「入りた~~~い」私が「池みたいだね」と言うと「違うよ、湖だよ~~湖♪」と楽しそう。数日後には始業式、この大量の水を何とかしなければならない途方にくれる先生たちを尻目に、子供は無邪気なものです。今晩もまたザーッとくるらしいけど・・。日野市でも一時間に100ミリ以上の降雨を観測。ご存知のように、お隣八王子では土砂で電車が脱線。京王もJRも使えずに、高尾から通勤の方は大変でしたね。広い地域で避難勧告、停電新築の家が倒壊したり、愛知では亡くなったかたもおられてただの記録的大雨では済みませんでした。この記事を書いている今も轟く雷。今日はぐっすり眠るつもりなんですけど。高幡近くの向島親水路で観察したクモ。君はどうやってしのいだのか。
Aug 29, 2008
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写真サークルの先輩お二人の作品が、「全日本読売写真クラブ展」でみられるということで友人を誘って富士フィルムフォトサロンへ行ってきました。展示最終日だった昨日は14時までだったので、朝9時にバイトを終えた私は大急ぎで11時には六本木に到着。短時間で随分と都会へきたもんだ。・・・向かう途中、地下鉄のホームで「♪なっまあっしなっまあっし(※生足?) ツンツックツン♪♪」と歌う変な人がいて、近くの女性が怯えていました。何この人?!と動向を見ていたら「あーーー!俺って、かっこいいからなーー!!」怖くなったので見ないようにしました・・・先輩がたの入選作は素晴らしかったです。記帳をして会場へ入り、どれよりも先に目についた作品が一人の先輩のものでした。私にはとても真似できない技術と感性それからその方の写真からは、必ず愛情が滲んでいるのです。今、一番憧れています。隣のスペースでは「日本の祭り写真コンテスト」を観ることができました。誌上で目にしていましたが、迫力ある祭り写真は大きいとより感動的でした。眺めているだけで行ってみたくなります。そして行ったつもりで楽しくなるのです。写真展のあと、麻布十番の蕎麦屋でお昼にして六本木ヒルズへ。9月28日まで森タワー52階にて「スカイアクアリウム」がオープンしています。見れば素晴らしいのでしょうけど2000円。高い。東京の夜景と天空の水族館とはなんとも贅沢なのですけれども。我々はそんなアクアリウムの宣伝用に置いてあった、水槽の子達に十分癒されてきました。スマイル♪お客さんと見つめあって。ボクモオカイモノシタイ!ヒルズには買い物に訪れたわけではありません。TOHOシネマズ六本木に用があったのです。何を観たかって?Go to DMC!もう一度観たかったので、無理やり友達を誘いました。時間があったので、お茶しながら他愛のない話。さすが六本木?映画館も外国の方が多いです。しかし「デトロイト・メタル・シティ」をファミリーで観に来ていたのには驚きました。別に家族で観るのが悪いわけでなく日本人にだって通じない部分があろう作品なのに・・だ、大丈夫なのだろうか・・・子ども、3~4歳に見えるけれども。友人は「絶対にポニョのスクリーンと間違えている。始まったら出て行くはずだ」と思っていたそうです。結局観終えていましたが、始まる前にはクルクル可愛い青い目だった男児、終映後はキツネ目にやつれ顔・・・そして私の前の座席にいたお父さんが上映中、クスリとも笑っていない雰囲気でした。・・・いたしかたない。我々の左にいたカップル、右にいたお母さん+娘二人にはウケまくっていました。友人はどう思ったのかわかりませんが帰りに「全てがメタル世界に見える」とハマリ発言をしておりました。映画館から外へ出ると煌く東京タワー。負けじとヒルズ。六本木は滅多に行かない土地なので色々と案内してもらいながら都会の雰囲気に酔ってきました。※※※大江戸線から新宿で中央線に乗り換えたのですが旧車両でした。ラッキーな気分。しかも終点豊田。都会で「豊田」を目にすると安心する。古いけどあったかいオレンジに包まれて、日野へ帰ってきました。
Aug 29, 2008
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幾らチャンネルを回しても、どこにもオリンピック中継が写らず寂しい日々です。しばらくひきこもりの日々が続いていましたが、先週末封切の「デトロイト・メタル・シティ」作品サイトはこちら。早速観てきました。何それ、どんな映画なの?という方の為にプログラムのストーリー紹介の冒頭より抜粋。 桜並木をお母さんに見送られて僕は夢をかなえるため故郷、大分県犬飼から東京へ向かう。僕の夢・・・それはオシャレ系のポップミュージシャンになること!僕の音楽で世界中の誰かに夢を与えるんだ!! 東京でプロへの一歩を踏み出すため、僕は「新人ミュージシャン募集中」のポスターを貼った音楽事務所のドアを叩いた。でも、それが間違いのはじまり。いま僕がやっているバンドは・・・悪魔系メタルバンド、DMCことデトロイト・メタル・シティ。なぜこうなったんだろう。僕がしたかったのは、こんなバンドじゃない!こんなバンドじゃないんだよ、お母さん!!観る側を選ぶ作品ですね。実際、レイトショーという時間帯もあって20代の若者が多かったです。主演は松山ケンイチ。そしてKISSのジーン・シモンズが出演しているのが凄い。で、感想ですが・・・めちゃめちゃ笑いました!!映画館で笑い泣きは初めてではないかと思います。これだけ笑えたのは、切ない部分をしっかり描いてくれているから。原作漫画のほうが悲哀感が強いけれど直球すぎる下ネタについていけないので作品評価はイマイチです。映画のほうがポップでいい。よくまとまっています。デスメタルの対極にカヒミ・カリィやフリッパーズ・ギターコーネリアスを挙げているところもツボです。どうりで、原作者は私と同い年でした。10代の頃、随分と渋谷系が流行りましたから。私もカヒミ・カリィとコーネリアスは聴きました。特にカヒミのウィスパーボイスは新鮮でした。彼女の曲が「ちびまる子ちゃん」のオープニング曲になったから驚き。そういえば、まる子で流れるようになった当時、新聞の投書欄に「歌詞が聞き取れない。何を言っているのか。 日曜の団欒の時間にあの曲はいかがなものか」と、意見されていたのを目撃したことを思い出しました。DMCグッズ。先月タワレコでCD買ったときに貰った、TOWER RECORDS×DMCシール。(DMCのCDを買った訳ではありません。安室ちゃんを買いました)これは、最近購入したママチャリに貼ってやるぜ!!ピックは夫が欲しいといってグッズ売り場で購入しました。(彼が練習で弾くのはスピッツとかなんですけどね)観てみようかな、という方は劇場観賞がオススメです。ライブシーンの迫力はせめてスクリーンで。Go to DMC!!ちなみに、多摩センター駅前の「パルテノン多摩」がロケに使われています。多摩センターの映画館で観れば良かったかな。4月に撮影があったそうです。松山ケンイチがデスメークしていたのね。大倉孝二さんも見てみたかった。キャストに「柊瑠美」とあって、どこに出ていたか思い返しても全然浮かばず・・それもそのはず、犬の声をあてていたのでした。今週末は「20世紀少年」行ってきます。こちらは原作がかなり面白いのですが慎重に実写化しているそうなので期待します。※※※涼しい毎日で、暑さがぶり返すのが恐ろしくなりますね。我がフェレっ子達にとっては湿気が難だけどうだる暑さでないのが幸い。昨年、裁縫が大の苦手の私が命がけで作ったハンモック壊れず何とか使ってます(というか、使ってくれてます)。毒きのこ柄なんだよ。昨年買った生地も余っているし、そのうち取り掛かろうかな。そんなこと言って結局のびのび。下手すると年末の大掃除は、そろそろ始めないと駄目かも。
Aug 26, 2008
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熱いオリンピックも明日で終わってしまう(ノ_・。) ソフトボールには最高に泣かされました! 解説の宇津木さんがまた良かったです。 特別な思いを抱きながら観ておられたのですよね。 陸上男子のリレーも感動しましたよね。 野球、シンクロ団体は残念でした。 でも一流選手の方達が真剣に戦う姿 文句なしに美しい。 今晩は高円寺阿波踊りへ行く予定でしたが、 思いのほか降っているのでやめました。 子供達が寝ている間に 久しぶりにサンガムでカレーを食べ これからレイトショーで 「デトロイトメタルシティ」観てきます。 近日中にパソコンいじりますので お返事やブログ巡りさせていただきますね。 良い週末を♪♪
Aug 23, 2008
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毎日、オリンピックに夢中のコイズミ家です。ブログも若干放置気味・・・。我が家のタイムスケジュールは、五輪観戦が大半。そして毎日泣かされます。一生懸命な姿って、何故ドラマチックなのですか。見ているだけで泣けてきます。そしてテレビの前で一緒になって喜んだり口惜しがったりしてしまいます。様々な競技で楽しませてもらっていますが、今日からシンクロが始まりました。で、少々強引ですが、我が家のシンクロ。まあ、皆で寝ていたところを私が整列させたという完全なるヤラセなのですが。別バージョン。親バカだったら、見ているだけでかぐわしいニオイまで想像してしまう。そして顔を間近に添い寝をしたい!!しかしですよ・・。少しの時間経過でだららら~~~~ん。無残な寝相に。でも何だかんだで、チエミさんの枕の上に乗っかるのが好きなんです。お布団も日替わりで愛用しています♪毎晩暑かったこともあり、すっかりフェレ部屋で寝食を共にするようになっていました。昨日の夜中、「ケッケッ!!」と誰かがやっている。急いで明かりをつけたら、シジミが吐いてしまいました。ビックリして嘔吐したものを見たら、毛が混じっていました。苦しかったね、シジミ。毛玉取りを舐めてもらったら、すぐに丸くなって眠った。その後は落ち着いたみたいだけど・・。抜け毛対策って、ブラッシングとかお風呂、ハンモック交換のほかに何か有効策ありますか?小さな身体をドクドクさせて吐く姿、可哀想でなりません。猫ちゃんがよくやっているところ見かけるけど、フェレットにとって「毛を吐く」という行為は負担になってしまうだろうし。皆さんのお宅の抜け毛対策、是非教えてください。※※※大量の蚊に根負けして、なかなか散策ができない黒川清流公園。しかし道路端にある木は、通るたびに観察しています。春先にyamagonnさんが教えてくれた「綿」。少し前から、次々と花を咲かせています。私が見ていたら、散歩途中のオバサンがお花をもぎ取っていった・・。綺麗だから持って帰りたいのはわかるけど、駄目でしょ。
Aug 18, 2008
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8月15日終戦記念日の朝。全てを焼き尽くしてしまいそうな赤い太陽が昇っていきました。早朝アルバイトだった私は家の用事を済ませお盆で半ドンの夫と立川で待ち合わせてそのまま九段へ向かいました。正午には間に合わなかったのですが、少し過ぎた頃に九段下駅に到着。改札を出ると機動隊の方達がウロウロ。地上に出るまで、何人もすれ違いました。地下鉄の出口から靖国神社までは、たくさんの思惑が飛び交います。何かを叫びながらビラを配り、署名活動をするひとびと。私たちは慰霊目的なので受け取らずに進みます。他国への謝罪や配慮を欠いてはいけませんが、亡くなった先人たちのことをないがしろに出来ません。ただ憐れだしせめて亡くなった後の魂くらい、安らかであって欲しいと願うばかりです。社頭で拝んだあと、必ず立ち寄るのが軍馬・軍用犬・軍鳩の慰霊像です。一年前も目にして涙、涙だった光景です。戦没馬を想い供えられた好物の人参や水無心で働いた従順な彼らをたったの一頭も祖国へ連れてこられなかった、元兵士の無念の手記を必ず思い出します。昨年も記事に載せましたが、今年も紹介させていただきます。「虜囚の列に慕い寄る軍馬たち」 午前七時、露営地を出発。シベリアではまだ真っ暗、駅をめざす。前に行く戦友のリュック一つを目当てにとぼとぼと歩いて行く捕虜たち。寒さと飢えと疲労に何の感情も起こらず、ただひたすらに歩き続ける。十一時近くになってやっと夜が白む。遠くに雪をかぶった低い山々が連なる。その下に松林が何十キロとなく続いている。森の手前は白一色の原野がわれわれの隊伍まで広がっている。 ふとその原野の遠いはてに、黒い一群の生物らしいものがいるのに気がついた。よくよく見ると馬の群れである。そのうちの一頭が首を上げてわれわれのほうを見つめたと思うと、一散に駆け出した。続いて二頭、三頭。ついに何十頭の馬が一斉にこちらをむいて走り始めた。よく見ると日本馬、しかも軍馬の群れである。やせ衰えてろっ骨がまさに洗濯板のようだ。首は細って、その先に大きな頭がい骨のような頭がついている。 彼らは懐かしい日本兵の軍服を見て躍り上がってよろこんだらしい。軍馬だった昔を思い出したのだろう。休憩にも休まず、水やまぐさの世話、毛並みの手入れをしてもらった兵を忘れかねたのか。それに引きかえ、ろくな食物を与えられず、雪中に立ったまま眠り、労役に酷使される毎日がさぞ苦しかったろう。われわれ捕虜の列に入り込んでポケットの中に口を入れようとする。馬の心情を思いやって老兵はポロポロ涙を流した。鼻をなでてもらってうれしそうにいななくのがあわれだった。われわれも同じ捕虜の身。何にもすることができない。顔を引きよせ、抱擁してやるだけが、せめてもの彼らに対するすまぬという心だった。 やがて心ないソ連の警備兵に追い立てられ去って行く馬の目の深い悲しみの色。農村では家族同様に大切にされていただろう。 しかばねも野ざらしだろう幾多の軍馬の魂よ、ゆるしてくれ。戦時中、男が戦争に駆り出されたあと次は馬も差し出さなければなりませんでした。人間同様に赤紙が届いたといいます。日の丸を振って出征を見届けたそうです。帰りに昭和館で「戦中・戦後をともにした動物たち」という企画展を見てきましたが、犬にも「三郎君」と書かれたタスキがかけられ御祝いしている写真が飾られていました。兎は防寒外套に毛皮として、鳩は伝令に使われました。このような動物達は「ものいはぬ戦士」として戦争に巻き込まれていったのです。また、その企画展において戦時中に銃殺・毒殺された動物たちのことも紹介されていました。(「かわいそうなゾウ」という物語が知られていますね)死んでしまったライオンの剥製や猛獣が減っていくたびに変ったという、上野動物園の当時の園内地図なども展示されていました。※8月末まで、昭和館にて無料で観ることができます。動物達の無垢な命に胸を打たれる展示です。軍馬像の近くには、賓客用の「到着殿」があります。マスコミや大勢の人びとが集まっていました。誰かが出てくると一斉にフラッシュが焚かれ日の丸の小旗が見え隠れしましたが、誰だったのかは確認できず。「石原都知事だって」と話しているのが聞こえました。その後、千鳥ヶ淵戦没者墓苑へ行きました。こちらは福田総理と天皇・皇后両陛下のお花が飾られていました。終戦記念日だと言うのに、いつもよりほんの少し人がいる程度靖國の喧騒と比べるとひっそりです。花見の頃の千鳥ヶ淵とはまた違う桜並木を歩きました。歩道が整備されて歩きやすくなっていたけど、趣きが無くなってしまって残念です。迫力あるセミの大合唱。そこにいる、ほらここにも、と至近距離にセミさん。苦手なのでちょっと怖い。日本が参加していた戦争から逃げてはいけません。哀しいこと、残酷なことを目を背けずに知るそれは辛いことですが、日本に生まれてきたのだから仕方がないのです。平和を訴えていくためには。
Aug 16, 2008
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昨日は初めての板橋区訪問でした。とんでもなく遠いイメージを勝手に持っていたけど、新宿から二駅。あっという間に着いてしまいました。東口へ出てキョロキョロすると近藤局長のお墓はすぐに見つかりました。(墓の所在地は北区滝野川になります)思ったより立派な墓所です。ちなみに画像奥に写っている「しゃとう」という店でお昼を食べました。庶民的な感じで、カレーにお味噌汁がついていたりアイスコーヒーがビールのジョッキで出てきたりしました。中ジョッキにストローさしてコーヒーを飲む経験はなかなか出来ない。でもお店の雰囲気はとても良く店員さんも親切でお客さんで賑っていましたよ。窓際に座れば食事をしながらお墓が眺められます。局長、我々は日野から参りました。墓石には歳三はじめ隊士全員の名前が刻まれています。斬首されたのはここではありませんが、胴体部分が眠っているそうです。そしてこちらも遺体の一部が眠っている永倉新八のお墓。途中、袂を分けた局長らと永倉さんだけど、今は一緒です。夏休みということもあるのでしょうけどここはお墓参りをする人が絶えませんでした。夫婦で訪れていた中年の男性はしげしげと墓を見つめ「お父さん!お線香もあげたんだから、もう行くわよ」と、奥様に急かされていました。私たちもお線香をあげて、隣の「しゃとう」で食事をしたあと初体験の板橋を少し歩く事にしました。旧中山道を進んでいくと魅力的な商店街。昭和な感じはワクワクしました。建物は残っていませんが、局長が幽閉されていた脇本陣跡などを見てまわっていると「いたばし観光センター」を発見。地図を貰いに中へ入ったら、係の方が板橋の史跡について丁寧に説明してくれました。「どちらからいらしたのですか」と訊かれ「日野です」と答えると、「ちい散歩観ましたよ」と言われました。(私は観てないのですが・・何となく話を合わせる)そして甲州街道の日野宿本陣の建物が現存すること、褒めてくださいました。(私の物じゃないけど・・褒められて嬉しい)最後は「そのうち京都も行かないと駄目ですね」と言われ「思い切って中山道で行ってみようかな」と答えると「日数かけて歩く方、結構いらっしゃるんですよ」。う~む。甲州街道を一日歩いたくらいじゃ、駄目なのだわ。いたばし観光センターを出たら、何故か行き先は「こども動物園」。向かう途中の路地裏も味がある。魅力的ですね、板橋区。すっかり気に入ってしまいました。こども動物園は住宅街の横。ヤギさん羊さん鹿さんポニーちゃん、モルモッツにうさぎさん。文鳥もいれば亀も、フラミンゴもいる。それなのに無料。タダ!!決して広いスペースではありませんが動物たちと存分に触れ合えるのです。やったー!「こども動物園」なのに、はしゃぎまくるオバサン。子供たちに大人気。近づいても全然平気。くつろいでいます。仲良くお食事?ムシャムシャしてましたが、ほうきを食べるのでしょうか??とても懐っこい「あみちゃん」。驚異の下まつ毛です!何だか我が家のポンタンに似ていて・・かわE~。お腹が空いているのか、夫のポロシャツの裾をかじったり私が首に巻いていたストールをモシャモシャする子もいました。ストールには反芻していたと思しき茶色のモノが付着。仕方が無いので水道でジャカジャカ洗いました・・。フラミンゴも至近距離で見られます。もっと板橋を満喫する予定が、こども動物園ではしゃぎ過ぎタイムオーバー。ああ、板橋区の子供たちは良いな~。次は石神井川の名物「板橋」や憧れの高島平団地を見に行きたいです。他にも見てまわりたい、板橋。tyanmaruさんオススメの桜並木はいつか拝まないと。
Aug 11, 2008
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夫の夏休み最終日ということで 行きたがっていた板橋へ向かっています。 近藤勇殿のお墓参りです! yamagonnさんが新たに新選組関連のDVDを貸して下さったので、 オリンピックと並行して観る予定です。 昨日は柔道、競泳、射撃、体操と BS含めチャンネルを行ったりきたり 結局女子バレーの結果を見届け(荒木選手の気合いがカッコいい!) その後は一日のハイライト巡り 就寝時間が遅くなりました。 あんなに夜遅く試合をするバレーボールって大変(>_<) 谷選手残念でしたね。。 金メダルが一番似合うと思うけど、 若い頃から日本代表として闘ってきた彼女は本当に凄い。 同学年として憧れるし尊敬します。 昨日の男子柔道決勝戦も素晴らしく胸を打たれました。 感動の男泣きは美しいですね。 今日の柔道は男子の内柴選手、女子の中村選手ともに期待します。 外出中で予選が観られないのが残念~。 こんな感じでオリンピックにかじりつきです。 テレビ買って良かったよ!! ※お返事&皆さんの所へのご訪問、近いうちにいたします。 いつもお越しくださりありがとうございますm(_ _)m
Aug 10, 2008
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高尾へ行ったブログ記事を書いていたらドーンと音がして、その後横揺れ!ビックリしてすぐに隣部屋のフェレ達を確認しに。起きていたのは臆病者のダイズくんだけ。他三名は画像のトマトみたいに爆睡…。古い建物の六階なので揺れる。在宅していて良かった、棚が倒れなくて良かった。夏休みで本日単独外出中の夫からすぐさま電話がありました。リサイクルショップにいて、物が落ちてきたから驚きボロマンションの我が家は大丈夫か?と。フェレ達が無事で安心した様子でした。震源は多摩東部、近いところだったみたい。震度4程度は幸いでした。そのうち、とんでもなく大きいのがくるのかな…不安です。それでも今晩のオリンピック開会式が楽しみ。こちらも無事な大会になると良いのですが…。柔道女子52キロ級の中村美里選手八王子の東浅川出身だそうですね。めちゃくちゃ応援します!陸上の為末大選手も八王子市民とか。近いところの方というだけで贔屓目に見てしまいます。でも日本は何の競技でも応援しますよ。参加国の全選手が力を出し切れる安全で健全なオリンピックになりますように。私たちも感動を分かちあいたいですね。
Aug 8, 2008
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真夏日は続いています。昨日は暑さにくじけまいと、高尾へ出かけました。JR高尾駅で下車、裏高尾の湯の花(いのはな)トンネルの慰霊碑へ向かいます。秋に訪れたときには難なく到着した現場でしたがトップライトのこの時期殆ど日陰の無い旧甲州街道をひたすら歩くには、相当のガッツが必要でした。途中、街道沿いの駒木野宿跡にて休憩。木々の下、ベンチに腰掛けて休むとホッとします。昔の人たちも、こんな気持ちで一里塚や宿で休憩したのかな~などと話していました。えっちらおっちら歩き、小仏川の涼しい流れに励まされながら漸く到着。湯の花トンネル手前の線路脇にあるひっそり佇む慰霊碑に手を合わせてきました。終戦間近の昭和二十年八月五日真夏の太陽が照りつける午後十二時二十分頃満員の新宿発長野行 四一九列車がいのはなトンネル東側入り口に差しかかったとき米軍戦闘機P51二機または三機の銃撃を受け五十二名以上の方々が死没し 百三十三名の方々が重軽傷を負いましたこの空襲は日本最大の列車銃撃といわれています(慰霊碑に彫られた文章より)湯の花トンネルです。向かって左方向からP51に襲われました。右に見えるは圏央道。カンカンの日照りで乾ききった線路は歪んでしまうのではないかというほど熱くなっていました。慰霊碑の近くから高尾山へ登る「蛇滝ルート」があります。元気だったら登っていったかも知れませんが・・・その前に夫はサンダル履きでした。丁度やってきたバスに飛び乗って、高尾まで戻ってきました。JRから京王に乗り換えて高尾山口駅へ。蕎麦屋でソバを食べました(私はうどんだったけど)。せっかくだから少しだけ上に行って、おサルさんを見てから帰ろうと、リフトに乗りました。写真だと暑そうに見えなくもないですが実際は風が吹いていて涼しい。高い高い木を真横に、すぐ傍でセミの大合唱でした。サル園では・・・。こんなチビさん達が!!もうかわいいったら!!ガラス越しのおチビさん。エイッ!エイッ!!一生懸命、夫の指に噛み付こうとしています。でも、なかなか近づけないの。そんな様子に母さんが「・・・ンッ」「やめんかコラ!!」・・と言ったかどうかは判りませんが・・ショボ~ン。。ほんっとに可愛いおチビさん達でした(はぁと)。サル園の下にある野草園では「レンゲショウマ」が咲いていました。コロンとした蕾が可愛い、控え目なお花なのですね。初観察でした。お花の中のほうも変っています。上手く撮れず、載せられませんでした。そうこうしているうちに15時をまわってしまったので下界へ降りることに。ケーブルカー駅付近では山に穴が開いているのがはっきり確認できました。帰りもまたリフトに乗りました。中腹で記念写真の撮影をしています。買っても買わなくても、とりあえず撮ってくれます。暑い中お疲れ様です。私がこの写真を撮ったということは、互いに撮りっこ状態で、出来上がりの写真を見たらやはり私はカメラを構えて映っていました。前後に乗っていた人達は見向きもせず、可哀想だったのでお買い上げしたのでした(一枚600円)。時間の無い中でしたが、高尾山で癒されました。いつも何となくになってしまうので、今度こそは計画を立てて訪れよう。
Aug 8, 2008
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画像は「ノーモア ヒロシマ・ナガサキ」という 原爆写真集に載っている版画です。 (作者は版画家 秀島由己男氏) 広島の上空で原爆が炸裂して、63年が経ちました。 たった63年前の出来事です。 被爆者の方々が高齢化しても、 直接叫びが届く時代に私たちは生きているのです。 今日は未明からNHKの特別番組 「ヒバクシャからの手紙」を観ました。 どれも壮絶な体験を綴ったものが紹介されていましたが、 中でも母親を目の前で亡くされた男性が お母さん宛てに書いた手紙は残酷で悲しいものでした。 いつも優しかった母。 あの日、爆風で吹き飛ばされ家屋の下敷きになった 子供の力では瓦礫は重たく助けることができない やがて迫り来る火の手 「逃げなさい」と言った母に 「お父さんのところへ先に行っていてね 僕も敵に体当たりして逝くよ」 そして「妹を立派にお嫁にいかせるから」 後を追うと言っておきながら矛盾した言葉をかけてしまったこと 燃え盛る火の中で般若心経を唱えながら 死んでいった母を、 自分はどうすることも出来ず でも今も自分は生き長らえているのにと… 苦しみ抜いて生きる被爆者の、お母さんへひたすら謝罪し語りかける、優しく悲しい手紙でした。 最後にこちらも原爆写真集に載っている、 詩人の栗原貞子さんの詩をご紹介します。 「生ましめんかな」 こわれたビルディングの地下室の夜だった。 原子爆弾の負傷者たちは ローソク一本ない暗い地下室を うずめて、いっぱいだった。 生ぐさい血の匂い、死臭。 汗くさい人いきれ、うめきごえ その中から不思議な声が聞こえて来た。 「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。 この地獄の底のような地下室で 今、若い女が産気づいているのだ。 マッチ一本ないくらがりで どうしたらいいのだろう 人々は自分の痛みを忘れて気づかった。 と、「私が産婆です、私が生ませましょう」 と言ったのは さっきまでうめいていた重傷者だ。 かくてくらがりの地獄の底で 新しい生命は生まれた。 かくてあかつきを待たず産婆は 血まみれのまま死んだ。 生ましめんかな 生ましめんかな 己が命捨つとも 9日は長崎の日 少しでも平和について考える日にしようと思っています。
Aug 6, 2008
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3日(日)、最終日を迎えた八王子まつりへ午後から出かけました。多賀神社宮神輿の「千貫みこし」渡御と八クマ2さんに教えてもらった、多くの山車が勢ぞろいするという、八幡大辻合わせの見物を楽しみに。15時をまわって八王子に着きました。駅から放射線方向へ歩いていくと「火事だって!」この様子は西金さんも目撃されたようですね。(記事はコチラ)帰るときに通りかかったら、まだ消防車が止まっていました。何でまた、祭りの日に・・。全てを焼き尽くす、火災は恐ろしいです。さて「重さ約4tの神輿を述べ1600人の担ぎ手が甲州街道いっぱいに揺れ動く」が謳い文句の神輿渡御が行われる上地区へと急ぎます。駅から国道16号を歩いて渡るのは初めて。商店街にはレトロな薬局、裏通りには廃屋があったりして別目的で再訪したいな、と思いつつ。さあさあ、やってきますよ。神々しい神輿。揉みくちゃに見えるけど、一人ひとりにしっかり支えられながら大神輿は進む。日本人のDNAは、神輿によって興奮する(と、思う)。そして血が騒ぐのね。初めての見物だったけど、大コーフン!!途中、引渡しがあり更に進む。怒号や歓声を引き連れながら。強い陽射しの中をうねる姿実に感動的でした。天晴れ!この「千貫みこし」の最中、腹部に激痛が走った私。ペットのコジマでトイレを借りたけど、どうやらそういう痛みでは無かったらしい。痛いよ~とか言いながら、小動物コーナーでフェレをチェック。いましたよ、可愛いパスバレーの子達。セーブルでシジミの小ちゃい時にそっくりでした。腹痛の原因は不明ですが、写真を撮るときに人のなるべくいないところ(即ち暑いところ)を選んで移動していたので、長い間、日光に照らされっぱなしでした。途中、被っていたハンチング帽が邪魔になり頭丸出しだったのも良くなかったかも知れません。それなのに水分を全然摂っていなかったことに気付き、慌ててカキ氷を二杯食べたらすんなり腹痛が治まった・・。何じゃそら。陽気なひょっとこさん。鼻毛が出ていて許されるのは、この人だけかも。小さな子が大好き。18時頃からは、八日辻で5台の山車辻合わせを見物。遠目でしたが楽しみました。暗くなるにつれ、灯された明かりと彫刻が映えてきました。19時、次にまたまた神輿見物。7つの神輿の連合渡御です。ふんどし姿の勇ましい男達が多かったです。(ついつい、視線はおケツに・・・)そして、時刻は20時少し前やってきました八幡大辻合わせ。十字路を9台の山車が塞ぎます。山車に取り囲まれながら大勢の人びとがお囃子の競演を楽しみます。ここでは、興奮というより暗がりに浮かび上がる山車が幻想的でボ~ッと見ていました。その中で陽気なお囃子、蠢く人びと夢の夜みたいでした。まだまだ続いていたけど、切り上げなければならなかったので道を外れて駅へ向かう途中裏の住宅街は出払っている様子。軒先に「御祭燈」が飾られています。八王子まつりは地域の誇れる祭りなのだと「見物人」としてしか参加できないことに、ちょっとだけ嫉妬の気持ちを抱きながらも家路についたのでした。
Aug 4, 2008
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2日土曜日、八王子まつりへ出かけました。日野へ来る前は7年、八王子市民だったのに露店を覗く程度でまともに見物をしたことがありませんでした。まつり会場の甲州街道へ着くと、腹に響く太鼓の音。人垣が幾つも出来ており、太鼓合戦が始まりました。凄い迫力。一気にテンションが上がって胸躍る。曲にもよりますが、ドンドンドンドンドンドン・・・・と早打ちが殆どです。最近「太鼓ビクス」が流行っているというけどこりゃ確かに痩せそう。関東唐獅子太鼓関東唐獅子太鼓14団体が太鼓の演奏を披露。私はそのうち7つの団体を見物しました。表情が素敵でした。関東小鉄太鼓日野太鼓のろし会涼しげなお姉さまの前で、熱い演奏。日野太鼓のろし会背中の汗が勇ましい。八王子太鼓龍神会(?)←曖昧でスミマセン。そして、続けて見た「秋川風神太鼓」と「陣馬太鼓夕やけ会」の皆さんとても素晴らしかったです。秋川風神太鼓秋川風神太鼓ひときわ観客が多かった!陣馬太鼓夕やけ会陣馬太鼓夕やけ会ガンガン伝わってくるのです。どの方も個性あるパフォーマーで惹き付けられました。終演後は拍手喝采でした。太鼓のあとは民踊流し。八王子市内の盆踊りで必ずかかる(と言っても過言では無い)「太陽踊り」という曲を久しぶりに聴きました。私の隣で見物をしていたおじさまが一緒に歌っていたけど何度聴いても変った歌だな~と思います。(音源が無いのが残念です)次第にあたりが薄暗くなってきました。18:30からは山車のお目見え。近づいたらバッチリカメラ目線?をくれました・・・。まだまだこちらを見てくれているようです。サービス精神旺盛。優しい方なのでしょうね。八王子の山車祭り(八王子まつりのパンフより)江戸時代から続く市街地の氏子を中心とする山車祭りは、八幡八雲神社の祭礼を下の祭り、多賀神社の祭礼を上の祭りとして親しまれ、江戸中期から明治中期にかけて人形山車の祭りとして、明治後期以降は、彫刻を全面に施した彫刻山車の祭りとして、関東一円に名声を博していました。しかし昭和20年戦禍に遭い8台の山車が消失、失われた山車も、上八日町、横山町三丁目、八日町一・二丁目三町で山車の再建を果たされ、現在19台の山車が八王子まつりに参加するようになり毎年甲州街道を舞台に華麗な山車祭り絵巻を繰り広げています。彫刻の様子は写真ではわかりませんが、実際に見ると惚れ惚れしてしまいます。明治や大正の時代に名工によって建造され八王子市の指定有形文化財になっている山車も多いようですね。私たちは、この山車巡行が始まってから長くはいなかったので、まつり最終日の明日に山車と神輿をもう一度見に行こうと思っています。フェレっ子達のお世話があるから、時間を上手に使わないと。いやしかし、気温も暑かったけど熱いな、八王子まつり。町ごとの団結も素晴らしいし、市をあげて大きな祭りに取り組んで日野市も何かひとつ、市民の結束を図れるような目玉のまつりがあると良いのだけど。やっぱり新選組まつりか、日野よさこいを盛り上げるしか・・。
Aug 2, 2008
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