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十条駐屯地こそこそ話 その1
十条駐屯地の自衛官や技官は、幹部自衛官を除いてあまり転属しません。補給処業務は熟練を要する業務が多いことが理由だったようです。十条駐屯地の自衛官の業務は、一般的な自衛隊の業務と異なり民間の工場勤務のようなものでした。そのためか、意識の高い者とそうでない者に二極化していたように思いました。業務や訓練に物足りなさを感じる者は、危険物取扱者等の公的資格を取得したり部外の学校等に通って自己研鑽に励んでいました。しかし、十条駐屯地のぬるい水に慣れてしまった者は、日常業務をただこなすだけでした。そうした自衛官は演習や訓練の多い武器隊や野整備中隊への転属を忌避していました。
私が警衛勤務に上番したある日、整備部勤務の某1曹が出勤して来なかったため、整備部関係者や警務隊が捜索に出ました。朝、自宅から出勤したことは家族の話で分かっていたので、駅周辺や親戚宅等を捜索したようですが発見されませんでした。1週間ほど経って、行方不明になっていた1曹が都内の駅で発見されたとの報が整備部内に流れました。噂では某1曹は仕事や家庭が虚しくなって衝動的に出奔したとのことでした。丁度、私は某1曹が公用車で護送されてきたところに居合わせたのですが、魂の抜けたような空虚な顔をしていました。
当時の私には某1曹の失踪は理解しがたい行動でしたが、今になって思えば40~50歳台というのは気力や体力が衰えて、仕事の先も見えてきて意欲が減退するのは当然です。また、将来に対する不安感もあったのかもしれません。自衛官は早期退職制度のため、早ければ53歳で定年退官することになっていました。退職後は、警備会社や保険会社等に転職する人が多いようですが、仕事や新しい環境に馴染めない人が少なからずいるようです。また、年金も他の公務員に比べて少ないので、経済的な不安を感じている人が多かったようです。
十条駐屯地こそこそ話 その2
十条駐屯地勤務は、自衛官、特に幹部にとっては島流しの地だったようです。武器科の幹部は一般大学の工学系の出身者か部内幹部候補生の出身者が多く、防大出身者はほとんどいませんでした。駐屯地司令を除く幹部自衛官は3佐で定年を迎える人が多かったようで、私が十条駐屯地配属当初の火器工場の工場長もそうでした。十条駐屯地から栄転するような幹部は見たことがありません。逆に他の部隊から転属してくる幹部は何人かいましたが、概ね十条駐屯地が最後の勤務地だったようです。
ある日、総務部の知り合いの陸士から、十条駐屯地に1佐が転属してくるという話を聞きました。1佐といえば連隊長クラスの階級です。1個連隊は、編成にもよりますが定数約1,100名なので、連隊長は大企業の部課長や工場長クラスかと思います。十条駐屯地は、駐屯地司令が1佐で、他に1佐のポストはありませんでした。そのため、どういう事情で転属してくるのか皆不思議がっていました。

ほどなくして、その1佐が転属してきました。普通、転属した者は駐屯地の合同朝礼で紹介されますが、なぜかその1佐の紹介はありませんでした。しかも、その1佐のポストは「十条支処総務部付」でした。仕事は特に無く、ただ出勤して退庁時刻まで自分の机に座るだけだそうでした。何事か不祥事でもやらかして飛ばされてきたのかと勘繰る者もいました。
ある日、私は誰かと一緒に駐屯地内の大通りを歩いていると、大通り沿いの芝生に制服を着た幹部が体育座りをしていました。奇妙に感じましたが取り敢えず敬礼したのですが、反応はなく訝(いぶか)しく思いました。総務部の同期に芝生に座っている変な幹部がいたが何者かと尋ねると、例の転属してきた1佐だというのです。詳しく聞くと、その1佐は防衛大学校出身で幹部自衛官でもかなりのエリートで、上級指揮官・幕僚として必要な知識技能を修得する「指揮幕僚課程:CGS」か「幹部高級課程:AGS」の学生だったようです。将来は師団長、方面総監、幕僚長への道が開かれる課程ですが、大変な難関で課程履修中に出される課題や試験は非常に厳しいものだそうです。その1佐はある試験で落第してしまい、そのことがきっかけで精神疾患に罹患してしまったとのことでした。
40歳台と思われるその幹部は、しばらく家族の付き添いで十条駐屯地に通勤していたようですが数ヵ月後に退官したそうです。退官するとき駐屯地に家族が引き取りに来たそうですが、家族の胸中いかばかりか察するに余りあると思います。自分で選択した道とはいえ、家族からすれば「自衛隊に殺された」と思われても仕方ないのではないかと思います。
ここ10数年で職場や学校等でのメンタルケアが普及して、自衛隊でも海外派遣や災害派遣に参加した隊員のメンタルケアを積極的に実施しているようです。当時は、「本人の責任」、「適性がなかっただけ」、「運がなかった」と安易に片付けられていました。しかし、精神疾患等による人的損害は経済的損失だけでなく士気の低下を招きます。戦闘等の過酷な状況下に置かれる自衛官なればこそ、メンタルケアは重要であり隊員のセルフケアの能力向上を図ることにも注力してほしいものです。
陸上自衛隊武器補給処十条支処勤務の顛末 … 2024.01.01
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