神谷ちづ子・ついつい・一言

神谷ちづ子・ついつい・一言

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

こちづ

こちづ

Comments

こちづ @ Re[1]:オールドメディアさんらに願うこと(09/22) New! ポイントじいさんさんへ: そうなんです…
ポイントじいさん@ Re:オールドメディアさんらに願うこと(09/22) 我が家はクレジットカードで支払っていま…
こちづ @ Re[1]:しつこいネット広告。嫌われるだけだろうに(08/17) ざっくりわかるさんへ: なるほど。しか…
ざっくりわかる@ Re:しつこいネット広告。嫌われるだけだろうに(08/17) 神谷様 突然の書き込みで失礼します ・…
こちづ @ Re[1]:ヘルプマークの使い方(05/02) 藤本眞介さんへ: なるほど!そうしたら…

Freepage List

2026.09.06
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
現代芸術家・高橋秀さんが逝去されたとの報。




96
いざ、亡くなったと聞くと、やはり哀しみに耐えません。
妻の桜さんはさぞかし気落ちされているだろうと
手紙を認めるため秀さんのニュースを検索していたら、なんと
今年の 3 月に、桜さんまで亡くなっていらしたのでした。享年 101 。
本当に仲のいいご夫妻でしたから、桜さんを喪って、
秀さんの
生きる意欲も、急激に衰退したのかもしれません。
数年前、 NHK の日曜美術館でお二人の活躍ぶりを特集していて、
相変わらず現役で、毎晩、二人でワインを開けている姿を見、
安心したものですが、その後、年賀状の返事も来なくなり、どうしているかなぁ・・
と思っていたら、このお二人のご逝去の報。なんとも哀しく残念です。
高橋秀・桜ご夫妻とは、 30 年以上前のイタリア駐在時代から
親しく交流させていただいていました。
当時もすでに大芸術家で、 1993 年には、ローマ国立近代美術館で
高橋秀・ローマ 30 年展まで開催されたものです。
これは日本人として初の快挙だそうです。
そんなご夫妻ですが、偉ぶることも無くとても気さくで、
ローマ郊外のアトリエ兼ご自宅によく呼んでいただきました。
庭にテーブルをだし、たくさんの料理を並べ(桜さんは料理上手で)
みんなで次々とワインを開け、いろんな話をしたものです。
お二人は庭で、丹波の黒大豆も栽培していて、
その枝豆が美味しいこと、美味しいこと。
「これを食べたら他の枝豆は食べられない」といつも自慢していました。
秀さんは紫綬褒章まで授与される大芸術家となりましたが、
十分、ご自身も芸術家で、素晴らしいちぎり絵作家でありながら、
秀さんのサポートを優先にしてこられたのが、桜さん。
秀さんが稼げない時代は、桜さんが働いて家計を守っていたそうです。
そして自分のことは後回しながらも、着実に制作は続けていらっしゃった。
その後、お二人は長年暮らしたイタリアを後にして故郷の岡山県に戻り、
精力的に制作活動を続けながら、若手作家の海外留学援助である秀桜基金を設立したり、
子ども達にアートの指導をしたりと社会貢献されていました。
しかし、人の人生は必ず終わるのですね。
世の中にしっかりと貢献された素晴らしいお二人ですが、
残念ながら、世間に広く、その人生が知られているわけではない。
親しくさせていただいた感謝の気持ちを込めて、
影響力ないブログではありますが、せめてもと、
ご夫妻のことを、ここに記録させていただきました。
合掌。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026.09.06 11:02:41
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: