hitujimemo

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2026.05.29
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「憧れという比較的美しい感情」

美しいとすでに認定されてしまうと
どうしても自惚れたり
誰かを美しくないとどうしても蔑んでしまったり
そういう美しくなさを同時に手に入れてもしまう
美しくない
と自覚する誰かの
誰かに憧れる気持ちは美しい
それが羨みになると

多くの人が
自分を羨ましがって欲しい
と願っている時代だから
それは実は良いことをしているともいえるし
それが妬みにまでなってしまうとやはりもう駄目だけれど
憧れを維持すること
それは比較的正しいことに思える
誰かに憧れることは美しい
そこに自己投影とか
余計なものをつけないほど
SNSはいろんなものにあてられるんじゃなくて

素直に面白いものだ
それは比較的正しい態度で
SNSを見れているということなんじゃないかな
子供の頃はずっと簡単だったこと

「子供による侮辱的発言に対する暴力の必要性」


子供がその幼さゆえにする侮辱的発言
に対していや暴力は駄目だから
って口でいくら言って聞かせても難しいような気がする
げんこつゴチン
の方が話が早い
よほどエグイものに対してはビンタも必要だよね
それは自分にとって報いとして痛みを得ざるを得ないことなんだ
と体で覚えた方が早い
でもそれがどうしてもいつも
度を越してしまうとか
自分の個人的感情がいかに刺激されたか
をその暴力に反映させすぎてしまったり
だから難しいんだろう
子供は基本守られるべきもの
と思うけれどかといって
ただただ守って子供がクソなまま育ってしまう
ことも虐待みたいなものだし
子供がクソなこともあるし
大人がクソなこともあるし
それは日によって
時間によって
クソが行ったり来たりしてるだけかもしれないし
難しいね
難しいから
面白いね

「育ちが違うと仲良く出来ない」

という言説クソだね
安易な言語化が
いらない分断を煽る非常にいい例
全員あたしンちのみかんと母、その他出てくる人々を見習え
結局仲良く出来ない自分の人間としての拙さを表明してるだけだね
「仲良くする」
ってのがまた曖昧な言葉なのが厄介だけど
とにかくお育ちの良い側の
お育ちの宜しくない側に対してのそれなら
それはもう侮辱だよね
逆ももちろんあるだろうけど構造上そうなる
実際手が出る暴力
が世の中からなくなるほど
そういう侮辱はそういう暴力と
ほぼ同じになっていくことを
もっと危機感持った方が良いと思うけど
結局どんなに育ちが良くてもなくせない暴力性
の良い例でもあるのかもね

「生きるというネットワーキング」

生きるとはネットワークをどう張り巡らせるか
それは何も人付き合いに限らず
あらゆる物事
あらゆる概念を
なるべく自分にとって好ましい
ネットワークのかたち
を模索しつなぎ
繋ぎ直し切断出来るか
ということ

「恐怖が足枷になる」

怖いと思いながら突っ込んだら(逆に)やばい
と小川とか言う人が
なるほどと深く頷いた





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Last updated  2026.05.29 18:14:23


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