桜の森の満開の下

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はんびゃーぐ @ Re[1]:ママ(11/18) ともさん >この物語はおもしろいです。 …
とも@ Re:ママ(11/18) この物語はおもしろいです。
はんびゃーぐ @ Re:はじめまして(06/29) saku5319さん > 可愛い、お話。私も転…
saku5319 @ はじめまして  可愛い、お話。私も転校した事あります…

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2007.02.11
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 だけどあなたは一向に私を追い出そうとしない。小さな喧嘩はしょっちゅうで、時には怒鳴り合うことさえあるのに、この部屋から出て行けという一言だけは、まるで禁句であるかのように口にしない。そう、そうやってあなたは必ず私に逃げ道を残すのだ。それがかえって私を卑屈にする。私は密かにあなたからの最後通告を待っていたのだ。自分では留まる決心も去ることも出来ず、あなたに追い出されるのを待っていたのだ。どうしようもなくなった自分の状況を、あとであなたのせいにも出来るように。
 あなたの言う通り、私は卑怯な男だ。
「たまにはどこかに連れてけッ」
 ある日あなたに強くそう請われ、我々は電車を乗り継いで郊外の動物園に出掛けた。考えてみれば、動物園なんて小学生の遠足のとき以来足を踏み入れたことがなかった。
 よく晴れて空気の清々しい日だった。なのに園内で檻の中の動物達を見て回っているうちに、だんだん気持ちが沈んできた。動物達が狭い檻の中に入れられてかわいそうとか、そういうのではない。
 私はお金を払って動物の生態を観ている自由な側なのに、逆に檻の中に閉じ込められているような気がしてきたのだった。
 なぜだろうか。私は本当は、自由ではないのだろうか。
「ソフトクリーム食べるべか?」
 さっきからあなたはリスザルがかわいくて仕方がないのだと猿の檻の前で騒いで、挙句売店でソフトクリームを買ってきて勝手に与えようとしている。相手は猿なのだ。ソフトクリームという発想がよく分からない。案の定、あなたはリスザル達から完全に無視されていた。一匹だけ、ほんの一瞬ソフトクリームに興味を示す素振りを見せたが、すぐに仲間の輪に戻っていった。
「んッ」
 あなたはリスザルに相手にされないと分かると途端にじれて、手に持ったソフトクリームを私の胸の前に突き出した。
「何?」
「食べなよ」
「食べなよ? 猿に食わせようとしてたヤツじゃねえか」
「だから?」
「猿が食わねえモン、俺が食うのかよ?」
「そうよ」
「俺は猿と同等か?」
「猿以下よ」
 私はあなたの手から溶け掛かったソフトクリームを奪うと、リスザルの檻に向かって投げつけた。驚いて散り散りになる猿達を睨みつける私を、園内の客達が遠巻きに観察していた。
 その夜私は、駅前で盗んだ自転車にまたがり、街で一番長い坂道の頂上にいた。そこから下に向かって、ある程度スピードが出るまでペダルを漕いだあとは、目をつぶってブレーキもかけない。そうすると決めていた。
「あんたほんとは死のうとしたんだろ?」
 ふいにあなたの声が耳元で蘇る。そんなことない、私はその声に反論する。本気で死ぬつもりなら自転車など選ばない。ビルの上から飛び降りるとか、もっと確実に死ねる方法を取る。私はただ、入院する程度に怪我をして、またぞろ現実から逃れようとしているだけだ。私は、満足に死ぬことも出来ない。
 そう、あなたの言う通りで、私は卑怯者だ。
 意識を振り払うように、私は自転車を漕ぎ始めた。引力も手伝って、自転車はどんどんスピードを増していく。
 この盗んだ自転車が、手でハンドルの向きを保たなければ右に曲がっていく癖があるのを、駅前から坂の上に来るまでに私は発見していた。このままスピードをつけて手を離せば、すぐに私は右手に延びるガードレールに激突するだろう。体だけ飛ばされて、打ち所が悪ければ、引っ付いたばかりの骨がまた折れるだけでは済まないかも知れない。
 そう思った瞬間、体中に恐怖が駆け巡った。とっさにブレーキをかけたが、勢いを得た自転車に体だけアスファルトに投げ出された。肘と顔面に電撃が走り、夜なのに一瞬目の前が真っ赤になった。
 ゆらゆら体を起こそうとする私を、坂を上がってきたスカイラインが脱走犯みたくアップライトで照らし出し、クラクションを小刻みに鳴らし、笑い声と共に通り過ぎていった。





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Last updated  2012.04.05 06:48:19
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