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自衛隊の地位
自衛官の地位は、他の国家公務員や地方公務員と比べると総じて低く見られているように感じました。ある自衛隊幹部が自治体の災害対策会議に出席したとき、県幹部、警察、消防はテーブルを囲んで座っているのに自衛隊幹部は部屋の隅に座らされて会議中発言を許されなかったそうです。自衛官幹部の中には、自治体に言われるまま防災訓練や災害派遣に人員機材の供出を協力させられることに憤慨していたと聞きました。災害派遣は自衛隊の重要な任務ですが、自治体が自衛隊の行動を制限したり自衛隊側の進言を無視したりすることもあったそうです。東日本大震災等の災害において、自衛隊が必要不可欠であることが社会に広く認識されるようになったとはいえ、防衛省以外の官庁や自治体によってはいまだに自衛隊を格下に見る傾向があるそうです。
また、私が十条駐屯地に配属された頃、防衛庁官舎は近隣の都営アパートよりも狭く老朽化していました。引越しの手伝いで官舎に行ったことがありますが、天井が低く色褪せた畳の狭い部屋はとても公務員の官舎とは思えませんでした。環状7号線沿いにあった高級マンションのような某省庁の官舎と比べると雲泥の差でした。国の役所には、省の付く役所や古い組織ほど新しい省庁を格下に見て侮る傾向があるそうです。自衛隊は比較的新しい組織であり、当時は防衛庁であったことからさらに格下扱いされていたようです。しかし、近年隊舎等が建て直されてきれいになっているのを見ると、2007年に防衛庁が省に格上げになった効果ではないかと思います。

自衛隊の海外派遣
1991年(平成3年)、大学の研究室で卒研を行っていた時、研究室のテレビでは湾岸戦争の実況中継が放送されていました。当時、国会では海上自衛隊の掃海艇部隊をペルシャ湾に派遣するかしないかで揉めていた時期です。掃海艇は小型艦艇で外洋を航行することは非常に困難で、釣り船で遠洋漁業に行くようなものでした。この話をニュースで知った時、”机上の空論”という言葉が脳裏に浮かんだことを覚えています。このような国際平和協力活動に関する議論から分かるのは、国会議員、官僚、マスコミがいかに国防軍事に疎いかということです。自衛官は、素人同然の国会議員による議論と採決された法律に基づいて危険な任地に派遣されます。自衛隊は1992年のカンボジアPKO派遣から海外派遣が任務として課されるようになりましたが、体面ばかり取り繕う”机上の空論”に翻弄される自衛隊の姿を痛々しく感じました。
ペルシャ湾への掃海部隊派遣に始まり、カンボジアPKO派遣、ゴラン高原の停戦監視任務、イラク派遣、ソマリア沖海賊の対策部隊派遣、東ティモール派遣、南スーダン派遣と自衛隊の海外派遣は続いています。任務内容や危険度は違えども、直接戦闘にまで至った事例はなく自衛官の死傷者は出ていません。しかし、いずれ戦闘により死傷者が出る日も遠くはないと思います。そのとき、何のために派遣するか、何をするのか、国民や派遣隊員に対して明確に説明できるのか、実に心許ないと思います。死傷者が出るような状況が発生したとき、如何に対応するか楽しみです。曖昧で不明瞭な派遣目的で、現地の実情に合わない装備を持たされ、現地部隊の要望を軽視した命令が発せられ、死傷してもすぐに忘れ去られるようなことになれば、派遣隊員は死んでも死に切れないと思います。
また、派遣部隊の隊員の自殺者数が多いことは、直接戦闘に巻き込まれずとも過酷な状況下でのストレスが如何に人の心を破壊するかが分かります。海外派遣は危険な任務であることは覚悟していても、いざ派遣されて現地での想像以上の緊張感や重責に苦しむ者が大勢いたことは想像に難くありません。せめて海外派遣が直接、間接に関わらず多くの人々を窮地から救う有意義なものであることを願うばかりです。
2024年現在、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻の話題が報道を賑わしています。しかし、どこか他人事で、一過性の出来事のように感じます。支援物資を送ることや避難民を受け入れることも大切ですが、日本に武力攻撃があった場合の対応について改めて考え直すべきと思います。自衛隊がどこまで対応できるのか未知数ですが、自然災害も同様で国民はただ支援を受けるだけの受動的な立場でいいのか考え直す時期ではないかと思います。
陸上自衛隊武器補給処十条支処勤務の顛末 … 2024.01.01
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