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2010.10.08
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カテゴリ: カテゴリ未分類

   団塊の世代が定年退職を迎え、世の中全体が高齢化社会への歩みを速めている。しかし お年寄りの仲間入りした団塊世代は、その青少年時代によく聞いた音楽にビートルズやグループサウンズ等が加わり、もう少し上の年代が、唱歌、童謡や演歌にどっぷり馴染んだのと比較すると、若干唱歌離れ(「消化」ふそく)を起こしているのではと思っている。そこで、団塊やその子や孫達も、唱歌や童謡が懐かしく歌えるように、その曲にまつわる背景などを述べてみよう。

   先ず唱歌とは、明治初期から第2次大戦まで学校教育用に制定されたもので、文語調が特徴だと思う。教室で唄い易くする為に、どうも無断で作曲者作詞者の思惑とは別に、勝手に改作が有ったのではとも思っている。森進一さんが‘'おふくろさん‘'の歌詞を無断で一部改変したことで、作詞家 川内康範先生の逆鱗に触れ、先生没後遺族が水に流し森進一‘'おふくろさん‘'が復活したことがあった。唱歌の改変が大きな問題にならなかったのは、大らかな時代だったと言うべきか、作詩家作曲家に著作権意識が高まっていなかったというべきか微妙な雰囲気でお茶を濁したと言うことなのだろう。

   童謡はわらべ歌とも言っていたようだが、口語調を特徴として、大正中期~昭和初期に掛けて、北原白秋が中心になって唱歌反対、童謡推奨の運動を起こした。「仰げば尊し」が卒業式の歌から消えつつあるが、名曲にもかかわらず、去りゆくのは残念だが、文語調は現代には歌として定着しづらいのは判る気がする。この口語調の歌提唱は、後に 「赤い鳥」童謡運動となって盛り上がった。この運動の中心に、国学者「本居宣長」の子孫である「本居長世」(山田耕作の東京芸大同期)が中心だったのは興味深い。

   それでは順不同で、唱歌や童謡の歌にまつわる背景を述べてみよう。

1.「故郷」(ふるさと) 作詩:高野辰之 作曲:岡野貞一 大正3年(1914年)唱歌制定。

   このコンビで「春が来た」「春の小川」「朧月夜」「紅葉」等の馴染みの曲がある。故郷      は、日本の原風景そのもの。作詞家:高野辰之が育った長野県・中野市(永江村)真宝寺脇、班川の風景と言われている。JR飯山線「替佐駅」、千曲川に合流。

   作曲家:岡野貞進一は、鳥取出身。14歳で洗礼したのが作風に影響を与えている。賛美歌のゆったりした3拍子が反映されている。

2.「椰子の実」 作詞:島崎藤村 作曲:大中寅二  昭和11年NHK国民歌謡,歌手:東海林太郎。

   28歳の藤村が、親友で後の高名な民族学者となる柳田国男から、伊良湖岬で、椰子の実を拾った話を聞き作詞。戦争中は南方出征兵士が戦地で好んで歌った。               実際に石垣島から椰子の実を流し、渥美半島への漂着分を調査、20年間、毎年100               個、合計2,000個を流した。その内、数個が実際に渥美半島の岬側伊良湖半島に               漂着した。

3.「早春賦」 作詞:吉丸一昌 作曲:中田章  大正13年(1924年)唱歌制定。

    長野県大町市、安曇野市に由縁あり。作詞家 吉丸一昌が、長野県安曇野市(穂高町)穂高川河畔の雪解け風景に着想して作詩。 モーツアルトのピアノ協奏曲27番「春への憧れ」(K591)等とモチーフが同じとも指摘がある。

4.「浜千鳥」(童謡、名作抒情歌) 作詞:鹿島鳴秋、作曲:弘田竜太郎  大正9年(1920年)童謡


5.「浜辺の歌」作詞: 林 古渓 作曲 成田為三 明治45年(1912年)制作、大正7年唱歌制定    

    作詞家 林 古渓が、神奈川県藤沢市 辻堂先の茅ヶ崎より湘南海岸の朝夕をイメージして制作。作曲者 成田為三に渡された際、起承転結4節の3節4節の4行を手違いで失う。後の唱歌制定の際、3節前半と4節後半を混ぜた3節が誕生。作詞関係者は後に3節は唄わない様要請。現在は2節までが定着。 歌が醸す物悲しさは、この海岸で古渓の恋人が結核の転地療養し、秋だったのが影響。

     作曲家 成田為三は北秋田市(旧米内沢村)出身、留学帰りで音大教授の推薦で西洋的な聞き易い曲とする。記念館が北秋田市にあり。  

6.「月の砂漠」作詞:加藤まさお 作曲:佐々木すぐる 大正12年(1923年)唱歌制定。

     作詩家 加藤まさおが、千葉県夷隅郡・南房総・御宿海岸で2頭のラクダに王子と姫が乗るイメージで作詩。中国崑崙山脈、タクラマカン砂漠やゴビ砂漠等の壮大な風景が思い浮かぶ。

7.「初恋」    作詞 石川啄木  作曲 越谷達之助

     石川啄木21歳、函館・大森浜散策時、初恋の辛さを「一渥の砂」(北上川上流の渋民(玉山村)に収集)。しばしの安息と諦め感。 (村木孝蔵46歳没、同名曲有り)   

8.「故郷の人々(スワニーリバー)」作詩作曲:スティーブン.C.フォスター(米)大正4年(1915年)完成

    フォスターは他にも「草競馬」、「おースザンナ」、「ケンタッキーの我が家」、など馴染みの曲がズラリ。フォークソングの原型だろう。スワニーリバーはジョージア州~フロリダ州北西部~メキシコ湾に注ぐ。川の透明度は高く、神秘的で時が止まったような静寂に包まれた大自然の中を川はゆっくりと流れる。小津安二郎監督がこの歌も含めフォスターのファン。   

9.「証城寺の狸囃子」作詞:野口雨情 作曲:中山晋平大正13年(1924年)唱歌制定。

    野口雨情が、千葉県木更津市の證誠寺訪れ、和尚から毎夜歌合戦の狸が、最後におなかが破れて死ぬ話を聞き作詞。作詞を和尚に見せると、和尚は紹介した話は出鱈目で、先祖の住職が狸と踊るとは何事だと不満を表明。そこでお寺の名前を証城寺に変更して完成した経緯があるそうな。

10.「箱根八里」 作詞:鳥居忱(あきら)、作曲:滝廉太郎  

     中国にある函国関は、三国志のシーンにも出てくる険しい関だ。現在の箱根の関所近辺の険しさは函国関ほどでもなさそう。歌の景気良さはこの大げさな表現に関係。






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Last updated  2010.10.08 18:19:47
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