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旧東海道シリーズ第3弾。今回は旧東海道をさらに北進して蒔田にやって来ました。でも旧道沿いではなく、旧道から西側へ曲がり、住宅地を抜けると・・・。そこのはJR関西本線が走っています。今回はこの関西本線を支えているとても古い架動橋を紹介します。ついこの間まで(と言っても相当前になりますが)関西本線は単線でした。今回はこの架動橋も元々の単線部分を紹介します。あとから増設した複線部分は綺麗なコンクリート作りになっています。関西本線については、はっきりしたことは私はよくわかりませんが、きっと100年以上の歴史はあるんじゃないですか?なんせ鉄道省の管轄だったわけで、”省線”と呼ばれていたわけですから。おそらくその名残ではないかしらと思われる、古い架動橋がここ蒔田にあります。さすがに橋桁は取り換えられていますが、土台(橋脚)はたぶん当時のもの?築堤に積まれた石、丁寧な仕事が見てとれるレンガ積みの土台。”それがなんだ?”と言われればそれまでですが、レトロファンの私にとっては堪らなく趣のある代物です。
2012.03.28
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旧東海道シリーズ第2弾ってわけじゃないけれど、今回は旧東海道を北進して旧山城道路を横切って行くとやがて茂福町。細い弓道が急にクランクに曲がっているところがあります。左クランクの次は右クランク。その右クランクの根元付近に力石はあります。ここもふだん抜け道的に通っている人や生活道路にしている人は、まずほとんど気付かないでしょうね。大きい石は約120キロ、小さい石は19キロあります。かつてこの地域のお寺を再建する際に土台の石として寄進されたものらしいです。工事の際に休憩時間などに腕自慢の男達がきっと力比べしたんだろうね。
2012.03.28
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ここのところ多忙でなかなか更新ができなくて・・・ごめんなさい。過去のオンエアの分になってしまいますが、3話分紹介します。四日市はご存じのとおり東海道の宿場町です。当然、現在もその東海道は多少姿形を変えてはいますが、旧東海道として、生活道路として、そして国道1号線の抜け道として今も現役です。四日市は羽津に川原津の松がきちんと保存されています。四日市市内では旧東海道沿いに松を見ることができるのはたった2か所だけ。1か所は日永の松でもう1か所はここ川原津の松なんですよ。
2012.03.28
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四日市は知ってのとおり宿場町。かつては天領として栄えた街です。もちろん東海道沿いの宿場なので、参勤交代も通過したであろう街です。と言うことは、本陣と呼ばれる偉いさんのお宿があったはず。現在の旧東海道沿い、四日市市中部にある黒川農薬店さんあたり、ここがかつての黒川本陣跡なんだそうです。でもここには門の遺構はなく、実は国道1号線を挟んだ向かい側、西町に黒川本陣門の遺構が残されているんです。四日市市西町のマンションと住宅地の真ん中にひっそりとありました。現在は薬師寺さんと言うお寺の門になっています。おそらく幾度か修繕はされているんでしょうが、当時の趣はそのままです。この場所にもともとあったものなのか、それとも移築されたのか。もしこの場所だとしたら本陣はものすごく広大な広さだったことになりますが・・・。残念ながら結構荒れている感じで、案内板も何もありません。出来れば四日市市として、早急に保護しないと朽ちてしまうかも。
2012.03.15
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四日市市内にはたくさんの川が流れています。さすが泗水の里!その中でも安藤広重の絵にもなっているのが三滝川。この三滝川にかかっている橋が三滝橋と呼ばれていますが、三滝橋あたりから港方面を見た景色が”あの”安藤広重の絵になったそうです。その三滝川の堤防に万古焼を張り合わせて作った絵があるんです。北側堤防には江戸時代くらい?の四日市市街図。南側堤防には安藤広重の東海道五十三次の四日市の絵。普段よく通っているところだけになかなか気付かないよね。
2012.03.15
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四日市は”泗水の里”とも呼ばれています。ご存じのように良質な水が湧き出でる4つの井戸があったから・・・。でも残念なことに現存しているのはここ建福寺さんにあるひとつのみです。建福寺さんは中部西小学校の北側にあり、かつては四日市陣屋の周辺だったところです。建福寺さんの境内におじゃまするとまず目に入るのがこの案内板。早速”泗水の井戸”を探してみると・・・。すぐ左脇にあって目に入ったのがこの手水場なんだけど、お寺の奥様曰くこれは違いますとのこと。(間違える人が多いそうな)本物の”泗水の井戸”はお寺の裏側にあって人目につきにくいところ。私が見るにご住職さんご一家の生活空間にある感じ。大きな石をくりぬいた見事な井戸ですよ。ただ、戦禍をくぐり抜けてきただけにかなり傷みがひどく、早急な対処が必要です。”泗水の里”由来の井戸、四日市市さん、なんとか予算つけて保護しましょうよ。
2012.03.08
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四日市は昔、紡績でとても栄えた街でもありました。石油コンビナートが出来る遥か前、四日市は室山では養蚕業が盛んで、四日市の近代化は紡績によって進められたと言っても過言ではありません。東洋紡績(東洋紡)は大阪紡と三重紡績が合併して新会社と出来た会社です。当時、その本社は四日市にあり、ここ四日市工場は日本一の規模の工場でした。ここ三滝公園や北条グランドあたりが、かつての四日市工場の跡地です。今ではすっかりその面影すらありませんが、三滝公園の西側の住宅地との境目に不自然なセメントの塀があります。この塀こそが四日市の近代化を支えた東洋紡績四日市工場の名残です。
2012.03.01
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JR四日市駅に程近くの新新町、新丁通り商店街の中に不動寺はあります。街中のお寺とは思えないほど、一歩足を進めるとそこは閑寂な世界。確かに車の騒音も聞えるんだけど、一瞬街中であることを忘れるくらい。私だけかなぁ・・・パワースポットを感じますよ。その不動寺の入口、商店街の並びに山門があります。この山門の形がなかなか素敵なんですよ。ちょっと沖縄か中国か台湾か・・・そのあたりを思わせるような形なんです。昔、ものの本で読んだ記憶では、この山門の前あたりが古い四日市湊だったとか。遠い昔に思いをはせながら、一度ご参拝を。
2012.03.01
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