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1月2日帰国の日です。モスクワに来た日、あんなにガラガラだったのに、どこからこんなに日本人が来たのかと思うくらい混んでましたロシア人にも、正月休みを日本で過ごす人が意外に多いようで、行きとは対照的に70%から80%は埋まっていました。14年ぶりにモスクワに行き、ホント楽しくて、食べ物もホント美味しくて、一生懸命働いてお金を貯めて、またモスクワに行こうと思いました。そして久々にロシアで過ごして、昔のことなど思い出すうちに分かったのは、若いころは沢山勉強し、沢山苦労したほうがいいってこと。学生時代に勉強したことは、15年近く全く使わなくても体に残っているものですね。びっくりしました。留学は、大人になってから、定年退職してからでも行けますが、やっぱり若いうちに行く方がよいのではないかと思います。若いうちに行くと、苦労も不安も倍増でしょうが、周りも気にかけて助けてくれるので、より、人のありがたみにも触れられるものだと思います。留学当時、私はまだ20になったばかりでした。今自分が、20になったばかりの女の子が、健気にも異国、それも混乱の国に留学に来たら、それは手を差し伸べたくなるだろうなと思います。そして生活面でも、当時、鍋でご飯を炊いたり、手元にある材料で日本食を作った経験は、ここ長い間鍋でごはんを炊いたことがなくても、体が覚えていてちゃんと炊けましたので、うちの子たちには、常に電化製品がそばにあるような便利な生活ばかりではなく、高校生か大学生か、若いうちに留学でも何でもして、色んな苦労の中で成長させたいと思いました。そして、どんな状況でも生きていける力と、人種を超えて人に感謝できる心を持ってほしいと思いました。で、余談ですが、末息子が、渋滞の車の中で、暇だったんでしょうか?「パパはなんでママと結婚したの?」と聞きました。最初に「ママはなんでパパと結婚したの?」と私に聞いてきたので、私は「パパは、ご飯を綺麗に食べる人やったから。」と答えたのに対しダンナは「ママは、パパのことを本気で好きでいたくれたから、結婚したよ」と言いました。あ、そうやったんやぽぽぽ色んな事を再認識できた、とっても良い旅行でした。よぉし、また頑張って働いてお金貯めるぞぉ、
2012.01.04

1月1日この日は、ロシア人は前日夜遅くまで起きていて酔っ払って起きてこないので?道が好いており、車で赤の広場に行きました。この冬は暖冬だそうで、暖かい日には3度まで上がり雪もこの1週間降っていなかったそうですが、元旦は雪が積もり、雪が舞い、祝日に華を添えました。モスクワは雪が降ると明るくなる、と言われるそうですが、普段コンクリートや石の灰色一色の街が、雪化粧をすると一面真っ白で、光も反射して確かに明るく見えました。↑このツリーは本物のモミの木で出来ていました!!夜はダンナと二人で買い物に出かけました。今回、一つだけ欲しいもがあったので、それを探しに行きました。それは、卵型の置物にイコン(キリスト様の絵)が描かれたものです。ただ、他の絵柄物とは違い、宗教のものなので、値段も高くどうしようか迷っていると、せっかくだからとダンナが買ってくれました。ダンナ、ありがとう。イコンは大学生で留学していた時に初めて見て感動しました。↑イコン画キリスト教徒でなくても、神様はそばにいらっしゃって、信じるものは救ってくださる、と思いたくなる絵だなあと心を奪われました。
2012.01.04

12月31日この日は、ダンナの知り合いが貸してくださった別荘に泊まりに行きました。ここは、ロシアのプロのサッカー選手がこの間まで暮らしていたおうちだそうで、超広くて超豪華!↑外観↑ダイニング↑リビング↑部屋ロシアにもイケアがあって、この別荘の所有者がイケア好きなようで、イケア製品が沢山ありました。かつてロシアは社会主義国で、みんな平等、貧富の差がない国だったのに、今では、こんな大きなうちに住む人と、普通のアパートで暮らす人と、貧富の差のある国になりました。私やダンナが留学していたころ、モスクワに初めてマクドナルドが出来、私は行きませんでしたが、ダンナやダンナの友人は、ロシア人に混じって店の周りの道ワンブロックを一周するほどの長い行列に並んだものです。電話もないのが普通で、電話局に行き、順番を待って、つないでもらって電話をかけたり、店で買い物するときは、まず、カッサというレジでお金を払い、その領収書を見せると商品が渡してもらえたりしたのは、ほんの20年前のことなのに、すっかり資本主義国っぽくなっていて驚きます。でも、まだまだ追いつかない所もあって、ゴミは、ビンすら分別もせず捨てます。それは燃やさず埋め立てるんだそうです。広大な国ロシアには、埋める場所が沢山あるから、埋める場所には困らないんだそうですが、こうやってどんどん資本主義化が進めばもっともっとゴミも出て、それを、今とっても綺麗に残っているであろうシベリアの針葉樹林をつぶしてゴミを埋める日が来るのかと思うと悲しくなります。早いうちに、ゴミを処理する制度を作って、なんとかして、エリツィンさん、もしくは、メドベージェフさん。日本は紅白が視聴率40%を超えたようですが、そのころ、私達はロシアのテレビで、日本のプロレスの試合を見ていました。ロシア人のプロレスラーと、日本の元柔道選手のプロレスラーが戦うということでロシアでも放映されていました。ただ、その試合はトリだったので、その前の試合は、ロシア人には興味が薄かったのではないでょうか。夜23時半位から外では花火が上がり始めました。24時を回ると、花火はますます派手になり、一体何時までやっていたのでしょう。少なくとも私がベッドに入った2時過ぎまでは、打ち上げ花火の音が聞こえました。
2012.01.04

12月30日ボリショイサーカスに行ってきました。さすがに有名なサーカスだけあって、入り口にはロシア人の家族連れで長蛇の列ができていました。みんな指定席券を持っているのに、こんなに並ぶって、なんか変ですけどね。サーカスのバックグラウンドで流れる音楽は、全て生演奏です。ロシアのバレエも生演奏の元で踊りますし、ロシアにいると、本物の芸術に触れやすいのがいいなあと思います。今回の演目は、サーカスというよりはミュージカルで、しかも2時間を超える公演で、ロシア人の子供ですら長過ぎて飽きていました。話しているロシア語も、前回のニクーリンサーカスよりも速目でした。幼稚園児のスエオは、もともと人懐っこくて物おじしない方なのもありますが、ロシア人の子がダーと言って指させば、自分もやってみるし、ニェーと言えば、ニェーと言ってみる。この子は、ロシアに連れてきてロシアの現地幼稚園に放り込んでもすぐになじんでそうだなと思いました。逆に娘は慎重なのと、少し物が分かる年になっているので、旅行の間ずっと言葉に耳を傾け英語が聞こえると安心するらしく「今の英語だったね」と言いました。日本についてロシアどうだった?と聞くと「モスクワ語が分からなかったから、嫌だった。」と言いました。知らない言葉を、何も考えず失敗を恐れず繰り返せるのは小3が限度と言われるのも、そうかもなあと思った出来事でした。↑休憩時間に買ったドーナツあまそうですが、そんなでもなく、美味しかったですよ!↑帰り際、入り口で預けたコートを受け取るにもまた行列です。
2012.01.04

12月29日この日はイズマイロフスキーパルクにお土産を買いに行きました。観光客がよくお土産を買うアルバート通りにあるものよりも質は多少落ちるなあと思いましたが、マトリョーシカなどなんでも安く買えます。値切ると安くなるので、ダンナが値切ってくれて買い物をしましたが、最後の店のおばちゃんは、ダンナが値切ろうとして「ちょっと高いなあ」というと「高いと思うなら買わないで!商品はそこに置いてちょうだい!」と言いました。笑ってしまうほどの強気の商売!!それでも、そこにしかないものもあったので、言い値で買わせていただきました!!夕方には、せっかくなのでアルバート通りにも行ってみました。スカースカという名前のロシア土産物店に入ると、ダーニャという息子曰くKaraのメンバーにいそうな中央アジア系の可愛らしいロシア人の店員さんがいて、店を案内してくれました。外からは見えないのですが、奥の方にマトリョーシカや卵型の置物がい~~~っぱいあるんです。圧巻です。1月1日から正月セールで商品が半額になるそうなのですが、多分それを適応して安くしてくれました。レジのおばちゃんが、「え?これだけで500ルーブル?なんで?」とダーニャに文句をつけていたので多分店の基準からすると安くし過ぎる位安くしてくれたんだと思います。旅行一日目にメイク落としをホテルに忘れてしまったので、アルバート通りの帰りにイリデボーテと読むのでしょうか?格安コスメショップに寄って、洗顔料を探しました。子連れでぱっとしないダウンジャケットを着ていると店員さんが誰も声をかけてくれないんですよねで、やっと声をかけてくれたので「洗顔料が欲しい」というと「誰が使うの?」って・・・私だよ!!
2012.01.04

12月28日モスクワは常にひどい渋滞のある街だそうです。しかも街の中心部は60キロ制限ですが、少し離れると90キロ制限だそうで、とにかく運転が荒い。ダンナの話では、高級車で運転下手で美人のドライバーは、愛人に運転免許証と車を買い与えてもらった人なんだそうです。ちゃんとルールも知らずに走っている人もいれば、信号があればいいのに、信号がないから、流れがおかしな道もあれば、路上駐車の車で車線が一つつぶれているわ。好き放題な感じで走っているので、私はとってもここでは運転できないと思いました。↑車窓からの眺め↑新年を祝う看板↑ダイコンという名の日本料理店の看板そのネーミング、他に候補はなかったんでしょうか宇宙記念博物館に行きました。ここは人間より先に月に行った犬のはく製や、実際の宇宙服などが展示されています。ロシアでは、博物館の入館料は、大人はそこそこの金額がかかりますが、子どもはとても安く設定されています。小さいうちに色んなものを見て学べる仕組みで日本もそうあってほしいですね。夜には、サーカスを見に出かけました。渋滞を避けて地下鉄を使って行きました。まず地下鉄乗り場へ向かう最初のドア。ものすごい勢いで閉まってきます。よく誰もけがをしないものです。エレベーターは、長く、動くスピードも速く、時間的に通勤の帰宅時間だったので、人も一杯。スリも多いそうなので、気が抜けませんでした。サーカスはとっても素晴らしかったです。ロシア語も子供むけにゆっくり話してくれていたので完璧に理解でき、とっても楽しめました。同じ海外に行ってもアジアと違う点。それは、白人の中にアジア系がいると目立つので、常に何人だろうという好奇の目で見られることだと久しぶりに思い出しました。後ろの席の親子が「この人たちは何人?」「多分日本人だよ」と話していました。そうそう、今日のお昼はブリヌィとボルシチを食べました。アシャンという巨大ショッピングモールに行ったので、その中のレストラン街にある、ロシア料理の店で自分で注文して買いました。聞く力と話す力は別物なので、使っていない言葉はなかなか口から出ないものです。ドキドキしながらロシア語で注文。ちゃんと通じて無事に買えて、美味しく頂きました!
2012.01.04

12月27日時差ぼけの為、家族で4時半には起床今の時期、モスクワは朝10時にならないと日が昇らないため、長い時間真っ暗です。朝食は、昨日ホテルの建物内にあるスーパーで買ったパン。左は、レーズンが入ったクッキーっぽい生地のパン。右は、シナモンの入ったパン。どちらもとっても美味しく頂きました!日が昇る前に、子供とホテルのプールへ。最初から泳ぐつもりでちゃんと水着も持ってきていました。プールには、働かなくてもいいのか、のんびり泳ぐおじさん、おばさんが代わる代わるいて、子供たちが滑り台から滑ってきて水に飛び込んではしゃぐ声も遠慮させたくなるような大人の雰囲気でした。それも10時を超えると人が減ったので、子供達は滑り台付きプールを満喫しました。プール横にはジャグジーがあったのですが、水の勢いが半端ではなく、溺れてしまいそうな泡の出方でした更衣室では、綺麗なロシア人のお姉さんが、全裸でシャワー室でシャワーを浴び、普通に全裸でロッカーまで歩いてくるので、ちょっとびっくり。14年間全く使うことのなかったロシア語でしたが、これが意外に残っていて、言っていることはほとんど理解できたので自分でもびっくりしました。そして、久しぶりに聞いたロシア語の単語は、とっても人を思いやる言葉が沢山ある言葉だったんだなあと嬉しくなりました。さようなら、という意味のロシア語。ダスビダーニアと言いますが、親しい人に対しては、シャスリーバ(直訳すれば、幸せ(を願う))とかブセボ ハローシェバ(全てが良い(ことを願う))と言います。英語だとgood luck的なニュアンスですが、もっと強い願いが感じられて、いいなあと思います。↑ようやく明るくなったモスクワ↑ロシアはロシア正教の国の為、クリスマスとお正月を一緒に祝います。街はまだまだこれからクリスマスです。昼食は、ダンナおすすめ、この辺で働くロシア人会社員御用達のスタローバヤ(食堂)で取りました。昔、留学していたころに毎日食べていたような食べ物が一杯トレイを持って、自分が食べたいものを取っていくシステムです。子供が残したケフィール2杯、子供が残したブリヌィ、自分で取ったトバロージュニック、スタリーチヌィと呼ばれるサラダ、スビョークラのサラダ。とにかく一杯食べました留学時代、物が手に入らない混乱の時期にもかかわらず、こうして食堂に行ってはおいしいものを食べ、ロシア人の友達のお母さんがおうちに呼んでくれては沢山頂いていたので、一年で15キロほど太ってしまい帰国した時にはもともと9号でも余裕がある方なのに、11号の洋服がきつい位に太っていたのも、改めて納得。好き嫌いはあるかもしれませんが、ロシア料理、とっても美味しいです。実はこの日は私の誕生日でした。ダンナが、夕食で祝おうとケーキを買ってくれていました。それなのに、昼間の暴飲暴食がたたって、ひどい腹痛とひどい下痢。ケーキはお預けになりました
2012.01.04

12月26日成田を出発し、約10時間のフライト予定でモスクワに向かいました。機内はガラガラでした。こんな年末にモスクワに向かう人は少ないようです。ツアーの団体さんが30人くらいいた他は、個人客が20人もいたでしょうか。お陰でゆったり座れて助かりました。それにしても、今まで海外転勤のたびに、乳飲み子を抱えていたので機内では本当に苦労の連続でしたが、子供達も大きくなり、今回はゆっくり自分の見たい映画を見、本を読み有意義なフライト時間を過ごせました。もうすぐ到着と言うとき、機長よりアナウンス。「モスクワ。ドモジェドボ空港が吹雪のため、着陸できるかわからない。出来ない場合は、サンクトペテルブルグに向かいます。」その後、モスクワに降りますというアナウンスがあったのは良かったのですが、着陸態勢に入ってから揺れる揺れる。本当に怖くて、前の座席の背に片付けた雑誌を思わず支えにしてしまうくらい、命の危険すら感じてしまう恐ろしい揺れ方でした。案の定、やり直しますということで再び上空へ。2度目は、風の影響の少ない滑走路に降りたそうで、無事に着陸しましたが、娘は気分が悪くなり、あとで戻してしまいました。ともあれ、無事に空港に降り立ち、パスポートコントロールへ。団体さんのうちのある老夫婦が、なかなか下りてこられなかったため、みなさん、その方をお待ちでしたので、私達は、一足先にパスポートを提示。いつも混んでいると聞いていたのに、ガラスキじゃん、やったぁ、並ばずにサッサとパスポートコントロールが終われそう!!と思っていたのですが、担当してくれた御兄さん。何が気に入らなかったのか、多分わざとゆっくりチェックするんです。そのため、後から来たツアー客30人がほぼ全員終わるまで、私と子供、計4人のチャックが終わりませんでした。14年ぶりのモスクワ。相変わらず、笑わない人種だなあと思いました。笑ったら負け、笑ったら損、って位、みんな怖い顔で接してくれました。個人的に付き合うと、にこやかに話しもするし、冗談だって言ってくれるのですが、どうも、特にオフィシャルな場所では、みんなホント笑いません。14年経っても、それは昔のままでした。そして、言葉では言えませんが、空港に一足降りたときから、ロシアの匂いがしました。何でしょうね、日本に降りても無臭に感じますが、香港に降りれば香港の、ドイツに降り立てばドイツの匂いがしますよね。その匂いも、14年前と同じ懐かしいにおいでした。その夜は、Crown Hotelに宿泊。夜景がとてもきれいでした。
2012.01.04
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