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「いい嫁でした」というのが口癖のおばあさんがいた。親父がボランティアで老人ホームの痴呆症のおばあさんの話し相手をしてあげていた時の話。事あるごとに「いい嫁でした」と感慨深くつぶやくおばあさん。親父は、おばあさんの息子さんは、よっぽどいいお嫁さんをもらったんだろうなぁと思っていたそうだ。しかし、老人ホームの職員に聞くと、実は、おばあさんにお嫁さんはいなかったという。それでも、おばあさんは、「いい嫁でした」という言葉ばかりを繰り返す。そこで親父は、はたと思いついたそうだ。実は、おばあさんが「いい嫁でした」と言っていたのは、自分の事を言っているのではないか。男尊女卑の激しかった明治・大正世代。厳しい仕事を強いられながら、ひたすら耐えるだけ。誰にも褒めてもらえなかった人生。そんな人生を、このおばあさんは送ってきたのではないか。人間、生涯は一回きり。辛い運命であっても、取り替えることはできない。でも、人間誰しも、自分の事を否定はしたくない。それが、辛い過去を振り返り、自分で自分の事を褒めてあげている、「いい嫁でした」という言葉となって現れたのではないか、というのが親父の解釈だ。もし、親父の解釈が当たっていたとすれば、おばあさんは、本当に、いいお嫁さんだったのだと思う。人生の最後に、自分の人生を肯定できることは、幸せだ。でも、おばあさん、本当は、愛する人に「いい嫁でした」と言って欲しかったんだろうなぁ。
2008年03月31日
親父が言ってた。「100点より、満点を取れ。」どういうことかというと、100点は、試験の結果。でも、たとえ試験の時点で100点取れなくても、間違えたところを見直して、なぜ間違えたかが分かったら、その時点で満点。すぐに100点を取ってしまうより、満点を取るヤツの方が、苦労の分だけ、物事がより身についている、という話。ま、当たってるかもです。
2008年03月31日
3年ぶり?に会った親父は、思ったより老けていなかった。俺にとって反面教師でありつづけた男、そして、俺のことを「冷たい息子」といい続けた男、それが俺の親父だ。75歳になる親父は、小説家になる夢を未だに追い続けている。これから全身全霊で、人生の集大成となる本を書くという。「俺は天才じゃない。 だから自分の体験に基づいたことしか書けない。 お前のことも書く。母さんのことも書く。 自分が、家族に対して感じてきたことを正直に書く。 お前や母さんが、読んだらショックだったり、 不快に思うであろうこともとことん書く。 それを言っておきたかったんだ。」親父は、俺に会いにきた理由をそう説明した。複雑な思いもあるが、嬉しかった。昔の記憶が蘇った。俺が高校一年生の時、親父が私小説を書いた。小説の中では、親父は愛妻家であり、お袋は親父のことをとことん愛し、俺は親の愛を一身に受け、親を愛する息子だった。現実から目を逸らし、世間体を気にし、作品を創る事と嘘をつくことがごちゃまぜになった吐き気を催す小説だった。俺は、高校の作文の授業で、その親父の小説の話を書いた。「夢を追い続け、遂に形にした父親を尊敬している。 いい作品だと感じた。」作文に感動した先生は、俺の作文をプリントにして色々な人に配った。小説の中に書かれた家族の姿が虚像であるのと同様、俺の作文も嘘の塊だった。ある意味、親父と俺は似た者同士だ。親父が全てをかなぐり捨て、綺麗なものも汚いものも全て作品の中でぶちまけた時、その時、初めて俺は親父の生き方を理解できるのかもしれない。親父の人生に残された時間はもう、そう長くはないだろう。頑張ってほしい。半端なものはもう書くなよな。正直、親父は嫌いだが、悔いのない作品を、親父なりの人生の全うを、見せてほしい。今は、素直に、そう思う。
2008年03月27日
横浜で見つけました!(バックはランドマークタワー)また今年も春がやってきました。やったぁ!!
2008年03月23日
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