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2011年08月17日
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「渚にて 人類最後の日」ネヴィル・シュート 創元SF文庫

「それに対して、どんな手立ても取れないというの?」
「そうだ。人類が対抗するには規模があまりにも巨大すぎる。ただじっと受け止めるしかない」
「わたしはいやよ」モイラは強い調子で言った。「そんなのおかしいじゃない。南半球じゃだれも核兵器なんか使ってないんでしょ。水素爆弾だろうがコバルト爆弾だろうがそのほかのどんな爆弾だろうが、オーストラリアはぜんぜん発射なんかしてないじゃないのよ。なのに、一万キロも二万キロも離れた国がやり始めた戦争のせいで、どうしてわたしたちが死ななきゃならないの?ほんとにバカげた話よね」
「きみのいうことはもっともだ」とタワーズ。「だがどうしようもない」


1957年の作品である。第三次世界大戦によって、核兵器戦争が起こり、先ず北半球が全滅したあとの世界を描いている。

時は1957年オーストラリア、クリスマス前。現代の映画界では年に五本以上は作られる「世界滅亡モノ」である。しかし、けっして英雄が現れて世界を救ったり、宇宙人が現れて選ばれし者を連れて行ったり、宇宙船で逃げたり、タイムパラドックスが起きたり、あるいは地獄と化した世界で少数の人間が桃源郷に逃げ込んだり、延々と非人間になった人間から逃げる話ではない。

最初は極めて普通の日常が描かれる。だれもパニックになってはいない。まだテレビ時代ではないので、世界から届く情報はほとんどない。しかし、まるで桜前線のように放射能前線が次第に南下しているということだけはみんな知っているのである。北半球のどの都市も、タワーズ艦長の赴く原子力潜水艦の調査ではほとんど従容として全員死を受け入れたように思える。年が変わってやがて三月ごろになると、みんな九月には死んでしまうだろうと分かってくる。誰もそれから逃れようが無い、という前提でこの小説が書かれている。登場人物たちは誰一人われを忘れてパニックになったりはしない。それぞれのやり方で死んでいくのである。

現代はおそらくそうではない。おそらく極めて早いスピードで情報が飛び交い、僅かだが確実に生き延びる知恵が人類共通のものになり、大パニックが起きるだろう。

だからこのような小説や映画はもはや過去のものなのだろうか。そうではない。そうではなかった。

鏡明は解説でひさしぶりに 「この作品を読んで、ほのぼのとした気分になったと言った。「渚にて」が変わったのではない。世界が変わり、私も変わったのだろう」 と書いた。改訂新版が出た2009年ならば、たしかにこのような感想を持つことは当たり前だった。私もほのぼのとした気分で読んだかもしれない。(たった、2年前だけど、なんて過去のことに感じるのだろう)2年前の情勢とはつまりはこうだった。世界はさらに緊迫度が増している。当時では「核戦争だけ」が世界滅亡の危険要因だった。しかし、半世紀が過ぎて地球温暖化、水、食糧問題、そしてエネルギー問題と滅亡要因はますます多様化複雑化していた。この小説のように単純に滅亡を迎えることが出来るのは、むしろ幸福かもしれなかったのである。

そしてフクシマが起きた。私はもはや、他人事の風景としてこの「滅亡を迎える日常」を読めない。

(自分の知らないところで始まった原発ムラのミスのせいで)「どうしてわたしたちが死ななきゃならないの?ほんとにバカげた話よね」と絶望を叫ぶ子供たちの心像風景を私たちは知った。



主人公の二人の男女はお互いに愛し合っている。けれどもけっして性的な関係を持とうとはしない。男性には北半球に妻と子供がいて、それを裏切ることが出来ないとお互い知っているからである。 「もしこの先、ずっと人生があるなら、話は違うでしょうけどね。それなら奥さんを泣かせてでもドワイトを手に入れる価値はあるかもしれないわ。そして子供も作って家庭を持って、一生を共に暮らすの。そうできる望みがあるなら、どんな犠牲も厭わないわ。でもたった三ヶ月の楽しみのために奥さんの名誉を傷つけるというのはーしかもその先に何も残らないというのはーとてもその気になれないわね。」
……少し内容は違うが、人間は「誇り」をもてるのだ、ということを我々はこの五ヶ月いたるところで見た。

私は今回、鏡明とは違い、暗い気持ちでこの小説を読み終えた。 「「渚にて」が変わったのではない。世界が変わり、私も変わったのだろう」

「"戦争の時代"といわれた20世紀が終った。冷戦は終結したが、その余波は別の形で多くのところに現れている。(略)未だ終らない核の恐怖。21世紀を生きる若者に、ぜひ読んで欲しい作品だ」 と故小松左京はまるで遺言のように帯で書いていた。

「誰もこの戦争を止められなかったの?」
(略)
「新聞だ」とホームズは答えた。「新聞によって人々に真実を知らせることは可能だったはずだ。だが、どの国もそれをやらなかった。わがオーストラリアでさえだ。それこそわれわれの誰もが愚かすぎたからだ。われわれ国民は水着美女の写真や暴力事件の見出しなんかばかりに目を惹かれしまっているし、政府は政府で、そんな国民を正しく導けるほど正しくは無かった」
メアリはまだよく理解できないという表情をしながらも、「じゃ、このごろはもう新聞がなくなって幸いだったってことね。たしかに、あんなものないほうが毎日楽しかったわ」


この後、映画の「渚にて」を見た。1959年作品。グレゴリー・ペックがタワーズ艦長、モイラはエヴァ・ガードナー、小説では技術士官に過ぎなかったジュリアンにフレッド・アステアを配し、彼の発言によって明確に反核映画になっている。舞台は1964年になっていて、最後の誰もいない町に横断幕「兄弟よ、まだ時はある」がたなびいているところで終わる。





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最終更新日  2011年08月17日 13時11分32秒
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