2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全34件 (34件中 1-34件目)
1
今朝、ほりえもんの出所の映像を見ながら、つれあいが言いました。「お前の親戚の・・何とかというやつが、去年の1周忌の時、ほりえもんをめちゃくちゃ褒めまくってたなあ」「誰?」「う~ん、何ていうんだっけ、しゃきっとしたおばあさんのかわりにきてたやつ」 あ、ちさこさんとこのてるとちゃん(ちなみに61歳・・・^0^;=昔からそう呼んでるんで)「なんか様子のいいやつでしょ?。金持ちにあらずんばひとに非ずって感じの」ちさこさんは「後日詳細その3」、養子に出た伯父さんの奥さんです。何故か、私の母の男の兄弟はみな、今でいうところの「イケメン」で、タッパもあり、頭脳明晰お人よし、って、絵に描いたような「よか男」らしいんです。それぞれ、性格には違いがあったようですが。で、ちさこさん、現在85歳。先日入院して退院してきましたが、姉のとこに居る伯母と違って、矍鑠としてます。根っからのお嬢様、根っからの奥様はやはり格が違うって感じ。昔の美男美女の取り合わせでした。母は、伯父さんの恐さもあって、格式の高さと、都会的なさばけ方が、煙たかったようです。伯父は、昔の中学出で、軍隊経験もありますし、きちんとしていないと気がすまない性格だったようで、いかな伯母さんも苦労したようですね。そんな話も、母の葬儀、法事と続く間に、段々話してくれるようになりました。それで、私は、おばさんと同じ土俵に居るのが嬉しくて昔のことをすっかり忘れて、親しくなった気分になっていました。当事者が全員死んでしまっているので、真相はわかりませんが、母と実父を別れさせたのは伯父で、養父の経済的にルーズなことを非難して、わたしたちを貧困に陥れたのも伯父です。いろいろ事情はあったので、一概に責めるわけにはいかないと、今は思いますが、若い頃は、腹を立てていました。NEXT
2006.04.30
コメント(0)
私が、みちのさんに会ったのは、昭和48年4月29日です。学内に張ってあった「蕨狩りに行きませう 自治会」というのを見かけて、できたばかりのお友達を誘って、参加しました。みちのさんは、自治会の会長さんでした。宝塚スターのような、きれいで派手目な顔、スタイル!バリバリと理論的な頭脳!水茎の跡も麗しいチョー達筆! 押し出しのよさ! すごかったですね~~今も多分すごいです。 生まれて初めて「蕨狩り」に行ったんですよ。波野まで国鉄に乗って。楽しかったような気がします。帰ってきて水前寺駅の前の喫茶店(当然今はありません・・・?多分ないでしょう)で「自治会に入りませんか」といわれたような気もする(自衛隊ではありません ^0^)。入るわけないじゃん。バイトせんと食っていけんかったんだもの。授業料も自分でださなくちゃいかんだったし。遊んでいる暇はありませぬ。 そのときの友人とはずーっとお友達で、お世話になったりなられたりですが、その友人とみちのさんはその後出会うこともなく、私がみちのさんの話をすると今頃になって、「あのさ~、あなたは、どうしてそんなに親しくなったん?」と聞く始末。 みちのさんは、上に二人の兄さんがいて、学園紛争の関係で、彼女と下のお兄さんの受験が重なり、どうしても浪人はできなかったのに、行きたかった大学に落ちて、奨学金の予約が成立していたから、仕方なく、この大学に来たのだと話してくれました。 自治会の会長だった彼女は、学長とやりあい、「おまえが県内で教師にはなれないようにしてやる」と、当時の阿波(?)に言われたそうで(立派な人権侵害だと思うのですが・・・そのときも憤慨したんですけど・・・そんなことあってもいいのか!?)、事実、何度も挑戦しましたが採用試験に受かりませんでした。ずっと臨採でした。ほんとうに、そこら辺のおざなりな授業をしている先生よりよっぽど立派な先生でしたよ。(というか、まだやっているけど、年齢の関係で、ずーっと、臨採。安い給料のままでご奉仕中。)結局、実家に戻りました。なぜ、長々と書いたかというと、昨年会った時に、まだ「熊本に来たのが私の人生のまちがいだった」と、言ったからです。おいおい、もう、そこから抜け出したっていいんじゃ? 貴方にとってはツマンナイ学校だったかもしれないけど、私は好きだったし、やっとこさ合格したのよね私は。長年、見続けていて、立派な人だと思っているんだから、そこんとこ幻滅させんでよ。疲れから来る愚痴か甘えか・・・。女一人で、老人二人と高校生二人抱え込めば、恨みたくもなるだろうね。元気ですか?電話代をケチって、電話もしませんが、気にはかけています。みちのさんは、バリバリ元気で輝いて、自慢してくれなきゃ、みちのさんらしくないですよ。そんなことを、小栗峠で蕨狩りをしている人を見て、思いました。
2006.04.29
コメント(0)
皆様たくさん読んでくださって、感謝します。だらだらと書いておりますのに・・・本当にありがとうございます。さっきは途中になっちゃって。で、実家で何をしたかといいますと、伯母を散歩に連れ出したのです、姉と。300メートルも歩きましたか。家をでてまっすぐ行くと昔共同風呂だったところと、お地蔵さんの前を通り、橋を渡って少し行くと、お宮です。子供の頃は結構距離があった感じですが、ホンの一息。それから集落の1/5くらいを一回り。出会う人はみんな顔見知り(姉の・・・私は、向こうも誰かわからないと思う)、みんな年寄り!「また来るね、ん、夏休みに」(ちょっと不人情?)姉の娘が、「お母さん仕事やめんでいいよ。介護が要るなら私が辞めるけん。仕事はお母さんのほうが上手だから」と言ったそうです。ちょっと前まで浜崎あゆみにそっくりだった、グランドホステスの仕事で鍛われてうんざりしている、ちょっとレトロ(考え方が)な女の子でございます。帰りにスーパーに寄ったら、仕事場で席が隣の先生にばったり!「あら!今日は着物ですか!?」(なぜかよく会うんです。先月は連れ合いと一緒の時に会いました) U~N! あのブランド服しか着ない、家一軒、服置き場にしている先生と、100円着物の時には会いたくなかったな~! シミのあるウール、気がついたかしらん?
2006.04.29
コメント(0)
かあちゃんがおらん実家に帰っても、そんなに面白いこともないので、渋いほうのウールにベージュに大きな赤の線で麻の葉を織り上げた博多帯を締めて、半襟は刺繍のある抹茶色、帯揚げも抹茶色、帯締めは紫の細めのものを締めて、出かけました。着物100円(送料500円)、帯160円(これがいわくつき、送料1100円+振込み手数料130円)、帯締め640円(送料120円だったのに請求は90円だった+振り込み手数料130円)、長襦袢570円(送料390円+振込み手数料130円)草履は、母のもの(新品未使用だったから、死んだ後、たぶん母のだろう、と。誰も見たことがないのに靴箱に入っていた)後は手持ち(もちろん普通に呉服屋さんで定価で買ったもの)。で、みんなに種明かしをすると、「へ~~!」と、面白がってくれるから止められない。一番面白がっていたのは、母で、昔は図書館の本でさえ嫌がっていたのに、私が「オークションで、安く買った」と話すと、相当感心してくれた。と、いっても、まだ私のオークション狂いは初期の頃だから、「白黒総絞りの大振袖」くらいしか知らないかな。そもそも、姉は全然着物に興味がない。洋服は、それなりの高級品志向。最近はブランドに手を出していないようだが、大抵は百貨店にて購入。私は昔から、安物志向。着物が好きなのは、きれいだから。母も多分、経済が許すなら、いい着物がほしかったに違いない(推測)。死んだ後、たんすには地味な訪問着と、渋い紫の色無地だけが残っていた。最晩年に買ったものだろう。母のことに話を持っていくと長くなるんで、また。
2006.04.29
コメント(0)
「光」の必要性を感じないと書いたせいか、みょうに反応が鈍くなった、我が家のパソコン。もう寿命? 私の下手なキー操作はほとんど右手のひとさし指で打つことが多いので、人差し指だけ腱鞘炎手前? また、オークションで、同じ失敗をやってしまったの。聞いてくれます?まさかね、「IMAGE」の、ジャケットが108円で落ちるとは思わなかったから、入札前に「発送はヤマトの着払い」と書いてあってのに、他の発送方法が可能かどうか聞かなかったのだよ。ところが、18円スタートのそれは、私が108円を入れたらそこから動かず、とうとう終了。 エッ!熊本県内でも740円!?・・・持込じゃないの?(なんだか知らないけどBOXから発送するんだって)。持込だったらせめて100円は安いのに。わーん (><)結局、振込み手数料を入れると1000円近いじゃん!じゃん(泣)。そりゃあな、5900円位したのを、108円で譲る人もきついかもしれんが、108円なのに840円も経費がかかんだよ!! 私がバカだった・・・毎度のことだけど。しゃあないね。大阪の人に譲ってもらったつもりで、自分を納得させよう・・・。教訓!安いからといって、いたずらに入札して遊ぶべからず。新規の人は発送方法を勉強しな! せめて、評価はせんでおこう。「高い買い物でした」とか何とか書きたくなるから。オークションといえば、ナースシューズを出しています。ごまんとある在庫品を、片付けよう!2250円とかの未使用品の美品を480円で。絶対お買い得でっせ。やっと、着物用補正下着を買うことがでけた。一緒に買ってくれた人たち、前回はなぜ、ひとりもその気にならんかったんだろう??? 明日、おばさんを見に実家へ帰る予定ですが、さっき電話したら、ちゃんと受け答えしてました。但し、私とはわからなかったみたいですが。 飯田史彦著「ツインソウル」読了。私はすらすら読めて、とても腑に落ちた。特に、「幽霊」に関する考え方は。死掛けて、光に出会って、本人さんが確認したことの内容なんだけど、江原さんの言っていることとだいたいかぶるので、その辺が、「生きることの極意」の極意なんだろう。娘は読み始めるなり、「私はまだ読まなくてもいいみたい。読み進めるのが苦痛だもの」。はい、何にでも、適切な時期があります。 ずーッと以前(20年程前)、養父が、篠栗さん(福岡の人ならご存知)の大仏建立の時、「ぽっくり祈願で、お金を喜捨すると、大仏のなかに名前を入れてくれるぞ。俺入れた。お前いれんや?」と電話してきたことがある。私はまだ20代だったから、丁寧にお断りしたが、養父は、願いどおり、(たぶん心筋梗塞だったと思うので、かなり痛かったと思うが)、救急車に乗るときは自分で乗り、病院の処置室で亡くなった。 飯田さんの本が読めないという娘に、その、誘われた話をしたら、「じいちゃんらしい!」といった。そこでふっと、あの、巌さんは、私のために、母と再婚したのかもしれない、と思った。私がいなくて、姉と母だけだったら・・・「たぶん、つまんなかっただろうね」と娘。「多分、ばあちゃんと結婚しとらんよ」とわたし。 養父「巌」さんについては、後日詳細(こればっかり ^^)。私の周りはおもしろい人ばっかり!!
2006.04.28
コメント(0)
日本人は日本語が苦手です。ちゃんとした文章で構成された作文が、うまく書けないと思っていますし、人前で、まとまったお話しをするのも下手です。 何故か?なぜでしょう? テレビで「おバカさん」ばかり活躍しているように見えるからでしょうか。それとも、昔から、割合的には、そのくらい多くの人たちが、きちんとした日本語を操れないかったのでしょうか。 ほっておいても日本語はしゃべられるようになるから、日常生活に支障はないと考えているなら、甘いです。 このところの青少年の人殺しは、自分の思いを伝えきれない貧弱な表現力も、一因なのではないでしょうか。 「国語」の時間のツマンナイこと!! 「大村はま」さんを見習うなんてことはできないのが当たり前(実践中の先生がおられたら教えて!)ですが、もうすこし、教科書を離れた訓練が必要です。 パソコン授業をやる(というとかっこいいですが、単に楽してるだけのように見えますよ)よりも、まとまった(ちょっと背伸びした)読書をさせなさい。1分間スピーチを毎日させなさい。日記を書かせなさい(但し、必ず「朱」を入れること=自由に書かせるというのはかっこいい言葉ですが、ちゃんとフォローしないと意味がない)。それだけでもだいぶ違うでしょう。それ位して下さい。齋藤メソッドが人気があるのはなぜだろうと考えれば、判りますよね。できることからしてください。 そういうことを、日教組は提案したらいいのにね。「英語」より先にやることがあるだろって、なぜ声を上げんとね。だけん日教組はだめになるとよ、民意(mmm、私が民意代表というのはおこがましいけど、少なくとも、藤原正彦さん、斉藤兆史さんは言ってます)を汲まないから。それとも民意は「英語」で遊んでくれたらいいってか? 終戦直後じゃあるまいし。そもそも、「世界中で英語が通用する」っていうのは幻想ですってよ。 国語の時間はたくさん組んであるのに、実際はなおざりです(断言します!) 「英語」で、遊んで何になるんですか?英語をしゃべれなくていいから、身につかないんです。必要な人は必要に駆られて身につきます。ワザワザ時間を割いて、「英語」遊びして、日本語で鍛えなくちゃいけない時期に、脳みそこんガラセてどうするんですか。自分の記憶で考えてみてください。小学校5~6年から、中学校、せいぜい高校で、初恋を経験するまで位でしょ?頭がはっきりしてたのは。
2006.04.27
コメント(0)
昨日娘が帰ってきました。何故か、彼女が出かけるときは、直前まで雨が降っていても、上がるというくらい、「晴れ女」だったのに、今回の東京は、雨模様だった・・・? 「天気悪かったろ?」 「うん、後ろについてる人が代わったような・・・そんな気がする」と、いう話をした後、NHKのニュース(天気予報)を見ていたら、なんと関東地方は、正午頃から、大荒れだったとか。 「正午頃の渋谷」の映像は、真っ黒な雲が覆いかぶさり、雷鳴がとどろき、すさまじいばかりの稲光! 栃木の辺りでは13年(初めてではないらしい)ぶりに4月に雹が降った(屋根に雪のように積もっていた)というのです。 ひょっとして、娘の乗った飛行機が羽田を飛び立つまで、雷雲が待っていてくれたんだとしたら、少々、お天気に恵まれないでも、「ついてる!」ってことやん。ね!? 東京まで何しに行ったかというと、詳しくは知らないけど、何とかいう俳優さんの追悼式だったらしいです。「恭兵さんには会えなかったけど、??さんとは話をした」そうです。 恭兵さんといえば、息子さんは、九州産業大学に在学しておられたというのですが、「そんな近くにいたのか、会いたかったなあ~」と、だいぶ嘆いておりましたが、所詮は関係ない、遠い人なんですから(^0^;)。芯から夢中なのか図りかねますが ・・・「あぶデカ」大好き関係のお友達も多いようで。 昨日、初めて、「心配事相談」なるものに、行きました。担当は、民生委員の方なのです、初めて知りました。仕事柄とはいえ、ものすごく愛想がよく、ある意味、うんざりして戻ってきました。私の秘密は守られるのでしょうか。秘密といっても、年寄りを施設に預ける方法を聞いて、家の状況を説明しただけですが。 私の地区の民生委員は、私の嫌いな(その人が民生委員って、間違っていない?って)人だから、民生委員が担当するって知っていたら、行かなかった。他には話さないとしても、委員同士では話すんじゃないかと思うと、不用意に行った私がばがでござった。 さっき、YahooBB! から、お試しのお誘い電話があった。今のままでも、(私は)別段不便を感じているわけではないし、設定に専門家が出向きます、といわれると・・・面倒くささが先にたつ。 そういえば、かなり頻繁に「光」お勧め電話が、NTTおよびQネットからかかっていたが、NTTの方は「今のところは必要性を感じない」と言い、QネットかNTTの下請けの電話には、==さ~! おばはんの登場です== 「あなたも、この、コメンテーターのお仕事をされるのでしたら、きちんと気持ちよく話す練習をされてから、お電話なさいませ。受けた人を不愉快にさせるようなしゃべり方は止めなさい」。 お蔭で電話は来なくなった。 プロだろ!バイトでも仕事に向かえばプロを意識しろ! 甘えんじゃねえよ! 同じく、甘えんじゃねえよ!ここんとこ、殺伐とした事件が続いております。してはいけないことは理屈抜きに、してはいけないんだと、叱ってよ!! 体力要るし、自分がちゃんとしていないと言えない(他はちゃんとしてなくてもそこだけはちゃんとしているとこってあるでしょ)なんて逃げ腰にならないで。自分だって、子供に殺されたくはないでしょ? 「人殺しの親」って立場にはなりたくなしでしょ?子供を育てるって、仕事の片手間にはできないのかも。仕事をしなくちゃ食っていけないようにしておいて、「少子化」問題を考えようったって、無理なんじゃないかしらん。
2006.04.26
コメント(0)
養護の先生「昨日、何とか言った・・・エーと、美輪明宏と小太りのオジサンが出るやつ・・オーラの何とか」 「あ、オーラの泉?」 「そう、初めて見た!主人があの手のを嫌いなもんで・・・。でも私も見てもらいたいなあ~前世。フジコ何とかさんが、出てた」 司書の先生「あ、フジコ・へミングウエイだろ?」 ぎょエー!! (^0^;) 「たがためにかねは・・・ならさんて」(とつっこんだのは、後から話を聞いたわが娘) かの有名な江原啓之さんも、フジコ・へミングも、知らない人がいるんだ・・・我が家はずいぶん前から、江原さんの本であふれているし、「ETV?テレビ(NHK教育テレビ)」で流れたフジコさんのドキュメンタリーはなぜか、最初の回(再放送が2~3回あった)から見ているのに。
2006.04.25
コメント(0)
私たちの母は、6人兄姉(?こんな字はないですが)の末っ子です。一番上は姉さんで、子供が4人いましたが、ガンで死にました(詳細後日;その1)。2番目は兄で、大々的に土木をやり、子供ができなかったので私の母を養女にし、奥さんの甥に当たる男(つまり実父になります・・・詳細後日:その2)と結婚させました。3番目(男)はちょっとはなれたところに養子に出ました(この人に関しては後日;その3)。その下が、戦死しました(これも後日;その4)。 母に二つ上に、伯母がいます。戦後すぐ結婚したのですが、1ヶ月ほどで逃げ帰りました。昭和39年に、再婚しました。それまで、本当にこまめに、母親らしくない母を尻目に、世話を焼いてくれました。家のなかもぴかぴかでしたし、料理も上手でした。 再婚を決心したのが、どうしようか迷って私に相談したら、「行ったら?」と言われて、がっかりして、嫁に行ったんだということを、つい2~3年前に聞きました。(^O^)当時小学校6年生ですよ私。生意気なことを言っていたかもしれませんが、たかだか子供じゃん! で、再婚がうまくいっていたなら、「よかったね~」で、済むのですが、これがまた、波乱万丈! 夫になる人は大変良い方でしたが、男の子ばかり3人子供がいて、しかも長男には、伯母の結婚の3ヶ月前に、嫁がきていました。百姓なので、仕事はしますが、家のことは何にもできないという、ごつい嫁はんでした(名前は稲子と申します)。そりが合うはずがありません、なにしろ伯母さんは、私が言うのもヘンですが、なかなか都会的で、素敵でしたから。その上、夫とは血のつながらない義母がいて、寝たきりで、下の世話が必要だったのです(結局5年介護をしました)。 つまり、伯母は、ていのいい「ただ働きの家政婦さん」だったわけです。おまけに、したこともない農業を手伝い、孫の面倒を見、・・・・黙って愚痴も言わずにやり遂げたのなら(「偽善者」めいてていやだけど)相当「徳」を積んだことになるのでしょうし、勲章ものですが、そこはそれ、誰かに聞いて欲しいから話す内容は、全部愚痴!・・・人間的ではありますが、周りのものはたまらない。 良い夫であった伯父さんは、戦傷あり、結核の後遺症(!・・・これもすごいでしょ!おばさんほとんど誰もが避けて通る人に自ら志願した、天使のような人なのです・・・ホントカナ~~)で、昭和の終わり頃亡くなりました。 で、すぐ、実家に戻ってきたのです。実家とはいえ、実質的には、姉夫婦の家であります。姉が結婚する時、旦那さんに「伯母の老後を見なくてはならない」とは、伝えてありました。 以来20年近く・・・。元気なうちは、==母が生きている間は==、まあ、何事もなく。 で、本日、姉(バリバリのキャリアウーマン。課長さんです)から電話。「おばちゃん(私たちはずっとそう呼んでいます)が、垂れ流し始めた。施設に入れたら月10万はくだらないし、余計に歩かないよね(極度の外反母趾・偏平足なので、よくこける)。施設は夜介護が要るんだって、ついとけないし、人に頼むと1日、1万円なの。どうしよう。仕事止めて介護せなんかなあ~。まだ、仕事しないとやっていけないんだけど~~」。 戸籍上、息子はいるが、縁は切れたも同然。長男は、伯母が家を出た翌年かにぽっくり往ったし、後の二人は×一と、未婚組み。 ~~~なんかヘンに(認知症じゃないけど)老いてきてるのは、母の三回忌のときに気がついていけど。介護は人事じゃないよ。 母は2年前、10年ほど前に輸血により感染したC型肝炎から来る、腎臓障害によって、死にました。姉夫婦と住んでいたのですが、おしっこに間に合わない日があり心配していたら、おしっこが出なくなり、入院したほうがいいか、と、往診に来た医者に相談し、大丈夫だろうと言われ、風呂に入って、寝て、その夜明け、往きました。結局誰にも見取られませんでした。同じ部屋で寝ていた伯母が気がついたとき、つめたくはありませんでしたが、息がなかったそうです。前の日まで普通に過ごしていたそうです。姉は「何にもしてやれなかった」と大泣きしましたが、私は、「いかにもかあちゃんらしい」と思いました。本当はすごくつらかったろうに、あまり愚痴も言わないで、見上げた根性の人でした。「楽になってよかったね」と思いました。 世話かけずに(あの世に行くのは理想的でもありますが)、死ぬ寸前まで意識があるのと、なんもわからんまま、人にたいへん世話になって死ぬのと、やはり心構えの違いのような気がします。
2006.04.24
コメント(0)
なんとなく居心地の悪い2週間が過ぎました。「授業参観」が土曜日にありました(水曜日が振替休業日でした)。昨年度は、目立たなくしよう、先生の邪魔にならないように、と思っていたのですが、サポーター仲間でもある古い友人が申しますには「私たちはイヤになったら止めればいいけど、仕事をしたい人にとって、この仕事が、何の効果もない『無用な仕事』として来年からこの仕事がなくなったとしたら失業させることになるのよ。精一杯アピールして、『この人たちがいるから自分達の子供の役に立っている』と認識させなけりゃダメでしょ」。 なるほど!と思いました。つまらない授業にあくびをかみ殺している場合ではないのよね。ということで、授業参観は『八面六臂」・・・ちょっと目立ちすぎたかも~~と反省はしています。今週から心を入れ替えて、楽しみたいと思います。幸い、女性の先生が多い(6クラス中4クラス)から、提案しやすいかもしれません。
2006.04.23
コメント(0)
昨日の「シライシ ヨウコ」さんは、高校を卒業して、洋裁か何かされていて、昭和46年に、大学に再挑戦されたといういきさつでした。その頃、高校を卒業したらすぐ大学に行く(たとえ浪人しても)ものだと思っていた私は、「あ~そうか、いつでも受けられるのだな」と、目からうろこ的感じでした。 当時、家は火の車で、大学入学はおろか、受験料の支払い、受験地への費用、宿泊費などにも、どうやってひねり出すか、大変な時期でした。ですから、落ちたら、自分でお金を貯めてからまた受験すればいいんだと思いました。 結果的に、落ちましたので、1年就職した後、受験しました。共通1次が導入される前の、国立大学の1期校・2期校制度の頃で、なんと授業料は(昭和48年から)年間36000円、入学金は5万円より安かったような気がします。1年間で、入学金と1年分くらいの授業料を貯めたようなきがします。 そんなわけで、「シライシ」さんは、「生協の白石さん」より、影響を与えてくれた人です。長崎の、坂の上にあった、受験生専用(?)の旅館、もうないでしょうか(料理は美味しかったですよ)。タイトルと全然関係がない話になってしまいました。でも、日本の外交官は、税金から給料を貰っているわけですが、国民のためになるような仕事をされているんでしょうか。あれが妥当な結論なんですか?
2006.04.23
コメント(0)
昭和48(1973年)、4月22日、PM 4:00、熊本大学赤門前。1時間以上、待っていた気がします。 大学受かっても落ちても、「出てこようね」と言ったのは、ヤマガミさん、あなたでしたよ。空港のロビーで、スカイメイトのカードを出しながら、チケットを入れていた封筒の端っこを破いて、赤のボールペンで書いてくれたのは、あなたでした(もう、記憶も薄ぼんやりになってしまいました・・・)? 23日でしたっけ? 当日は「新入生歓迎コンパ」だったので、半分こないだろうなと思いつつ待っていたのははっきり覚えています。 福岡市荒戸1丁目に住んでいて、熊大に受かった、イトウさん。 鹿児島県姶良郡加治木町出身の、ヤマガミさん。 その後、どんな人生行路でしょうか。お幸せならいいなあと思います。 昭和46年3月、長崎の旅館で、同宿だった、マエダさん、シライシさん。お元気ですか。福岡県田川郡出身のシライシさんにはお世話になりました。詳しくは後日。
2006.04.22
コメント(0)
なんとなく仕事をしている、どうも「ダメな」私。それを自覚させられてしまうのです。本日「管内」の「サポーター」昼飯会」。英語のサポーターと違って、算数(数学ではない)のサポーターって、教材研究しようがない・・・? しなくちゃいけないんだろうが、どうしていいかわからない。いろんなやり方があるだろうから、聞いてみようと思っていったのだけど、「居酒屋○」は、音楽がうるさくて、ずらりと向かい合わせに2列並んだら、まともな話はできないじゃない。結局、私は愚痴ばかり。いやんなっちゃう。 5月5日、Bのお節句のお祝いですって。私は「用事がある」と言って断った。そばにたまたま娘がいて、「なんかあったっけ?」と言ったけど、無視した。この歳だもの、行きたくないものには行かない、ワザワザ用事を作ってでも。つれあいの血筋なんだから、つれあいだけが行けばいいんです。なんと我侭な「嫁」でしょう!? 母が20年以上も前に作ってくれた、ネル地の半襦袢の半襟を、昨日付け替えました。いままで、濃い赤(渋い赤)を付けていたのですが、ここ2~3日話題のウール(地色が灰紫)を着るのに使うと、くすむので、長いこと眠っていた朱鷺色(?)の半襟に換えました。 その話を、関西に住む、例のお友達、SIOMIちゃんにメールしたら、(彼女、小さい時母さんを亡くしているのです)、近くに住むお姉さんから、「昔お母さんが着ていた着物」を貰うことになってとても嬉しい。お母さんが作ってくれたものは大事にしてください。と、返信メール。はい、大事にします。私たちの時代には、家庭科の教科書には、浴衣の作り方が載っていたのに、習わなかったから、今本を見てもさっぱり判らない。編み物は習ったから、若い頃はじゃんじゃん大物を編めたのです。若い頃には、必要なくとも、何でもかじっていて損はないと思う、母に習わなかったのは非常に残念なことです。明日、土曜日ですが、仕事です。しかも、4時間目は 1時30分から。4月22日についての、33年前の話はまた明日。
2006.04.21
コメント(0)
私はあまり「釈由美子さん」が、好きではない。だから昨日の「オーラの泉」は、見なくてもいいと思っていたのに、結局最後まで見てしまった。その上、寝るとひどくなる「耳鳴り」のために午前2時まで眠られず、とうとう、医者から用心にのために貰っている「睡眠導入剤(?)」を飲んで寝た。 そうなると、朝はちと辛いとたいね。 でも今日は、ちゃんと4時間、仕事ができたので嬉しい。初めて新5年生の勉強を見たのですが、若い先生ほど、子供の躓きに気付かない(自分は優等生だったはずだから)から、私の出番が増えるんです(あんまり喜ぶことではないのですが)。できる子ほど、塾や「公文」に行ってるので、一斉授業は、やりにくいのです。(昔しか知らない大人にはわからないだろうな~)できる子は退屈するし、できない子はどんなに説明してその場では解けても、身につかない。今、「脳の活性化」が流行りだけど、いろんなものに対する好奇心で脳みそを鍛えなくちゃならないのは、年寄りではなく、幼児なのではないでしょうか。ご飯(米)をきちんと食べさしてから。 今日は熊本も寒いです。ストーブに灯油を入れとかにゃ。(エアコンは使わない・・・ブレーカーが落ちるから)。もっぱらコタツとストーブです。 昨日の、☆と★の話ですが、私は、☆が大嫌いなんです。九気星学からいうと(60も分類があるのに)なぜか、同じ星回りですから、九気星学もあてになりません(決して、相似形だから反発して嫌いなわけではありません)。 ☆は、子供の頃からチョー生意気で、家の中では切れ易いくせに、外ではチョーおりこうさんを演じてました。よしえさんにとても迷惑をかけているのに、「母の日」やら「バイトのお金が入ったから」とか、みえみえのプレゼントをして、懐柔してしまうのです。いろいろ思い出すと吐き気がします。よしえさんが厳しく育ててくれたから、道をはずさずに来たのに、「厳しく育てられたから、自由に=ほったらかしで=育てる」と★と同じことを言うのです。 人を傷つけたら、バシッと叩いて傷みを知らせる。言ってはいけない言葉=人を傷つけたり、人を嫌な気分にさせる言葉 を言ったら、ばしっと止めさせる、そんなことは、どんなに小さくて、言ってもわからないだろうと思っても、きちんとすべきだと思うんだけど。 子供って、してはいけないことはしてはいけないと、自然に覚えるものかしらん。 かく言う、私目は、子育て中にお隣の人に「あんまり怒りすぎる」と言われて、ある宗教団体の、子育て講座に誘われました。そんなりっぱなお隣の子育ては・・・・? (^O^)ほっておいた方が楽ですよ,子育ては。しかるのって体力要りますから。しっかり向き合わないと子育というのは必ずどこかで向き合わなきゃならないようだから、相手が小さい時の方がいいのにね~。 また長くなりました。自分とこはどうなのよって言われると・・・・悪くはないようですよ、いろいろあったし、あってるけど。
2006.04.20
コメント(0)
家の電話はいつも「留守電」です。「メッセージをどうぞ」の後に「あ」とか「う」とか入れてくれれば、誰だかわかるので、受話器を上げます。それ程、「物売り」と、「光に換えませんか」というお誘いと「○(息子)、◎(娘)さんいますか?」というわけわからん電話が多いのです。 で、留守電のメッセージになんにも入れてくれないのが、「ばあちゃん」つまり姑。だいたいいるとわかっている時間には、電話をして誰も出なくとも、来ます。 大阪生まれの、よしえちゃんは、いまだにびみょ~に関西弁のアクセントなのです。閑話休題・ロシアから63年ぶりに日本に戻ってくる人が、ニュースになっていて、日本語が話せないらしいのですが、そんなもんじゃないとおもうがね~。 今日も、風邪による鼻声で(昨日は熱を出して寝てた)申されることには。金曜日、孫(☆)と孫の嫁(★)と二人の子(A、B)が、よしえちゃん家へやって来た。Aは2歳直前、Bは4ヶ月。☆のよこで★がBのオムツを替えていた。BはAのものだったことを覚えている、お下がりのベビー服を着ていた。突然、目にも留まらぬ速さで、AがBの顔をつめを立ててわしづかみにした!当然、Bは火のついたように泣き出す。ほっぺには3本の血が出るような傷。しかも、それは初めてではなく、私が聞いただけでも2回目(今回の方が傷がひどそうな)。 ってな状況のとき、その子の資質もあだろうし、一概には言えないが。「Aがやきもちをやいたんだろう」「それにしてもすばやかったね」などとは、私は言わない。 「自由に育てるつもり」と★は、言ってるそうなので、ただいま善悪の区別もつかない、高等な「サル」を食わして(ちゃんと食べることをしているのかどうかも怪しい)るの。 2歳直前とはいえ、すばらしく「頭」のいい子のようで、ちゃんと育てないと後から「つけ」がきてもしらんよと、姑には言うんだけど、どんな「つけ」が来ようと、それは引き受けざるを得ない試練なら、他からどういっても仕方がない。そもそも、☆を育てたのは姑で、家のつれあいを育てたように育てて、傍目には成功したように見えて、実は自立できてない、の2乗(★はモットすごい)。 ま、若い頃はみんな多かれ少なかれそうかな。そうやって生きていくんだろう。みんな優等生だったら、心も平和なのにね。
2006.04.19
コメント(0)
渋い方のウールを出して、お日様の下でよく見たら、シミだらけでした・・・・(^^;)。ウールだもんで、洗ってみようと思い立ち、おしゃれ着洗いで、ゴショゴショと、押し荒い。・・・とれんよね~~シミと、ヤケだけん!(^^)あま~~い!ま、しょうがないか。 というので、もう一枚の、「千代花小紋」という端切れを裏張りにしてある方のを、今日も着てみました。この「千代花小紋」ってなんでしょうか。「豆千代」というのと「宇野千代」というブランドがあるのは知っていますが・・・?関係ないよね。しっかりミシン縫いだし(手縫いのところはとても丁寧)、既製品?まさかね、店では売れないよ。 帯は、単の麻の葉の博多織。これまた、曰く因縁つきの、Cランクくらいの中古品。これを手に入れたときの苦い思い出は、忘れようとしても忘れられません。かといって、手放す気にもなれなくて・・・。ちょっと若すぎるかな~と思っているんですが。こんどの2枚がかなり姥くさいので、ちょうどいいかな。「千代花」には、あってると思います。娘は鼻であしらいましたが。 そもそも、私は人のお古でもまったく気になりません。オークションにはまったのは、多分そのことも関係あるのでしょう。「人のお古なんて」というのが、つれあいと、娘。「別にいいじゃん、洗えるから」というのが私と息子。私の母は、潔癖でしたから、絶対反対の口でしたでしょうね、多分。2年前の、息子の卒業式の日の早朝、なくなりましたが。 身内ではない人の「お古」に、抵抗がある人が多かったら、フリマとか、オークションは成り立たないかも。いや、未使用の新古品ばっかりになって、それもいいかな。 晩御飯の買い物に行くのに、洋服に着替えました。まだ、着物で出かけるほど度胸はありません。
2006.04.18
コメント(0)
昨日、掛衿「共衿というらしい」を、掛け直しました。何とか着られそうです。 黄色の、これもオークションで仕入れた、博多の反巾帯、「シミあり」でしたから、盛大にシミがあります。どんな人が着てたのでしょう。帯ってめったに汚れないのにね。 仕事から帰って、着替える時に、着て、そのまま2時間経ちました。 テレビを見て、パソコンで遊んでるだけなのに、なんか疲れるものですね。 明日、学校は遠足なのですが、「(行かなくても)いいでしょう。」と、教頭が言ったから、お休みです。今まではずっと、遠足には「交流」の意味でついて行ってたのだけれど、地区外からきた校長が「学習」のサポーターだからという、教育委員長の意見をまともに取って、「学習」以外は、しぶるんだよ。 昨夜、「罪と罰」の解説をやってました。面白そうだ読んでみようかと思わせるお話でした。でもやはりしり込みしてしまいます。どっかにつれあいの買った本があるはずですが・・・。あまりの本の量に、探す気にもなりません。趣味は「本集め?」・・・これを全部読んでいるんだったら、いったい頭のどこに入っているの?という量です。以前は自慢に思っていましたが、今は・・・・家が傾かないかと心配です。一昨年、トラックを借りて、捨てに行きました。BOOK・OFFなんかに頼んでも、ほとんど引き取らないんですよ。オークションに出す手間を楽しめれば、BOOK・OFFよりお金になるでしょう。 そういえば、日曜美術館?で、「藤田なんとか」(戦時高揚絵画を描いたというので、戦後責められて、フランスへ行ってフランスに帰化した画家)のことをやっていました。死ぬ前の自画像は、やはり怒っていました。ずーっと怒っていたのでしょう、思い出すたび怒っていたのでしょう。高村光太郎と比較してみると面白いかも(面白がってちゃいけないか)。残された文章の1節を皆に聞かせるべきだと思いました。未曾有の国難に自分のできる範囲で自分のできることをもって戦わなければならなかった時代・・・というような内容(うろ覚え)。みんな俺よりひどいことやってたのに口をぬぐって俺を非難するな!!きたねえぞ~~!!って、怒ってたのかな。でも、81歳まで生きてかなくちゃならなくてきつかったろうなあと思います。 さて、明日は何して遊びましょうか。
2006.04.17
コメント(0)
ず~っと、雨模様だったけど、今日は朝からいい天気。早起きして「からだのきもち」という新番組を見た。ワリと、健康に関する番組は見ているので、あんまり目新しくない。昨日の夜の、「ジャポニカロゴス」と「世界一受けたい授業・・・脳の活性化」がかぶっていて、しかも、つれあいが私の嫌いな番組を見ていたから、どっちも見られなくて、残念。昼頃、水を汲みに行って、買い物して帰ってきた。水は「電子エネルーギー水」。1L=100円也(とはいえ、協力金名目で、量的にはアバウト)。関西にいる、着物好きな友人からメール。神戸市立美術館で、ボストン美術館の浮世絵を見て、珈琲飲んで今から帰りますとのこと。着物を着て(多分、車で、旦那が運転して?)出かけたんだって。優雅だね~~。彼女(私より少し若い)の着物姿は、筋金入りだから。時々、(着物姿が何かと有利な)京都にも着て出かけているみたいだし。たとえば、熊本県立美術館に着物を着て出かけたとしよう。駐車場を降りて、熊本城2の丸公園を横切り、美術館へ。出て、少し下って「細川刑部邸」。エッチラ上がって来て植物園。少し歩いて加藤神社。そこからまた2の丸公園の端を通って駐車場へ。う~ん、お茶飲むところがないし、着物と草履には結構な距離です。目立つだろうか?? 地味な着物のおばさんだったら、あまり目立たないですむかな。やってみたい気もする。実は熊本城までが遠いんだ。なんかよっぽどどの必要性がないと行きたい気分じゃないのよね~~。誰かいませんか、同志!以前は、毎日、近くまで出かけていたのに(仕事で)、さほど疲れたとも思わなかった ^O^。明日は月曜日。仕事です。
2006.04.16
コメント(0)
楽しみにしていた某オークションで落札したウールの着物が、2枚到着。スタート値段が安いんだからこんなものだと思っていたけど、左上前に「シミ」と書いてあったが、径10センチほどのそれは、シミというよりは、色やけ? シミなら取れるかもしれないけど、色やけは無理。想像していたよりずっと地味なキモノでした。もう一枚は、「衿汚れあり」とあったが(衿汚れももちろんあったけど、それより)虫食いがたくさん。汚れならウールだから洗えば落ちると軽く考えていた私が馬鹿だった。「掛衿」だから、はずしてみたら、下はきれいだけど、そのままで着られるのか??掛襟を反対側にして、少しずらしてでも付けるべきなのか、素人なので判らない。しかもよく見たら、反物のはしっこ(「☆小紋」とかが書いてあるところ)を使ってあるし、「敷あて」?のような縦10cmくらいの、裏地が付けてあるのはなぜ??本当に?????な着物です。ことほど左様に、だれも入札しないからといって、喜んではダメだ。みんな良く見てるよ。しかも、「評価」に、ホントのことが書けないよね。だって、100円とか300円落札なんだから、「わかってるじゃん」と言われそうで。(送料は、ばか高いから、出費はそれなりなんだけど)とにかく、普段着は手に入りました。昨日の名古屋帯は、意外に軽くて締めやすい。さすが西陣織! 家の中で、着物を着て楽しんではいます。でも、外には着ていけないかな~~。
2006.04.15
コメント(1)
最近つれあいの仕事が時期的に忙しく帰りが遅いのと、娘の帰りも遅いのと、昨夜はカレーにしたので、暇なので「名古屋帯もどき」を作りました。2~3日前に書いたように、某呉服屋の「蔵出し名古屋帯地」を買って1年(?)、あまりのシミのひどさに、ほったらかしにしておりました。本体350円+送料525円+(洋服用)接着芯294円=1169円也、の帯の出来上がり!!画像には全然映っていないけど、まるで模様のような、シミ、シミ、シミ。映らないのよ画像には。それで幾度だまされたことか、某オークションに。今も、100円スタートの「帯」に興味があるんだ、「シミ多数」と書いてあるワリには、シミが見当たらないから。良心的な人なら、少々あっても、「多数」って書いたりするけど、ショップ的にやってる人の中には、知らん顔して、売るもんね! 一度、500円スタートから1500円までせり上げてやっと落札したら、ただのふるう~~い、ボロギレだったことがある。しかも、膠みたいな、接着剤で張り合わせてあった。オークション初心者の頃で、入札した自分が悪いと泣き寝入りしたけど、大阪府のまゆみ!その後何かいいことありましたか?500万円、ゴミ箱に隠しておいて、ごみ収集の人に見つけてもらい、無事手元に帰ったのが話題になっているけど、今年の初めに、祝い袋に入れたままの1万円札を、(頭の隅では=それ捨てていいの?と思いながら)ごみに出してしまった金持ちは私です。最初の10日間は、金額に、次の10日間は自分のバカさ加減に、ショックで、1ヶ月近くふさぎこんでしまいました。友人は、買ったばかりの「商品券」をデパートの洗面台に置き忘れ、すぐ戻ったけどなかった、と、落ち込んでいました。悪い人でも誰か使ってくれりゃいいよ、単純に、燃えてしまった1万円!!もったいない、と、今でも思います。しょうがないのにね~~。今日は何とか持ち直し。仕事は楽しいのだ・・・・・よ。
2006.04.14
コメント(0)
二年目なのに(二年目だから?)居心地の悪い職場。言われたことはまっとうなんだけど、{そんな風に言わないでも、もっと言い方があるじゃん}って思う。ぐさっと傷付くものの言い方、するんだよね~、自分が正しいと確信している人は。傷つかないようにこころにバリアを張って、防衛するのも大変。学校行きたくなくなる子の気持ちが、少しわかるような。で、防衛策 その1、図書館に行く。その2、本を読む。その3、 何か作る(料理=食事じゃなく)その1,2。北原亜以子・久世光彦 エッセー。そんな訳で、今日は簡単に。復活したら、また。
2006.04.13
コメント(0)
IH炊飯ジャーの「IH」って、「いつもほかほか」のIHです。と説明した店員さんがいたというんだけど、ほんとかね~~!できすぎ。
2006.04.12
コメント(0)
本日、各教室に挨拶。元「国語教師」なのに、相変わらずというか、だんだんひどくなるというか、話すのが下手。まとまりのない話しかたです。「エ~」とか、入れまいと思うのだが、…。落ち込まない・落ち込まない・忘れよう・明日があるさ。気にすると更年期に突入するぞ==→好きな、着物のカタログでも見てわすれよう!!!名古屋帯の帯地があるのだけれど、「蔵出し」だったからひどいシミ。手提げ袋にするには、あまりにも「帯!!」って感じなので、帯に仕立てた方がいいとは思う。残念ながら、たぶん「芯地」の方が高いだろう。作っても締められないんだったら、余計な労力のような・・・でも、ほっておくのも、気になるばかり。といいつつ、名古屋帯は仕立てたことがないんだ。熊本で、簡単な和裁を教えてくれる人はいないかな~。月4500円も払っていたら、2~3か月分くらいのの学費で、芯を入れたおびが仕立てあがるっつうの。月1回2000円くらいで、浴衣・ウールくらいの、基礎を教えてくれないかしら。図々しい?・・・かもね。洋裁の基礎でもいい。編み物は若い頃は根詰めてやれたけど、最近はつらい。器械編みの、中古でもいいから仕入れるか。なんか作ってる方が、人の中に入っているより好きらしい。物より人間の方が好きな娘は、今日、講義(聴く方)デビュー。なんと、栄えある1回目は、夜間講義なんだって。最新分野なので、めげないで欲しい。(昼間)バイトをさがしたほうがいいかもね、夜の講義が続くなら。といいつつ、両立の難しさ(田舎だから余計)を思う。この春の新しいドラマは、なぜ、あほくさく、古臭いのばかり揃えたのだ!?特に「どん亀」。出演者は錚々たるメンバーなのに、ばかばかしくて、呆れてものも言えない。刑事ものしかり、リメークものしかり。テレビの歴史は長いんだ。もっとましなのはできんのかね。携帯電話でテレビを見るほどのことはない程度の、ドラマ・・・!なんでだろう。
2006.04.12
コメント(0)
入学式。今日は大雨の予報だったのに風が強かったせいか、何とか一日持ちそうです。京都はどうだろう。Sちゃん、訪問着を着る(自分で着られる=can)って言ってたけど。仕事が休みの時、普段でも着物を着ているから、慣れるよね。やっぱ、着慣れないとぎこちない=ハンセイ。入学式の時職員紹介があるんだけど、ボーっとしていて次の先生が呼ばれ挨拶して座るまで立ってた・・・ような気がする~~マヌケ~~(^Q^;)。歳のせいにして逃げるのは卑怯だけど、脳内環境が(パソコンのやりすぎで?)悪化してる?歳といえば、このあいだテレビで、浅見光彦の「日光殺人事件」をやってたけど(内田康夫原作)、あの浅見さんって、昭和58年ごろの33歳という設定が、かわらないのよ。サザエさんみたい。「寅さん」は、きちんと自分も周りも歳をとるでしょ(痛々しいけど)、似てるとこは恋には無縁なとこかな。昭和58年に33歳というと今だいたい56歳くらいじゃん。今の33歳の人の考え方と、今56歳の人(団塊の世代?)の考え方とは、まったくといって違うような気がする・・・年齢差は親子だね。こんなに、根本的なものの考え方の激動的変化を経験した国って、そうそうないと思うけど・・・あるかな? 表面だけで、根本は変わらないという見方もあるかもしれないが、それはさておき。で、作者は、御歳確か70は超えておられる・・・と思う。その人が描く最近の33歳。ま、いろんな世代にいろんな人がいるとはいえるか。ただ単に、浅見光彦シリーズのなかで唯一「日光殺人事件」だけは、つまらんと思ったのを思い出しただけです。「浅見光彦倶楽部」に、10年以上在籍していました。会員番号が結構若番で、ほんとうに夢中になっていた時期もあったのですが、だんだんいやになって・・・。原因はあるようなないような。このまえ、オークションに、何冊かの会報が出ていて、ワリと最近のだったから、入札あるのかしらと興味を持ってみていたら、ちゃんと落札されたのでびっくりしました。ファンクラブっていうのは、なんか雰囲気が閉鎖的ですね。あの人は素敵だね、みんなで応援しようというのが、性格的に長続きしない。段々あら捜しをして、批判的になって、批評して、イヤになる。THE?TIGERS(な~んと懐かしくも嫌な響き)のときもおんなじ。なが~~~いこと好きでいられるって、一つの才能かもしれません。
2006.04.11
コメント(0)
本日朝から雨。まずは、就任式。新任の先生の紹介。当人から一言ずつ。うまいな~と思った先生一人=「焼肉が好きな人~!」「は~い」「先生も好きで~ス」後「どらえもん」「歌」と続いた。<いまどきの>子供は「参加」しないとどんなにいいことを言っても聞いてくれないんだ。校長が替わって、教頭がのびのびしている感じ。2年目で慣れたのもあるかな。本来、授業の、サポーターだから、「式」にでるのは、無給なんだけど、年度始めの始業式は、カウントされることになった。(明日の入学式は無給=ということは、出なくてもいいんだと思うと大間違い?)だから、始業式の後は、目立つように掃除したり、教科書渡しとか新1年生の教室の飾りつけなんぞを手伝いつつ、時間を潰す。「今日、職員集合写真を撮る」って言われて待っているのに、集合がかかったのは、12時半。みんな腹が減ってイライラしているのか、U先生(女性)と教頭が、もめた。毎日ピアノの蓋をあけることにしたんだけど、雨降りでもするべきかな。そのヤマハの懸賞で、LDプレーヤーが当たった。長いこと放ってあったのですが、あるとき、娘が「あぶない刑事」にはまりまして(再放送の)、年2回のプレゼントである、誕生日・クリスマスの何年分かと月々の小遣いを半分にして、LDを買ったのです(当時いくらだったでしょう…思い出せません)。当然「1」だけ。20年前くらいでしょうか。3~4年前、オークションで、LDが安く出ていることに気がついて、また集め始めたわけです。今は使えるプレーヤーをもっている人も少なくなり、ぎりぎり安く出るのを待ち受けているのですが、最初の頃は「半額だ!安い~!」って喜んでました。DVDが出てからはやはり値崩れしてます。で、「あぶデカ」から「大追跡」「俺たちは天使だ」と続く。見ようと思えばリアルタイムで見ていたと思うのですが、全然記憶にない。「あぶデカ」は、見るのを避けてたし。まさか子供がはまるとは思わなかったです。暇な時はLD鑑賞会が開催されます。最近は「名探偵ポアロ」「トトロ」等もラインナップ。うちほどLDプレーヤーを活用しているところはあんまりないと思います(自慢にならない?)。ポアロさん、好きです。あの時代の雰囲気も、レモンさんも。5月21日に、沢田研二が来る。だからどうってことはないけど、40年経ってもファン、という友人がいるからすごいね。私は、別に「太ったから嫌いだ」というのではなく、好きな歌はあるけど、新しいのばっかりしか歌わないらしいし、もともと、「ピー」(なんとなつかしい)のファンだったから。人見豊さん、まだ先生されているのかしら。9月22日で、59歳になられるはずです、かね?もうひとつ、以前好きだったものについては、また明日。
2006.04.10
コメント(0)
昨日、帰りに、「日向みかん」味のジャイアントポッキーを買ってきました。(グリコです)。柔らかい、柑橘類のほのかな苦味=美味です!! 1本当たり52.5円(つまり税込み1050円)。グリコのホームページで見たら、同じ値段。送料(315円)だけ高いんだね・・・。そもそも、なぜ齢50を過ぎてからも、年齢から来る「ドライアイ」にも負けず、パソコンの前にいるかというと、「点訳」をやっていたのです、6~7年前から、パソコンで。くたびれるとオークションを覗く、というパターンから、オークションの合間に「点訳」のキーを打つ、というパターンに替わったのは3~4年前から。「点訳」は、この春で止めることにしました。一生懸命やっても、本当にまちがいが多くて(2回ほど校正をしてもらうんですが、すさまじい訂正の量)自分がいやになってしまったのと、原本を見ながらキーを打つのが、目の焦点の関係で、かなり疲れるようになったことで。6冊くらい仕上げました。長くやっているわりには身につきませんでした。好きなんですけどね。先月の末、ピアノの調律をしてもらいました。ピアノ周りが本置き場になっていて、かなり前から、蓋を開けていないし、ピアノカバーに虫食いがあるのは判っていた・・・わかっていたから頼めなかった ^0^:)。11年ぶりだったんだって。中のフェルト部分も、虫が食ってて、ぎりぎり弾ける状態で、セーフ。お掃除に時間がかかった。ピアノが好きなんです。弾けないけど。ピアノがあるだけで嬉しいです。何故か?なぜなんだろう。誰も弾かない(=can not)ピアノなのに。ひょっとしたら、同年代の女性にはわかってもらえるかも・・・と。「自動演奏」の器械があるんだけど、30年前と値段が変わらない=性能アップのため。30数万するの。誰か後付けの、それを安く手に入れる方法を知りませんか。私は物で癒される人なのかな~と思います。貴方はどうですか?
2006.04.09
コメント(0)
昨夜、ストーブに乗っけていて小豆が炊けたので、朝からもち米を炊いて、おはぎにしました。お隣の宮崎県まで出かけます。9時50分に家をでて高速に。高原というところで降りて、221号に入り、「東(つま)霧島神社」へ。(パソコンで一応地図は見たけど)行ったことがないので、「ローソン」で、道を聞いたら、其処の先からちゃんと標識がありました。途中で、農作業中の方に聞いたらすぐそばでした。皆さんお世話になりました。ありがとうございます。雰囲気はあるけど、ふもとは ちょっと,乱雑な感じ。でも、石段(鬼が一晩で築いたという)を登った上にある本社は、「かむさび」てていい感じ。後で、お嫁さんのお父さんがここで「厄払い」をしたと聞いて、20年前はもっといい感じだったのだろうと思った・・・ちょっと寂れすぎというか、ふもとは俗化しすぎてる・・・「フゾロッカ」(^^)ってか・・・「宇佐神宮」の時に感じたのとはまた違う。それから、道を間違え、間違えしながら、「珈琲の実」というところで、「カレーセット」を食べた。カレーはちょっと、缶詰のカレーみたいな匂いがしたけど、具はエノキやたまねぎだったから・・・肉、入ってたかな?・・・やっぱり手作り?サラダの量がいい。バックミュージックはジャズ。(農協の横のお店です)。珈琲は、薄めの色の濃くのある、マスター自慢の、って。
2006.04.08
コメント(0)
新しく来た先生の名前を神田(かんだ)先生に聞いた。「いとうせんせいよ」「どっちのいとう?」「伊東ゆかりの伊東」「じゃ東ね」「いや、藤」「伊東ゆかりは東よ」「伊東ゆかりって誰?」(若い先生)「あなたがかんだ、わたしはうえの」ってやつでしょ」(歳かさの☆・・男の先生)「あなたはかんだわたしは☆ってか」わかった人だけ大爆笑!!!
2006.04.07
コメント(0)
午後1時10分集合だと言うのに、1時にはみんな集まってて、早めに始まった正式名称「委嘱状交付式」。その後、おのおのの赴任校へ。校長は新任、教頭は2年目。私は2年目。つまり、教頭とは、1年間一緒だったんだけど、・・・お若い方とは馬が合いません???なんか、心に澱が残るのだ。なぜだろう。割と生徒数の多い学校だから、先生方も多い。5人、新しい先生が入られたようなので、5人出られたのかな。あんまり深い付き合いをしていないから(今日も「スタート会=飲み会 です」と言われたけど断った)、どなたが転任されたのか良くわからない。多分そんな風だから、教頭が嫌がっている(?)んだろう。飲み会大好き人間っているんだ。それはそれでかまわないから、飲み会を減らしてもいいんじゃないかな~。ここは「職員旅行」ってのもあるんだよ。いまどき時代遅れ~・・・って、其処までして親睦を図らないといけないくらい忙しいらしい。口紅を忘れて(バッグを換えたので)、100円ショップで、あわてて買ったら、「元先生」という人が多いから、口紅なしのお化粧もちらほらおられた。仕事の時はめったに口紅つけないんだけど。生来の性格か、田舎に住んでいるからか、私は「飲み会」が嫌いです。もともと我侭ではありますが、気を使いながら食事するって、どうよ!?イヤじゃ。断じてイヤじゃ。去年新任の時でたけんよかタイ。断る口実に困るんだな~~。
2006.04.07
コメント(0)
昨日のプラスッチク衿芯は、先方が自分のミスを・・・折れないようにしなければいけないとわかっていながら手立てをしなかったということを、しっかり判ってくれて(くるくる丸めて包装すればよかっただろうに)全額返金してくれました。でも、折れ折れの衿芯は残った・・・使わないとしょうがないかな。ところで、キモノ仙臺屋2号店さんの補正下着(お気に入りをクリック)、誰か買いません?今ならポイント3倍よ。5800円が3500円(税込み3675円)になるんだよ、2つ希望があれば。送料が630円というのがちょっとね~~。明日昼から、役所にて、任命式。その後4時間、仕事というか、打ち合わせ。午前中4時間の、学習サポーターなんです、私。毎年更新、1年契約。同じ学校には3年までいられるのですが、毎年、予算が付くのかしらと気にかかります。今年も大丈夫のようです。春休みの間ぼ~~っとしてたから、脳内環境がちょっと心配。いくつか並行して読んでいた本は、ドナルド・キーン「思い出の作家たち」、宮本常一「忘れられた人々」、福沢諭吉「学問のすすめ」、「英語達人列伝」、「ナンバ式快心術」、「娘(あなた)がいま知っておくべきこと」(古い!・・・私の年代ならご記憶あり?)。てんでばらばらですね~。最近根性がなくてしばしば読み飛ばし、「学問のすすめ」は難しいので、音読しております。内容は非常に新しい!100年以上も前に書かれた?のに。突然ですが、昨日出てきた、家のお姑さんのこと(明日から書き込みが減るかもしれないんで)、誰かお友達が残っておられないかしらと思って。昭和のはじめ、(お父さんは)島根出身の天野さん、(お母さんは)鹿児島出身の日高さん、お二人が大阪で出会いまして、所帯を持ちました。姑(よしえちゃん)は昭和7年2月生まれ、長女です。お父さんが先の大戦に出征され、空襲が始まる直前くらいに、鹿児島へ疎開しました。お父さんが戦死されたので、それからは鹿児島育ちです。尼崎から寝屋川に移り住んで、甲子園の近所の小学校だったらしいのですが、私、大阪方面は良くわかりません。いままでいろいろ話は聞いたのですが、只今は「ひ孫・・・つれあいの甥の子」の話ばかりで、私も忘れてしまいました。よしえちゃんのなかには、まだ戦前の甲子園辺りが脈々と息づいている感じです。それほど親しいお友達もいなかったようですが、誰か覚えていてくれる人がいたらいいのにな~と、思います。今年74歳になりました。もう大阪まで行くのはしんどいそうです。ある程度若いうちに、したいことはしておくべきですね。
2006.04.06
コメント(0)
午前中は雨模様。午後から晴れてきました。今日はあたりのようで。やっと今、洗濯物を干しました。今日中には乾かないわね。買い物は車で10分(信号がなかったら5分)行かないとスーパーがない。コンビニは有るけど、おばさんには用はないんだ。以前は、生協オンリーだったけど、子供が大きくなって、家以外での食事が多くなると、どんなに気をつけて食材を選んでいても意味がない感じがしてきて止めた。良心的な生協が時流に負けて合併したこともあるけど。今考えると、貧乏なのによく「無農薬野菜」やら、「国産大豆だけの豆腐」やら、顔の見える生産者の「卵」やら、「豚肉」買えたな~~。今の方がよっぽど吝やね。中身が同じなら安い方がいいもの。冷蔵庫に何にも入ってないから、買い物行かなくちゃ~~・・・面倒くさい。そもそも、なぜ、こんなに田舎に住んでいるのかというと、早い話が、「つれあい」のお父様(つまり舅)に買ってもらったわけよ。ほんとは、舅が退職したら、交代するつもりだったんだけど、その時期、退職時期が55歳だったのに、舅が55歳になる寸前、58歳までになり、58歳になる寸前、60歳までに延長になって、やっと60歳になって、引越ししてきたら、肺がんで62歳で永眠されまして。その間、家庭の事情が変わって、近所にあった建売を購入されまして、そっちに住んでいたんです。つまり、たなぼた式に、家を貰っちゃったのだ!でも近所に、姑がいて、近所のおばさん程度の付き合いだから、「嫁姑問題」なし。みんなに不思議がられるけど、そうなんだもの。で、今、これを書いてるとき来たから、中断したのです。で、ついでに郵便受けを覗いたら、某オークションで仕入れた、プラスチックの衿芯が、入ってた。MMM・・・封筒はぺちゃんこだ・・・「メール便だと折るわけには行かない」から、定形外にしてと言ったのは先方だったのに、それらしい詰め物もなく、そのまま封筒に入っていればどうなるか・・・ものの見事にぺっちゃんこでのご到着と相成りまして。がっかり!しっかり折れ目が!!入っているじゃん。U~~N!悲しい(;;)ご丁寧にメールで事情を説明したら、送料込みで返金しますとの事、それもなんだかな~~自分だったらどうする?私だったらこんな雑なことはしない(キッパリ!)銀行から電話あり。通帳を切り替えるのに機械を(そんなんが今あるんです。今回はじめて知りました)使ったのだけど、(前のが機械から出てくるとは知らなかった)=3月29日=古いのを置きっぱなしですから取りに来てくださいって。さて、買い物に行くか。
2006.04.05
コメント(0)
さてさて、気合を入れて、ン十万するお着物と帯を身につけまして、いざ出陣!なにせ、大学までは車で40分(混んでなければ)。 (大学の)卒業式のときは、佐賀錦の帯の二重太鼓に手間取って、ぎりぎり 滑り込みだったから、 今度は余裕を持って行きたい。しかも、帯は軽い方がいい。ってことで、 今回は帯を銀糸入りのおしゃれ袋帯に替えて。天気は晴れマークなのに何気に怪しげ~~。途中でパラリときたけど、まずは無事、大学のグラウンドに設けられた駐車場に入られた。待つこと10分、その間に、粋な着物を粋に着こなした年輩のご婦人が、2~3列先にご着席。いでたちは、抑えたピンクっぽい藤色に桜の花びらの(たぶん)訪問着。帯は金糸にピンクの柄が入った袋帯。帯締めはピンクと金糸の平織。極めつけは後の紋の位置につけられた、ブローチ?風のおたふく?の飾り。初めて見ました。普通のおばさんにはまねできません。キリスト教系の学校なので、誠に厳かなものです。家は神道なんですけど、キリストさんだと意識しなければ「神」は「神」・人間以外の偉大なものなんだから構わないでしょう。ある小学校の式のときは、来場来賓は一括して一礼にとどめて時間の節約になったけど、この大学は、従来どおり。だけん、だれるとたい。ま、ともあれ、11時過ぎには終った。外は危うい空模様。でも、せっかくだから、着付けの御免状も持っている友人に、見せに行きたい。携帯にかけても、自宅にかけても出ない。途中まで帰りかけたら、「おいでよ」と着信あり。ちょっと立ち寄るつもりが~^0^~家を出たのは2時半。外は雨が降ったりやんだりの、やんだ時。車に乗ったら土砂降り、かみなり。家に着いても、やまない。どうしたと思う?車の中で全部脱いで、下着に裸足で、家に走りこみましたのさ。なにせ、田舎なもので、庭から玄関まで、とお~いの(ちょっと誇張)。土砂降りだから誰も見てない(かったと思う)。たいへんな日になりました。誰だ!?「夕方から雨になります」って言ったのは。午前中から降ったよ。天気予報は大はずれ。
2006.04.04
コメント(0)
明日は娘の入学式です。といっても大学院なので、別に行かきゃならないわけではなく、むしろ「来ないで!」と思っていると思うんだけど、私は行きたい。何故か?着物が着たいから。でも親が出席するのはヘン?行ってもいいのかな~。こんな時しか着物を着られないんですもの。ていうんで、今朝から、着付けの練習中。大変なんです、これが。かっこよく着たいというイメージはあるんだけど、ままならない。思うに、私の子供のころは、まだ、何か事があれば正装は着物だったから、母たちもさっさと着て出かけていたけど、今みたいな着方ではなかった様な・・・。一応見よう見まねで着付けて着ていた私も、昨年、着付け教室に通いましたら、以前のやり方をすっかり忘れてしまいました。あちこち補正をして着るのよ。今、補正がワンセットになったのが、共同購入(仙臺屋2号店)に出てるけど、誰も入れてない。間に合わないし。その着付け教室から行った呉服の問屋さんで、買っちゃったのだ!!(断っておくが買わされたわけではない)。大島が好きな私の前に大島の訪問着が出てきたのだよ。すっかり魅了されちまったって訳。其処に至る経過は、ぼちぼち・・・。さ~て、散らかした着物を片付けるか・・・。
2006.04.03
コメント(0)
桜が満開です。天気予報では午後から「晴れ」になっていたのに、午前中は、真っ暗な空から時折ザア~っと大雨。ほんとにはれるの~と思っていたら、さすが! 2時ごろから晴れてます。昨日久しぶりに息子の節句飾りを引っ張り出して飾りました。お雛様と違って、並べるのも簡単。当時、父が提灯関係の仕事をしていて、節句飾りを扱っている店と懇意だった関係で、「買いに行くぞ」というので、ついて行きました。本当は家は狭いし、父とて金持ちではなく、「いらないな~」とも思ったのですが。父は兜だけの飾りにするつもりだったようです。それはあまりに今風で、大きくて、ぺらぺらと華やかで、私の好みではありません。私がいいなと思ったのは、ちょっとアンティークな色の、小ぶりで姿の良い、落ち着いた鎧兜一揃い。でも、店の中では割と高い部類?(値札がないのでわからない)。でも、どう考えても、ずーっと付き合うなら、良い物がいい。「ごめ~ん。こっちにしてくれん? 高そうで悪いけど」。そんな訳で、金屏風に緑の敷物,太刀,弓矢を添えて、我が家へ堂々と鎮座ましますことになりました。どのように支払いしたのかあえて聞きませんでしたし、母に「いくらだったと?」と聞いても答えてくれませんでした。父も母も亡くなりました。立派な飾りと、それに付随する思い出は残っています。
2006.04.02
コメント(0)
全34件 (34件中 1-34件目)
1


