愛犬こなつのバリュー投資日記

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2026.08.21
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「金持ちなんて、ろくな人間じゃない」
健一は、そう言うのが口癖だった。
居酒屋で友人たちと酒を飲んでいると、誰かが投資で儲けた話をする。
「株で三百万円儲かった」
そんな話を聞くと、健一は鼻で笑う。
「そんな簡単に儲かるわけないだろ。誰かが損してるんだよ。金持ちってのは、結局、人から搾り取ってるんだ」
みんな黙って頷いた。
そこにいる全員が、似たような暮らしをしていた。
給料日前になると財布が軽くなり、ボーナスが出れば少し高い酒を飲み、車を買い替えればローンに追われる。
そして、金持ちの悪口を言っているときだけ、なぜか気分が良かった。
「俺たちは金なんかに振り回されない」
それが彼らの誇りだった。

健一は真面目な男だった。
悪いことはしない。
人を騙さない。
借金も嫌いだ。
だが、四十代になっても貯金はほとんど増えなかった。
給料が上がれば生活水準を上げた。
残業代が入れば外食した。
余った金は「自分へのご褒美」に使った。
投資の話をすれば、
「株なんてギャンブルだ」
株の勉強を勧めれば、
「金儲けの勉強なんて、がめつい」
副業を勧めれば、
「そこまでして金が欲しいのか」
と言った。
不思議なことに、健一は金が嫌いだと言いながら、いつも金のことで悩んでいた。
住宅ローン。
教育費。
老後資金。
車検。
病院代。
金がないことが、彼の人生のあちこちに影を落としていた。


隆司は昔から特別優秀だったわけではない。
むしろ学校の成績なら健一のほうが上だった。
ところが隆司は、四十代になって会社を辞めていた。
「今、何してるんだ?」
「小さな会社をいくつか持ってる。あとは株と不動産。まあ、遊んで暮らせるくらいにはなったよ」
健一は笑った。
「お前、昔から金の亡者だったもんな」
隆司は笑わなかった。
「そうかな」
「金なんて、そんなに大事か?」
「大事だよ」
意外な答えだった。
「でも、金そのものが欲しいわけじゃない」
「じゃあ何が欲しいんだ?」
隆司は少し考えてから言った。
「選択肢かな」
「選択肢?」
「金があれば、嫌な仕事を断れる。親に何かあったとき、すぐ助けられる。好きな場所に住める。誰かを助けることもできる。時間を買うこともできる」
そして隆司は続けた。
「金は目的じゃない。道具だよ」
健一は黙った。
隆司はコーヒーを一口飲んだ。
「昔のお前は、金持ちになることを悪いことだと思っていたよな」
「……今だってそう思ってる」
「じゃあ聞くけど、金持ちになることと、悪いことをすることは同じか?」
健一は答えられなかった。
「人に価値を提供して、その対価として金をもらう。それを積み重ねて金持ちになる人もいる。金持ちが全員善人だとは言わない。でも、金持ちが全員悪人でもない」
隆司は笑った。
「俺は昔、お前とは逆のことを考えていた」
「逆?」
「金は汚いものじゃない。金は、人間が生み出した価値を交換するための道具だと思ってた」
健一はその言葉を聞きながら、これまでの自分を思い返した。

自分は金が嫌いだった。
だから金について学ばなかった。
金について学ばなかったから、金を増やす方法も知らなかった。
知らないから、「自分には無理だ」と思った。
そして無理だと思ったから、何もしなかった。
何もしないまま年月だけが過ぎた。
もしかすると、自分を貧しくしていたのは給料の額ではなかったのかもしれない。
自分自身の考え方だったのではないか。
その夜、健一は家に帰ってから、妻に言った。
「俺、金の勉強をしてみようと思う」
妻は驚いた。
「どうしたの?」
「金持ちになりたいんだ」
「急にどうしたのよ」
健一は笑った。
「今まで俺は、金持ちになれない理由を探してたんだと思う」

翌朝から、健一は変わった。
投資の本を読み始めた。
会社の決算書を見るようになった。
自分の家計を細かく調べた。
無駄な支出を削った。
そして何より、金について話すことを恥ずかしいと思わなくなった。
半年後、健一は以前の仲間と飲みに行った。
誰かが言った。
「最近、健一は金の話ばっかりだな」
以前なら、健一は慌てて否定していただろう。
だが、その日は違った。
「そうだな」
健一は笑った。
「金の勉強は面白いぞ」
一瞬、場が静かになった。
「金があれば幸せになるとは限らない。でも、金があれば助けられる人が増える。できることも増える。だから俺は、金を嫌うのをやめた」
誰かが笑った。
「お前、金の亡者になったな」
健一も笑った。
「そうかもしれない。でもな」
グラスを置いて、健一は続けた。
「金があっても、人として大切なものを失わない人間になりたいんだ」
その言葉を聞いて、誰も何も言わなかった。
健一は初めて理解した。
金持ちになるということは、札束を積み上げることではない。
「自分には無理だ」 と決めつけていた心の壁を壊すこと。
金を汚いものとして遠ざけるのではなく、人生を豊かにする道具として正しく扱うこと。
そして、金以上に価値のあるものを知ったうえで、それを守るために金を使うこと。
金だけを持っている人間は、ただの金持ちかもしれない。
だが、
金があり、しかも金以上の価値を知っている人間には、確かに魅力がある。
健一はそう思いながら、店を出た。
夜空を見上げる。
昔と同じ街だった。
同じ道路。
同じ店。
同じ月。
変わったのは、世界ではなかった。
自分の考え方だった。





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最終更新日  2026.08.21 08:28:39
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