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「雫の街―家裁調査官・庵原かのん」乃南アサ/著モラハラ夫、我が子を見捨てる母親、身寄りのない記憶喪失の男……横浜家裁川崎中央支部にやってくる家事事件の当事者たちは多種多彩。社会から零れ落ちそうな人たちの心を開き、それぞれの人生に寄り添うため、赴任したばかりのかのんはひたむきに奔走する! 人間、そして家族の表と裏を心揺さぶる筆致で描く連作短篇集。「家裁調査官・庵原かのん」を読んで面白かったので、その続編を借りてきた。家庭裁判所は、少年事件を扱う少年部と、家庭に関する事件の家事部があるらしい。主人公の庵原かのんは、横浜家裁に転勤し、家事部に配属された。対象は大人であるために、当事者同士の問題はとも複雑になっている。この作品を執筆していた時はコロナ禍だったのだろう、コロナ騒動の時の人々の生活や仕事ぶりが、丁寧に書かれているのも面白い。人は忘却する動物のようで(特に私が…かも)、そういえばそうだったなあと思い出しながら読み進んだ。家庭裁判所の職員は、毎日毎日このような複数の複雑なケースと向き合っているのかと、あらためて頭が下がった。家裁でこうなんだから、重大事件の裁判に時間がかかるのも仕方ないかな…とも。そして、少なくても私は絶対にこのような仕事は無理だなと思う。どの作品も興味深い内容ではあったが、当然ながらすっきり解決なんてない話なので、少年部の話のようにあまり希望を感じる話は多くはなかった。しかし、これが複雑な人間関係の中で生きるということで、一人一人の大切な人生に寄り添いながら、何とかお互いが妥協できるポイントを探っていく。そのためには、調査官はとにかく相手の話を聞くことからしか始まらない。「自分の考えや感情は脇に置き、とにかく聞く」ということの難しさは多少はわかるので、主人公かのんの聞き方やその時の相手の表情やしぐさから何かをくみ取るという姿勢は、本当に勉強になったし感心した。最後の「はなむけ」には、クールな私も思わずこみ上げるものがあった。この母親のように潔く生きることができる人が、きっと見えないところに沢山いて、その人たちがふんばって誰かを支えているのだろうな。このシリーズ、次が楽しみ。
2026年09月25日
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全国に「ひきこもり状態」の人は146万人と言われている。この本では、「16歳から69歳までの人の50人に一人、実際にはもっと多いのではないか」と書かれているので、きっとこれを読んでいる人のまわりにもいるのではないか。それほどの人とご家族が、不安や悩みや焦りを抱えながら暮らしているということだ。そんな人たちのために、とても参考になり少し気が楽になり、将来への道筋やいまできることを考えられるヒントが書かれているのが下記の本。当事者や家族だけではなく、支援に関わっている人にもぜひ、手に取ってご覧になっていただきたいと思う。「あきらめない ひきこもりの老後」阿部達明(著)親亡き後に備えるひきこもり家族のお金・暮らし・人とのつながり―解決への道筋は必ず見つかる! 8050問題を乗り越える実践ガイド 元ひきこもりという当事者の経験を持ち、現在は支援者として多くの相談に向き合ってきた阿部達明氏が、ひきこもり当事者とその家族に寄り添いながら、「親亡き後」のお金の問題や将来への不安に具体的な道筋を示す一冊です。 近年深刻化する「8050(はちまる・ごうまる)問題」とは、80代の親が50代の子どもを支え続け、経済的・精神的に行きづまる社会課題であり、その背景には、ひきこもりの長期化と親の高齢化があります。本書は、その現実に正面から向き合い、解決のヒントを提示します。 内閣府の調査では、15〜69歳のひきこもり状態の人は全国で推計146万人。実に約50人に1人がひきこもりです。ひきこもりは不登校から移行するケースだけでなく、「退職」や「人間関係の不和」などをきっかけに成人後に陥る例も多く、誰にとっても無関係ではない問題です。 阿部氏は、「明るく前向きに生きるための生活設計(ファイナンシャル・プランニング)」、「本当に自分らしい生き方を探す(キャリア・プランニング)」、「対等な人間関係で支え合う(リレーションズ・プランニング)」という3つの視点を有機的に組み合わせた「ライフプランニング・リレーションズ(三位一体のサポート)」の考え方をもとに、支援を行っています。 ファイナンシャルプランナーとしての専門性を活かし、収入や資産、年金の状況などを丁寧に可視化することで、家族が共倒れにならず、生活を維持・向上させるための現実的なプランを導き出します。 本書では、そうした実践的な支援内容を誌上で再現し、さまざまな家計プランを用いながら具体的に解説。読み進めることで、自分や家族の状況に置き換えて考えることができ、8050問題の解決への確かな道筋が見えてきます。不安に押しつぶされる前に、できることは必ずある―その一歩を踏み出すための指針となる一冊です。どんな人でも老後の生活には不安があるのではないだろうか。今現在、ある程度安定した生活をして健康にも問題がないとしても、今の社会状況を考えたら不安になることは多いと思う。若くて、自分の老いた時のことなど想像もできない人なら別だが、高齢者といわれるような年齢になったら、自分が80歳になった時のことは明るい未来とは思えなくなってくる。ましてや、現在定職がなく、健康にも不安を抱え、家族にも心配の種があれば、不安は募るばかり。私はもともと慎重でマイナス思考で、未来に対しても何が起きるかわからないと考えるたちだ。だから、「もしも自分が病気になったら」「夫が倒れてしまったら」「息子や孫たちが病気になったら」などなど、妄想好きな性質(たち)もあって、色々とシュミレーションすることが多い。色々な状況を想定して「こんなときにはどうしたらいいか」を考えておくことは、私の経験では悪いことではない。仕事をしている時も、色々な活動をしている時も、特に何かの行事をしなくてはならない時には、様々なシュミレーションは有効だった。想定内のことであれば慌てずにすむし、もしも想定外のことが起きても「そうきたか! やっぱり想定外ってあるのね」と、少しだけゲーム感覚でパニックにならずに次の手を考えることができる。悪いことは起きないという希望的観測でいると、起きた時には慌てるのが自然だと思うし、自分の準備不足を棚に上げて、他の要因に責任を押し付けてしまうものだ。そんなことを繰り返して70代半ばとなった私は、ほとんどのことが「何とかなる」と思っている。しかし、突発的な不運や事故や病気などで、何とかならないと思うことだってもちろんある。そんな時にも私達は生きていかなくてはなないし、大変な状況を何とかしなくては始まらない。それには、様々な情報や自分の持つネットワークとアクセスしやすくしておく方がいい。そんなことをあらためて考えさせられたのが、ご紹介した本なのだ。現在は制度も次々と変化していくから、できれば情報をバージョンアップしておくことが大切だと思う。
2026年09月23日
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「御彼岸ですが、お墓参り行きましたか?」と、朝Iさんからラインが届いた。我が家と彼女の家のお墓は隣同士。もうズーッと昔から隣同士のお墓だったのに、気付いたのは随分後になってからだ。多分、それぞれお墓を建てた時は、私達は全く知らない他人同士だったはずだ。その後、私が退職して主任児童委員になってから数年後、後輩の委員として彼女と出会った。当時私は、不登校の子を持つ親と出会い、親の会を作る必要性を感じながらも躊躇していた。しかし、やっぱり勇気を出してやらなくてはならないなと思っていた時、隣の地区の主任児童委員に彼女が任命され、多分その会合で彼女と出会ったはずだ。「初めてなのでよくわからないので、よろしくお願いします」「こちらこそよろしく」。多分そんな感じで私達の付き合いは始まったのだが、彼女の明るい笑顔を見た時に、(あ、この人いいな。一緒に親の会をやってくれないかな)と思ったのは覚えている。さすがに最初からそんな話はしなかったと思うが、彼女と話しているとなぜか懐かしい感じがした。つまり、初めて会ったような気がしなかったのだが、仕事をしていた頃は出会ってはいない。彼女のご主人とは仕事上で知っている人だったから、(ああ、彼の奥さんなんだ)とは思った。その後、一緒に親の会の世話人となり、少なくても20年は活動上の仲間だった。個人的に付き合い始めたのは私が主任児童委員を退任してからだ。私は仕事や何かの役割で出会った人とは必要以上に距離をとるタイプなので、仲間同士での会食なら付き合うが、個人的にお茶やランチはやむを得ない時しかしなかったから。しかし、長年の活動の中で彼女とはずっと友達でいたいと思っていたので、退任してからは時々ランチやおしゃべりをするようになり、今では一番の友達のような気がしている。そのような関係になった頃、お墓参りの時にふと隣のお墓を見ると、亡くなった彼女のお舅さんのお名前が墓碑銘に!エーッ、彼女の家のお墓が隣だったなんてと、次に会った時に彼女に話すと、彼女も全く気付いていなかった。毎年毎年、お墓参りに行っているのに、遭遇したことがなかったのは不思議である。「私達、墓友になってたんだね。死んだ後も仲良くしようね」なんて笑ったものだ。我が家から墓苑までは、車なら10分程度だが交通の便が悪く、夫が車を手放したので行くのは不便なのだ。それを知っている彼女が、お墓参りに誘ってくれたので喜んでご一緒させてもらった。夫は自転車で行くと言って先に出発。(私は自転車で行くのはちょっと億劫で、お彼岸は夫に任せるつもりだったのだ)ということで、彼女のおかげで途中の道の駅で御花やお供えなどを買って、無事にお彼岸の墓参りができたという次第。実は、彼女のご主人が最近手術をして現在療養中。お互いのご先祖様に手を合わせ、「これだけご先祖様たちが守ってくれているはずだから、きっと元気になるよ」なんて話をした。それにしても、こんなに広い墓苑で隣同士なんて、やっぱり何かの縁があるのではないか。きっと前世でも友達だったのだろうな、なんて妄想する。どんな時代にどんな形で出会っていたのだろうなんて、考えるのも楽しいものだ。今生で出会ったという縁を大切にしたいと思う。
2026年09月22日
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「家裁調査官・庵原かのん」乃南アサ家裁調査官は「臨床の専門家」として生身の人間を扱い、罪を犯した者たちと向き合うのが職務。少年係調査官として働くかのんは家庭や学校、友人との問題等で荒んだ少年少女たちの“声なき声”に今日も耳を傾ける。更生の可能性を信じて――。ひたむきな女性調査官が奔走する姿を描く連作短編シリーズ誕生!本を返却した時、何か気軽に読めるものはないかと眺めていたら、この本が目に入った。乃南アサさんの本は、「チーム・オベリベリ」を読んでから何冊か読み面白かったのだが少し経つと違う作家の本に関心が移り、しばらくご無沙汰していた。「家裁調査官」に焦点を当てた小説を読むのは初めてだったし、家庭裁判所の仕事や仕組みにも興味があったので借りてきた。読み始めてすぐに、これはかなり家庭裁判所のことや少年事件、それを生み出す現代の家族問題や社会環境について調べたり深く関わっていなければ書けない作品だなと感心した。いつも作家の想像力や調べる深さや範囲には驚くのだが、この作品も書き方が平明であるだけに凄いなと思った。短編集なので読みやすいこともありサラサラ読めるのだが、どれも色々と考えさせられるものばかり。夫がしばらく保護司をしていたので、この作品に書かれているようなケースの少年たちの保護観察を担当することも多かった。保護司の自宅を訪問しての面接なので、私は最初に飲み物やお菓子を出すだけで直接話は聞かないのだが、何となく様子はわかるものだ。夫も守秘義務があるので私も聞かないし話さないのだが、時には「エッ!」と思う人がやってくることもある。その時には、他言無用ということで内容を聞くこともあった。家族関係というのは本当に難しい。一度捻じれたり歪んだりすると、どんどん悪い方に落ち込むこともある。この本を読みながら、面接のためにやってきた若者たちのことを思わずにはいられなかった。無事に保護観察を終えて親と一緒に挨拶に来た子もいれば、親が一度も顔を見せなかった子もいる。みんなちゃんと社会人になって頑張っていたらいいなと思うが、そう順調にはいかないでもがいている人も多いだろう。それにしても、家庭裁判所ではこのように丁寧に当事者の立場に寄り添って、調べたり考えたりしているのだと少し感動した。彼女は罪を犯してしまった若者たちの背景を丁寧に書くことで、彼らが色々な人と関わり導かれながら、人を信頼したり大切にする心を育み成長するのだと伝えたかったのだと思う。もちろん小説だから、どの作品にも何らかの希望や救いがあるから、いくら家裁の人達が一所懸命頑張ってもみんながみんなうまくいくとは限らないだろうが、その取り組みがなくては少年たちの未来も暗いままだ。この作品はシリーズのようだから、また借りてこよう。チーム・オベリベリを読んだのはいつかなと調べたら、6年前だった。チーム・オベリベリ
2026年09月19日
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「ふたりの読書会 …無期受刑者との本をめぐる往復書簡」向井 和美 著きっかけは、翻訳家の元に届いた一通の手紙。端正な文字で綴られた深い悔恨の思いと切実な願いから始まった '魂の交流'の記録「こんな私でも参加させていただけるような読書会というものはないでしょうか」。きっかけは、翻訳家の元に届いた一通の手紙。便箋の片隅には、検閲済みであることを示す小さな桜の印。端正な文字でびっしりと綴られた深い悔恨の思いと切実な願いから始まった稀有な'魂の交流'の記録。『読書会という幸福』の思いがけない後日譚。新聞の書評で知った本で、図書館で予約して借りてきた。幼い頃から本を読むことが好きで、本はいつも私の身近にあった。しかし、そのような環境にはない人も多いことは頭ではわかっているのだが、いくら本を読めるような環境であっても、興味がなければただの石ころに過ぎないとも思っている。だから、できれば幼い頃から本に興味を示すように促すことは大切だけれど、その子が興味を持たなければ待てばいいとも思ってきた。しかし、この本を読んで少し考えが変わったような気がする。やはり、本を読むことの面白さや楽しさは、押しつけにならないように注意すべきだけれど、子どもの頃から大人は積極的に本の世界の広さや深さや面白さを伝える努力はすべきだと。そのために、家庭でそれが難しい環境の子も多いのだから、保育園や幼稚園、そして小学校で取り組んでほしいと。刑務所から作家宛てに、見知らぬ無期懲役刑の男性から届いた手紙をきっかけに、本の感想などを手紙でやりとりし、それが二人の読書会につながっていく。その書簡の一部を編集してまとめたものだが、とにかく驚いたのが重い罪を犯した彼の、本を読みこみ考察し、味わい、それを手紙や感想文にまとめる文章力のすごさである。こんな素質を持った人が、なぜに重大な犯罪を犯すことになるのかと、それにショックを受けてしまった。この二人は、感性も気質も似たものがあるようだし、幼い頃から人に無条件で愛されて育まれる人間への信頼が育たなかったことも共通している。しかし、一人は翻訳家&作家となり、一人は罪を犯し無期懲役となった服役囚。彼の言葉によればそれは「無知だったこと」であり、もっと早く読書と出会えていればと綴っている。塀の中で刑務官に勧められて始めた読書が、彼の心の扉を開き、自分の内面と対話することで自分を知りはじめる。そうなんだ、読書は本の中の登場人物や出来事との出会いと、その時の感情や興味の赴くままに、彼らや自分と対話する楽しさなのだとあらためて思った。私は今までその楽しさで十分だったし、それによって自分が癒されたり励まされたりもしてきたのだが、同じ本を読んだ人と感想を話し合うことで、新しい気付きや発見もあるし、より心が耕されるのだろうと痛感した。彼はそれを重ねる中でどんどん心が豊かになり、人や社会への洞察力や共感力も高まり、確かにもっと若い時にこのような読書を知っていたらと私も思う。とにかく、読書の力再発見という感じなのだが、もう一つ重大なことがある。それは、犯罪を犯した人の「服役による償いと更正」の在り方だ。刑務所内で厳しい規則に縛られ不自由な日々を送ることが、即償いになるのだろうか。最近は犯罪者の高齢化や再犯率の高さから、昨年刑法が改正され、懲罰重視から更正へと変化して、以前はできなかった刑務所内での読書会も始まったようだ。内面が深化することによって罪の重さを強く感じるようになり、償うことや更正に対する考え方も変化するのだろうと思う。とても大切なことではあるが、まだまだ先駆的取り組みのレベルのようだ。彼は無期刑なので、いまだにこの著者との面会はできないようである。きっと彼は、心の扉を開いてくれた向井さんと面会することを願いながら、今日のこの日も、時間の許す限り本を読み、感想や手紙を綴っていることだろう。この本で取り上げられている書籍には、興味深いものもたくさんある。私もひそかに二人の読書会に参加してみようかなんて思ったりもする。ちなみに、私も若い頃に図書館で行っていた読書サークルに参加したことがある。当時の私はとても多忙で、課題図書を読むことが大変で、一夜読みのように参加していた。でも、確かに面白かったけれど、その後多忙さが増して退会し、やがて読書サークルも消滅。今の私は、時々面白かった本のことを友達と少し話すだけで、それで深まっているとは言えない。でも、読みたい本は次々とあって、この本も昨日で返却期限が過ぎたので、今日は返さなきゃ。
2026年09月15日
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北海道文化塾は、平均したら月に一度ほどあるのだけれど、今年は別の用と重なり二か月ぶり。講師は五十嵐亮太さんで、もとプロ野球選手。私は現役時代の彼のことは記憶になく、大谷翔平さんがメジャーリーグで話題になってからテレビのコメンテーターで出始めてから知った人。昨日のお話で、留萌生まれの道産子だということを知り、一気に親近感が増した。野球中継を担当しているアナウンサー(名前は失念)との対談方式での講演(?)。日本ハムが北海道に来てから野球に関心を持った私には、知らないことが一杯で面白かった。久しぶりの札幌なので少しブラブラしようかと思っていたのだけど、何だか億劫ですぐに帰ってきてしまった。年を感じる…。9月26日には土井 善晴さんなので行きたかったのだが、この日も外せないことと重なる今年はどうも間が悪くて残念
2026年09月13日
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今週は少し忙しかった。9月7日と9日は次男のブドウ畑の除草作業。今年はしのぎやすい夏だったが、あまり手伝いには行けなかった。今週でいよいよ夫の運転免許が切れるので、本当はもう少し行きたかった気もする。10日は家庭菜園の片隅にあるイチゴを株分け(?)して植え付ける。うまく定植出来るだろうか。11日は、蕎麦の脱穀作業。今年も前時代的な脱穀機と唐箕で脱穀ができたが、さて来年はどうなるだろう。もう、夫も車の運転ができないので、今までのようにはならないから、無理に栽培することはないと私は思っている。玄蕎麦かそば粉を買って打つのが年相応というものだろうと思うのだが、さて夫はどう考えているのか。それでも、次第に今まで当たり前にできたことができなくなるのは寂しいだろうと思うので、夫にお任せである。12日の今日は、孫とひ孫がやってきた。ひ孫は1歳四か月。随分歩くのも上手になり、大人とのコミュニケーションを楽しむタイプ。一人遊びが好きなタイプではないようで、一緒に遊ぶことが嬉しいようす。今は、保育園で一時預かりという制度があるらしく、月に何度か利用しているという。その時も、保育園で友達と遊ぶことが楽しいようで、機嫌よく母親とバイバイできるらしい。そのような子だから、保育士さんにも可愛がられるようで、本当に良いことだと思う。孫たちも手のかからない機嫌のよい子たちだったが、その気質は続いているようだ。ひいばあちゃんとしては、みんなに可愛がられる子であることに感謝感謝だ。そんな感じなので、図書館から借りた本が読めていない。明日は札幌に出かけるので、結局読めずに返すことになるのではないかとの嫌な予感がする。
2026年09月12日
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車椅子を使って生活している友人Eさんから、下記のシーティングセミナーの開催の知らせを受けました。「シーティング」という言葉を知ったのは、私もごく最近のことです。車椅子で暮らしている人たちの多くが褥瘡になったりすることは知っていましたが、より様々な二次障害があるということについては、残念ながらあまり理解していませんでした。車椅子をその人の状態に合うものにして、正しい姿勢を取ることができれば、二次障害の多くを予防することができるのなら、今すぐにでもその方法を取り入れなくてはならないのに、日本ではあまり認知されていないとか。欧米では随分前からシーティングのスペシャリストがいるそうですが、日本はまだまだのようです。日本でも、2023年に国際シーティング自立支援協会が設立して、その普及活動を行っています。9月には札幌でセミナーが開催されますので、車いす利用者はもとより、関心のある人はぜひご参加ください。
2026年09月08日
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かつて私が世話人をしていた、不登校やひきこもりの親や当事者の話し合いの会に参加していたHさんと久しぶりにお会いした。その会に参加してくれたのは、娘さんが中学一年生の時に学校に行かなくなった時。そのAちゃんは、中学では学校に行かなかったけれど、音威子府美術工芸高校を卒業後、京都の専門学校に進学し、現在は高山市にある仏像彫刻工房に弟子入りをして、自分の作品も制作しているとのこと。その作品を譲ってほしいとお願いしたら、このお地蔵さんを娘さんが実家に届けてくれて、お地蔵さんを受け取るために近くのファミレスで久しぶりにお会いし、近況報告やかつての思い出話、現在の学校のことなど沢山お話しすることができた。そのことについて、Hさんがご自分のFacebookに書いてくれたので、ご了解を得て転載させていただきます。今から10年程前、中学生だった娘が不登校になり、その頃お世話になった不登校や引きこもりの親の会で当時の世話人をされていた方が、娘の作った作品を購入してくださりました。その作品を渡すためにお会いしてランチをしながら色んなお話しさせて頂きました。学校に行けなくなり、外に一歩も出る事が出来ずに、食欲もなく弱りきっていた娘を見ながらこの先どうなってしまうのか、先の見通しもつかず、不安に押しつぶされそうになっていた頃、市の広報誌で目にしたその会の例会の案内。三ヶ月悩んでとりあえず参加してみようと思い、夜の部の例会に参加させて頂きました。そこで娘の状況やその時の私の気持ちなど聞いてもらい、胸に溜め込んでいた思いを一気に吐き出させて頂きました。その後も毎月例会に足を運び、少しずつ私の気持ちも整理され、娘を受け入れて見守り寄り添う力を私にくれたとても大切な場所でした。何より私自身の思いを吐き出す場所があったことで私自身が一番救われていました。子供を見守り寄り添う事の大切さと難しさも感じながら、私も娘も忍耐の時でした。不登校だった時期に、娘も自分の気持ちと向き合い、自分のやりたい事を見つけて、高校は親元を離れて北海道の音威子府美術工芸高校に進学し、そこで彫刻に興味を持ち、卒業後は京都の大学で仏像彫刻を学び、現在は岐阜県高山の工房に弟子入りし、自分の作品作りもしながら生活しています。木彫刻に出会い今の娘の生き方があるのは、あの時の不登校の時代があったからなのかなと思います。 不登校時代がなければ音威子府の学校に行くこともなければ、京都の大学にも岐阜県に行くことなかったかもしれません。そう考えると人生の巡り合わせで今とは違う道を辿っていたのかもしれないなあと感じます。娘の作ったお地蔵さん我が家にもおいてあります。とても穏やかで優しい顔のお地蔵さん。このお地蔵さんのように穏やかで優しく生きていけたら最高ですね。昨日お話をしながら、親の会の役割は安心できる場所で心の中の思いを吐露し、共感しあい経験を共有しあうことなのだとあらためて思う。不登校になるいきさつは人それぞれだし、親の性格も家庭環境もみんな違う。それでも、子どもが苦しんでいる時の親の不安や戸惑いは、今も昔も変わらない。会がスタートした約30年前とは、不登校に対する理解も広がり、その後の選択肢も増えたとは思うが、親の気持ちや子どもの育ち方には変わりはないはずだ。何でもAIに相談したり、ネット環境での相談や仲間づくりも増えてはいるが、人間である限り直接顔を合わせて話をして、聴いて、対話をする中で自分の気持ちを整理することは、このような時代だからこそ大切だと思う。現在の学校は教員が人手不足なのに学校のありようはほとんど変わらず、それに加えて教師に求められるものが多すぎる。これでは、先生たちのゆとりはなくなり、疲弊し、課題のある子に目を向けることは益々難しい。学校にゆとりがなく楽しい場でなくなれば、子ども達もゆとりはなくストレスはたまる一方。少子化なのに学校に行きたくない子が増えるのも必然だと思う。それに関して色々と思いを話し合ったのだが、そのことについてはまた別の日に書きたいと思う。このお地蔵さんは、優しい表情ながら凛としています。「彫刻は自刻像なんだよ」と、私の中学く時代の担任である彫刻家の恩師が言っていました。人を癒し励まそうとしながらも凛として立つ姿は、きっとAちゃんの心を表しているのだろうなと思います。最初にあった頃のAちゃんも、自分の意志をしっかり持っているように感じられる少女でした。その姿勢のまま、自分の道をまっすぐ歩いてくださいね。
2026年09月02日
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