PR
Calendar
Comments
Keyword Search
十条駐屯地こそこそ話 その3
私が先任士長となった頃、誘導武器部補給課に新隊員が配属されたました。その新隊員は地対艦誘導弾やホークミサイル等を整備する部署に配属されたそうですが、虚言癖のある評判の悪い隊員だったそうです。ある日、駐屯地に警察が来たというので騒ぎになりました。原因は、誘導武器部で窃盗事件があり、その犯人が引き渡されたとのことでした。その犯人は例の虚言癖の隊員でした。

誘導武器部にいる同期の話では、日頃から自分は金持ちで高級車を持っている等の虚言が甚だしく、外出しては飲み屋で嘘を吹聴していたようです。そして、消費者金融で借金をしていたようでした。その隊員は、配属先の部署で保管されていた貴金属を盗み出して廃棄物業者に売り、百数十万円の金額を得ていたそうです。しかし、すぐに足が付き犯行がばれたそうです。
ミサイル等の誘導武器には基板やコネクター等に金銀等の貴金属が使用されており、基板等を廃棄するとき貴金属を取り出して地金にします。スチールロッカーに保管していたその地金を、何かしらの方法で盗み出したそうです。しかし、盗み出した直後に発覚して部隊内で内偵が行われたものと思われます。
自衛官の不祥事として、窃盗は時折発生していたようです。営内の個人用ロッカー等から財布や貴重品が盗まれたり、部隊の備品が盗まれたりすることがあったそうです。幸い私は被害にあうことはありませんでしたが、営内には信用できない者もいたので用心していました。しかし、鍵を掛けていないロッカーに現金入りの給料袋をそのまま放り込んでいる古参陸曹もいたそうで、そのような安易な行為がいらぬ事件を誘引すると内心はがゆく思いました。
十条駐屯地こそこそ話 その4
冬のある日、建て替えられて間もない隊員浴場に出掛けました。私は大学が冬休みで営内に残留しおり、私以外の営内班の陸士は外出していたので1人で浴場に出掛けました。普段は通学していたので帰隊後はシャワーしか浴びていなかった私は、新しく隊員浴場の広い湯船に浸かれると期待して出掛けました。

浴場はあまり混雑しておらず、私は浴槽に肩まで湯に浸かり”十条温泉”を堪能していました。私の前に50歳台と思われる細身で白髪頭の人が湯船に入ってきました。その人物は、脱衣所で見掛けた誘導武器部の当直幹部でした。その人物は、湯船に浸かると目を閉じて座っていましたが、突然湯の中に沈んでいったのです。最初は変なことをする人だと思ったのですが、湯から出てこないので様子が変だと感じて近づきました。すると、力なく湯の中で漂っているので慌てて湯船から引き上げました。
浴場のタイルの上にぐったりと横たわっていましたが自発呼吸はしていたので、取り敢えず部隊の救急訓練で教わっていた気道確保のための回復体位という横寝の姿勢をとらせました。呼び掛けに反応せず嘔吐し始めたので、周囲の人に助けを求めました。すると、ある陸曹が声を掛けてくれたので、衛生班を呼んでほしいと頼みました。その陸曹は、すぐに浴場から駆けだして衛生班の隊員を呼んできてくれました。衛生班の隊員と私は、駆け付けた駐屯地の救急車に倒れた当直幹部を運び込みました。ちなみに、自衛隊内で救急車は、英語の”アンビュランス:Ambulance”と呼びます。

その後、倒れた当直幹部は近隣の病院に搬送されたそうですが2日後に死亡したと聞かされました。死因は脳卒中だったそうです。その当直幹部は退官間近で、大学生の子供がいたそうです。人の死を間近で見たのはこの時が初めてでしたが、自分の対応が正しかったのか今でも自問自答することがあります。なぜ自衛隊のような救急救命の必要が生じやすい業務にもかかわらず、隊員に対して救命訓練を積極的に実施しなかったのか疑問でした。後年、消防署の上級救命講習やスポーツ指導者の救命講習を受講しましたが、当時私が自衛隊で受けた救命訓練は比較できぬほどお粗末でした。(包帯の巻き方や骨折時の三角巾の使い方程度)
ちなみに、私が助けを呼んだとき、後に任満除隊した誘導武器部の同期がいました。しかし、面倒事に関わりたくなかったのかそそくさと浴場から逃げてしまいました。酷い野郎だと思いましたが、浴場内には他にも何人か人がいて気付かなかったのか誰も進んで手を貸そうとする者はいませんでした。実に残念でした。
陸上自衛隊武器補給処十条支処勤務の顛末 … 2024.01.01
陸上自衛隊武器補給処十条支処勤務の顛末 … 2024.01.01
陸上自衛隊武器補給処十条支処勤務の顛末 … 2024.01.01