桜の森の満開の下

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はんびゃーぐ @ Re[1]:ママ(11/18) ともさん >この物語はおもしろいです。 …
とも@ Re:ママ(11/18) この物語はおもしろいです。
はんびゃーぐ @ Re:はじめまして(06/29) saku5319さん > 可愛い、お話。私も転…
saku5319 @ はじめまして  可愛い、お話。私も転校した事あります…

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2007.03.17
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 リルとリルラにはそれぞれ夢があった。絵を描くのが大好きなリルは学校の美術の先生に、繁殖期の凶暴な月の輪熊をも仕留めたことのある勇敢な祖父と同じマタギになるのがリルラの夢だった。リルとリルラは成長し、やがてそれぞれの夢を叶えた。
 銀色に輝く月のある晩、リルとリルラは地元の山酒を酌み交わしながら近況を語り合った。その日リルラは二メートル近い体長のエゾ鹿を一発で仕留めていて、ちょっと興奮気味だった。
「なあリルよ、俺は芸術なんて難しいことは苦手だから、おまえの描く絵がうまいのか下手なのかも分からないんだが、今日山の中であの巨大なエゾ鹿を、狙った急所を寸分違わず撃ち抜いて殺したとき、これもちょっとした芸術じゃないかって思ったんだ、そうは思わないか?」
「ええ、そうね」
「そうか、リルもそう思うか、やっぱり俺たち二人はどこかで繋がってるんだな、・・・それはそうとリルよ、もうそろそろ俺たち結婚しないか?」
「ええ、そうね、・・・でもねリルラ、あたしも教員になったばかりだし、いろいろと勉強したいこともあるし、もう少し待って欲しいの」
「そうか、おまえがそう言うのならもう少し待つか、まあ、結婚するのは決まっていて、あとは時期の問題だからな、焦ることはないな」
 猟銃を肩で支え、汗の匂いを放ちながら、リルラはそう言って度の強い山酒を生で飲むのだった。
 山を降りて町の学校に勤め始めるまで、リルは男というのはリルラのような汗臭い山男ばかりだと思っていた。無骨な男が嫌いというのではない。ただ、ずっと山に住む男たちとしか接したことがなかったから、香水をつけ、まるで女のような綺麗な手をした町の男たちにカルチャーショックを覚えたのだった。
 教員になってすぐ、町の美術館で開かれた研修会で、リルはリルリルという画家と出会った。リルリルの描く絵はピカソのように抽象的だったが、説明のつかない魅力がリルの心をつかんで離さなかった。「世紀末」と題されたリルリルの絵の前で、リルが動くことが出来ずにいると、作者であるリルリルがやってきて声をかけた。絵を褒めると子供のように喜ぶリルリルに、リルは人としても魅力を感じた。
 リルとリルリルは男と女として、急速に接近していった。
 厚い雲に月の覆われたある晩、リルとリルリルは、町にあるリルリルの自宅のベッドに入って話していた。
「ねえリル、リルはこの世の中でもっとも美しいものは何だと思う? もちろん君は除いてだけどね」
「さあ、何かしら、あなたの描く絵じゃなくて?」
「僕の絵なんてちっとも美しくないよ、いいかいリル、僕が思う、この世の中でもっとも美しいものというのは、ちょっと物騒だけど、人間の死体なんだよ、それも、どこも傷ついていない綺麗な死体なんだ」
「やめてよリルリル、何だか怖いわ」
 隠れるように抱きついてくるリルの髪をなでながら、リルリルは笑ってこう続けるのだった。
「ちっとも怖くなんかないよ、だって考えてごらん、その死体はどこも傷ついてないから、傍目には眠っているみたいだろ? だけど本当は死んでいるから、もう絶対に歳を取らないんだ。それってすごく神秘的でぞくぞくしないか?」
「もうやめてリルリル、そんな話するなんて、今夜のあなたはちょっと変よ」
 そのとき突然、ピシンッ、という乾いた音が寝室に響いた。
「ねえリルリル、今の何の音? ガラスの割れるような音に似ていたわ」
 リルが枕もとの明かりを灯すと、ベランダに通じるガラス戸に一箇所、小さな丸い穴が、まるで掘ったように綺麗に空いているのが見つかった。
「ねえリルリル見てあの丸い穴、あんなのさっきまでなかったわ、・・・ねえリルリル、聞いてるの?」
 だが、リルリルは目を閉じたまま黙って答えないのだった。顔を覗き込んだリルは、リルリルが眠ってしまったのだと思った。リルは話しかけるのをやめて、リルリルに寄り添うようにしてベッドに潜り込んだ。リルリルの首に手を回したとき、リルの指先がべっとりと濡れた。
 月のない闇の夜では、リルがそれを血だと気づくのにしばらく時間が掛かった。





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Last updated  2007.03.18 16:17:30
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