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雨が降り始めた。雷を伴うような激しい雨だった。雨はやまなかった。やまない雨だった。そのことを知ると、街の人々は恐怖した。雨で海面の上がった海に街が飲み込まれるのも時間の問題だからだ。オリンピック候補にもなった元スイマーが、だったらみんなで魚になるか? と冗談を言ったが、誰も笑わなかった。
死の雨の降りしきるなか、街はパニックに陥った。外国に発つ客船のチケットが高騰し、アウトドアショップから小型ボートが消えた。やまない雨はないとテレビで絶叫した気象予報士が袋叩きにあい、名曲『雨に唄えば』は廃盤に追い込まれた。
そんななか僕は、残された時間をあなたと過ごすために傘を広げて街に出た。道中あなたに電話をして、お腹減ってない? 何か買ってこうか? と質問する。仕事を放棄しつつある携帯電話会社のせいで電波が悪く、あなたの声をはっきり聞き取ることが出来ない。肉まん、とも、いらない、とも聞こえる。僕は携帯を切り、近くのコンビニに入って肉まんを買う。仮にあなたにいらないと言われても自分で食べればいいだけの話だ。
「人間っておかしいですよね」
店長の名札をつけた中年の店員がレジで声を掛けてきた。
「何がですか?」と僕。
「だって、遅かれ早かれ僕らは死んじゃうんですよ、なのに、こんなふうに働いて・・・働くってことは、それは、つまり収入を得るためで、生きていくための行為ですよ、矛盾してるとは思いませんか?」
僕は肉まんを受け取ると店長を無視して外に出た。早くあなたに会って話がしたかった。出迎える玄関で、たぶんあなたは濡れた僕の肩口をタオルでやさしく拭いてくれるだろう。そしたらきっと僕はあなたの唇にキスをする。そんなことを考えながら、ふと空を見る。
雨は、降り続いている。