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. 遊園地それがどんな遊園地なのか知らなかったどこまでもひろがる見世物がどこまでも 並ぶ果てしない 遊園地遊園地内中央所(という名の所)には出入口のない 倉庫のような閉じられた建物がひろがっているいまからすると中央所に こだわるべきではなかったそこは 遊園地の果てだった
2016年12月31日
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退屈そうな人々を眺めながら、自分がたまたま、退屈でなく生きる(何を退屈と感じるかは、人それぞれ)方法をさがしながら生きることのできる状況にいられて、ありがたい、と感じる。
2016年12月30日
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奇数を、Y(整数)を使った4つの式で、4つのグループに分けてください。簡単すぎるかもしれませんし、なかなか思いつけないかもしれません。ただ、ぼくは、なんだかとてもおもしろく感じる(感覚的に驚く)のでした。答は明日、ここのコメント欄に書きこみます。
2016年12月29日
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. 旅の方針そこへ出かけるには(そうですね、)近い準備がいりま す。旅のちずを見る自由同じ土地の地図なのにそれぞれの地図がくいちがっていて(ところで、)ところで、近い準備って何よ?いっしょに出発するつもりが地図の方角がちがっていてちずの無い向きへ と方針をひるがえして
2016年12月28日
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何かがおかしい、と感じて、私の人生の、残りのじかんを眺めてみる。なるほど、減りつつあるのはあきらかだ。あきらかに減ってゆく…それはそうなのだけれど、減ることがおかしいわけではなくて…人はみな、それぞれの特殊な状況をそれぞれ生き抜けてゆくにせよ、たまたま私の特殊な状況のなか、期間限定の人生という奇妙なゲームに参加しているなか、奇妙であることがおかしいわけではなくて…眠い。眠気のなかでは、ゲームにうまく参加できない。なるほど、こんなふうにして、ゲームができなくなってゆくのだろう…
2016年12月27日
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. さいころ ひろう10えん 拾ったじつは ねさいころを拾いたかった10円では 表と裏とそれだけの話海に投げれば10円でさいころを作るには6枚必要か どうか10円でさいころを買ったさいころの値段は秘密だ
2016年12月24日
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ていねいに目を凝らして、心身を凝らして、生きて(いま存在してることを、できるだけ、ほんとうのように、感じて)みれば(そうしようと、ふと、ふかく、試みれば)、予想できなかった、「私のためだけの、個人的な享楽」、が目の前に、予想できなかった姿して、出現していて、ぼくは、おどろく。
2016年12月23日
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瞑想の快楽を、もし、確信しているのなら、瞑想の快楽を、生活の基盤として暮らせばいいのに、どうゆうわけか、戸惑っているようなのは、瞑想の快楽とは別の場所で、日常生活の快楽が、ひろがっているからなのかもしれない。
2016年12月20日
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偶数を、Y(整数)を使った3つの式で、3つのグループに分けてください。簡単すぎるかもしれませんし、なかなか思いつけないかもしれません。ただ、ぼくは、なんだかとてもおもしろく感じる(感覚的に驚く)のでした。答は20日にコメント欄に書きこみます。
2016年12月17日
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「校閲ガール」を読んで、おもしろいとは思うけど、まあね、と思ってたのですが、続編の「校閲ガール ア・ラ・モード」を読み始めたところ、「校閲ガール」と同じようにおもしろいのだろう、という期待は、読みだしてすぐ、残念ながら裏切られ、えっ?、なんでこうする(こう書く)の?、といった感じで、ちょっとがっかりしつつ読んでたのですが、ところが、そのあと、しだいに、おお!、すごくよくできてる、なるほど!、と感心しました。ということで、「校閲ガール ア・ラ・モード」はおすすめです。おすすめ、なのですが、「校閲ガール ア・ラ・モード」を楽しむためには「校閲ガール」を読まなくてはなりません。でもまあ、「校閲ガール」もかなりおもしろいので、まずは「校閲ガール」を読んで、そして、「校閲ガール ア・ラ・モード」に感心する、といった感じでしょうか…
2016年12月14日
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林芙美子さんの「帯広まで」の冒頭部分が魅力的なので、引用してみました。『水気の多い南風が吹いていて、朝からごろごろ雷が鳴っていた。昼から雨になった。伊代は九太から手切れの金だと云って貰った四拾円の金を郵便局に貯金に行った。雨の中を傘もささずに歩きながら、伊代は足が地につかないような、ふわふわした気持ちであった。四枚の拾円札が貯金の通帳になってしまうと、手も足も風にもぎとられて行ったような変な淋しさになった。心のうちには、夫婦ぐらしが終りになったら、こんな卒業証書を貰うものかと、伊代は歩いて帰りながら、そんな事を考えていた。市場の前を通ったが、九太と連れ添っていた時のような食慾はなかった。それでも伊代は目をつむって通った。目をつむりかけた時、八百屋の店先きには、熟した桃の並べてあるのが眼に写った。酢っぱい唾がごくんと咽喉を潤おした。伊代は桃を買って帰った。』
2016年12月13日
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3分あれば、状況が変わるので、状況を変えれるので、状況を変えようとして、状況を変えられるものならば、3分あれば、世界は変わる。
2016年12月09日
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ひとつぶし脳の中の登場人物たちをひとつひとつ潰してゆく登場人物たちの顔も形も薄くなって区別できないくらいまで登場人物たちの声も色も薄くなって区別できなくなってもうそれほどがんばってつぶさなくてももうほとんどの人数は見えなくなって少し残った薄い 人 影 揺れて
2016年12月08日
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日常生活への個人的な介入というか、「私の個人的な日常」に「私の個人的な特定の行為」がしっかりと組みこまれないと、私はいやな気分になる。なので、気分のため、私は私の個人的な日常に私の個人的な特定の行為によって介入する
2016年12月06日
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久しぶりの映画館で、「この世界の片隅に」を見ました。いい映画だとは思いますが(個人的には)ものすごくいい映画だとまでは思えませんでした。ただ、かなりの確率で、泣けます。最近泣いたことないけど、映画で泣くのもいいかな、というような人にはおすすめです。
2016年12月03日
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これを拡大すると…拡大写真(クリックしてね)さらに、拡大された写真もまた、パソコン画面でさらに拡大できます !
2016年12月03日
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いまの時点で、これから起こりえることも、ものによっては、ある時点まで進んでしまえば、起こりえなくなる。つまり、いまの時点から、ある時点まで、だけに起こりえることは、ある時点から先は、起こりえない。
2016年12月01日
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