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2010年10月09日
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先に 賢治の短篇 を紹介しましたが、あえてひとつ紹介し残した短篇があります。
「烏の北斗七星」 です。
戦争状態における非常に厳しい問いかけがここにあるからです。と、言うことを気づかせてくれたのは、実は小森陽一さんの先に紹介した著書 「ことばの力 平和の力」 によってです。此処で、小森さんは丸々一章を使ってこの短篇を解説しています。ああ、「深読み」とはこういうことを言うのだなあ、と感心したものです。
短いので出来たら青空文庫で読んでいただければ私の言うことも少しは伝わるかと思います。

「烏の北斗七星」(宮沢賢治1924)青空文庫
烏同志で戦争をしているある軍隊の中で、烏の恋人たちの戦闘の前の日から朝にかけての短い話です。大尉の烏は恋人に明日の戦でもしかしたら死ぬかもしれない、という覚悟を伝えます。そうして戦の日の朝、たまたま偵察に来ていたい山鳥を見つけ、撃退するのです。それで急に大尉は一つ階級を上ることになる。けれども、大尉はそうやってたまたまやってきただけかもしれない山鳥の運命を思って泪する、という話です。

一般的には 「ああ、あしたの戦でわたくしが勝つことがいいのか、山烏がかつのがいいのか、それはわたくしにわかりません」「どうか憎むことの出来ない敵を殺さなくてもいいように早くこの世界がなりますように」 大尉にこう呟かせる賢治の明確な反戦意識を指摘するだけの評者が多いようです。また、この呟きから、この作品を賢治の「よだかの星」の先駆形とみなして分ったように無視する人も多いようです。



「報告、きょうあけがた、セピラの峠の上に敵艦の碇泊を認めましたので、本艦隊は直ちに出動、撃沈いたしました。わが軍死者なし。報告終りっ。」
 駆逐艦隊はもうあんまりうれしくて、熱い涙をぼろぼろ雪の上にこぼしました。
 烏の大監督も、灰いろの眼から泪をながして云いました。
「ギイギイ、ご苦労だった。ご苦労だった。よくやった。もうおまえは少佐になってもいいだろう。おまえの部下の叙勲はおまえにまかせる。」
烏の新らしい少佐は、お腹が空いて山から出て来て、十九隻に囲まれて殺された、あの山烏を思い出して、あたらしい泪をこぼしました。
「ありがとうございます。就ては敵の死骸を葬りたいとおもいますが、お許し下さいましょうか。」
「よろしい。厚く葬ってやれ。」
 烏の新らしい少佐は礼をして大監督の前をさがり、列に戻って、いまマジエルの星の居るあたりの青ぞらを仰ぎました。(ああ、マジエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいいように早くこの世界がなりますように、そのためならば、わたくしのからだなどは、何べん引き裂かれてもかまいません。)マジエルの星が、ちょうど来ているあたりの青ぞらから、青いひかりがうらうらと湧きました。


「新しい少佐」 という言葉を何度も繰り返します。そうして、元大尉が死んだ山烏のことを思って 「あたらしい泪をこぼしました」 のは、少佐に昇進した直後なのです。それまでは勝利を収めたことに涙し、そして昇進したことに非常に喜んでいたのです。なぜならば、当時の軍隊の階級組織を知っていればすぐわかるのですが、少佐に昇進したとたんに彼は前線に行かなくてすむようになるからです。山烏を殺したときに元大尉のこころに去来したのは、「これで戦いで死ななくて済む、恋人と一緒にいられる」ということだったのではないでしょうか。

「よだかの星」では食物連鎖によって命を奪うことの空しさを覚えるヨダカがいたのですが、ここでは戦争の論理だけでなく、軍隊の論理によって自らの欲望によって、「憎むことのできない敵」を殺すことの「修羅の道」を描いているのです。

元大尉の仲間たちはそのことをみんな見抜いていました。
あしたから、また許嫁といっしょに、演習ができるのです。あんまりうれしいので、たびたび嘴を大きくあけて、まっ赤に日光に透かせましたが、それも砲艦長は横を向いて見逃がしていました。
そのようにこの短篇は終わります。

この大尉はまだ、信仰によって人間性は保たれていますが、やがては相次ぐ戦争と軍隊の論理により、人間性もなくなっていくだろうということも予感させるような短篇です。もちろん賢治がそこまで突っ込んだ短篇を描いたことはありません。昭和の初期1933年(昭和8年)に彼は亡くなるからです。彼がもし戦後まで生きていたならば、必ず「平和」をテーマにした作品を書いていたことでしょう。そこまで深読みが出来る短編です。

ちなみに、この烏の軍隊、許嫁は同じ軍隊にいる大尉なのです。なんとアメリカと同じように、男女平等なんですね。当時としてはびっくりの進んだ設定です。





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最終更新日  2010年10月09日 14時53分05秒
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