真の自己に出会う旅・・・気づきと感謝の日々

真の自己に出会う旅・・・気づきと感謝の日々

2003年12月13日
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一昨日の夕方のこと。事故っちゃいました。

24年くらい車乗ってるけど、事故は初めて。

自分はともかく相手が大ケガしてもおかしくないくらいの衝撃だった。でも奇跡的?に相手も私もケガもなく無事だった。

相手の車は多分廃車になるのかな。横っ腹の部分がけっこうへこんでドアが開かなくなってしまったから。まぁでも何とか走れる状態だったから良かった。


私の方はといえば、前のバンパーがキズがついて引っ込んだくらいで済んだ。

間が悪かったと言うか、お互いに不注意だったのよね。

私の方は信号が黄色に変わった時点で止まればよかったんだけど、見通しのいい交差点だし、幹線道路だし、大丈夫だろうと思って行っちゃった。

相手は信号が黄色に変わって、もう私の車が止まるだろうと思って道の脇のお店から出た。

そして衝突。ほとんど直前で目の前に出られたから、いくらブレーキをかけても間に合わない。この時はけっこう雨が降っていて、路面が濡れてたから、いくらブレーキをかけてもスリップして効かないのね。



もう、私の頭の中は真っ白になってた。現実というより、まるで悪い夢でも見てるような感じで、放心状態になって、しばらくショックで体が動かなかった。

どのくらいそんな状態だったのだろう、相手の人が車から降りてきて(運転席側のドアは開かないので、助手席側のドアから降りてきて)私の車のところに来た。

うちの車のドアを開けるなり、「大丈夫ですか?」って聞いてきた。

やっと私も正気に戻り、相手が無事だったことがわかってどれほど安心したことか・・・。

「大丈夫です。あなたも大丈夫なんですか?」

・・・お互いケガもなく無事だった。相手の車は修理するのはちょっと無理かなって感じではあったけど。

相手の人は50代後半かしらっていうくらいの人の良さそうな紳士的な感じの人。少しも私のことをせめたりしない人だった。

私自身、慢心があったと思う。今まで無事故でやってきて、私は事故を起こすはずがないと思っていたかもしれない。

雨降りの夜なのだから、視界も悪く危ない状況であったのに、なぜその時は無理をしてしまったのか。慢心というのは怖いものである。

でもね、あの事故の状況にしては、被害は最小限であったと思う。お互い無傷だったわけだし、二次災害も起きなかった。私がへたにハンドルを切っていたら、お店に突っ込んでいたかもしれないし、相手に大ケガを負わせていたかもしれない。ぶつかった反動で別の車にぶつかっていたかもしれないし。

考え出したらキリがないけど、ちょうどいいぶつかり方であったような気がする。・・・ちょうどいいという表現は変かもしれないが、最小限の被害で済んだ。



事故自体起きない方がいいわけだけど、そのことを通して大切なことに気が付いた。

事故後の自分の反応に少し成長を感じた。人のせいや周りの状況のせいにして言い訳をしたりせず、自分が起こしたことの責任を持てるようになっていたし、何より相手のことを思いやる心の余裕があった。自分自身より相手の人が無事であったことを素直に喜び感謝していた自分がいた。

何はともあれ、こういう今まで体験したことのなかったことを体験でき、大切なことに気づくことができた。自分の成長も確認できた。

すごく大きな学びであったと思う。

これから忘年会シーズンだし、師走はついついせわしなく忙しく動いています。






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Last updated  2013年10月31日 15時28分46秒
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サドゥー@ Re:むやみにものを増やさない(10/22) 数年前にこのブログに出会い、時々お邪魔…
さとう@ Re:真の愛とは 2(08/19) 僕は愛って誤解されやすい言葉だからいつ…
さとう@ Re:真の愛とは 2(08/19) すみません。生意気な感じが出てしまいま…
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