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広島小1女児殺害事件の犯人が逮捕された。日系ペルー人だったという。ニュースの中で、周囲の保護者たちは口々に「ホッとしました」と言った。「やりきれぬ思いがある」ものの、もう自分の子に危害が加わらないことに一応の安心をしているように思われた。これから始まる女児の両親の悲しみに、思いを馳せることは出来ないようだ。私が見たニュースでは、犯人を憎む言葉も保護者からは聞けなかった。いつかこの事件も他のニュースに埋もれ、風化してしまうのだろうか。両親の悲しみも、女児の無念の死も忘れられてしまうのだろうか。10年にも満たない女児の生涯は?事件は解決された。その影にあるたくさんの問題を置き去りにしたまま。さて、犯人のペルー人。日本語がほとんど話せなかったという。こうした外国人犯罪が起き、これまでも外国人=犯罪という認識がある日本人はますます外国人を排除しようとするかもしれない。貿易に関わりのある仕事柄、私の周りには外国人がいる。以前の会社にいたときは、馬鹿な社長のせいで、怖い目にも遭った。ただ、忘れてはいけないのは、異国の地で頑張っている人もたくさん居るということだ。日本人とは比べものにならないほどの努力をし、日本社会の一員として労を惜しまず生きている人が確かにいるのだ。馬鹿な、本当に馬鹿な一人の外国人のせいで、みんなが同じ目でみられてしまう。それが悔しい。それはそれとして、今は女の子のお母さん、お父さんのことを考えると胸が痛む。周りのご家族や友人が支えて下さることを、切に願う。あえて、私は女の子に対して「冥福を祈る」とは言わない。ご両親は、そんなことを望んでいないと思うからだ。子供と死別した私たちと同じように、あの日、学校に出掛けた娘の「ただいま」という声を、今も待ち続けているのだと思うから。
2005/11/30
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今月の売り上げ目標を、今日達成しました♪厳しいと思っていた目標だった。ただ、今回は何としても達成するのだと決め、紛れもなく頑張った成果だ。すご~く嬉しい。新規件数も売り上げ目標も達成できた。今回は本当に苦しかった。悔しくて泣き、胃が痛くなるほど悩んだ。仕事でこんなに凹んだのは初めてである。そこから立ち上がった。意地、それだけのために頑張ったみたいなものだ。職人さん達は、いろんな繋がりを持っている。今日も「○○さんって、知ってるでしょ?」と聞かれ「ええ、うちのお客さんですよ。あれ?お知り合いですか?」と聞き返す。お客さん同士が知り合いだったりする。「みなさんちゃんとどこかで繋がってるんですね」と言うと「みんなを知ってる○○さん(私のこと)が凄いんだよ」と言われる。なんだか嬉しくなった。仕事は楽しいことばかりじゃない。だけど、確実に楽しいことがある。
2005/11/29
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わが家の唯一のお嬢様、タバサちゃん(ネコ)を病院に連れて行った。昨日の夜から様子がおかしかったのだ。何度も何度もトイレに行く。おしっこが出ていないのかもしれない。今朝一番で病院に連れて行き、注射を2本打たれ、薬を貰って帰って来た。数日中にもう一度連れていかなければいけない。今日、連れて行こうとカゴに入れるのも一苦労だった。大暴れし、ツヨシの部屋の押し入れに逃げ込んで、私に向かって怒っている。あちこち引っかかれ、ようやく連れ出すことができたのである。動物は言葉が喋れない。だからこそ人間が変化を見逃してはならないのだ。「おかしいな」と思ったら病院に連れて行く。大事な大事な家族、可愛い子供なのだから。病院に連れて行ったのを怒っているのか、今日のタバサちゃんは私に冷たい態度。早く元気になれ。さて、今日の帰り、ツヨシの友達に会った。「一周忌の連絡、まわってる?」と聞くと「結構すごい人数になるかも?」と言う。ツヨシが喜びそうだ。なんだか涙が出そうになった。
2005/11/28
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日々寒さが増していますね。今冬、インフルエンザが猛威をふるうという。わが家では今週、予防接種を受けに行く。昨年、ツヨシが入院中も、私たち家族はインフルエンザの予防接種を受けた。注射が怖いと言って大泣きするアツシに、気持ちも体もクタクタだった私は「インフルエンザにかかったら、ツヨシの病院に行けなくなっちゃうんだよ!」と叱り、何とか受けさせたのだった。必死だった。ツヨシのことで頭がいっぱいだった。子供は2回注射するのだが、アツシの2回目のときには、もうツヨシは居なかった。自分や子供の体を守る。これが母親である私の最大の勤めである。ちゃんとした生活をさせるため仕事をする。夫のいない私の重要な責務だ。仕事をし、お金を稼ぐ。稼いだお金で子どもたちにきちんと食べさせ、生活するために必要なモノを買う。子どもたちが健康でいられるよう、気を付けてきたつもりだった。それなのに、私はツヨシを守ってやれなかった。「仕方がないよ、防げる病気じゃなかったんだから」そうかもしれない。そうなのだろう。でも、それで諦めきれる?仕方がない、そう諦めきれる?自分の子供でも?「ツヨシくんがお母さんを守ってくれるよ」と言われることもある。私はツヨシに守ってもらおうなんて思えない。私が守ってやれなかったのに、どうしてツヨシに「守って」なんて思えるだろう。懺悔の気持ちなのだ。母親だからなのかもしれない。他に理由はないのかもしれない。
2005/11/27
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夢を見た。ツヨシが生き返った夢。海か広場なのか、ツヨシは広い場所でたくさんの友達と遊んでいる。私はそれを少し離れた場所で見ているの。「あぁ、ツヨシは生き返ったんだった。でも、どうやって生き返ったんだっけ?」と考えている。ツヨシは私のほうを見ることもなく、友達と笑いながら遊んでいる。「もう離れることがないように」「二度と死んでしまわないように」それには何をすればいいんだろう・・・私はそう思って不安になる。ツヨシの横顔の笑った顔。今も胸にちゃんと焼き付いているのに・・・。「夢だった・・・」目覚めてから余計に悲しくなって、泣いてばかりいる。夢だったなんて。喜んだあとの現実は悲しすぎる。
2005/11/26
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まず、先日のマッキーの試験ですが、無事合格しました!応援して下さっていたみなさんに、お礼申し上げます。そして、携帯の修理が終わって帰ってきた。データはみんな飛んでいました(泣)まだ私にメールを送ってくれてない人が居ましたら、メルアドが分からなくなっていますので、ぜひメールを送ってください。お願いしますm(_ _)mさて、今日は新規11件目。これは嬉しかった。ず~っと前に営業に行った会社からの注文だったからだ。「うそぉ」という感じ。無駄なことはひとつもない、そう確信した。ツヨシ、ママ頑張っているよ。
2005/11/25
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今日は休み。でもマッキーは仕事。朝、いつもの時間に起きて、マッキーのお弁当を作ったあと二度寝してしまった。さて、寒さが増してきた。わが家のネコたちも、夜は私の布団に入りたがる。先にどちらかが入り、もう一匹が入ろうとし「なんだ、入ってるのか」と残念そうな顔をする(笑)。で、反対側に入って寝る。私の布団の中に、私を挟んで二匹が寝るのである。身動きもとれない(笑)。朝、起きて見ると、私と二匹のネコが一つのマクラに頭を乗せ、寝ていることもよくある。なんとも可愛いネコたちだ。二匹のネコを見ていると、マッキーとツヨシが小さかったころを思い出す。タバサちゃんは、煮干しなどを食べるときもノンビリなので、早く食べ終わったタイガーくんに横から取られてしまう。マッキーもノンビリ食べていて、ツヨシに横取りされていた。しつこくじゃれつくタイガーくんに、うんざりしている様子のタバサちゃんもちょっかいを出すツヨシに、うんざりしていたマッキーのようだ。ただ、甘えん坊の抱っこ大好きな所は、タバサちゃんはツヨシみたいだ。ツヨシが亡くなって、タバサは以前にも増して甘えん坊になった。目を細めて、私を見る顔など本当に愛しくなる。抱っこをすると私の肩に両前足をかけて、まるで赤ちゃんを抱っこしているよう。「もしかしてツヨシなんじゃないか?」と思うこともある。ツヨシは本当に甘えん坊だった。保育園の頃は、私を追って遠くまで聞こえる声で大泣きしたし小学校の中学年になるまで、私の膝の上に座ったりした。泣いている顔さえ可愛くて、自分で叱っていたのに「誰に泣かされたの?」と笑ってしまうことすらあった。入院中、小さな頃のように何度か泣いていた。「ママやK子ちゃんがついているから大丈夫だよ」と言い、抱きしめた。ツヨシの命を守りたかった。今までのように、私に守ってやれないはずはないと思っていた。帰って来て欲しい。
2005/11/23
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今月の目標の新規10件、達成しました。ひとまず良かった。まだ残り一週間ある。もう少しいけるかな?(笑)仕事をしていて思う。同僚は友達じゃない。私の場合、むしろお客さんである職人さんと友達になる。同僚の営業は、私以外は男の人ばかり。要するに、私の周りは男の人ばかりなのだ。最近、同僚の狡さにイラッとすることが多い。なんでも人のせいにするし、責任逃れをして私を矢面に立たせる。「お前ら!それでも男か!」と言いたくなるのをグッと堪える(笑)仕事においては、男も女もない。女だからという言い訳は出来ない。ただ、私は「女性らしさ」は忘れずにいたいと常々思っている。男の世界のなかで仕事をしていても、女性にしか出来ない気遣いはある。女性にしか出来ない職人さんとの会話だってあると思う。同僚や上司に対しても同じだ。きめ細かい配慮は、男性にはなかなか出来ないものである。そして、なるべく優しく、いつも笑顔で。それなのに、男性はどうだ。ちっとも男らしくない。その上、現場で汗して働く職人をバカにしたことまで言う。なんと情けないことか。明日が休みでよかった(笑)さて、今日の帰り。私の車の前を救急車がサイレンを鳴らし走り、私があとを追う形になった。ふいに、ツヨシが入院した日、早朝に救急車で病院に連れて行ったときの光景がよみがえって、ワーッと泣いてしまった。あのとき、帰りのことが心配で、私は救急車には乗らず、車で後ろを着いて行った。その時のことが思い出されて、堪えられなくなったのだ。毎日、毎日、いろんな場面を思い出す。そして、ツヨシはもう居ないのだと思い知らされる。
2005/11/22
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今日は都内の大きな現場へ。「中に入って遊んでいく?」と職人さんに誘われたのだが、ガードマンが最初から喧嘩腰に話す人で、職人さんに迷惑が掛かると思い、早々に退散。売り上げも上々。さて、私にはとてもいいおとうさんがいた。もちろん、実の父親ではない。元夫の父、いわゆる舅である。もう亡くなって20年。年が明ければ21年になる。マッキーが生まれるのを楽しみにしていたのに、顔を見ることもできないまま逝ってしまった。私を実の娘のように可愛がってくれた。自分を「お父ちゃん」と呼ぶ義父は、何かしようとするたびに私に報告した。例えば「○○(私の名前)、お父ちゃん風呂に入ってくるで」とか「タバコ買いに行ってくるんやけど、○○のも買ってくるか?」とか。二人で缶コーヒーを半分ずつ飲んだりもした。私が元夫とケンカして外にいると、迎えに来るのは決まって義父だった。「もううちに入ろ」「お父ちゃんは○○の味方やからな」と言って。私と義父の二人だけが早く仕事から帰った日は、「お父ちゃん、カラオケ歌うから」と言い、「娘よ」という曲に私の名前を入れ歌ってくれた。義母がヤキモチを焼いて、家出をしたこともある(笑)料理が出来ない私が作ったモノを、いつも「美味しいなぁ」と言って食べてくれた。焦げ焦げのハンバーグも、塩辛いみそ汁も。私は義父が大好きだった。だから、入院してからも毎日病院に行き、ずっとそばにいた。「お父ちゃんのお腹、○○のお腹より大きいやろ」と、腹水の溜まったお腹をさすってあげた私に、笑った。離婚し、元夫やその家族は私にとって、他人なのだが、亡くなった義父だけはずっと私の「お父ちゃん」である。ツヨシは義父の顔を知らない。もう会えただろうか?私に似ているツヨシに気付いてくれただろうか?生きていて欲しい人は、どうしてみんな逝ってしまうのだろうか?
2005/11/21
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今日はマッキーがある試験を受けに行った。毎朝早い時間から仕事に出掛け、仕事から帰って来てから勉強会へ行く、そんな忙しい毎日を過ごしてきたのだ。何としても合格して欲しい、そう願う。さて、先日病院の待合室で読んだ新聞の投稿。「電車の中で、子供を座らせるか?」という内容。何日か前の投稿で、茶髪の若い親が子供を電車の中で座らせずにいたことを「なかなか躾ができている」というものがあったのだろう。それに対し、外国人であるこの日の投稿者は「子供は自分で身を守れない弱者」とし、座らせるべきだ、と書いていた。うちのマッキーとツヨシは、保育園に電車で通園していた。最初は、バスと電車を乗り継いで、その後引っ越して電車一本で、毎日通った。徒歩を含めるとかなりの距離であった。それでも、私の職場に近いところでないと、どうしようもなかったのである。私は子どもたちを座らせなかった。すごく空いているとき以外は、三人で立って乗っていた。丁度、通勤ラッシュの時間帯だったので「みんな仕事で疲れているんだよ、お前達は保育園で遊んでいるのだから座ることはない」と言い、「座るならママの靴の上に座りな」と言った。もちろん、子どもたちが周りの大人に潰されそうになると「すみません、子供がいますので!」と注意を呼びかけながら。「なんでこんな時間に子供を乗せるんだよ!」と言われたこともある。電車の中で、二人はとてもお利口だった。年配の人たちには「えらいわね~」と褒められ、女子高生には「かわいい」と言われ、ツヨシは「また可愛いって言われた」なんて生意気な事を言っていた。電車に毎日乗るから、駅名でツヨシは漢字を覚えた。なにも難しく考えることではないと思う。座っても、立っていても、周りに迷惑を掛けない方法はいくらでもあるはずだ。その上で楽しく電車に乗れたら、それでいいではないか。夏の暑い日も、雪の降る寒い日も、子どもたちは元気に保育園に通った。今も時々その道を車で通る。ツヨシが居なくなってから、その道を通ったときふと、あの頃の子どもたちと私が、そこを歩いているのではないか?と思ったりして切なかった。
2005/11/20
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この一週間もよく働きました。「すごいねぇ」、そんな言葉を言われるほどに。新規9件。目標の10件まであと一息だ。「今まで何やってたの?って言われちゃうね」なんて言われても「そんなこと気にしてたら何も出来ませんよ」と言い返し・・・。そんな忙しさの谷間である休みの日は、ドッとツヨシへの想いが溢れる。昨日の夜から12時間寝てしまい(笑)、布団を畳むときにも・・・。ツヨシはこの話をしたら怒るかもしれない。「恥ずかしいだろ!」って。ツヨシは、私の布団で寝るのが好きだった。小さい頃の話ではない。私が仕事から帰って来ると、私の布団を広げちゃっかり寝ているのである。その度に「ママの布団で寝ないでよ、臭くなるから!」と怒った。ツヨシは「だって、ママの布団気持ちいいんだもん」と言った。入院した日の朝。一度は朝方、救急車で病院に連れて行ったのだが、痛み止めだけ注射し帰された。痛みが全く治まらず、かかりつけの病院に連れて行くまで「ママの布団で寝ていなよ」と言った。ツヨシの部屋が1階で、トイレや洗面所は、私が寝起きする2階にあるからそのほうが楽だと思ったからだ。ツヨシは「いいの?」と聞いた。いつも禁止されている私の布団で、病院に行くまでの時間を過ごした。仕事から帰っても、私の布団で丸まり寝るツヨシは、もう居ない。可愛いヤツだった。本当に。休みが終われば、また仕事に邁進する。だから、今は思い切りツヨシを想っていよう。涙が止まらなくても。
2005/11/19
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タイトルを見て「えっ?再婚するの?」と思った人がいるでしょうがとりあえず読んでください(笑)離婚して9年。11月の何日だったか忘れてしまったが。「再婚しないの?」何度も聞かれたし、今日も聞かれた。「しない」と答えると、決まって「なんで?」と聞かれる。なんでか?なんて一言で答えられるものではない。それなら「なんで再婚しなきゃいけないの?」と聞き返したい。生活するお金は、いっぱいじゃないけど稼げるんだし、仕事を続けることに迷いはない。今のままで充分なのに。「歳をとったら寂しいよ」と言う人が多い。確かに寂しくなるかもしれない。だからといって、そのときのための保険のような再婚なんて可笑しいと思う。誰かと一緒なら寂しくない?それだって怪しいものだ(笑)仕事の楽しさを知ってしまったからかもしれない。仕事で味わう達成感は、他の何かでは簡単に得られるものではない。母親という役割の面白さを知っているからかもしれない。子どもたちの存在は、他の誰かと比較できるものではない。もし「今日は何か美味しいものを食べに行こう」と誘われていたとする。その時、職人さんから「今日中に配達して欲しい」と電話がかかってきたならどんなに夜遅くても、迷わず配達に行くだろう。仕事だから、という理由でなく、職人さんの「助かったよ」の言葉が最高の喜びだからだ。私の、私のための人生だ。ただ、今日ふと思った。この世で、「ツヨシの分まで懸命に生きる」その責任があるのはたった一人、親である私だけだ。ツヨシを生み、ツヨシの命を守ってやれなかった私だけだ。毎日「今日は仕事忙しかった?」とツヨシは聞いた。本当に毎日。ツヨシの知る私でいたいと思う。ずっと変わらず。再婚はしない。歳をとって寂しいなんて、そんな寂しさは、今ツヨシがいない寂しさに比べたらたいしたことではないはずである。
2005/11/17
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今日は仕事帰りに、Kinki Kidsのニューアルバムを買ってきた。ジャニーズだからって、バカにしちゃいけない(笑)Kinkiの曲は、なかなかいい。私は光ちゃんしか好きじゃないのだが、光ちゃんの書く詞は泣ける。私が思うに、光ちゃんはもしかして大切な人を亡くした経験があるのではないか?そう思える詞が本当に多い。さて、私は布袋寅泰ファンである。ファンというより、愛している(笑)布袋さんの曲は、生きるチカラを与えてくれる。ツヨシの入院中、疲れると車に行って、大音量で曲をかけ泣いた。ツヨシの状態が悪く、落ち込んでいた時、布袋さんから励ましの言葉をもらった。それがとても嬉しかった。そして、布袋さんのおかげでステキな仲間達に出会えた。それは私の大切な宝物である。みんなと初めて会った瞬間のこと、きっと一生忘れないだろう。来年は布袋さんに会いに行く。今からとても楽しみだ。明日も車の中で、布袋さんの曲を聴く。明日をちゃんと生きるためだけに・・・。
2005/11/16
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<お願い!>携帯が壊れました。私の携帯のアドレスをご存知の方は、私にメールを送ってください。お名前も忘れずに・・・。携帯は入院し、今は借り物です。突然、電源が落ちて、使えなくなった。仕事用の携帯じゃなかったのが良かったのか、悪かったのか・・・。仕事用なら、電話番号はあちこちに控えてある。あぁ・・・凹む~。さて、ツヨシの一周忌の日にちを、ツヨシの中学の時の先生に連絡した。おばちゃんのK先生。中学2年の時の担任だ。その頃、野球を辞めてしまったツヨシは荒れていた。学校を抜け出して居なくなったり、先生に罵声を浴びせたり。それでも、K先生は、ツヨシに優しかった。私にある時こう言った。「クラスの子どもたちが、ツヨシくんを贔屓していると思うかもしれませんでも私は、それでも構わない。今は、私の息子たちのことよりも、ツヨシくんのことが、心配だし可愛いんです」と。K先生の優しさで、ツヨシは変わった。だれより先生を慕い、素直に甘えた。卒業式の日、K先生は「お母さん、よくここまで頑張ったね」と言い、泣いてくれた。入院中、お見舞いに来てくれたK先生は「ツヨシくん大きくなったわね~」と驚いていた。一周忌の日、先生とたくさん話をしたいなぁ、と思う。きっとあの頃のヤンチャなツヨシの話が聞けるだろう。
2005/11/15
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昨日のオフ会。「ツライのは私だけじゃない」それが何よりの励ましとなった。今日、ふと「みんなは今日どう過ごされているだろうか?」と思った。どうか少しでも穏やかな気持ちで過ごせるように・・・そう祈った。離れた場所で、みんながそれぞれ切ない思いを抱えてまた、同じ時間を過ごせるまでの日々を、出来るだけ心穏やかに・・・。生きていかなければいけない。悲しくても辛くても。生きることが叶わなかった子どもたちのためにも。強くそう思えるようになった。そして、今日一日をちゃんと生きられたことに「よかったね」と思うことにしよう。正直に言う。「このままアクセルを踏み込めば、ツヨシの所にいけるかな?」と何度も思ったことがある。この一年弱、何度も思った。そんなことをしてもツヨシは喜ばないとか、他の子どもたちのこととか母や姉妹や友だちのことが、その瞬間は何も浮かばない。それでも私はちゃんと生きている。死ぬことより、生きることのほうが、今はきっとツライ。だから生きなければいけない。そして、ツヨシがどんなに可愛いヤツだったか話していこう。何年経っても。
2005/11/14
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今日は、同じ悲しみを持つ仲間とのオフ会だった。久しぶりに電車に乗って出掛けた。それぞれみんな普段の生活の中で、大きな悲しみを抱え、苦しみ生きている。それをこうした時間を共有し、たくさん話してみんなで涙する。本当に本当にありがたく思う。どの方にとっても、大事な子供だったのである。愛しいわが子を今も感じたいと必死に願っている。ツヨシの話をいっぱい聞いて頂いた。みんながツヨシをもうずっと昔から知っている子のように話してくれる。とてもいい時間を持てた。みんなに心から感謝。さて、アツシは今日はお留守番。マッキーが休みだったので安心して出掛けたのだがアツシは今日一日、私の親友の職場であるゲームコーナーに入り浸っていたらしい。「今、アツシとランチを食べにきてるよ。ゆっくりしてきて」とメールが来た。結局、そこでお手伝いしながら私の帰りを待っていた。私のオフ会のことは、アツシから聞いたのだろう。本当にありがたかった。こうして、私はいつもみんなに支えられているのだ、と感じる。直接の励ましの言葉など口にせず、そうした優しさで包んでくれる。私の周りには本当にあたたかい人たちが居てくれる。それを決して忘れてはいけない。
2005/11/13
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昨夜は、夕飯を食べてから眠くて眠くて、早い時間に寝てしまった。今朝のマッキーのお弁当作りもサボった。仕事に出掛けたのも気付かなかった。このところ、仕事を終え事務所を出るのが、7時過ぎである。だから、現場で10時の休憩に職人さんに会ったことなど、前日のことのよう。とくに昨日は分刻みのスケジュールだった。それでも、本社の営業部長と車の中でお喋りしながら、楽しく働けた。私のお客さんを「みんないい男だね~」と部長が言って、私は「そうでしょう?」と、自分を褒められたみたいに喜ぶ(笑)一年後、「よくやった」と言わせてみせる。そのための一歩一歩だ。成果がちゃんと表れているのが嬉しい。さて、夜の夢。K子ちゃんが泣いている夢を見た。私だけじゃなく、今の時期はK子ちゃんだってツライはず。ツヨシの入院中、毎日K子ちゃんはツヨシのそばに居てくれた。脳梗塞になってしまって、何も口に入れられなくなって、ツヨシはK子ちゃんの手をチュウチュウ吸っていたりした。「ツヨシ美味しい?」と聞いて、ツヨシが「マズイ」と言い、K子ちゃんは笑っていた。変わってしまったツヨシに、K子ちゃんは変わらず優しかった。「血液の病気がもし良くなったとしても、社会復帰は出来ないと思ってください。廃人になると思ってください」と主治医から言われた時。私はK子ちゃんにも、そのことを話した。ただ、「普通の親なら、K子ちゃんに、もう病院には来ないほうがいい、ツヨシは元に戻らない、って言うかもしれない。でも、私はツヨシを元のツヨシに戻すと思っているから」と、そう言った。K子ちゃんは、涙も見せずに「リハビリっていうか、いろいろ練習すれば良くなる可能性もあるでしょうね」と言い、家から脳梗塞に関する本を持って来て二人で読んで勉強した。K子ちゃんが居てくれたから、私も頑張っていられたのだ。最後のお別れのとき、K子ちゃんは言った。「次に生まれ変わったときには、ツヨシのお嫁さんにしてね」その声が、忘れられない。
2005/11/12
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他の人の仕事ぶりを批判ばかりしてる人というのは居るものだ。あれこれ口出しをしてる割には、自分の仕事はどうなのよ?と思ってしまうような人。そんな人に限って、他の誰かのことを「あの人もさぁ、人のこと言うけど自分はどうなの?とか思っちゃうんだよね」・・・って、アンタほどじゃないだろう?(笑)口ばっかり達者な人は、話していてツライ。明日、ツヨシが亡くなって11ヶ月になる。一言で言えば、「もう11ヶ月?」いつの間に、そんなに過ぎてしまったのだろう。時々、季節すら分からなくなるときがある。そばに居ないと、そばに居たときより、ツヨシのことを想う。悲しみだったり、後悔だったり、愛しさだったり・・・。だから今、仕事が忙しいことは、実はありがたいことなのかもしれない。一日の中で、仕事のことで頭がいっぱいの瞬間があるからだ。「キツイなぁ」と思うくらいが丁度いいのかもしれない。昨年、ツヨシの入院中は、仕事を休んでずっとツヨシのそばに居られた。「給料の心配はするな」と言って、休ませてくれたのである。そのぶん、今、頑張るのだ、と思えばいい。「仕事大丈夫なの?」とツヨシが心配するほど、そばに居させてもらえたんだもの。
2005/11/10
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今日は、山のほうへ営業で行った。同じ県内でも、うちから見える富士山よりずっと大きな富士山が見れた。職人さんと現場で会うときは、お互いにヘルメットを被っている。時々、ヘルメットを被っていない顔を見ると、別人に見えることがある。今日会った職人さん。ヘルメットを被っていない顔を、改めて見たら・・・布袋さんに似てる!ずっとその現場に居たかった(笑)さて、ちょうど一年前の昨日、ツヨシが入院した日だ。一年前の今日は、すでに「8、9割は危ない状態」と言われていた。あの日はお天気だっただろうか?・・・開腹手術が終わるのを待っている間、夕日が眩しかったんだ、と思い出す。忙しかった一日が終わると、気持ちが沈む。一年前の今日、ツヨシはまだ生きていた。懸命に生きていたのに・・・。
2005/11/09
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県内のあちこちに行く仕事である。海も山もある県にいるので、いろんな風景をみることができる。今日は、逗子の葉山まで行った。夕方の海はとてもキレイだった。営業で行ったマンションの新築工事現場。窓の外は海。すぐそこは浜辺。「こんな所に住んだら、気分がいいだろうなぁ」と思った。で、帰宅後、そのマンションのことを子どもたちに話した。アツシは「台風が来たとき怖いじゃん」と言いマッキーは「洗濯物がベタベタになりそうでイヤだな」と言う。子どもたちのほうが現実的だった(笑)ツヨシならなんと言うだろう。いつもそう考える。ツヨシなら「いいね~、海の近くならマリンスポーツも出来るじゃん」なんて言うのではないだろうか?「家から海パンで海にいけるよ」そう言うだろう。それにしても、仕事中に見る海は味気ない。今日も一日走り抜けました。マル。
2005/11/08
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今日は自分でも頑張った一日だった。新規も1件。充実感を味わいながら、すっかり暗くなった事務所への帰り道。本社からの電話に、一気にやる気を失った。社長相手に「わかってるよ!うるさいな!」と・・・言いたかった。頑張ったことは、きちんと評価して欲しいと思う。だけど、今は我慢だ。食欲もなくなる。それでも今は我慢の時なのだ、と自分に言い聞かす。さて、来月はツヨシの一周忌。出来ることなら何も考えたくはない。一年・・・あの日と同じ季節は一番ツライ時なのに、それでも決めていかなければいけないのは、本当にキツイ。ただ、私は普通の一周忌にはしたくない。だから、集会所を借りて、ツヨシのたくさんの友だちに来て貰おうと思った。形式にこだわらず。大人は出来るだけ呼ばないで、同窓会みたいにしたい。それが一番ツヨシが喜ぶことだと思うから。「ツヨシを忘れないで」という思いだけだ。12月4日。たくさんの子に来て欲しい。ツヨシのことをよく知る人たちだけでいい。そんな連絡を友だちにしていたら「12月11日は、みんなで海に走りにいくんだって」って。その日はツヨシの命日。ツヨシの友だちがみんなで海に行くという。ツヨシの葬儀のあとも、みんなで海に行ったと聞いた。それを聞いたら嬉しくて涙がでた。ツヨシは今もみんなの友だちなのだ。何より嬉しかった。
2005/11/07
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寒い日だ。気持ちが鬱ぐ。こんなはずはない、と思う。ツヨシが今にも帰ってくる・・・そう信じている。みんながツヨシのいない日々に慣れていっている。ちゃんと「故人」になってしまっている。そんなのはイヤだ。きっと帰りが遅かったのを叱られると思って、帰りづらいだけなんだ。そのうちいつものように歌でも歌いながら帰ってくるに違いない。悪夢の中にいるだけなんだ。ツヨシはきっと帰ってくる。だって、そうじゃなきゃ、あまりに不公平すぎる。
2005/11/06
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今日はとってもいい天気だった。まさにお出かけ日和。姉に誘われて、江ノ島へ行った。遅い昼食は、江ノ島に着いてから並んで待ち「釜揚げしらす丼」を食べた。とても人気のお店らしい。量も多くて、すごく美味しかった。「しらすのかき揚げ」は、4人で食べきれないほど大きかった。並んででも食べたくなるよなぁ、と思った。江ノ島は大好きだ。道が空いていれば、うちから30分で行ける。一番近い海で、観光気分も味わえる場所。夏は混んでいて、とても行く気にはなれないが、その他の季節にはよく行く。焼きハマグリやサザエを食べ、お土産を買って帰ってくる。車の免許を取って、初めてドライブした時も、江ノ島に行った。あの時は、ツヨシとアツシを連れて。帰りは渋滞に巻き込まれ、地図を見ながら回り道をして帰った。マッキーとツヨシが保育園のころ、母と一緒に行ったことがあった。途中でツヨシがふてくされて、宥めるのが大変だったこと。あの頃、江ノ島の頂上にあったゴーカートに乗って、みんなで大笑いしたこと。海のそばの公園で、ツヨシが「マンボウいるかな?」と言うとそばにいた高校生ぐらいの男の子が「いるよ、ほらここに」とマンボウのキーホルダーを見せてくれたこと。ついこの前のことのようだ。楽しかったことを思い出すと悲しくなる、それが余計に悲しい。日が暮れるのが早くなったので、今日は暗い海も見ることができた。海の向こうに見える、江ノ島駅付近の町の灯りがとてもキレイだった
2005/11/05
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今日の仕事は、成果がすぐに表れた一日だった。新規が2件。やれば出来るんじゃん!という感じ(笑)営業の仕事は結果がすべて。改めて思う。絶対に見返してやるぞ!意地でも成果を上げると決意した。さて、仕事をしていく上で、欠かせないのが、家の手伝いを子どもたちがしてくれるということ。たぶん、他の家の子に比べ、うちの子どもたちはよく手伝いをしてくれていると思う。それは本当に助かる。今、アツシの任務は、お風呂掃除と夕方の食器洗い。これは文句を言わずにやっている。マッキーやツヨシも小さいころからお手伝いをしてくれた。友だちからよく「どうやったら手伝いをしてくれるの?」と聞かれた。「やって、って頼むだけだよ」と答えた。まずは、子どもたちがやってくれたことに注文をつけないことだ。食器洗いをして、少々キレイになっていなくても、畳んだ洗濯物がしわくちゃになっていても、「もっとこうして」と言わないこと。お手伝いにも性格がでる。例えば、マッキーは頼まれなくても進んで手伝うし、最後までキチンとやる。だけど、進んでやること以上のことは頼みにくい。ツヨシは頼まれなければやらないし、何でも中途半端で終わらせる。だけど、すごく頼みやすい。「いいよ」と気安く請け負ってくれる。そんな違いも面白かった。なんでも「いいよ」と言ってくれたツヨシが居なくなってツヨシがどれだけ私の手助けをしてくれていたのかが、よくわかった。いつもわざと「え~っ」と嫌がる素振りを見せてから「いいよ」と言っていた。それがいつも可笑しかった。どうしてだろうね?誰にでも自慢できる息子だったのに。そういうツヨシが、こんな目に遭うんだろう?納得できない。
2005/11/04
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今日は持ち帰った仕事を家でやらなければいけなかった。頭を使う仕事じゃないから助かった(笑)アツシは、昼前から私の母とお出かけ。毎回「どこに行く?」と二人で頭を悩ませていて、今日もそうだったが結局、何回か行っているプラネタリウムに行ったようだ。仕事をしなければいけない日に、アツシを連れ出してくれるのは大いに助かる。で、いつものように電車のプラモデルを買って貰ってゴキゲンだ。祝日とはいえ、職人さんは仕事をしている人もいる。今日は電話が何件か掛かってきた。「元気?」と、いきなり聞いてくる。いつも笑わせてくれる職人さんだ。「元気か心配でさぁ、仕事が手につかなかったよ」だって(笑)ただの注文の電話に、この職人さんはいつも必ず「笑い」を添えてくれる。凹んだ気持ちを、元に戻してくれるのは、いつも職人さんとのお喋りである。励まされているみたいに感じる。私らしくいこう。明日からまた・・・。
2005/11/03
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今日の仕事は社長と一緒だった。売り上げを伸ばさないと・・・だ。明後日は本社の営業と一緒。頑張らないとなぁ。さて、今日は帰ってきてから、子どもたちと銭湯へ行った。歩いて行けるいつもの「さ○ら湯」がお休みだったので、スーパーな銭湯へ。食事できるスペースも広くとってあって、味もなかなかで値段も安い。下手なファミレスなどで食べるより、よっぽどいい♪当然(笑)、ビールを飲んで帰ってきた。それでも、と思う。いつもの「さく○湯」がいい。歩いて5分。小さい喫茶コーナーでビールも飲める。常連のおばちゃんが、いつもの時間にちゃんと居る。今の家に引っ越してきて嬉しかったのは、今まで車で行っていた「○くら湯」が歩いて行けることと、家から富士山が見えること。日曜日になると、みんなで「さ○ら湯」によく行った。子どもたちから「さく○湯行かねぇ?」と言われて行くことも。いつだったか、ツヨシとアツシと三人で歩いて行ってみたら、今日のようにお休みだった。もうお風呂に入る気になっていたので、そのまま車に乗って健康ランドに行くことにした。あの時、ツヨシとどんな話をしていたのだろう?いろいろ話したよな~、ということだけ覚えてる。小さな小さな幸せだったかもしれない。それでも充分幸せと感じられた。「幸せだね」と子どもたちと笑い合った日が確かにあったのだ。ちゃんと言葉にして。戻れない日々。二度と訪れない幸せ。
2005/11/02
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今日は、月に一度の会議のため本社へ。朝4時半に起きて、マッキーのお弁当を作って、6時過ぎに家を出る。会議の日は、営業みんなが凹む。今日もそうだった。帰ってくる車の中でも、ため息ばかり・・・。こういうとき、働かずにいられたらなぁ、と思う。自力で立ち上がるのは大変だ。また何日かしたら「仕事してて良かったな」と思うんだろうけど。
2005/11/01
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