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昨日の天気が打って変わって今日はいい天気だ♪台風一過という言葉は台風が通り過ぎた後はいい天気になるという意味なのだが、今回の事象はそれに該当するのだろうか?まぁ崩れたとは言っても台風だったことには変わりない。こういう微妙な規模のものでも台風と扱ってくれて台風一過を具現化するというところに大自然の神秘を感じざるをえない。来たのが台風崩れだけに、台風一過の今日も天気は快晴とまではいかないのが渋いところだ(笑)さて、本題へ。本当は今日で京都を出て行く予定だったのだが、予定がずれて2週間ほど延期になってしまった。結局準備を周到にした方が馬鹿を見るという結果になってしまったのだが、まぁ悔しい思いをしているわけではないので気にしないでおこう。きっとこれにもなんかしかの意味があるはずだ。そんなわけで6月に入る前から貰っていた予定休暇をなんとなく過ごすことになってしまった。家族が集まったというイベントがあったのだが、それも2日間だけで、後の1日…つまり今日は家でまったり過ごすことにした。まったりで思い出したが「しっぽり」という言葉は共通語ではないらしい。どうやら関西弁だということを最近知った。まぁどうでもいいが(笑)まったり…もといしっぽり過ごすことになった今日なのだが、ゆっくりしているだけというのも難だったので、引越しに纏わる雑多なことを片付けておくことにした。まずは引越し業者の手配だ。引越し業者は案外ピンキリで、下手なところに頼んでしまうと随分法外な価格を請求されることもあるらしい。選択は慎重に越したことはないのだが、如何せん私の場合は一刻を争うような期間に迫っているのでそうも言ってられない。慎重且つ大胆に引越し業者を選定しなければならないということだ。引越し業者を決めるのがこれだけ遅くなったのは別に私がサボっていたからではなく、引越しの日取りが正式に決まったのがつい最近だからだ。一応弁明しておくが、最初の転勤の話は2月から出ていたのだ。それが7月まで延期になったのは、単純に折り合いがつかなかったからだと言える。1度や2度などではなく何度も日取りを決めてそれが裏切られたともなると具体的に日取りを決めてもらっても安易に信じることが出来ないのは当然だ。確実な論拠をもってして初めて理論は具体性を孕む、そういう意味でも確実性を持てる時期までは動かないでおこうと決めていたからだ。そんな背景があったので、私が引っ越し業者を今日決めたのには正当性があると言える。自己弁護っぽいが事実だからしょうがない。2週間前にして引越し業者を決めるのは甚だ遅すぎる。10代で結婚するくらい常軌を逸していると言えるだろう。それでも手を拱いている時間も惜しいので今日動くことにしたというわけだ。さて、いざ決めるとなるとなかなか難しいものだ。煙草業界以外はどの業種にも必ず競合会社が存在しており、その中で自然競争が演じられている。つまり消費者としては如何に己がニーズにあったものを選べるかがネックになっているというわけだ。大体人気のあるものはネット検索してもトップの方にきているものだ。今回もその理論に従い、某有名引越し業者に委託することにした。それが昨日のことなのだが、早くも今日見積もりに来たいという連絡を貰った。善は急げの精神の持ち主である私としては願ったり叶ったりだ。是非ともということで見積もりに来て貰った。結局家に来て小1時間ほど話し込んで最終的には見積もりを作ったのだが、引っ越し業者の価格に驚かされることになった。私のような単身者向けの引越しプランでも、概算で14万円ほどするらしい。そんな価格で引っ越すわけにはいかない。そこは関西人である私のアビリティ「値切り交渉」が発動する時だ。というわけで更に小1時間ほど交渉した結果…無理矢理半額にすることが出来ました♪半ば卑怯な手を使ったような気もしないでもないが、安いに越したことはない。結果的に業者サイドも折れたわけだし、合意とみなして問題はないだろう。ちょっとやりすぎたかとも思うが、そこは仕方ないというものだ。その後は引越し業者が置いていったダンボールで荷造りをすることに暫く勤しんだ。それがひと段落すると、今度は電気とガスの解約手続きをネットで行い、ガスの開栓手続きまでやることが出来た。今日一日で随分と事が進んだ。まぁ今月はこんな感じでゆっくり過ごすことが出来ないだろうが、その分向こうへ行ったらおもいっきり羽を伸ばそうと思う。因みに…引越し業者はちょっと涙目だった(笑)
Jun 30, 2008
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両親のありがたみは実家暮らしをしている間はわからないこれは私のモットーとしているものだ。実際に私が、両親がどれだけ凄い存在なのかを思い知ったのも1人暮らしを始めた時期だったし、他の1人暮らしの人に聞いてみてもおおよそ同じような答えが返ってくるということはまぁあながち間違いではないということだろう。実家に暮らしている時は両親の凄さはわかりにくい。それは単純に満たされているからだ。満たされていると人は何も見えなくなる。ちょうど恋人が出来た人が友達付き合いが悪くなってしまう例に似ている。大切なものは無くさないと価値がわからないのと同様に、両親も近くにいなくなってからはじめてその凄さや偉大さがわかるというものだ。今回の来訪の時も全く同じことを思ったものだった。私は基本的に家は綺麗にする方だ。あまりにも綺麗好きで潔癖症というわけではないのだが、ある程度の汚さなら家で過ごしていて気になる為、掃除は結構頻繁に行っているつもりだった。なので今回両親が来るということがわかっても、特に新しい掃除を試みたわけではなかった。しかし実際に両親の査定が入ると、みるみるうちに駄目なところが露呈されてきた。それは本当に細かく、掃除というものを長年やっていなければ見つけられないレベルのものだった。細かいからどうでもいいかと言えばそうではなく、大切な部分でもあるということは指摘されて気づいたものだった。自分の掃除レベルの甘さを再認識されられたものだった。まぁそれでも久しぶりに来た息子の部屋にしてはなかなかだということで及第点はもらっただろう。気のせいではないはずだ(笑)それにしても両親の査定は厳しい。特に炊事や掃除をしながらちゃんと仕事もする母親には頭が上がらない気分だ。それは私自身が仕事を始めたことで余計に感じる尊敬の念でもあった。まぁこんな恥ずかしいことは本人の前で直接は言えないのだが。そんなこんなで結構綺麗にしていたはずの私の部屋は見事に先生の赤が入り、母親によって掃除がなされることになった。その様子は或いは昔の私なら関係ないことのように見えたかもしれないが、今の私は母親の掃除テクは実用性が高い。なので掃除を手伝いながらもその手法を観察することにした。その中でわかったことは結構あった。結論から言うならば、掃除に対するスタンスというのが一番大きいものだったように思う。家で普通に行う掃除で大変なものはその殆どが水周りの掃除だ。掃除機をかけたり埃を落としたりするのは誰だってできる簡単なことだ。掃除を極める上で重要なのは水周りの掃除をいかに美しくこなすことが出来るかどうかにかかっている。私の場合は水周りの掃除は食器洗い用の洗剤で洗える範囲だけに限定していた。しかし母親はもっと専門的な知識を持っていた。汚れの種類や場所によって効果的な掃除方法を知っており、それを実践することで単調な掃除行動の幅を広げ、且つ楽しく掃除するが可能になることを知っていた。これを知っているか否かで掃除の効率は飛躍的に上がる。面白くないことをやり続けるのは苦痛でしかないように、効果的なやり方を知っているということは楽しみに繋がる。楽しいとやる気もおきるというものだ。今回の来訪時の掃除で、私はまた新たな知識を会得した。水周りに関する掃除法をまた1つ伝授してもらったのだ。これでもう頑固な油汚れも怖いものではない。パイプの詰まりだってもう綺麗に…って長々と何の話をしているんだか…(笑)仮にも20代前半の男の話す内容ではないかもしれない。なんだか一気に所帯じみてしまったことに我ながら苦笑ものだ。でもまぁこれも私の理想とする男性像ではあるので、深く考えないようにしよう。家事も仕事も出来る大人、これが私の理想とする形だ。いるかいないかわからないが、結婚相手とも楽しく家事が出来たらいいなぁと思う。それだけできっと幸せな気分になれるから。キャパの広い人間になりたいと思いながら洗濯機を掃除し続けた私だった(笑)
Jun 28, 2008
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台風の崩れたようなものが迫っているらしい。そんなことは関係なく、私はいつも通り洗濯をしてしまった。まぁ天気予報をはじめ、テレビ関連をあまり見ないことが関係してかどうかはわからないが、台風の崩れたようなものが迫っているということも全く知らなかった。やけに風が強いとは思っていたが、まさかそんな風になっているとは思わなかった。おかげで洗濯物を急遽回収して部屋の中に干すことになってしまった。まぁそれでも乾くことには変わりないし、特に気にすることでもないか(笑)部屋の中がじめじめしているのがちょっと気になるが、今日はそういえば兄が来る日だった。兄はよく私の家に遊びに来る。兄もよく自分のところに来いと言ってくれるが、私は兄のように車を持っていないのでそう簡単に行くことは出来ない。加えて私の仕事は兄の仕事よりも不定期なバイオリズムで動いている。それを思うと、兄の休みと合わせるのが難しいということだ。まぁ単純に私が一生懸命にプランニングして兄のところに行こうとしていないことも関係しているかもしれないが。私と兄は年齢の割りには結構仲がいい方だ。それは今に始まったことではなく、二人とも学生の頃から仲は良かった。特別仲がいいというわけではなく、多分世間一般のそれくらいのレベルだろう。まぁ世の中には血の繋がった兄弟でも仲が悪いということがよくあるらしい。それに比べると幸せなのだろう。当たり前にありすぎて価値があるのかどうかが見えなくなりそうだが、私はこの関係が好きだ。その兄なのだが、多分今回が最後の来訪になるだろう。それは今の家で…という意味だが、思えば何度も遊びに来てくれていたような気がする。多分兄だからという立場も関係しているのだろう、兄は遊びに来てくれるとよくご飯を奢ってくれた。私が学生の頃からそれは変わらず、いつも兄がご飯を食べさせてくれた。そんな行為を当たり前だと思いつつある自分に嫌気がさしたのか…或いは一瞬の気の迷いかどうかは知らないが、今度兄が来た時はご飯を奢ってあげようと思っていた。その機会がちょうど今回にあたる。仕事を終えるといつものように車で飛ばしてきて、仕事終了から1時間もしないうちに私の家に到着した。そこからはいつもの流れで、だらだらと部屋で過ごしながらご飯を食べにいくd算段をしていた。いつもこのペースだ。慣れてしまった空気、過ごしやすい空気、これが保てるうちはきっと兄弟仲良くできるだろう。予定通りご飯を奢った後は、久しぶりにどこかにでかけて遊びにいくことにした。ちょうどご飯と一緒にお酒も飲んでいたので車は運転できなかったが、タクシーを使ってどこかへ出かけることにした。まぁ遊ぶとは言ってもその内容は結構限られてくるので、結果的に遊びはボーリングになった。某有名ボーリング場までタクシーを走らせることにした。ところが着いてみるとボーリング場は込み合っていて、出来そうもなかった。折角来たのに何もしないまま帰るのも癪だったので、ボーリング場に隣接しているゲーセンに行くことにした。男二人でゲーセンとはなかなかシュールだが、まぁそこは気にしない方向で(笑)一通りUFOキャッチャーを見て廻ったのだが、めぼしいものもなく、何も取らないで帰ろうと思った矢先、私の目に衝撃的な光景が飛び込んできた。リラックマがある、しかも大きくて可愛い♪こうなったら私はもう本気だ。1000円札を両替してUFOキャッチャーの台の上に積み、いざ勝負だ。思えば学生の頃UFOキャッチャーに狂信的に嵌っていた頃からこれは変わらないスタイルだと言える。周りから見たらかなりおかしな人物に見えるかもしれないが、そこは気にしない方向で(笑)いざ挑戦してみるとこれがまた難しく、私の培ったスキルをもってしてもなかなか上手くはいかなかった。UFOキャッチャーにおける原則、それは諦めない心と逆転の発想、そして挑戦する意思だ。欲しいと思っていても見ているだけでは一生手に入らない。やってみなければ取れないのだ。そしてやるからには1回あたり何円というお金が絡んでいるということに対する緊張感が思わぬ発想を生むことがある。この時の私もそうで、1回やってみて全く効果がなかったのだが、そこから暫く熟考して、1つの結論を導き出した。それは紛れも無くUFOキャッチャーにおける技の1つ、押し込みを使う瞬間だった。説明しよう…押し込みとは…多分正式名称は別にあるのだろうが、あくまで私の中の呼び方の1つで、欲しい商品を掴むのではなく押していい位置に移動させる技のことである。因みにこの技はあくまで「移動させること」がメインであり、取る技とはまた別である。1回目の試行で全く効果の無かったことから見えてきた結論を紡いだ結果の2回目、押し込み…。これが的中して、見事リラックマはいい位置に移動した。そして3回目で見事持ち上げることが出来た。そしてリラックマは私のもとへやってきた。結局3回で取ることが出来た。これは訓練の賜物だ。これはまたいつもの贈答用にとっておくとしよう♪まぁそんなこんなでテンション高めに奮闘している私を兄は「またいつもの病気か」みたいな目で見ていた。もう兄にしたら慣れている光景なのだ。敢えて何も言わないのは兄なりのやさしさだろう。ボーリングは出来なかったが、リラックマを1人勧誘できたのは大きく、ほくほく気分で家路についた。兄が来ることを嗅ぎ付けて明日には両親が来る。また部屋が汚いと怒られそうなので、残りの時間は部屋の簡単な片付けに使うことにした。そんな感じで家族来訪の1日目は終わった。 戦利品♪
Jun 27, 2008
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冷房の試運転をそろそろやらないといけないかもしれない毎年いつ冷房をデビューさせるかどうかで迷うのだが、今年もまた微妙な気温の季節になってしまった。基本的に私が冷房をデビューさせる基準としているのが、部屋に普通にいて汗をかくようなら…というボーダだ。この線引きというのも実は困ったもので、その日が暑くても次の日には暑くないということもある。それに汗というのは体調によっても若干出るか出ないかの線引きが行われることになる。となるといつ冷房をデビューさせるかというのはかなり難しいタイミングになる。まぁなんだかんだ言いながらも毎年7月になれば強制的にデビューさせるので、今年もその勢いになりそうだ。田舎生まれとしては冷房に頼りたくなく、どんな暑さでも団扇と扇風機で耐え忍んできた私としては冷房のデビューには聊か抵抗があるのだが、その心意気を打ち砕くほどに市内の暑さは異常だ。まぁいくら電気代を使おうともそれを払うのは自分だ。有意義なお金の使い方だと思って割り切るしかないだろう(笑)さて、本題へ。昨日、会社の飲み会があったので京都でも結構賑わっている方である四条まで足を運んでみた。久しぶりに行く四条はやっぱり賑わっていて、活気に満ち溢れていた。少し話は変わるが、真に過ごしやすい街とはただ賑わっているところではない。それ以上に、寂れて昔ながらの情緒の溢れる場所も必ず必要だ。賑わっているところばかりというのは確かに汎用性は高いかもしれないが、都会という空気に息が詰まるような思いになる。たまに行くくらいならいいが、毎日行くとなると本当に息が詰まる。なので、適度な距離に田舎というか住宅街のような閑散とした場所があるのは大切なことだ。都市として発展していく上でもこの寒暖の差は必要不可欠だろう。生活していくうえでも同様だ。因みに、都会と田舎、どちらが寒で暖なのかは個人の思想に任せるとしよう。私は田舎が暖だと思っている。余談だが(笑)四条はそういう意味でもいいロケーションにある場所だ。とりわけ河原町周辺は素晴らしい。鴨川を見渡せる位置がすぐに広がっているのだが、一歩街に入れば都会、なんでも揃っている。住むにはうってつけの場所かもしれない。勿論住むとしたら鴨川沿いの静かなところが最高だ♪まぁそれはいいとして…。飲み会に四条河原町まで来たのだが、その時大きな声と人だかりが出来ているのを見つけた。また河原町でなにやらイベントでもやるのかと思いながらも適当にやり過ごそうと思っていたのだが、どうやらやっていたのはデモのようだった。トラメガを使って大きな声を張り上げている人がたくさんいて、それに向かってカメラを向けている人も多くいた。その光景に暫し唖然としてしまったのだが、今回のデモの目的はどうやらサミットに関することのようだった。よくは聞いていなかったが、声が大きいぶん聞きたくもないのに入ってきたという具合だ。サミット、北海道洞爺湖で行われるものに対して、行う道理がない、行っても意味がないということをメインテーマに据えてデモは行われていた。デモ隊の列は結構な長さになっていて、河原町のメインストリートの交通をストップさせるほどの規模だった。デモ隊のすぐ横には警察が騒動のないように待機しており、デモ隊の最後尾には警察車両が護送しているような形をとっていた。私はそれを見て不思議に思ったものだった。そもそもデモは合法ではない。と言えば言いすぎかもしれないが、それでも気軽に行っていいものではないはずだ。しかも今回のようなケースは交通をストップさせてまで行われている。ただどこかだだっぴろい広場に集まって決起するくらいならまだいいが、明らかに正常な交通を遮断する行為だ。これは罰せられるべきはずだ。しかし罰する権限を持っている警察は、デモがちゃんと行われるように護送しており、挙句に警察車両はこっそりとデモ隊の後ろをついてまわるだけの存在になっている。これは正しいことなのだろうか?デモを正常に終わらせるというよりも、デモ自体を別の場所で行うように誘導するのが警察のとるべき道だったと思われる。ただでさえ何もなくても交通量の多い場所でデモをやられることは、迷惑以外の何物でもない。況やデモの内容に賛同しない人には。警察がデモを止めない理由、それは恐らく表立っては言えない事情があるのだろう。それは、デモをやらせる方がデモを止めるよりも遥かにメリットがあるということを示唆している。そこに関してはある程度の察しはつくが、敢えてここでは言わないことにしよう。卑近なことを言うものではない。何にせよ、意見を言うにはもっとスマートな方法があるはずだ。見世物としては申し分ないかもしれないが、一昔前のような団体でねり歩くなんていう行為はただの交通の阻害に過ぎない。言いたいことはあろうが、何かの邪魔をしてまで行うものに果たして正当性はあるのだろうか?そこが不思議に思えた出来事だった。ちなみに…このデモは先ほども書いたようにサミットに対して行われているものだった。勿論その矛先はG8に向かっているものでもあった。デモ隊には別に興味もなかったのでスルーしようと思っていた矢先、デモの列の中にプラカードを持って歩いている人の姿を見かけて何気なくその内容を見てちょっと上手いなと思ってしまった。以下にその内容を書いて今日のブログはおしまいにするとしよう。「3人寄れば文殊の知恵。8人寄れば悪知恵」
Jun 26, 2008
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それは人間だ人間以上に怖いものなんてない例えば眠っていたとして、突然目覚めた時、枕元に猫がいたらびっくりするだろうか?因みに猫は飼っていないものとする。まぁ状況が状況だけにびっくりもあるだろうが、恐怖を感じることはないだろう。それが犬であっても同じことだ。しかしそれが人間だったらどうだろうか?これはもうびっくりではなく恐怖を感じることだろう。同様に、一般的に怖いとされるシチュエーションを考えてみても、それは人間が関与していることが多い。そのようなことを考えてみても人間が一番怖い存在だと言える。幽霊や怨霊の類だって人間の姿を模して出てくるから怖いのだ。造形学的に見ても、人間ほど恐ろしい造形をしている生き物はいない。何故こんな話になったのか、それは私が昨日怖い夢を見たからだ。怖い夢といえばどんな夢が想像されるだろう?普通はどこかから落ちる夢だとか、何者かに追いかけられる夢だとか、畏怖の象徴たるものが大量に存在するだとかそういう類のものだろう。しかし昨日私が見た夢はそういうものではなく…日々の中に潜む怖さを体現化したものだった。夢の内容ははっきりとは覚えていない。アウトラインも曖昧だ。ただ怖いという感情だけが残っていた。私の喜びとしているものが全て裏切られる夢…。大事なものが奪われる夢…。怖くて泣き出しそうになる夢だった。目が覚めた時には部屋の中が暑くて暑くて仕方なかった。まるで熱帯夜のような雰囲気だった。そう、初めて霊体験をしたあの日のようだった。私が今楽しみにしていること、生き甲斐としていることは少ないがある。それらは全て1人では喜びをえられないものだ。つまり人が関係している。それらが泡沫のようになくなってしまうことは現実にありうる。しかしそれだけは考えたくない。それらがなくなってしまうことがどんなに悲しいことかわかっている。それだけに無くしたくないと思えるのだ。物事の本質的な部分にも似通っている。人が大切にするもの、それは壊れやすいもの、扱いを丁寧にしなければならないもの、そういうものが多い。大切に扱わなければいけないからこそ価値を見出せるのだ。簡単に管理できるものほど価値がなく、軽いものだ。夢の一節で私の祖父が亡くなった場面もあった。因みに、私の祖父は本当に亡くなっている。それも私が小学校6年生の頃の話だ。その頃は私も何がなんだかわからなかったのを覚えている。祖父が亡くなったということを理解できないままに通夜と葬式をむかえた。現実味がなかったからこそ泣けなかった。悲しいというよりも心に穴が開いたような不思議な気分だった。しかし夢で見た時には祖父が亡くなったということがストレートに理解できた。それはきっと祖父が亡くなる場面に至るまでに心をキツク締め上げるような光景を幾つも見せられたからだろう。そんな夢を見たからかどうかはわからないが、なんだか今日は元気がなかった。やらなければならないこともたくさんあって充実した休みになるはずだったのに、なんだか気後れしているような不思議な気持ちだった。まぁやるべきことはやったのでいいのだが、それでもまぁ…あまり晴れやかな気分ではなかった。きっとこの感情は…淋しいのだろう。誰かにそばにいて欲しい、そんな気持ちが一気に押し寄せてきたような感覚だった。なんだかんだ言ってもやはり私も本質的にはまだまだ子どもだということだろうか?(苦笑)そんな気分を払拭する為にも楽しいことを考えようと、頼まれていた贈り物を贈ることで今日のやるべきことにピリオドを打った。最後よければ全て良しだ。我ながら楽しいことをすると沈んでいた気分が持ち直すのも現金な性格の片鱗かもしれない(笑)でも怖い夢はやっぱり見たくないなぁ…
Jun 25, 2008
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掃除機のフィルタがどうやら限界を迎えたようだ1人暮らしをしていると、家事関係の道具の磨耗が激しいことを痛感させられることも多い。例えば換気扇のフィルタなんかがそのいい例だ。1度つけたら結構長い間交換しなくてもいいように思えるかもしれないが、気づけばもう真っ黒…否真っ茶色になっていて交換時期をとっくに過ぎていることも珍しくはない。他にも食器洗い用の洗剤が切れていたりコンロの周りの立てかけておく銀色の壁みたいなもの(正式名称はわからない)が汚れていたりと結構取替えは入念にしなければならないものだということに気づく。その中でも掃除機のフィルタというのはどうにも気づきにくいものだ。掃除機のフィルタは、換気扇のフィルタに比べて消耗速度がわかりにくく、交換の時期を躊躇うものの1つだが、私は掃除機のフィルタを交換したことは1度もなかった。それは掃除機のフィルタは使い捨てではないのではないかと思うからだ。掃除をしていてごみがいっぱいになったというようなランプがついても、フィルタを取り出して中のごみを排出してしまえばそれだけで済む話だ。多分そういうやり方をしていると吸引力云々の関係でよろしくないのかもしれないが、でもいちいち掃除機のフィルタを買わなくていいというのはエコの観点ではナイスだ。今回もそんな風にしていつも通り掃除機のごみがいっぱいランプがついたので中身を排出しようとしていたのだが、幸か不幸か今回の排出でフィルタが破れてしまった。思えば1人暮らしを始めた頃から1枚のフィルタでやり過ごしているので、高齢と言えば高齢だ。5年間も私の家の掃除事情を一任してくれたのだからその功績は輝かしい。新しいのを買うのは偲ばれるが、まぁ家が汚くなることは何物にも変えがたい苦痛だ。そこはチャンピオンには我慢してもらおう(笑)さて、本題へ。私が子どもの頃というと、まだ今のように家庭用ゲーム機が安くない時代で、買ってもらうことも出来なかった。なので子どもの頃の遊びというとほとんどは外に出張っていってのものだった。一日中ボールを追い掛け回したり鬼ごっこのようなものをしてくたくたになるまで遊んでいた時代だった。今となってはむしろそのような時代だからこそ良かったように思える。まぁ今の時代を揶揄するつもりはないが、それでも何もなかった時代だからこそ様々な遊びに触れることが出来、剣玉やあやとり(ここは男らしくもないものなのだが)にも触れることが出来た。今でも独楽回しや剣玉は現役で出来る。思えばいい時代だった。そんな時代にあった遊びの中で、仕事の休憩時間中に話している時議論になるまで白熱した遊びがあった。それは以下のような遊びだ。まずは対象人数は2人で、じゃんけんのようにグーとチョキとパーの3つを使う。じゃんけんと同じように掛け声とともにお互いの手を見せ合うのだが、ここからがじゃんけんとはルールが異なる。じゃんけんでは「グー>チョキ」「チョキ>パー」「パー>グー」の3すくみのルールなのだが、その遊びでは相手と3すくみ形式が用いられない。勝負が決するのは相手と同じ手が出たときだ。相手と同じ手が出た時に何かしらの掛け声を発し、その掛け声を発するのが早い方が勝ちというルールだったような気がする。今になって思えばこれはいい加減なルールだと思われる。何しろじゃんけんのように確固たるルールの上に成り立っていないのだから(笑)まぁこれは誰でも子どもの頃にはやったことがあるゲームだと思うが、問題となるのはそのゲームの名称だ。20代の私がそのゲームをやっていた頃は「どんせっせ」という名称だったのだが、30代の先輩が言うには「どんぱっぱ」だというらしい。意見の衝突があった後は、どちらの名称が正しいかで議論になったのだが、結局結論は出なかった。その時出た妥結点のようなものは「年代によって呼び方が違うのではないか?」というものだったのだが、これは統計が取れないので立証することが出来ない。半ば消化不良のような形でこの議論から離脱することになってしまった。その後も考えてみたのだが、これはなかなか興味深いテーマかもしれない。もしかしたら「どんせっせ」も「どんぱっぱ」も京都周辺だけの特殊な言い方の可能性もある。或いは他の地方では他の呼び方があるかもしれない。そう思うと私の悪い癖が出てきて、どんな名前なのか調べてみたい気分にもなったのだが、どうにもこればっかりは正式名称がわからない故にネットで検索することも出来ない。どうにも鬱積したものが溜まっていくというものだ。貴方の地方ではこの遊びをなんと呼んでいましたか?
Jun 23, 2008
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知らなかった住所変更をする際には届出から14日以内に役所に申請しなければならないことを…かと言って別に手続きを漏らしたわけではないので悪しからず(笑)いきなりな始まり方だが、これは家の手続き等の問題に起因する事項だ。引越しをするのにも様々な手続きが必要だが、他県への引越しにはかなり面倒な手続きが待っている。あと1ヶ月で引越ししなければならない私としては、そろそろ本腰を入れて雑多なことを片付ける作業をしなければならないだろう。おおよそ1ヶ月の間に片付けておかなければならないことは以下の数点ほどある。1:向こうでの住宅を借りる為にまずは実印を作る2:それに伴い認印も作る3:住民票の写しを作る4:印鑑証明を作る5:実は今住んでいるアパートは住民票申請をしている場所とは異なることに気づく6:だから今住んでいる住所に住民票を写す作業をする7:転入届を役所に申請する。8:その上で再度住民票の写しと印鑑証明を作る9:賃貸契約を結ぶ10:これでやっと向こうの家の手配が出来る11:インターネット契約を解約する12:多分罰則が適用されるが気にしない♪13:電気・ガスの使用期限を転居時期に合わせて伝える14:ついでに郵便物の転送手続きを行う15:引越し業者に見積もりを作ってもらう16:敷金取り合い合戦の準備をする(笑)17:会社の総務に連絡して給料の振込み先を京都銀行から横浜銀行に変更してもらう18:それに伴う雑多な手続きをする19:折角移した住民票を再び解除する20:横浜の役所に申請して再び転入届を書く21:面倒だが、また印鑑証明と住民票の写しを予備で作っておく22:新居の電気・ガス等の設備の連絡先がどこなのか事前におさえておく23:免許の住所切り替えの手続きを行うまぁ簡単に挙げてもこれくらいはしなければならない。考えるだけで鬱陶しくなるのだが、まぁ仕方がないだろう。それにしても今回のこのようなことになって初めて手続き関連の面倒さを肌で感じることが出来た。印鑑証明の発行は本人でないとできないということも新たに発見した出来事だった。しかし不思議なのは、印鑑証明発行の手続き書には、代理人でも可能だというようなことが書いてあったことだ。代理人でも可能だという項目を作ること自体が代理人でも出来るという意味とイコールであるべきだ。しかし実際はそうではないらしい。これが本当のお役所仕事なのだろうか(笑)思えばもうそろそろこちらでの仕事も納め時が来ている。ここ一ヶ月の私は多分仕事的には鬱陶しい存在になっているだろう。なにしろやらなくていいことまでやっているのだから。基本的に私の仕事は昼と夜の2部門にわかれているのだが、お昼の仕事に比べて夜の仕事の方が比重が高い。なので夜の最初の仕事はバックアップやセーブの準備をすることから始まる。これがやってみると意外に時間の掛かることで、3人がかりで1時間くらいは軽く見積もらないといけない。これが夜の最初の仕事なのだが、私はこれをお昼の勤務になった時は、昼の間に1人でやるようにしている。それは最期の印象も綺麗にしておきたいからだ。まぁ実際のところ私の印象はそう悪いものではないかもしれないが、それでもやはり私にしか出来ないことと言えばそれしかないのだ。夜の仕事の人の付加を少しでも下げる、これが私の出来ることだ。幸いにして現場には私よりもやる気のある一般社員はいない。これが私がそこにいた証になれば嬉しい。やはり何も残さないでいなくなるのは少し寂しいものだから。そして願わくば、私が横浜へ旅立った後、いつものように夜の準備をしようとしている先輩方が、夜の準備が事前にされていないことで私のことを思い出してくれたら幸せだ。忘れられるのが一番辛い、そういう意味でも目に見えないものでも何か残すことが今お世話になった現場への恩返しのような気がする。さて…明日は夜勤をしてその後すぐに役所に手続きに行かなければいけない。次いで住宅斡旋センターに行って退去の具体的な日取りを伝えて契約書を書き、その足で大家さんのところに行かなければならないだろう。24時間労働もそろそろ板についてきたかな?(笑)
Jun 22, 2008
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先日仕事をしているとなかなか面白いことを先輩から言われた。これを読んでくださっている方はもうご存知だろうが、秋葉原で猟奇的な事件があったというものだ。私は基本的にテレビを見ないのでその事件のことをあまり知らなかったのだが、事件を知らないと言うと先輩から凄く馬鹿にされた。時代遅れだと、世間を知った方がいいと。そのことがきっかけだったかもしれない。そもそもニュースを見ないことが何故いけないことなのか、咎められないといけないことなのかがわからない。先ほど書いたような秋葉原のニュースだって、かなり頻繁にニュースでやっていたので知らない方がおかしいとでも言いたいのかもしれないが、そういう単一的なことを言うのであれば私にだって意見はある。そんなニュースを見て何になる??確かに世間で起こっていることを知ることは大切なことだ。しかしそれは自分にとって為になるかどうかという前提があると私は思う。例えば原油価格高騰なんかは生活に直に関係してくることなので知っておいた方がいい。原油価格が高騰すると物価もそれに影響され変動する。普段使うお金が増えると生活に支障をきたすことだって考えられる。しかし秋葉原で起こったような事件を知ったところで何になるだろうか?見て知ることで事件が減るだろうか?もう起こらなくなるだろうか?きっと何人が事件の存在を知ろうとも事件自体の数が減るということはないだろう。むしろそんな事件があったということで心を痛める結果にしかならない。それは果たしてプラスの効果だと言えるのだろうか。確かに事件の被害者の方々に対しては非常に心苦しい気持ちがわいてくるのは事実だが、事件の被害者の方々にしても、テレビで煩く報道されることを望んでいるだろうか?答えは自明だ。そんなこと望むはずはない。そのようなことから次のようなことがわかる。見て新たな知識を得るようなこと、現状を正確に分析していること、そのようなことを報道は行うべきだ。悲しい事件を報道するのもいいが、報道をすることの意味を誤ってはならない。多くの人が触れる機会の多い報道ではその観点に立たなければ存在している意味はない。最近の報道にはどうも「ずれ」を感じる。前にもブログで何度か書いたことがあったが、それでも現状は同じ路線を貫き続けるのでまた書いてみることにしよう。今回はそんな話だ。そもそも「どこどこでこんな殺人事件がありました」というような報道をすることのメリットは何なのだろうか?今は上記のような秋葉原の殺人事件をよく報道しているらしいが、それによる効果はあるのだろうか?答えは簡単だ、そんなものはない。むしろ頻繁に報道することは模倣犯を生み、新たな犯罪を助長することに繋がる。現に秋葉原の殺人事件を真似て事件を起こしたということも悲しきかな現実に起こっている。そんな現状を見ても尚報道のあり方を変えないのは愚の骨頂だ。常軌を逸している、正気の沙汰とは思えない、そんな事件はマスコミにとってはいい餌だ。事件の異常性が強いほど、そして被害者がたくさんいるほど、水を得た魚のように活気付いているのが目に見えてわかる。真実を報道したいという考えよりも、この事件を取り扱えば視聴率がとれるという目的で番組自体が構成されたという営利目的を匂わす構図の報道が多すぎる。事件が特異であるほど、残忍であるほど報道は食いつき、同じような情報を競って流す。それが目立っている、注目されているという幻惑を生み、新たな犯罪の火種になる。こんなことはわざわざ今言う必要なんてない、小学生でもわかる論理の帰結だ。「これをすれば目立つよ」という教科書を予備軍に与えているような愚の極みだ。事件を本当に減らそうとしている行動とは思えない。むしろ事件が増えれば増えるほど自分達が報道でき、儲けられる…そんな低俗な匂いのすることが少なくない。だから私はテレビを見ないのかもしれない。テレビが面白くないのは汚らしい意思が働いているからだ。そう、事件の半分はマスコミが起こしている。本当に事件を無くそうと努力するならば、自殺だろうが猟奇殺人だろうが報道を一切しないのが一番だ。犯人としては自分がやったことを大きく報道されればされるほど自分は目立っているのだと錯覚する。そして目立ちたいと思っている人はかなり多くいる。その螺旋を断ち切ることが事件を起こさせない一番の方法だ。もしも大量殺人を起こしても、テレビでは一切報道されなければ注目されたいという意味で起こした事件も目的を遂行できないままに終わる。多くの人に怪我をさせたということで刑務所送りになり、その存在も一般市民に知られないまま罪を償う生活になる。そのこと自体が既に無意味なのだが、目立ちたいと思う人にはこれ以上ないくらいの薬になる。そして目立ちたいと思う気持ちは負の要素ではなくもっと正しき方向に推移していくのではないだろうか?営利目的の報道は汚らしいし、なにより見ていて楽しいものではない。慈善事業ではないことはわかっているのだが、もっと社会に還元できるような報道のあり方を追求するのが課題だと言えよう。答えは思いのほか簡単なところにある。何故愚を重ねようとするのか、私にはそこが理解できない。
Jun 21, 2008
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オフィシャルな飲み会ではしゃげるかどうかで会社での立ち位置というのは大きく変わってくるというのも、私自身が入社最初の飲み会ではっちゃけ過ぎて泥酔状態になり、結果的に送迎してもらうという惨事の当事者だったから言えることなのかもしれない。その当時は迷惑をかけた人達に謝罪の気持ちでいっぱいだったのだが、今になって考えてみると、むしろそのようにはっちゃけたからこそ今の立場を維持できているような気がしてならない。私の今の立場は凄く恵まれている。先輩方の殆ど全員に顔を覚えられているし、扱いもいい。フレンドリーに接してくれることの方が多い。会社での人間関係の構築は人間性が最初に立つが、その後には印象が次ぐ。そういう意味でも飲み会で無理してでもはっちゃけてぶっ倒れた私はノリのよくわかっているやつという認識をもたれて好印象なのかもしれない。何故このような話をしているかというと、またやらかしてしまったからだ(笑)その日は会社の飲み会で、私が横浜に転勤になることの壮行会もかねたものらしかった。集まったメンバーは私の職場の面々だけではなく、私達の会社と同じように職場に駐屯している別の会社の方々も含めた大規模なものになった。そのような大規模な面々で壮行会を開いてくれるということに感動をしそうになったが、よく考えてみると私の会社の人達も、別の会社の人達もただ単に飲み会が好きで騒ぐことを生業にしているような人達だったことを思い出した。何かと名目をつけては飲み会を開こうとするという性質を思い出した結果、私の転勤の壮行会を開くというのも建前だということに気づいた。そうなると一気に感動も冷めてくるのだが、まぁここは新参者らしく喜んだ振りをしておくのもありかもしれない。疲れることは多いものだ。そんなわけで飲み会だったのだが、会場に行く前に衝撃的な事実を知らされることになった。なんと所長までいらっしゃるということだった。所長とは、私の会社と同じように派遣されている会社がある中で、その中心核を担う会社の京都のトップだ。言ってみれば私の会社の社長とイコールで結べるほどに偉い人だと言える。そんな人が飲み会に来るとは…私は1年ほど前に感じた緊張感と同じものを感じていた。そしていざ飲み会がスタートした。直前に聞いていた情報通りに、所長は最も上座にいはって、そして今回の飲み会の表面趣旨である私の横浜行きの壮行会だという旨を聞かされた時には私の方を見ていた。もうそれだけでいっぱいいっぱいになってしまい、目の前の料理よりもまず先に、いつ所長のところに注ぎに行くかということばかりを考えていた。飲み会も中盤に差し掛かった頃、遂にチャンスが訪れた。色々な方々と酒を酌み交わしていた所長がフリーになったのだ。なのでその時を好機と見て、ビール瓶片手に所長のところまで行った。着いた早々に即効で1杯注がれたのだが、そこで飲まなければ男ではないということで、無理をして一気飲みを敢行した。その飲みっぷりに気をよくされた所長は2杯3杯とどんどん注いできはるので、結局それを何度も何度も飲む羽目になってしまった。所長から激励の言葉を頂き、自分の席に戻る頃にはもうかなり出来上がっている状態だった。周りの方の話では顔が浅黒くなっていたらしかった。まぁそれくらいはヤバイうちには入らない、むしろまだまだいけるという状態だったのだが、そこで私はふと思い立って、酒を飲みすぎてしんどい思いをしているというような顔を作ったまま周りの状況を観察することにした。基本的に悪口は本人の前で言わないようにし、陰で悪口を言う人がいるが、そういう人は悪口を言いたい人の前ではなかなか言わなくておべっかを言うことの方が多い。悪口を言うロケーションというのは本人がいないことが前提となるが、それ以外にも本人がいても悪口を言う機会というのは存在する。それが泥酔している時だ。この時は相手に何を言われたかはいざ知らず、自分が何を言ったのかも覚えていない状態であることが多い。よって、泥酔状態を演じることで、普段は聞けないことが聞けるという可能性は飛躍的に上昇する。この技は私が入社最初の飲み会で潰れたことを糧にして発見した作戦だった。同時に飲みすぎない為の予防線にもなる(笑)そんなわけで所長との邂逅をいいイメージで締めくくった後は、上記作戦で周りの話に耳を傾けていた。予想した通り、私のことを言っている話も2,3あったので、収穫にもなった。お酒を飲むとすぐに赤くなる癖は意外なことに役に立つということを発見した出来事だった(笑)
Jun 20, 2008
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道を歩いている時いつも見かけるラーメン屋さんその看板の「ラーメン」の文字あまりにも達筆過ぎて「ラーメン」が「うーめん」に見えたちょっとウケた(笑)うーめんってちょっとこってりしてそうだなぁ…そんなわけでここのところ元気だ。別に何があったわけでもないのだが、仕事に対するやる気も随分と増してきたように思える。まぁ今の現場にいる人の誰よりもやる気があることは前々から自負しているのだが、今まで以上に、という意味でやる気に漲っている。仕事をパーフェクトにこなすこと、素早く正確に仕事をこなすことの面白さを最近になって理解し始めてきた。まぁ同じところに1年も留まると何かしらの旨みを求めて仕事をするのも仕方ないことなのかもしれない。例えば、私の仕事、お昼の仕事にはテープをたくさん持っていってテープの交換をするというものがある。これはサーバ系の仕事では絶対にあるというくらい鉄板な仕事内容で、どの現場にも須らくある所謂伝統のようなものだ。仕事をしているビル、全8階建てのあちこちを廻ってテープの交換を行うのだが、今の仕事を始めた頃はそれさえもかなり億劫だった。サーバの正しい場所や見るべきポイント、膨大なテープを抱えて歩くことに対する疲れのようなもので、仕事の一連の流れを覚えるだけでもいっぱいいっぱいだったのだ。しかし1年ほど経った今では、どうやれば効率的且つ早く廻れるかを日々思案するようになっている。2Fはこういう風に作業し、アレをしている間にアレの確認をし、ソレのテープが排出されるわずかな時間でコレをする…などなど、効率的な方法を考え始めればキリがない。たかだかテープを交換する作業1つをとっても奥が深いということに気づかされたものだった。そんな思案があったおかげか、最初の頃は2時間半ほど掛かっていた作業も今では1時間ちょっとで片付くようになった。これは慣れというよりも効率性を重視した結果だと言えよう。今ではお昼の仕事の頭をはって仕事をできるようになるまで進歩した。そうなってくると仕事が面白くなるから不思議だ。そんな仕事を片付けている合間にふと考えた。これは私が描く「仕事のデキルカッコいい大人像」に近づいていると。どのような業界でも仕事がデキル人というのはいて、そういう人は須らくカッコいいものだとされている。仕事がデキル人のイメージというのは人ぞれぞれ違うだろうが、今の業界で仕事がデキルと言えば私の中では以下のような人物が想定される。背もたれのある立派な椅子に深々と腰掛け電話の受話器を肩で支えながら相手先と電話そして右手でさらさらっとメモを取りながら時折、ペンをくるっと回す電話が終われば周りの人に指示を出し颯爽と仕事をするヤバイくらいカッコいい…(悦私もそうなれる日がくるのだろうか?まぁそこのところは私の努力次第なのだろう。今でも忙しい時間ではそれに近いことになっているし、理想に近づけているようで嬉しくなる。商社だろうが看護士だろうがスポーツ選手だろうが、人から認められるカッコいい姿、つまり仕事ができる姿というのはイメージしやすいだろう。そのようなイメージがあるからそうなろうと努力する。結果的にモチベーションに繋がるのだ。仕事をする上で理想を描くことは大切なことだと言える。それがたかだか理想を描くという小さなことでも、何もないよりはやる気に繋がるから不思議だ。因みに…デキル大人の一番のイメージはスーツをカッコよく着こなせることなのだろうが、そればっかりは他人の評価なのでどうしようもない。私はその領域では大人に近づけているのだろうか?(汗)
Jun 19, 2008
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今日はいい天気だ。ここのところ梅雨入りしてからというものずっと中途半端な天気が続いていた。洗濯物を干すにもなかなか絶好の天候がなく、半端な天気でも洗濯物を干さなければならないという半ば不本意な状況にあったと言える。そんな中でいい天気が遂にめぐってきた。これはチャンスだ。洗濯物も一気に乾き、取り込む段階までもっていくことが出来た。加えて随分長い間干すことが出来なかった布団を干すことにも成功した。これで夜勤の仕事にとっては最もネックとされる睡眠を十分に気持ちよく確保することができる。日ごろに転がっている幸せというのはこういうことなのかもしれない。私も随分と老け込んできたものだ(笑)ちょうどクリーニングに出していたワイシャツも戻ってきたところだ。これで気分よく次からの仕事に向かえそうだ。さて、本題へ。人の言葉を話す、或いは人の行動を理解するロボットというのも夢ではない時代になってきた。どこぞのアニメやSF小説で出てくるような完全に個を形成できるロボットまではまだ無理だが、それでも確実に進歩をしている。人の言葉を話すロボットやお手伝いさんみたいに身の回りの様々なロボットが出来れば生活が便利になるだけではなく私のように独り身の人にとっても画期的な出来事になることだろう。そんな現実が目の前まで迫っている中、ふと思うことがある。今回はそんなお話。ロボットが知能を持つことは現在の技術でも可能になっている。物事を合理的な方向に思考し、限りなく人に近いロボットを作ることは可能だ。しかしロボットはどうやっても人間よりも賢くなることは出来ない。それは以下の事象に起因する。例えば偶然手にしたものが物凄く熱かった時、人間の反応は大体瞬間的に持っている物を手放すという行動をとる。これは人間の防御反応上正しいリアクションだ。これをもしもロボットがした場合、人間と同じリアクションをもしとったとしても、それは正確には正しくない。ロボットの材料というか素材のようなものは人間の手よりも熱に強い。人間にとって熱いものでもロボットにとっては熱いとは限らないというものだ。熱いものを持った時に人間と同じリアクションが出来た時、それを観察する人はそのロボットが人間に近いものだと錯覚する。しかしそれは本当は正しくない。確かに起こった事象だけを観察するなら正しいかもしれない。でも、それはあくまで人間がプログラムした反応の1つを実践しているに過ぎない。ロボットに知能を持たせるということは、人間の考えた範囲の行動しかとることが出来ないという意味と同義だからだ。つまり人間に限りなく近いロボットを作ることが出来ても、製作するのが人間である以上は、人間を超えることは無理なのだ。人間に出来ない考え方や行動を可能にするのは、人間以外のものがロボットを構築する以外にはありえない。そして最もネックとなるのが感情面だ。例えば人間の場合で考えてみると、最愛の人がいなくなった悲しみはなにものにも変え難いものになることが多い。一番大好きな人がいなくなったのだからその反応は正しくそして美しいものだ。しかしロボットにとっては絶対距離的に近いところにいる人が1人いなくなったという認識しか出来ない。人がいなくなるということ=悲しいことという認識は出来ても、人間と同じく特別な感情を持つことは出来ないのだ。否、もしかしたら出来るかもしれない。だが、それは頑丈で屈強なロボットを作ることの数十倍以上難しいだろう。人間の心理的な揺れは人間自身ですらわかっていない部分が多い。わかっていないのにロボットにそれを搭載しようとなると…それは無理な話だ。以上の点からロボットを作る上で様々なパラメータを人間以上にすることは不可能だという結論に達する。しかしこれはあくまで「人間がロボットを製作する」という過程の上での話だ。その過程を覆せれば人間以上のロボットを作ることができるかもしれない。例えば完全な無からロボットを作り出すという手法だ。漫画のような話かもしれないが、鉄くずに雷が落ちてロボットが出来たとかのようなことがもしも起これば或いは人間以上のものができるかもしれない。まぁそれも所詮は夢物語だ。しかし確実にロボットの技術は進歩してきている。人間と同等のロボットができる日もそう遠いものではないかもしれない。第2の人類が出来れば、もう少し人間のエゴイズム的な考え方も変わるかもしれないのだ。っていう考え方ができるロボットがいればいいなぁ~(笑)
Jun 17, 2008
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いつからか…そう、いつからか私の職場がおかしくなっていたきっかけはきっとすごく小さなことだったのかもしれない。しかし動かざる事象が音を立てて動き出す時というのはほんの小さな萌芽から始まることがほとんどだ。山から小石が転がりそれがやがて土砂崩れを引き起こすかのように、物事の発端というは総じて些細なものであることが多い。今回はそんな話。以前にブログに書いたことがあるが、私の職場には常軌を逸した先輩がいる。先輩というのも疎まれるほどその方は何もかもが欠落している。それは私達の会社にいてその先輩に関わっている全ての社員が持っている共通認識でもあった。その先輩が今の現場に来ること、そのことに関する意義が現場メンバには誰もわからなかった。風評のようなものは彼自身が現場に来る前からわかっており、そのことが余計に来ることの意義を暈していた。それがちょうど3ヶ月前の話だ。もしかしたら噂は噂だけで実際には仕事を勤勉にこなす人かもしれない。噂だけでその人物を特定するのは社会的に見ても愚行だ。そんな共通認識も同時に介在しており、現場メンバの中では一縷の期待を込めたような複雑な気持ちで彼を待っていたと思われる。だが現実は甘くなかった。現場に配属されてからの彼の仕事に対するスタンスは明らかに低く、見ていて苛立ちを覚えるほどの酷いものだった。そのままの姿勢を保ちながら現在に至るという状況だった。ここまで書くと不思議に思う方もいるかもしれない。そんな使えない人材を何故使っているのかと。これには非常に繊細な問題が関係している。彼自身今の現場に来るまでは係長という肩書きを持っていた。しかし持ち前のやる気の無さが会社全体に浸透したこともあって、去年度の人事で降格されたのだった。しかしそれでも勿論私よりは偉い立場にあると言える。年齢も私より15歳も上なのでそれは実力が勝ち取ったものではないということは自明のことだった。私の会社には妙な風習があって、立場が上の人達はある種の「同盟」のようなものを結んでいるようだった。同盟内であるまじき行為が行われたとしても同盟内で封殺するという風習なのだ。これが悪しき風習だということは誰の目にも明らかなのだが、そこに意見できずにいるのが現状だ。如何に正論を言おうとも立場がとも伴わなければただの戯言に過ぎない。そんななぁなぁの状態のまま現在に至っているというわけだ。結果的に、会社のやり方として使えない人材を1つの現場に閉じ込めておいて封殺する、所謂「飼い殺し」状態を作り出しているというわけだ。そして今月、2008年6月度、遂にその腐ったシステムにメスを入れる日が来た。社内でもラディカルな意見でも正論ならばずばずばと通す名うての先輩を筆頭に、反旗を翻す動きが水面下で行われ始めたのだ。勿論そのような動きは上記「同盟」には内密だ。同盟なんていうぬるま湯のような腐ったシステムを壊す為には事は内密に動かさなければならない。その手始めとして、上記で書いた先輩を現場から追放するということを計画している。当然その動きは私情的なものではない。会社レベルでのメリットデメリットを加味した上での結論だ。現場のメンバ全てが彼が残ることに対するメリットを見出せない以上は出て行ってもらうしかない。むしろいることでデメリットの方が多く発生しているというのが現状だ。ならば策は早急に成る必要があるということだ。私自身以上のような動きが前々からあったことはわかっていた。先に書いた意見をずばずば言う先輩がちょこちょこリーダ(現場内で一番偉い人)に進言しているのを見かけていたからだった。今回の計画はそのような草の根活動が実らないことによるリーサルウェポンのようなものだ。そして昨日、その計画に関する具体的な活動が私のところまで降りてきた。Xデーは6月20日メンバは3名。M先輩、N先輩、そして私だ。M先輩もN先輩ももう入社して2年以上経っているし会社でも相当の立場を獲得している。その抜擢は納得なのだが、そこにどうして私が入っているのか最初はわからなかった。しかしM先輩から直々に指名されたのだ。その理由というのが私を奮起させた。私はここにブログを書いている。もう2年を軽く超えてしまった。更新頻度もまぁまぁ且つ毎回3000文字くらいは書いているということで、文章を綴る能力に関してはまぁまぁのものだと思っている。そしてその業務報告書でその力は発揮している。今回彼を追い出すという作戦の上では感情論ではどうしようもない部分がある。なので理詰めで攻める必要性が出てくる。となると、意見書のようなものを作成する必要がある。しかもそれは事実に基づいた論文形式のものが必要になる。現場の本当の声、彼についてどう思っているのか、そのような現場の生の声を綴り嘆願書のようなものを作成しないといけない。文章能力を買われた(と言われた。自負しているわけではない。)私がその役を仰せつかったわけだ。力を認めてもらうということは嬉しいことだ。ちょうど私も彼に対して不満が募っていたので、この作戦には喜んで参加させてもらうことにしたというわけだ。M先輩が彼がいる今の現場上層部と下層部を加味した現状を報告N先輩が彼が出て行った時の作業工数を効率アップ水準を数値化し報告私がメンバ内の意見を総括してメンバの総意として文書を作成し、加えて彼がいなくなることのメリット・彼がいることのデメリットを論文形式で纏め報告書を作成三者三様の役目を担いXデーを待つことになった。この結果がどう転ぶかはわからない。これは現場内に於いてトップシークレットだ。言ってしまえば私は特命で動いている社員だと言える。なんだかそんな響きに恍惚としそうになる♪選ばれた戦士は男子の永遠の夢だというものだ。さて、横浜に行く前に大仕事を片付けてから気持ちよく京都から出ようかな(笑)
Jun 16, 2008
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月の中日が給料日だということで今月も給料が入ったのだが明細には意味のわからない金額が明記されていた。基本的に給料というのは固定の基本給に可変の保険費用や会社内福利厚生費用などの雑費を差し引いたもので計算される。おおよそ一番大きく引かれるのは保険費用なのだろう。そのせいで給料が2万円以上も引かれるのを見るのは口惜しいが、それでもまぁ仕方ないことなのかもしれない。組織に属するということはそういうことを許容できるかどうかの才気が試されることなのだから。それで、問題となっているお金の名目は「普通残業」となっていた。しかも2000円弱。一応我が社の方針からして、1ヶ月で170時間を越えた就業をした場合には残業代が発生することになっているのだが、会社の理念と仕事がシフト制だということで事実上は封殺されているというのがオチだ。170時間を超えそうならシフト変更をしてでも170時間を超えるようにしまいとしているらしい。その動きをもっと内密にしてくれたらいのだが、露骨にしていることが気になる。まぁ封殺する一番の理由が残業をさせたくないということよりも、残業代の経理への計上が面倒臭いという上のまさに私情のような理由からだということはあまり知られていない。私も何故知ったのかと言うと、上司が酒の席ではっちゃけてぶっちゃけたという偶発的な理由に過ぎない。まぁそれを知ったところでどう転ぶわけでもないのであまり気にしないようにするというのが最善の方法か。話が若干ずれたが…普通残業というのは名目通り残業をしたからつくお金だ。しかし先月の就業時間は確か168時間だったような気がする。にも関わらず残業代がつくのは何故なのだろうか?明細を眺めながら一通り思案したのだが、どうも思い当たる節が見当たらない。まぁ会社の正規の手順を踏んだ上でくれるというのだから貰っておこう。額が額だから申告するのも面倒だ。シフト制の仕事の運命は就業時間がばらばらであることだ。出るところに出れば勝てるのは間違いないとされているが、私の現場の夜勤の就業時間は17時間だ。これは明らかに違法だと言える。しかしそれがまかり通っているのは何かしらに理由があるのだろう。そして17時間という就業時間は生活リズムを狂わせるには十分過ぎるほどの要因を持っている。キチンとした時間に寝て、仕事が終わればすぐに帰って寝るということをしないとあっという間に目の下にクマが出来てしまうし、睡眠時間のバイオリズムも狂ってしまう。そうなってくると食事時間にも誤差が生じ、結果的に健康的とはほど遠い生活を営むことになってしまう。それでは長いスパンで見た場合からだがもたなくなってしまうのは自明だ。17時間と聞くと大変そうだが、やってみると意外に楽なもので、慣れてしまえば2日分を一気に働くだけなのでラッキーにすら感じられるから不思議だ。このような勤務体制も類を見ないだろうと思っていたのだが、実は今度行く横浜の現場も似たようなシステムをとっているということを聞いて、今まで以上に今の現場の夜勤を頑張るようになった。これも次へと繋ぐ意味のあることだ。なんだか最近月日が流れるのが早い。誰かが言っていた「20代になってからは早いぞ?」この言葉の意味がだんだんわかってきた。10代から20代へ移行する時にはこれからはオトナだという自覚が強く、期待ばかりが先行していた。しかしいざなってみると20代は10代とは比べ物にならないほど流動的で、身の回りの状況を綺麗に整理することにあくせくし、とてもじゃないが10代の時ほどのゆとりを持った生活は出来なかった。そんなこんなしているうちに私ももう23歳となった。そしてもうすぐ24歳だ。20代に入ってからもう4年が経とうとしているのだ。まったくもって早い、早すぎる。この早さに若干の焦りを感じてしまうのもまた現状だ。気がつけば30代も目の前だ。こんな子どものような精神のままに30代に入ってしまうのはどうなのだろうか?うーん…悩みは尽きないものだ。まぁそれでもいい。何故なら、生きていることは即ち悩み苦しむことだからだ。不安も心配もなく朗々と生きていくのは中年を越してしまってからでいい。若いうちに不安や心配に苛まれながら生きていくことが真に生きていくことだと思う。なんてことを平気で言ってしまう23歳になってしまったのは…どこで生き方を間違えたからだろうか?(笑)
Jun 15, 2008
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セブンイレ○ンの割り箸はなんだか臭い気のせいかもしれないし、私だけの感じ方かもしれないが、他のコンビニの割り箸よりも明らかに変な匂いがするような気がしてならない。まぁコンビニの割り箸を使う人なんて少ないだろうから共感を得られないかもしれないことはわかってはいるのだが、どうしても主張しておきたかったことの1つだ(笑)割り箸をはじめ、どうもコンビニのものには抵抗があることが多い。コンビニは名前の通りコンビニエンスな場所なので色々なものがそろっているのだが、その価格は一般的なスーパーよりも明らかに高い。店が開いている時間に線引きがないことによる効用を加味した価格設定なのだろうが、どうもそこのところに違和感を感じてしまう。まぁ便利なのは否定しようもないが。さて、本題へ。日本には多くの駅が存在しており、その数だけ路線がある。日本の路線が幾つあるのかは浅学故把握していないが、それでも都道府県の数の倍くらいは軽くあるだろうことは予想できる。駅のグレードに関しては勿論都市部の方が高く、農村部は低いとされている。それは利用する人の数が影響している。利用する人が多ければ多くのニーズに応えるだけのキャパシティを駅自体に持たせる必要性が出てくる。その結果様々な施設が駅に集まることになり、必然的に駅の規模は大きくなっていく。その他にも、多くの路線が集まっている駅では規模が大きくなる傾向にある。どちらも意味もなく大きいというわけではないということだ。駅に於いては規模だけニーズは集約されていると言ってもいい。そんな様々な施設が複合することでどんどん進化を遂げる駅なのだが、駅に関する豆知識をちょっと書いてみようと思う。Q1 日本で一番多くの電車が発着する駅はどこでしょう?これはクイズにすらならないほど簡単なものだ。答えは当然のように東京駅ということになる。流石は日本の首都だと言うべき電車の発着量で、その数は他の追随を許さないレベルだ。そのせいで私のような田舎者には恐ろしく排他的な駅のように感じることもまた事実だ。大阪駅でも結構迷うのに、東京駅なんてもう迷うなんていう次元ではなくなるというわけだ(笑)ではちょっと難問だ。Q2 日本で一番長いホームがあるのはどの駅でしょう?東京駅が一番電車の発着が多いことからホームの長さの日本一も東京駅だと思うかもしれないが実はそうではない。答えはすごく意外なところだ。答えは京都駅の0番ホームだ。実は京都駅は示されているホームの数だけは日本一なのだ。何と言っても33番ホームまであるのだからそこに関して異論はないだろう。ただ、電車の発着で東京駅に負けている理由は、0番ホームから33番ホームまで34本ホームがあるわけではないという理由からだ。私もはっきりとしたことは覚えてはないが、確か15番くらいから30番くらいまでは欠番だったような気がする。だから東京駅にホーム数で勝つことが出来ないのだ。話が脱線したので本題へ。0番ホームの位置は京都タワーを背にして駅正面入り口すぐの改札を抜けたホームだ。新幹線の乗り場からは多少離れてしまうが、実は新幹線に乗る場所の反対側が正面なので違和感はないということだ。0番ホームはラッシュ時には普通車両も停車することもあるが、ほとんどは金沢や長野行きの特急や寝台特急が停まるホームとして活用されている。そのホームの長さは556メートル。日本中探せばもっと長いホームはありそうなものだが、これが暫定日本一だということらしい。まぁ京都に住んでいる人ならわかるだろうが、0番ホームは直線で32番・33番ホームとも繋がっている。そのことを考えればわからないでもない長さだろう。京都が日本に誇る建造物はお寺だけではないということが今回言いたかったことだ。まぁ駅のホームが長いということが一体何の役に立つのかと問われれば…悲しくなるのでそこはツッコまないで頂きたい(笑)
Jun 14, 2008
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この前道で信号待ちをしていたら歩行喫煙をしている人を見かけたその人は信号が青になるのを待っていたのだがなんとも煙たそうに煙草を吸っていたそれ自体は別に珍しいことでもなんでもないことだ。路上喫煙や歩行喫煙は罰則が適用されたにも関わらずその数は一向に減ってはいないからだ。しかし私が気になったのは、罰則があるにも関わらず路上喫煙をしているその人の着ているTシャツに書いてある文字だった。その人の着ているTシャツのバックプリントには大きく「消火」と書かれていたのだ。なんたる皮肉だろうか?ネタだとすればまぁまぁ面白いのだが、本人さんに恐らくその意思はないだろう。信号が青に変わりその人は歩き始めたのだが、勿論煙草は吸ったままだった。渡る方向も向かう方向も同じだった私は興味深くなってその人のことを観察していた。彼は信号を渡り終えようとしたその時、まだ火の点いている煙草を道路に投げ捨てた。全くモラルもなにもあったものではない。こういう人がいるからモラルの欠如がさけばれることになるのだろう。明らかに私よりも年上であろう彼にがっかりしてしまった。こういうことは悲しきかな珍しいことではない。ルールを守るということは社会で生きていく上で必ず必要なことだ。そしてルールの大部分は守ることに意味があることだ。路上喫煙及び歩行喫煙だって煙草のポイ捨てによる危険性を考えた上で禁止されている行為であるが、決して煙草を吸ってはいけないと言っているわけではない。どこか灰皿のある場所で吸えばいいだけの話だ。にも関わらず歩きながら吸ってしまう、そういう最低限のルールが守れないのは本人の育ちが窺えるというものだ。こういう普通のルールすら守れない人は大嫌いだ。消火の文字で少し面白かったのだが、ポイ捨てをしたことでかなり不快に感じた出来事だった。さて、本題へ。先日横浜へ行った話を書いたと思うが、今回はその関連の話だ。昨日会社から電話がかかってきて、私が希望していた物件をおさえたという連絡が入った。そもそもこの間横浜へ行った理由は面接をすることと住む家を決めることだったのだが、私としては家を決める方が大切なことだったので、このことは大いに喜ばしいことだった。面接とは言ってももう私が向こうへ行くことは決まっていることだったし、まぁ言ってしまえば建前のようなものだ。しかし住む家を決めるのはそうはいかない。もう転居すること3回目の私からすれば、住む場所は生活を左右する大切なファクタだ。そこをないがしろにしてしまうと精神的にも充足は得られない。だからこそ横浜から帰ってきた時からそのことだけが気がかりだったのだ。個人間の賃貸契約ならすぐに契約まで持っていくことが可能だが、契約媒体が会社だということがネックだった。今まで経験したことのないやり方で家を借りるということに少なからず不安はあったということだろう。それに物件自体の希少価値も関係していた。私が選んだ物件は明らかに魅力的なところで、放っておけばすぐに予約が入ってしまうことは自明だった。それほどまでに価格のわりにはいい物件だったのだ。だからこそおさえられるかどうかが心配だったのだ。そこにきて昨日の物件をおさえたという連絡、胸のつっかえが1つ取れたような気分だった。と、同時に「会社が物件をおさえる」ということの凄さを理解した。やはり個人とは力の及ぶ範囲が違うということだろう。社会的信用に基づいた賃貸契約は早くそして確実だと実感した。部屋は1DKでキッチン6畳のリビング8畳という結構な広さだ。勿論お風呂とトイレは別だし、収納は今流行の「うぉーくいんくろーぜっと」を採用している。駅からも程近いし、閑静な住宅地であるが為に静かだときている。こんな素晴らしい物件をおさえてくれた会社に感謝の意を表すとともに、向こうに行ってからの働きに意欲がわいてきたのだった。因みに…この物件の家賃は41000円だ。安さも抜群♪
Jun 13, 2008
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京都市の中ほど小さな商店街の一角にひっそりとあるお寺その入り口近く立て札のようなものが立っているのだがそこにはいつも何やら達筆で文字が書いてあったいつもは気にもしないのだがその日は偶然気になって見てみたそこにはこう書かれていた人生には3つの坂がある上り坂下り坂そして「まさか」だうーん…おみそれしました♪
Jun 12, 2008
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人は同じ過ちを繰り返す同じ過ちを犯していることすら気づかず最良だと思う方法をとった結果はいつも同じ結果だったりするそれは戦争もそうだし個々人の考え方にしてもそうそれをいくら否定しようとしても歴史が証人となる歴史は繰り返される過ちは螺旋する後悔は一時に過ぎない今日はそんな話仰々しい出だしだったかもしれないが、内容としてはそんなに濃いものではない。否、むしろカテゴリを見たらわかるようにくだらない話だ。事の発端は2日ほど前に遡る。その日私は仕事が休みで家でのんびりしていた。ちょうど横浜から帰ってきて向こうでの生活に思いを馳せながら今後の計画を立てていたような時期だったと思う。しかしながらふと思ってみると、最近掃除をあまりしていなかったことに気づいた。まぁあまりしていないとは言っても数日していない程度なのだが、それでもしていないことは事実なので、横浜から帰ってきた勢いのままに掃除をすることにした。私がしている掃除というのはいたって簡単なもので、部屋に掃除機をかけるというものだ。他にもオプションで色々したりするが、それはあくまで私の気分が乗った時のおまけのようなもので、掃除というものの中心にいるのはいつも掃除機をかけることだった。その日もいつものように掃除機をかけていたのだが、それが終わった頃にふとパソコンの様子が気になった。パソコンもよく掃除の対象に挙げられるのだが、場所はあくまでディスプレイであって、キーボードの掃除までには至らないことも多々ある。その主な原因は掃除が面倒だからだ。キーボードの隙間に入った埃はそう簡単には除去できないし、やろうと思えばそれなりの手間が掛かることになる。というわけで私はいつもキーボードの掃除は先送りしてきたのだが、それでも今回は目に余る汚れがあったので実行することにした。今になって思うとこの決断が失敗だったかもしれない。掃除のやり方というのは人それぞれでも、効率的な方法というのは同じ部屋を掃除するという前提ではやりながら探すということになることが多い。私も今の部屋にはなんだかんだと1年は住んでいるので効率的な掃除の仕方はもう見つかっている。同様に、パソコンに至ってはもう4年くらいは一緒に過ごしているので、掃除の仕方も慣れたものだ。私が見つけた効率的な掃除の仕方、それはまずはキーボード自体に掃除機をかけるということだ。この方法ならば表面の埃は一気に除去することができる。これを今回もいつも通りやろうとした。いざ掃除する時になってキーボードを鼻歌交じりに吸っていた時、聞いたことのないような音が掃除機から聞こえてきた。その音は明らかに何か形あるものを吸い込んだような異音だった。そうまるでキーボードの上の何かを吸い込んでしまったような…。以前の私ならそんなことにも気づかないで掃除を続けていただろうが、今回ばかりはそうはいかない。何故なら…似たようなことを数ヶ月前にやっていたからだった。詳しくは過去のブログ「えふさんの最期」を読んでいただければわかるが、その時F3キーの最期の断末魔の叫びと同じ声が私の耳には入ってきた。そして私は直感的に気づいた。またどこかのキーが天に召されたと(苦笑)恐る恐る掃除機をどかしてみると、いつもそこにあるはずのESCキーが無くなっていた。否、亡くなっていた。第2の犠牲者が現れてしまったのだ。前にF3キーが天に召された時に、私は後悔した。いつもぐらぐらと不安定な固定のされ方をしていたF3キーだからこそ掃除の時には気をつけようと。だが、悲しい事件はまた起こってしまった。私は自分の監督不行き届きをまた後悔することになってしまった。あぁESCキー…殆ど1回も押してないよね…あぁESCキー…いなくなった時にはF3キーより気づくのに時間が掛かったよ…あぁESCキー…君に特に思い出はないかな…キーボード掃除の際には気をつけてくださいという意味を含んだ日記だと思えば聞こえはいいか(笑)
Jun 9, 2008
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新横浜駅でけぇ!!!けど周りはそんなに賑わってねぇ!!!というわけで横浜に顔合わせに行ってきたのだが、まず思ったのがそれだった。京都からはおよそ2時間弱で着いたのだが、京都駅とはまた違う風情があることに驚いた。これは神奈川県民を敵に回すような発言ではないことは事前に言っておかなければならないが、新横浜駅はそこまで賑わっているわけではないということにも気づいた。まぁ今回は観光に来たわけではないので、まずは目的を果たすことにした。今回の横浜行きのメンバーは4名、そのうち私と一緒に横浜転勤する先輩と、面談に立ち会ってくれる会社の先輩の2名を加えた4名だった。とりあえずメンバーは現地で集合ということで、職場に最寄の駅で待ち合わせをすることになった。最寄の駅は新横浜駅からJRで数駅の場所から更に田園都市線を数駅乗り継いでの駅で、前々から聞いていた噂通り閑散としている静かな町だった。都会都会しているところよりも多少田舎チックな方が性に合っている私としてはこれ以上ないくらいに気に入った場所だった。まずは職場に挨拶に行ったのだが、その道中からふと思っていたことがあった。それは…横浜って坂多くない?ということだった。どうも私の勝手な先入観かもしれないが、関東平野は広くて平らなところだと思っていた。京都も盆地なので殆ど平坦な場所なのと同様に、関東平野も広くて平らなところばかりだと思っていた。しかし蓋を開けてみると、横浜は坂が多く、これは横浜に限ったことではないらしい。確かに前に東京に行った時も道玄坂がかなりの急勾配だったし、かなり急な坂がたくさんあったのも見ていた。私の中で「関東=坂が多い」というイメージが定着してしまった。神戸も大概だが、関東もまけず劣らずと言ったところか(笑)そんな急勾配の坂をたくさん上った先、私が勤める予定の職場が見えてきた。その建物の大きさははっきり言って京都のそれとはレベルが違っていた。今私が勤めている京都の場所を10とするなら、横浜の職場は250くらいだった。はっきり言ってもの違う、違いすぎる。建物の大きさに比例するように、中も凄いことになっていた。建物の綺麗さも勿論のこと、色々な施設が完備されていた。はっきり言って比べるのも失礼なレベルだと言ってもいいくらいだった。そして一番気になったこと、それはセキュリティレベルが非常に高かったことだった。私の属している業界はセキュリティが肝なのだ。そのセキュリティを如何に高等なレベルで管理しているか、それがひいては会社のレベルを如実にあらわすステータスになるのだ。そういう意味でもやはり今いる現場とは雲泥の差だった。流石上請けの会社が日本でも有数の会社だけある。その中を案内され、ある一室に招き入れられた。その一室にたどり着くまでも様々な光景が私の目に飛び込んできた。大きなソファでゆったりと寛ぐ社員さん達、お昼ご飯を楽しそうに食べている女性社員さん達、大きな机で綿密に会議されている方々、全てが今の現場にはない新鮮なものだった。そんな刺激溢れる場所で仕事ができること、その一員になれること、それが私には嬉しかった。出世したわけではないが、待遇が明らかに違う。それだけで今回の転勤の話を受けた甲斐があったというものだった。ここでなら私のスキルアップに繋がるに違いない、そう思った。暫く呆けるように周りの光景を見ていると、ようやく責任者らしい方がいらっしゃった。その方が私が属する現場のトップの方のようだった。身なりや語り口を見ても、明らかにデキる方だというのはすぐにわかった。そこで幾許かの質問をされ、答えるという簡単な面談を行った。面談自体は建前のようなものなのでそこで人物を見られるということはないが、それでも私は緊張してしまって何回か噛んでしまったものだった。我ながら新環境には弱いものだ(苦笑)それらの面談が終わり、いよいよ私の中でのメインイベントである物件決めに移った。これが一番ネックだ。住むところで仕事の印象も少なからず変わる。そういう意味でも軽視できないところだと言える。賃貸物件は私の会社の転勤組がいつも利用しているという所謂専属の不動産屋に頼むことになっていた。事前にどんな物件があるかの情報は流されていたので、ある程度の算段をつけて決定の場に挑むことが出来たのは、やはり会社お抱えの不動産屋ならではのことだろう。前の情報から更新された情報も加え、数件の物件に絞ってどこにするのか吟味していたところ、私の目に留まったのはある物件だった。そこは今住んでいる場所よりも数倍グレードが高く、明らかに良物件であることは自明だった。広いし使いやすいし駅から近いし…文句のつけようもない物件だった。私は即決でそこに決めた。何事も迷うより動く方が効率的にことが進むものだ。その場では正式決定しないものの、それでもアピールすることは出来たように思う。その部屋はかなりいい部屋なので私が契約するよりも先に埋まってしまう可能性はあるが、どうしてもそこに決めたかったのでごり押ししておいた。これで決まれば万々歳だ。2人ともの物件も決まったところで、早々に帰ることになった。横浜日帰りは冗談だと思っていたが、どうやらマジのようだった。まぁたかだか2時間程度の距離なので日帰りできないこともないのだが、緊張する場面も多くあったこともあってすっかり疲れてしまった。家に帰り着いたのは0時くらいで、その後はすぐに眠ってしまった。そんな感じで昨日は終わったわけだ。物件回りで歩いたこともあり、そして面談で駅周りを歩いた時に思ったのだが、私が住む予定のその地は非常にいいところだ。今まで京都から出たことが無かった為に他地域について知る機会がなかったのだが、横浜という地に俄然愛着が沸いてしまった。都会過ぎず田舎過ぎず、そして都会へのアクセスも便利。海からはちょっと遠いが風の強いこともあって涼しい場所だ。なんと素晴らしいロケーションだろうか。すっかり横浜の虜になってしまった私だった。こうなれば早く行きたいものだ。横浜暮らしを思い浮かべてほくそ笑む私だった(笑)
Jun 7, 2008
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思えばこんな時間に書くのも久しぶりなような気がする最近はどうもやることが多く、ブログに時間を割くことが困難になってきている。そのせいで更新頻度も随分落ちたと思う。前から何度も言ってはいるが、更新頻度が下がることはリアルの充実に他ならない。そういう意味では歓迎すべき事項だろう。まぁそれはいいとして…。今日は何故こんな時間に書いているのか、それはこれからちょっと出かけなくてはいけないからだ。目的地は横浜、私の転勤の目的地となる場所だ。今回が初めての訪問になるので軽い緊張感があるのは事実だ。しかも向こうの現場のお偉い方との面談のようなものもある。観光気分でいけないのは当たり前のことだ(笑)とは言っても初めて横浜に行くことになるので、その点に関しては楽しみではある。横浜と一口で言っても広いだろうし、場所によっては様々な顔を見せてくれることだろう。残念ながら観光をしている時間はないが、それでも楽しんでこようと思う。ちなみに今回の横浜行きで面談と家決めを同時に行うようだ。よく考えてみれば、住む場所を1日くらいで決めろという方が無理な話ではあるが、そういえば今の会社に入って今住んでいる家を決めたのも1日だったことを思い出した。住む場所は大事な項目なのでないがしろにすべきではないのは自明だが、1日で決めなければならない時に大切な項目を幾つ遵守できるかはその人の経験則がものを言う。そういう観点では前例のある私は大丈夫だろうと思う次第だ(笑)っていうか横浜日帰りってどうなのよって感じではあるが…シフト制の仕事の運命だと思ってすんなり諦められる辺りは…私も業界の人間になってきたということだろうか?嬉しいような微妙なような、複雑な感情だ。そろそろ時間なので出かけるとしよう。報告は…帰ってきてからするということで♪
Jun 6, 2008
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