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引越しの荷造りが終わらないだのダンボールの数が足りないだのクラフトテープが無くなっただのそんなしょうもないことを言っているうちにあっという間に引越しの日が明日になってしまった(笑)楽しい出来事というのは用意している時が既に最高潮だという言葉を聴いたことがあった。確かにその通りだ。学園祭でも何かの大きなイベントでも、用意している時が一番楽しかった。あぁだこうだと言いながら、試行錯誤することがひいては友達との団結につながる。今回の私の最後の仕事もそうだった。今の職場は引越しに伴って当然ながら変わることになる。その最後の仕事が今日だったのだが、その最後というのはなかなかに愉快なものだった。私の職場には面白い風習がある。日頃は現場のみんなで使っている端末に、情報の周知を目的とした掲示板が開設されているのだが、その掲示板に、現場を去るものは何か一言書いていくというものだ。私と同じく先に現場を去った2名の先輩もまた例外ではなく、その掲示板にいろいろと書き込んでいるようだった。しかしながら先の2名の先輩の書き込んだ内容を見てみても、全然面白みがなかった。今まで色々とお世話になりました、これからも次の現場で頑張っていきます~みたいなものだった。確かにそれが一番無難なのは間違いないのだが、それにしてももっとやり方というものがあるような気がする。先の2名と同じようなことをするのだけは避けたかった私は、そういうことである名案を思いついた。そして仕事中の休憩中に、かなりの時間を割いてそれを完成させた。結果、日勤で来た先輩方は大ウケで、私は最後に綺麗に現場を去ることが出来た。何も残せないままに去るのだけは御免だったので、そういう意味では非常に良かったと言える。まぁそんなわけで現場を去ったわけなのだが、1年しかいなかったにも関わらずかなりたくさんの思い出があったことを、建物玄関まで来て反芻していた。思えば…兎に角馬鹿なことしかしていないような気がする。勿論仕事は仕事でメリハリはつけるが、休憩時間や気の抜ける時間には何だか馬鹿なことばかりしていた。しかしそれが逆にいい思い出になったのも本当だった。今までお世話になったという旨をそっと伝えて現場を去った。と、感慨に耽る間も無く、私には次の任務が待っている。それは横浜まで無事に移動することだ。それまでにしなければならないことは山積みなのだ。取りあえず明日は荷物を送って、住所変更届及び転出届けを貰いに行って、本社に帰社して、郵便物転送届けを書いて、引越しを終わらせて、部屋の立会いをして、壮行会に参加するというスケジュールになっている。やはり環境の変化に伴う雑多なことは面倒がつき物だということだろうか。まぁ今だけなので仕方がないと言えば仕方がないのだが(笑)というわけで…もう何度言ったのかわからない、否本当は覚えているのだが、恒例の挨拶をしなければならないだろう。私の場合、家が変わると共にプロバイダが変わるというもの最早通例になっていると言っても過言ではないだろう。今回も例に漏れず、引越しに伴いネット回線の断線及び新規契約が待っている。最後まで語る必要もないだろう、つまりはブログがまたしばらく休止するということだ。悲しい恒例とはまさにこのことで、2年の間に引越しで断線することはや3回だ。われながらもっと効率的に出来ないものかとも思うのだが、効率を考えるからこその結論であって…とこんな話は要らないか(笑)というわけで、ここをしばらく空けます。再開はネット回線復活の時期ということで^^ではまたお会いできる日まで~♪
Jul 10, 2008
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部屋が随分とすっきりしてきた。引越しももう佳境だ。使用頻度の低いものをダンボールに詰めたり、置いてある書類を片付ける作業で最近の私の時間は殆ど使われている。まぁこれも今だけのことだろう。部屋が片付けだすと必然的に生活に枷が生じてくる。いつもは当たり前のように使っているものでも引越しの為にダンボール詰めしなければならない為に頻度を下げようと思うからだ。今の私もまさにそれで、生活に枷をしながら残りの日々を過ごしている。それに関連して…このブログを京都で書くのももうそろそろ終わりだ。勿論以前のブログで書いたようにたかだか引越しくらいで辞めたりはしないつもりだ。ここの価値は私が一番よくわかっている。他のブログを書いている方がブログというものにどういう認識を持っているのかはわからないが、私にとってこの場所は癒しの場所になっている。ここに色々と書くことですっきりすることも多い。癒しの要素は他にもある。友達の概念が他の人とは違う為に、一般的な友人の数よりも圧倒的に少ない私としては、このブログを書くことで知り合えた方々との触れ合いはとても貴重なものだ。ある意味では友人と同等のものを見つけたと認識している。まぁこれを読んでいる方々がどう思っているかはわからないのだが(笑)だから、残り少ない京都での暮らしを…このブログと共に過ごそうと思う。私なりの言葉を紡ぎだし、読んでくださっている方に届くことを最高の喜びとして。さて、本題へ世界遺産にいたずら書きがされていたという話をご存知だろうか?結構頻繁にニュースになっていたことから周知の事実だと認識して書かせてもらうのだが、私はあれを一般的大多数の意見とは違う立場から見ていた。一般的な感性としては「馬鹿なことをする人もいるものだ」くらいのものだろうが、私は違った。何故ならば…世界遺産に落書きをした本人が全くの他人ではないからだ。世界遺産落書き事件で主に報道されていたのは私が知っている限りでは2件あった。もっとあるだろうが、大きく取り沙汰されていたのはおよそ2件だった。1つはどこかの大学の教授が落書きをしていたという事件と、イタリアの世界遺産に大学生が落書きをしていた事件だ。前者に関しては特に思うところもなく、愚かな行いをするものだと思っていたのだが、後者に関しては私はそのニュースを初めて見た時に落ち込んでしまった。犯人が私と母校に通っているからだった。日本は広いのだから同じ大学出身の人なんてごまんといる。同じ出身だからと言って別に何の関わりがあるわけでもないのだが、私が言いたいのは、そのような事件を起こしたことによって大学の品位を著しく下げているということだ。自分の親が馬鹿にされて黙っている子どもがいないように、自分の母校を馬鹿にされて何も感じない卒業生もいないだろう。学校には通っていた頃の思い出をはじめ、様々なものが詰まっている。何年も毎日通ってきたところなのだから思い出がない方がおかしい。そのような思い出深い学校がつまらないことで世間から見られる目が変わる、こんなことに黙っていられるだろうか?私はそこまで無関心な人生を過ごしてはいない。その事件に憤りを感じた。この事件によって大学側は、犯人の生徒に自腹でイタリアへ行落書きを消させるという措置をとるという方針をうちだしていた。しかし私はそんな程度では足りないと思う。大学の品位を低下させたという罪は謝罪だけでは済まない。大学側への損害賠償が発生してもおかしくはないだろう。そこまでしないのはきっと認識の甘さだろう。これから出身大学名を告げる度に「あぁ、あの事件の…」と言われる思いをすることになる在学生の気持ちを考えると、最早個人的な問題ではないのは自明だろう。世界遺産に落書きをしてはいけないなんていちいち言われなければわからないのだろうか?少なくとも義務教育を満了した頭で考えればしていいこととしてはいけないことの区別はつくだろう。近しい世代が低脳だとそれに伴い同じ世代もまたそういうように見られるということをもっと考えるべきだろう。
Jul 7, 2008
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とは言ってもスロットではないので悪しからず(笑)この時期の風物詩と言えば大体相場は決まっている。梅雨の鬱陶しい時期だったり、かと思えば急に暑くなったりと安定しない天気だ。京都の7月も似たようなもので、昨日なんかはもう湿度が尋常じゃないくらいにあり、一瞬外に出ただけで手がジトッとしてくるような状態だった。私はこの時期が一番苦手だ。何と言ってもいいところがないところに起因している。暑いしベタベタするしでお風呂に入る回数も自ずと増えてくる。湿度が高い為に体感温度よりも気温が高く感じ、冷房が活躍することも多い。そうなると必然的に光熱費が高くなり…とまったくもって負の螺旋の様相を呈してくる。しかしこの時期に1つだけ嬉しい出来事がある。それはボーナスだ。私はボーナスの喜びを知らないまま1年間働いてきた。入社した時期が時期だけにそれも仕方ないかもしれないが、先輩方がボーナストークで盛り上がる中、一人蚊帳の外という昨年を過ごしてきただけに今年のボーナスには否が応にも期待は高まるというものだ。昨年の冬には半年以上働いてきたにも関わらず、ボーナスは寸志のみで3万円という悲しい結果だった。汚名返上の為にもここは大きくいただきたいものだ。しかし考えてみれば今回のボーナスはかなり異例の出来事が起こるかもしれないことに気づいた。ボーナスというものがいったいどのような過程を経て金額換算されているのかはあまり知らないのだが、それにしてもボーナスの金額の決定に社長の意向が大きく影響していることはどこの会社でもそう変わりはないだろう。私の会社もそれは例外ではなく、ボーナスの価格決定の大きな比率を社長の評価が占めていた。しかし以前のブログにも書いたように、私の会社の社長は3ヶ月前に亡くなっている。新しい社長はもう既にいらっしゃるものの、それでもそのことがかなり面倒な出来事を誘発していた。ボーナスに関わる評価に査定というものがある。査定は会社の末端から社長までを経由する成績表のようなもので、それ次第で大きくボーナスの額に差異が生じることになる。7月に払われるボーナスは所謂「下期」の評価に対するもので、下期というのは去年の10月から今年の4月までの半期を意味している。前の社長が亡くなったのが4月の最初の方なのだから、今回のボーナスに関する査定の9割9分くらいは前の社長の意向によるものであるが…厳密に言うと1分くらいは今の社長の評価に影響されることになる。社員のボーナスに関する遺言を遺すなんていうことがないように、前の社長もそのようなものを遺していなかった故、今回のボーナスに関する査定は今の社長の独断と偏見によるということになる。社長の社員に対する評価は絶対評価であるべきだが、現実はそうではないことが多い。飲み会の席で社長にビールを注ぎによく来る社員の方が仕事ができる社員よりも査定が高いということは悲しきかなよくあることだ。つまりは長年積み上げてきたものが良くも悪くも影響するということだ。そういう意味では今回のボーナスは単純に下から上がってきた査定による金額算出の形式をとることになる。そうなると一般社員よりも主任クラスの方が高いのは自明であるし、主任よりも係長の方が高いのもこれまた自明だ。これは私にとってはかなり不利な状況だということだろう。何も形を残していないのだから…。しかし私には強みがあった。それは関東に行くことを快諾したことだ。会社の意向に沿うことは評価を大きく上げることになる。まぁ私の関東行きの本当の思惑は会社の意向に沿おうなんてストイックなものではないのだが、結果的にそうなったと言えるだろう。以前書いた昇給の話を加味しても、これは期待できるというものだ。そして昨日ボーナスの金額の書かれた封筒がポストに届いた。額はしょぼすぎて書けないのだが、私のボーナスのレートは給料の1.25倍だった。まぁまぁだという感じだろう。不況が続きレートが1を割る時代が長く続いたことを考えると善戦したと言える。うーん…レギュラーボーナスかなぁ来年こそはビッグボーナスでいきたいものだ♪願わくば1ゲーム連??(笑)
Jul 5, 2008
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のんびり寝ていると変な夢を見た。なんだか浮世離れしているようで、現実の点を踏まえているような曖昧な夢…。そして悪夢だった。最近はこんな妙な悪夢を見ることが多い。しかし突発的な悪夢は総じて揮発性が高いように、すぐに忘れてしまうのもまた事実だ。数時間前まで寝ていたはずなのに今ではどんな夢を見ていたかのアウトラインも曖昧になっている。考えてみれば今はなかなか繊細な時期だと言える。緊張感から変な夢を見ることもあるだろう。あまり気にしないようにするということで(笑)さて、本題へ。愛煙家にとっては良き出来事ではないだろうが、タスポが全国導入されるというニュースが最近巷を賑わしている。このニュースを見ていていつも疑問に思うことがある、今回はそんなお話だ。そもそもタスポが何故導入されたのかを考えてみるとその矛盾に気づくはずだ。タスポ導入の意図は成人未満の喫煙率が下がらないことを懸念しての、成人未満の喫煙率を下げようという意図に基づいている。タスポという成人であることの証明を持っていないと煙草が買えないというスタンスにすることで、成人未満の喫煙率を下げようということなのだろう。考え方としてはわからなくもない。しかしこれは飲酒の問題と同様に、とても難しい要因をもっている。タスポを導入したからといって解決するような簡単な問題ではない。まず第1に、本人がタスポを作らなくても煙草が買えてしまう環境にあるということだ。例えば親が喫煙者だとして、子どもが吸いたいと言えば悪しき親ならタスポを貸し出してしまうことだろう。そうなると年齢認証は全く意味を成さなくなる。現に子どもにタスポを持たせて煙草が買えたということで捕まったという事例も報道されている。親が喫煙者である家庭では、タスポの効力も極めて薄いものだと推察できる。そして第2に、タスポを持っていなくてもコンビニや商店では平気で煙草が買えるという環境があるということだ。これが一番由々しい問題だと言える。言わずもがなだが、コンビニの店員は公務員ではない。公務員のように規律ある仕事であれば年齢認証の義務化は期待できるだろうが、殆どのコンビニの店員はアルバイトだ。中にはきっちりしている人もいるかもしれないが、総評としては明らかに煙草を買いに来た人が未成年でも煙草を売ってしまう結果になるだろう。売り上げ等の問題もあって、コンビニ側としても見てみぬ振りをすることも容易に考えられる。となると、タスポを持っている意味は無くなってくるだろう。そして第3に、タスポを作ることが単純に手間だからだ。煙草の小売店かどこかに行ってすぐにタスポが出来るのならばいいのだが、タスポを作るのには現状お金がかかり、尚且つ写真を同封して郵送する手間が発生する。自動販売機で買えるメリットとコンビニに行けばいつでも買えるメリットを天秤にかけた場合、どちらが有用性があるのかは明白だ。手間が発生するということでタスポの使用率も低くなってしまい、結果的には上記のような事件が起こってしまうのかもしれない。要はもっと容易に作れるようなシステムの改変が必要だということだ。以上の理由からタスポを作ることによるメリットはないと判断されるだろう。それは愛煙家が作らない理由にもなり、未成年の喫煙を止めることにもならない。これでは全く意味がないと言える。ではどうすればいいのだろうか?答えは以外に簡単なことだ。要するに未成年の喫煙を完全に無くしてしまうのと、愛煙家にタスポを持ってもらえる環境にすればいいのだ。前者に関しては以下のような策を持ってすれば解決できる。タスポは主に自動販売機で使う。自動販売機はどんなに進化したとしても、人間の目には敵わない。明らかに未成年であったとしても、タスポを掲げれば簡単に煙草は買えてしまう。だから自動販売機自体を無くせばいいのだ。そしてもとより自動販売機を運営していた会社はコンビニと提携し、コンビニで年齢確認しなければ煙草を買えないという風に改変してしまえばいい。人間の査閲が入れば未成年が煙草を買うことも出来なくなる。親のお使いで煙草を買いに来たと言っても、実際に煙草を買おうとする人物が未成年である場合は売らない、そういうスタンスを全国的にとれば問題はなくなる。そして年齢認証は免許証や学生証で行えば、必然的にタスポを作る意味もなくなる。無駄なお金を払わなくてもいいのだ。次にタスポを持ってもらえる環境についてだが、これは単純に差別化を図れば簡単に解決する。自動販売機でタスポを使って煙草を買った場合、幾許かの値引きをすればいいのだ。その額は10円でも20円でも構わない。或いはタスポを使わない場合には…つまりコンビニで買う時などの煙草の価格を引き上げればいい。その額も10円でも20円でも構わない。確かに1箱2箱買うくらいなら大した差異はないかもしれないが、年間で累計するとかなりの差額が生じる。自動販売機でタスポを使って煙草を買うことによる「メリット」を発生させれば必然的にタスポを持つ誘因になるだろう。タスポを作る為に掛かる費用の問題もある。長い目で見れば得をするという考えを持たせれば多少手続きが面倒でも今よりは需要が高まるだろう。私如きの頭でのこれくらいの考えは浮かぶ。それでもそのような動きを見せないのには、何らかの理由があるだろう。国の動きを見ていると、国民…中でも愛煙家に対して煙草を吸ってもらいたいのか辞めてもらいたいのか時々わからなくなる。曖昧な制度は最も効率性を欠く、そういう意味でも少しくらいラディカルでもいいから抜本的な改革が必要なのではないだろうか?煙草を吸わない人にはわからないだろうが、煙草税というのは重要な財源だ。煙草はその殆どが税金で出来ていることを考えると自明だろう。だからこそもっとクレバーな制度を用いるべきではないかと感じて止まない。
Jul 3, 2008
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仕事中に初めての更新ちょっとどきどきだ(笑)というのも今日は仕事に出かけた瞬間に携帯電話を忘れたことから始まる。普段は仕事中に携帯電話を忘れても大して気にすることもないのだが、最近は別だ。電気料金やガス料金の関係の電話。それに伴う開栓・閉栓の電話等がいつかかってくるのかわからない。それらにすぐに対応できないと不味いことになるからだ。そんなわけで仕事の休憩中を見計らって家に帰ってきたわけだ。まぁ私がいなくても仕事は円滑にまわるので特に問題もないし、何かあった時もすぐに戻れる距離なのが幸いだということだろう。これを書いたらすぐに帰ろうと思う。実際電話がかかってきていたのだが、出られなかったということは置いておくとして(笑)ルールを破ることのドキドキは背徳のドキドキに似ている。異常な状態に身を置くことで人はスリルを感じる。きっと今の私もそうなのだろう。では、仕事の続きに行って参ります♪
Jul 1, 2008
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