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盛大にホームパーティーしました。お腹一杯、幸せ一杯、くつ一杯、誕生日も祝ってもらいました。「くろのイメージで作ってもらった」って花 僕、山菜っぽいっすか?特製中身汁も、特製ラフテーも、まっじ旨かった、いっぺーにふぇーでーびたん!朝の、ピアノ・コントラバス・三線・ジャンベX2の大セッションも面白かったー。「楽」也!!!
2007年01月29日
寂しさを覚えるときがあります。電車の中でも急に。友達といても急に。それは、急にきます。夜、巨大な団地の前に立ったことがあります。建設が終わったばかりで、どの棟にも全く明かりがついていませんでした。街灯だけが、ずっと向こうまで冷たい光を放ちながら立っていました。そこには誰も歩いていませんでした。温度のない風景でした。部屋に一人でいるときこのドアを開けたら急に宇宙が広がっていたら、そしてその宇宙を永遠に一人で旅しなくてはならなかったら、というイメージが浮かびます。もう何年も。昔住んでいた部屋は高台にあり、大きな西向きの窓がありました。寂れた街が眼下に広がり、くすんだ夕日が毎日音もなく空と街を染めました。夕焼けのときはいつもひとりでピアノをずっと弾いていました。セピア色の世界で一人で迷い、かつ世界中から忘れ去られているようでした。本当は、高いビルの最上階の、ガラス張りの部屋に一人で住んでみたいと思います。昼は眠り、夜になると青いライトを照らした部屋から夜景を眺め、東の空に赤味が差す頃にカーテンを閉める。そして同じ日々を繰り返す。透明なガラスの中に閉じ込められて。寂しさは僕が生きていく上で、とても大切なものです。そして、決して嫌いなものではありません。35歳のテーマは「寂」でいこうかなぁ、と思っています。
2007年01月24日
ということで、四捨五入すると40歳になりました。孔子はいかにして、三十にして立つ、四十にして不惑、という境地に達することができたのか。あまりに早すぎです。まだ立つことさえできません。朝に道を聞けば・・・の覚悟で毎日を生きていたからなのでしょうか。くろの心構えがなっていないだけなのでしょうか。これからも手探りで見えない道を探りながら、一歩一歩時につまずきながら、歩いていくしかないんだろうなぁ。まぁ、あせらずゆっくりいきますかい。
2007年01月22日
21世紀に是非、科学者のみなさんに実現してほしい事は、エネルギー問題の発想転換および電力消費の削減です。現在、私たちは電気をコンセントからとっています。そのコンセントは電線とつながり、さらに発電所とつながっています。このWiredな状態が、私たちの生活を縛っている気がしてなりません。一度便利さを覚えてしまった人間は、なかなか元には戻れません。くろも、1999年までは「携帯電話なんかに縛られてたまるかー!」と意地を張っていましたが、今は携帯電話なしでの生活は考えられません。パソコンやインターネットも然り、なくなってしまうとずいぶん困ります。くろはいつか、どこかの山の中で生活したいなぁと考えているのですが、踏み切れないのは、こうした利便性を失うのが不安だから、というのが大きな要因の一つです。これらの電子機器や、冷蔵庫やエアコンなどが全て、たとえば計算機などのように、ちょっとした太陽電池で簡単に動くようになってくれれば、利便性を失うことなく未開の地に移住できます。昼間に太陽電池に充電した電力だけで生活に必要な電力全てを供給できるようにならないものかなぁと思います。個人的な願望だけでなく、多分、あと50年もしたら、かなりそうした近づいているのではないかと、実は思っています。現代という時代。様々なテクノロジーが生まれていく反面、地球の自然はどんどん破壊されていっています。この時代に生まれたからには、その共生を考え、身をもって体現してみたい。。以前は、ストイックなナチュラリストにあこがれていたのですが、最近は、テクノロジーも上手に利用した、「ネオ・ナチュラリスト」のようなものになってみたいなぁ、と考えております。
2007年01月08日
奥多摩に行くために久々に自動車に乗り思いを新たにしたのが、「ガソリンって高いなぁ」という事です。石油などの化石燃料は、いつか枯渇します。今、地球自体がガス欠になっているのでしょう。エネルギー問題は、21世紀に大きな転換期をむかえるに違いないと、くろは思っています。最近はバイオディーゼル、なんて言葉をよく耳にします。なたね油、コーン油など、生物由来の油を加工し、ディーゼルエンジンに使用することができるものです。そのままでも使えるし、従来の軽油と混ぜて使用することもでき、排ガスもクリーンなため、現在、欧米を中心に各国が導入を進めている次世代エネルギーです。日本でも一部、バイオディーゼルを給油できるスタンドがあったり、ヤマト運輸の一部の車両や、京都市のゴミ収集車などが、バイオディーゼルで走り始めているそうです。行政や大手企業が先鞭をつけ、どんどん変わっていってほしいものです。てんぷらやさんや、とんかつやさんや、コロッケやさんや、ドーナッツやさんなどは、自分のところの車をバイオディーゼル車すれば環境にもやさしく、ガソリン代も浮いて一石二鳥です。(浮いた経費でてんぷらやとんかつがもっと安くなったらいいなぁ)また、油がたくさんとれる木の中に、沖縄などで普通に生垣に使われているクロトンなどがあげられています。いつもはド派手な葉の模様だけに気がとられていましたが、バイオディーゼルの原料になれるなんてびっくりしました。海の中に生える緑藻などからも効率的にバイオディーゼルを精製することができるそうです。肥料もいらないし、効率的かもしれません。藻にそんな油が含まれているなんて知りませんでした。世の中がもっとバイオディーゼルに目をむけ、研究が進んでいけば、もっともっと色々なものが原料候補として上がってくるでしょう。世界中の石油会社の人たちが、今後は大豆農家や、植木屋さんや、ウミンチュに次々と転職していく、なぁんて事もありえるかもしれませんね。そんなんなったら、いーなー。って、脳天気にいい加減なこと書いちゃいました。すみません。バイオディーゼルも問題多いみたいだし。難しいですね。
2007年01月06日
樹高 34メートル、幹周り 6.3メートル、東京で最も巨大なヒノキ、「倉沢のヒノキ」です。地元では「千年の大ヒノキ」とも呼ばれているそうです。天辺には、この樹を落雷から守るため、避雷針が設置されているそうです。奥多摩の日原鍾乳洞の中で行われたディジュリドゥーのコンサートに行ったついでに山道を15分ほど登って会ってきました。すがすがしい山道に息を切らしていると、急に目の前に出現する巨樹。枝ぶりも隆盛で勢いがあり、これが本当に生まれて千年も経つ生きものなのだろうか、と目を見張りました。千年前と言えば平安時代。今尚、生命力の衰えを見せないその姿は神々しくも見えました。千年の時の流れ、千年の記憶、千年の想いをその身に宿した倉沢のヒノキ。一体、今のこの世を千年の大ヒノキはどう見ているのか、伺ってみたいものです。そして、願わくばまた次の千年も、このヒノキがこの世を見守ってくれますように。
2007年01月04日

最近、日本が右に傾いているのではないか、という事をよく聞きます。更に、最近、知り合いが右翼の取材をしたことや、つい先日、別の知り合いが靖国神社に行ってみた話などを聞き、くろも興味をもつところとなり、今日は試しに靖国神社に行ってみました。靖国神社は戦争で亡くなった方々の霊を祀っている神社で、首相が参拝するたびに国際的な問題となる神社です。一見、普通の神社で、右翼らしき姿はありませんでした。(大鳥居で「新しい教科書をつくる会」の人たちが ビラを配っていました。)神社の横には「歴史を正しく知りましょう」とする資料館、「遊就館」があります。入場料は800円です。展示のの内容は、事実としては正確なのでしょうが、本当に正しい歴史とは何なのだろうか、と逆に考えさせられるものでした。国を守るために潔く命を捧げていった兵士たちの勇ましさ、潔さは説明されていますが、その裏にどれだけ言葉にできない痛みや苦しみがあったのかについては触れられていません。数々の若人たちの遺書。「御国の為に」とは確かに書かれていますが、その裏にはどれだけの苦しみがあったのだろうかと考えてしまいます。くろが4年間住んでいた沖縄で行われた沖縄戦のコーナーもありました。沖縄は、日本国土では唯一の地上戦が行われ、県民の3人に1人が犠牲になったとも言われています。解説には、「全県民が一体となって戦い抜いた3ヶ月近い激戦」と書いてありました。それは、くろが沖縄で実際に聞いた話からはかけ離れていました。圧倒的な戦力を誇る米兵に追われ、ほとんど逃げ惑うだけだった県民。ガマと呼ばれる鍾乳洞に身を隠し、「米軍に見つかる前に」との思いから親が自分の子供を殺したり、集団自決が行われたりしました。日本兵が沖縄県民を殺害していた事も明らかになってきています。一体、それがどうしたら、「全県民が一体となって戦い抜いた3ヶ月近い激戦」という表現になるのか、沖縄の歴史に少しでも触れたものとして怒りを覚えました。これを沖縄のオジィやオバァが読んだらどう思うのか、想像もつきません。また、戦争を終わらせる決め手となった広島と長崎の原爆については、写真もなく、それぞれ数行の解説が壁に書かれているだけでした。そのあまりに軽い扱いには本当に驚きました。原爆の解説のすぐ隣には、昭和天皇がいかに憂慮して終戦の詔書を書いたのかが、図解なども込みで原爆の解説の何倍もの分量で詳細な説明がなされていました。これらのことから、この博物館は「やむなく戦争の犠牲になった人たち」より、「自らの意志で戦争に携わった人たち」のことをより良く知ってもらうための博物館である、と強く感じました。今日の平和で住みやすい日本が戦争で命を落としたり、苦労された方々の犠牲の上に成り立っていることは忘れてはならないことだと思います。でも、「歴史を正しく知る」とはどういうことなのか、「愛国心」とは何なのか、色々と考えることの多い、靖国参拝でした。
2007年01月03日

実家には母親の猫好きのおかげで野良猫がたくさんやってきます。母親が猫を招いているのでしょう。にしても、どこまで増えるのやら・・・
2007年01月02日

明けましておめでとうございます!くろは、年越しの瞬間は、横浜のクラブにて行われたトランスイベントにて盛大にカウントダウンをしておりました!いや、盛り上がりました、よつうち最高!!写真は新年になった瞬間に撮ったもので、"A Happy New Year 2007"の"A"の部分です。すかさず、"2007"を撮影しようとしたところ、になってしまいました。ということで、今年は殺しのライセンスをいただきました。ボンドガールズ募集中です。しかぁし、イベントは激コミ、盛り上がりすぎで、誰かがふいた(あるいはぶちまけた)ビールが頭上から降ってくるわ、床は酒だらけでニチャニチャするわ、そのせいでビールのつぶれた空き缶とかが靴の裏に張り付きまくるわ、たくさんの人にどつかれるわ、(しかもかわいいこには「ごめんね」とか言うのに くろは逆に睨まれたりする)たくさんの人におしのけられるわ、(なんで、あんなに右に行ったり左に行ったり、 前に行ったり後ろに行ったり、 ひっきりなしに移動している人が多いのか 意味がわからん。 しかも、みんななんか用事がありそうな ちょっとマジな目をしてるんだけど、 そんなにこまめに用事ができる シチュエーションじゃないと思うんだけどな、 踊ってるだけなんだしさ)疲労困憊で帰ってきました。あ、あと大晦日に見た映画「鉄コン筋クリート」お勧めです。ディープな気分になりたい方は、機会あらば是非。松本大洋すごいし、監督はこれまたディープなアニマトリックスの監督です。子供は見ちゃだめ。
2007年01月01日
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