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私はビデオを停めなかった。停められなかった。見知らぬ男に次々と制服を脱がされていく、ちょっとだけ老けたテレビの中の女子高生に見入り続けた。
あなたは次第に息を荒くし、やがて声を漏らし始める。あなたの出す声は見知らぬ男の手によって粘着性を増し、私の耳の奥でいつまでも残響する。ぐちゃぐちゃにされていくあなたの顔の表情が、柔らかい肢体の反応が、その声が、私の下半身を否応もなく締め付ける。
私はテレビに釘付けにされたまま穿いていたズボンを脱ぎ捨てた。
その晩、仕事で疲れて帰ってきたあなたの目に、私は明らかに不自然に映ったのだ。あなたは私がしまい込んだ複雑な後ろめたさをすぐに見抜いた。
「何があったの?」
とあなたは真っ直ぐな目で言った。私はヘラヘラ笑うことしか出来ず、動揺で視線が宙を泳ぎ、無意識のうちにチラチラと押入のほうを見てしまった。あなたは押入の戸を開け放つと、下着やタオルを入れた収納ボックスの裏に隠した例のビデオと封筒をあっという間に見つけ出した。
しばらくの間封筒の中身を確認して、ゆっくりと私を振り返ったあなたの表情は、冬の夜に首まで湯船に浸かったように安心していた。
あなたと私は恋人同士なのに、肝心なところでお互い心を開かない。見えない自分の傷を恋人に曝け出す勇気が持てない。重い荷物も二人で持てばこんなに軽くなるのに。それくらい誰に言われなくたって分かるのに。
「絶望した?」
とあなたは尋ねた。
「誰が何に対して?」
と私は返した。
「あんたがあたしに対して」
私は首を振った。それから、女子高生になったあなたを見て、何度も一人エッチしたことをあなたに告げた。制服姿のあなたが嫌らしくてかわいくて、とてもじゃないけど我慢できなかったのだと。
あなたは下唇をギュッと噛み締め、落ちていた雑誌をつかむと私に向かって投げつけた。雑誌は私の頭上を飛び、キッチンとの境の引き戸に当たって大きな音を立てた。
あなたは昔風俗嬢だった。昔といってもあなたが看護学校に入学する前までの話だから、たかだか数年前のことだ。なぜ風俗嬢だったのか、聞いてもあなたはただ、お金が必要だったからよ、としか教えてくれない。とにかくそうだったのだ。
風俗嬢時代、ある夜あなたは店の常連客から自分で店を出さないかと持ち掛けられる。あなたなら、自分でやれば今の十倍は稼げるようになるとそそのかされ、あなたはその男に出店に必要な準備や手続きの一切を任せた。
一ヵ月後その男から連絡が入り、あなたは空いたばかりだという駅前の雑居ビルの一室に案内される。風俗をやるにはこれ以上ない場所で、あなたは男に勧められるまま貸室の契約書にサインをする。男から矢継ぎ早に店のレイアウトなんかの具体的な話をされると、あなたは心浮かれ、自分の店が成功することしか考えられなくなっていた。
「諸々の費用で都合一千万ほど掛かる」
そう男に言われ、あなたは貯金と借金を駆使して全額を支払った。
そう、あなたはまだ若かったのだ。
その翌日から男は行方不明になった。
「あとに残ったのは莫大な借金だけで、それを返すためにあたしはアダルトビデオに出たの」
だって、もらえるギャラが大きいから手っ取り早く返せるでしょ、あなたはそう説明した。
その夜、我々は酒を飲んだ。何と言っても恋人がアダルトビデオに出ていたのだ。飲まなければ、恐らくあなたにしても私と面と向かって話をすることが出来なかったはずだ。
酔うとあなたは興奮気味に開き直った。
「借金返すために裸になっちゃいけないのかよ、お金もらうんだから立派な仕事じゃねえか、違うのかよ?」
「俺はべつに責めてないよ」
「責めてない? だったら幻滅したんだろ? エロビデオなんかに出やがってって、あたしを軽蔑するんだろ?」
「そんなわけないだろ」
「だったら何だよその態度は? いつものあんたと丸っきり違うじゃない」
あなたは私が買い置きしていた焼酎をロックで飲んだ。それも結構なハイペースで。いつもはそんな飲み方はしない。ウーロンハイか何かにしてまったりと飲む。あなたは明らかに急いで酔いを回そうとしていた。まあ、それは私も同じなのだが。
「驚いてるんだよ、まだ気持ちの整理がつかないんだ、だってそうだろ? いきなりこんなものが送られてきて、びっくりするじゃないか」
「あたしと別れるつもり?」
「・・・そんなこと一言も言ってないだろ」
「あっ、ちょっと間があった、即答じゃなかった、深層心理は正直だ」
「何言ってんだよ、おまえと別れても俺は行く場所がないんだよ、金も仕事もないし、たちまちホームレスだよ、困るんだよ」
「ホームレスになるから別れないの?」
「そうだよ」
違う、それだけじゃない。私はあなたのことが好きなのだ。好きだから一緒に居たいのだ。だけどなぜかその一言が言えなかった。酒が入っているのだ。照れなどではない。やはり私は心のどこかで、あなたがアダルトビデオに出演したことを根に持っているのだろうか。