November 17, 2008
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12月になり、どこを見ても真っ白で一日中プラス気温にならない「真冬日」が殆どになりますと、酷寒の地に住む私たちもやっとあきらめて冬に立ち向かって行くわけです。

わたくしが幼少の時には何日も間続けて-30度を突破しその前後も-20度、12月中旬から2月の上旬までは殆どが-10度を超えるのですから、断熱技術の進歩していなかった昔は、毎日完全に水道を元栓で落とさなかったら翌日には100パーセントの確率で凍結をしたものです。
車両のエンジンオイルも今のように柔らかくて良いものもありませんでしたので、車庫に入っている車もセルでエンジンを高速で回せず、寒さで弱ったバッタリーがあっという間に上がってしまい、早朝から電装屋さんが、大忙しで街を走り回っていたものでした。

わたくしは若い頃、今の職場に移るまでの10年間「公安委員会指定自動車学校」の技能指導員をしていました。普通車、大型車、大型特殊車両、自動二輪の教習を担当しておりました。夏場は主に自動二輪を担当し、陸上自衛隊の偵察部隊を指導していたこともあります。(モトクロス用のオートバイで偵察するそうです。卒業後もアクロバットのような技術を習得するまで訓練するそうです。退官後はサーカスの樽乗りで稼げますね)

当時は指導員が交代で送迎バスを運転していましたが、遠隔地に行く時には自宅に送迎バスを持って来ることも多くありました。凍れた早朝は、エンジンを掛ける前にオイルパンの下に炭を熾してオイルを温めてからエンジン始動しなくてはなりません。これが大変でした。炭火を熾してから暖まるまでずっと-20度以下の外で鼻水を凍らせて待っていなくてはなりません。間違ってバスが全焼なんてことになったら、即時職を失うことになりかねませんからね。それに寒いのはもちろん、自宅横にバスを駐車するスペースを除雪するのが死ぬほど辛かった事も思い出しますね。まさか自動車学校の送迎バスが路上青空駐車と言うわけには行きませんので、送迎を終えた真っ暗な夜に、わたくし1人でママダンプ1号車をフル稼働させても1時間は掛かったものでした。今でも思い出すと気が遠くなります。

昨年までは子供達にトレーニングと称して除雪をさせていましたが…今年からは出勤前と帰ってきてから「トレーニング」が日課になると思うと…暗い気持ちになりますが、辛かったあの頃を思い出して頑張るとしますか。
三人とも毛糸の帽子なんか被って、一生懸命除雪して可愛かったですね。(特に拓蒼は全然嫌がったりしないで、頑張っていましたね。)







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Last updated  November 17, 2008 05:28:06 PM


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