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こんにちは☆先週末、いわゆる「おしるし」があり柳沢助産師さんのアドバイスを受けて、自宅に帰ってきました。もう少しで産まれるのかしら?ああ、かわいいくしゃくしゃの赤ちゃんを抱けるんだ!などと喜んでいたのですが、その後おしるしが消えてしまいました。こんなことってあるの?二日間、おりものに血が(鮮血ですよ)が混じっていたのですが、その後、真っ白い色に変わってしまったんです。また、おりものの量が増えました。こんな不思議なことってあるんだ。1番目の子供の時は、おしるしがあってから4日後に出産しました。その時はおしるしがあった日から、お腹もちくちくしだしたのですが・・・。だから今回も、今週には産まれるだろうと思っていたのですが。一向に、産まれる気配がないのです。早速、柳沢さんに相談すると、おしるしが無くなって(この表現、正しいのかな?)しまうことはありえることで、おりものの量が増えているのは子宮(子宮口だっけ?)がほぐれて、赤ちゃんが出てきやすくなっている証拠なのだそう。「安産になりそうよ」この一言で、とっても気持ちが軽くなりました☆また、以前の検診で出産時の体勢を旦那さまを交えてプレヴューしたのですが、これかまた良いんですよ!何が良いって、旦那さまが、いわゆる人間クッション(想像できませんよね・・)になって私を支えてくれたりして、より一層、家族の絆(と言うか彼への愛情が倍増する感じ、ごめんなさい惚気ています)が強固になるんだろうなあ、と実感しています。お産って、やはり痛みを伴うものだから愛する人が励ましてくれたり、体をさすってくれるだけでも本当にありがたいし、頑張れるし、感謝の念が倍増しますよね。もう、お産が楽しみで楽しみで、毎日、陣痛こないかな?なんて思っています。来週のブログには出産しました、と報告ができているといいなー。
2006.06.28
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さてさて、EBS(イングリッシュ・ベビーサイン)講師育成講座もあと残すところ一回になりました。今回の試験に合格したら、晴れて初!EBS講師達の誕生になります。今回は第一回目とあって、協会側(というか主に私ですが・・・)も手際がとても悪く、本当に皆様にはご迷惑をお掛けしました。私は「ベビーサイン教室をずっとやってきたから」というだけで育成に携わらせていただいたので、気がつかない、出来ないことだらけの、まぁ、いわば穴ボコ人間なんだなぁ、と再び実感。まわりの人は、私の穴ボコうめに一生懸命です。ありがとうございますぅ。さて、そんなことはさておき、今回の参加者達はみんなママ。彼女達のパワーには本当に脱帽です。もちろん、がっかりしたり、自信がなくなったり、悩んだり、どうしていいのか分からなかったりするのよ。それは私も含めみんな一緒。でも、「ベビーサインをみんなに知ってほしい」「パパ・ママたちに子育てを楽しんでもらいたい」「自分もみんなと一緒に成長していきたい」という強い思い・願いがあるからこそ、少しずつでも必ず前進していくことができる。それが、彼女達のパワー。一生懸命の心パワーかな。自分のお昼はそっちのけで、休み時間にはシッターさんと待っているわが子のところへ急いで戻り、授乳してから午後の講習に参加してくださったママ。哺乳瓶はどうしても受け付けないからと、授乳中のお姉さんのところへわが子を預けて参加されたママ(あ、お姉さんのおっぱいじゃだめだったみたいですが・・・)。彼女達の一生懸命とあつぅ~い思いが、きっと講師になったときのクラスを魅力的で素敵なものにしてくれることと思います。前回、それぞれで作っていただいたカリキュラムを見せてもらったのですが、どれもこれもユニークで豊かな発想から生まれたカリキュラムばかり。この一生懸命作ったカリキュラムを、より多くのパパ・ママ達に体験していただけますように。試験に合格したら、こんどはマンツーマンのフォローアップで実践に備え、プラス体験講習も終わってからようやく自分のクラスがスタート。まだまだ気が抜けません。彼女達の努力が無駄にならないように、待っててくれたベビーちゃん達の忍耐が形になるように、もこばも頑張るぞ~!!大変なことがあると、すぐに逃げ出したくなってしまう弱虫もこばですが、神様がたくさんの素敵な人達と出会わせてくださっていることに感謝。本当に、一期生の彼女達の応援をさせていただけること、私の人生の喜びです。こんな喜びを感じることができるなんて、私は幸せものです。次回の講師育成講座でも、たくさんの方にお会いできることが本当に楽しみ。あ、そうそう、協会発行のメルマガ、まだ内容も大してないのですが、良かったらこのページの上の方から登録できるので、是非是非登録お願い致します。1000人ママパパ、いつかオフ会も開きたいな。参加してみたい人いたら教えてくださいね。さぁ、どんな講師達が誕生するのかお楽しみ。 次回私がブログ担当の時には、新しい講師達が誕生していることと思いますよ。ふふふ。
2006.06.26
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私の住んでいる埼玉県所沢市は、子育てのしやすい街らしく多産の方々が多いような気がします。わたしのような子供3人は「普通」4人も結構いるし、5人という人たちもちらほら・・・驚くのは、多産ママのパワフルなこと、パワフルなことひとり、ふたりママよりもずっとエネルギッシュ。私の一番仲の良いママは、3人の子持ちですが、トールペインティングの教室を自宅で開きながら、健康食品の販売に、勉強に毎日飛び回っている。なのにご飯もちゃんと作って、こどもの世話もしている。現在4人目を妊娠中の友人は自宅で英語教室を開きながら、8月には出産だというのに、小学校の読み聞かせのボランティアに立候補。5人を育てている知人は、自宅でリサイクルショップを開き、トールの教室もやっていた。かくいう私も自宅でお菓子教室を開きながら、翻訳の勉強をしてちょっと仕事もしている。もともとのママたちの性格もあると思うんだけど、3人目産んだ辺りから、「はじけちゃう」みたい。3人も子供がいると、ひとりひとりのことで悩んでられなくなるから、「ええい、もうご飯食べて元気でいてくれればOK!ついでに私も楽しんじゃえ!」ってなっちゃうんだよね。3人もいると肝が据わってきて、チビがいても何でもきるような気になっちゃう。で、実際、子供がいてもいろいろできることはある。それにね、子供が多いと、ママ友達も増えてお互い助け合えるようになる。私もしょっちゅう友達の子供たち預かってるし、自分の子も預けてる。兄弟3人預かることもあるし、夕食食べさせることもある。もう3人でも4人でも5人でも、同じよ~って感じ。子供が多くなると、体的には大変だけど、精神的にはずっと楽になるよ!やっぱり子供は宝だ♪オートミールとドライフルーツをたっぷり使った健康的なクッキー♪レシピはコチラ
2006.06.25
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駐車違反道路交通法の改正で路上に駐車していると直ちに駐車違反のキップをきられてしまうことになりました。私の診療所は駅前にあり、患者さんの用の駐車場は4台あります。ある意味では4台分しかありません。小児科は子供が小さいと自転車では危険だし、バスでは不安だし、タクシーではお金がかかるし等自家用車で来院される方も多く、スムーズな診療終了後の移動が望まれます。駅前であるため無断駐車する方がいますがそれは論外として、診療終了後についでに買い物に行ってしまう方がときどきいます。その行為により駐車できずに車の中で駐車場が空くのを待ち続ける方がでてきます。ほんの少しの自分勝手が病気の子供を早く診察させたいと思っている親の気持ちをいらだたせてしまっています。話は全く違うことですが、国がめまぐるしく予防接種法を変更し今年の6月よりMRワクチン(麻疹、風疹の混合ワクチン)が小学校入学前の5~6歳の児を対象に接種できることとなりました。先日までは2回目の麻疹などの接種は数年後より開始予定でした。周囲に該当年齢のお友達がいましたら教えてあげてください。
2006.06.24
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育児&家事に夫の力は必要不可欠です。 でも思っていました。 「それは『協力』とは呼ばない!!」 私は「夫の協力」という言い方にとっても違和感を覚えます。「協力」ってことは、メインの担当者がいて、で、サブとして協力する・・ってことですもんね。 妻が働いていても働いていなくても、「協力」っていうのはおかしい!自分の母の協力、近所のママの協力、があったとしても。自分たちの家庭であり、自分たちの子どものことなのです。男女同権とかそういうことでもなく、ただ単に、平等に夫婦二人の責任においてなされるべきことだと思います。 だから、以前に夫が「自分は精一杯協力している!」と言ったときは烈火のごとく怒りました。それ以降、一切この言葉を使うことがない夫(「きょ・・努力してます」と言い換えたりしてる)。しかし、この夫は、もともと家事全般は私よりも上手く、異常なくらいマメ蔵ではあるのですが、やはり仕事が忙しいと仕事ばかりに時間を取られるようにはなります。帰宅は午前様が続き週末も仕事となると、忙しくて気の毒だけど、比例して私の身も休まらず、夫が疲れているのとたぶん同じくらい疲れてきます。家事も育児も自分だけでやらなければならないのですから。そんでもって私も仕事をしているのよ!と、ここで「ちょっとは私に協力してよ!!」と言ってしまいました。それは、久々に家でくつろげる休みの日にいつまでも起きてこない彼に向かって。 自分ばかり自分のペースで生活して、しかも寝ているなんてっ!! 私のために今すぐ起き上がり、娘を表に連れて行くのだ!私に協力しなければならないっ!って。 時短で働いていると、周りのみんなが中だるみになる時間にその日の仕事にラストスパートをかけることになり(暢気に話しかけてくれる同僚を簡単にあしらわざるを得ない)、短い勤務時間でもかなり燃え尽きます。帰宅して夕飯を作り、娘を迎えに行って、近所の子どもたちと遭遇すれば遊びたくなるからそれに付き合って、ごはん食べさせてお風呂に入れて寝かしつける。そのまま一緒に寝てしまうこともあるけど、その後夫の夕飯も整えてあげたりする。で、夜中に洗濯機をまわしたりトイレ掃除をしたりすることもある。 子どもが熱を出したり、皮膚にブツブツができて、気になれば私が仕事を休んで病院に連れて行くし、感染症で保育園に行けなければやっぱり私が休んで付き合う。仕事がまわらなくて困ったとき、これ以上は肩身が狭いと思ったとき、「たまにはあなたが付き合ってあげてよ」と言って、そうしてもらったことがあるのだけど、夫の会社(外資にもかかわらず)の上司は「奥さんが一人で対応できないほど重病なのか?」とかわざわざ聞いてきたらしい。 世の中はみんな、家事・育児は妻が担当するもので、夫は”必要に応じて出来る範囲で協力する”ものだって思っているのでしょうかっ!! まあ、「子どもが熱を出したので休みます」という言葉は、ママである私のほうが夫の何十倍も社会に向けて口にしやすいということは感じますし、何かのときにはまず私(=母親)・・・という図式のほうが自然(?)なことなのでしょうけれど。 私がもし働いていなかったとして、子どもにすべてを注げる大きな喜びを感じられるのだと思いますが、一人でランチをして頭を切り替えることも、通勤電車でダ・ヴィンチ・コードを読むこともできなくて、もしかしたらもっと逃げ場がない状態になるのかもしれないですね。今が体力的にきついとしたら、もっと精神的にきついのかもしれません。 しかし、なまじっか働いてるから、同じように仕事してるのに!と「おかしい」と思うことは多いです。 今週末は夫は休めるのだろうか? あとで「疲れてます。土日のどっちか家事&育児ヨロシク」ってメールするつもりです。
2006.06.23
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明日は、1945年6月23日沖縄戦が、組織的に終結した記念日です。沖縄県内の役所、学校等は休みです。 つい最近近所に児童書を販売している店を見つけたのですが、その店主が平和文化館も建てていて、慰霊の日が近いこともあり、戦争の悲惨さを伝え、平和を守るためのパネル展示を行っていた。 その中には、墓の中に隠れていた(沖縄の墓は小屋ほど大きい)一般住民に何人もの兵士が、銃を構えながら「detekoi!」と叫んでいる場面の写真があった。この時の住民の気持ちを想像したら、とても怖くなった。他に集団自決しているもの、腕を十字架のように木の棒に縛り付けられたままうつぶせに倒れている人の写真もあった。戦争は同じ人間同士でもこんなにひどいことができるようになるものかとあらためて悲しくなった。 太平洋戦争で、国内において一般住民が地上戦を体験したのは、沖縄県だけだ。当時の人々がどんなひどい目にあわされ、どんな気持ちで亡くなっていったのかを忘れてはいけないと感じる。 米軍が上陸した慶良間列島などでは、追い詰められて肉親同士が殺しあう集団死が起きたとテレビで知ったことがある。あまりにもひどいことをされるので、それよりは、自らの手で愛する家族の命を絶つほうがせめてもの慰めという気持ちにさせたというのだが、それが自分の身に起こるとしたら、同じことはやれないかもしれない。そういう行動が出来たということは、やはりとてもひどい状況だったとしかいいようがない。 明日はそのパネル展に子供たちを連れて行こうと思っているのだが、どこまで見せていいものだろうかと少し迷いがある。親が年齢に応じた選択をして、少しづつ伝えていけたらいいのかなと思う。
2006.06.22
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こんにちは!今日、助産士さんの検診があり、久々に葛飾に戻ってきました。この日記を書くのも本当に久しぶりです。今は、体調も良くなりお腹の張りもとくになく、穏やかな日々を過ごしています。やはり、一人で育児に向き合ってイライラしていたせいか、以前は蛋白尿が多く出ていました。しかし、今は、実家で大勢の人達に子供を見てもらうことができ、息子も本当に明るくなりました。こんなに、人の温かさを実感したのは久しぶりです。やはり、人との関わり、人間関係の濃さが私は好きですし、有難いものです。私自身も救われています。やはり、一人で子育てをする環境はつらいし、私はずっと両親が自営業者ということもあり、夫の帰りを待つ生活は自分にあっていないなと改めて感じています。話はそれますが、子育ての負担が女性一人にのしかかっている世の中は、やはり少子化に歯止めをかけることは難しいと思います。また、あんなに嫌だった実家なのに、息子を通して有難さを実感しています。検診の結果ですが、まだ赤ちゃんの頭は上の方にあり、恐らく、本当に恐らくなのですが、あと1.2週間はお腹の中に留まってくれそうです。ですが、お産は変な書き方ですが、水物なのでなんとも言えません。あと数週間なので、心穏やかに、日々を過ごし、周囲に感謝の気持ちを忘れずに生きていきたいと思っています。私のブログも不定期更新になってしまって、本当に申し訳なく思っています。みなさんも、お体に気をつけて日々をお過ごしくださいね。
2006.06.21
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小さな枇杷の木に、お店で売っているのに比べたら、小さなびわがなっています。それをもぎって、皮をむいて種を出して、お口へポン。甘くておいしくて、洗濯物を干しながら、朝一のおやつをいただいているこの頃です。嬉しいかな、我が家の夫が趣味と実益をかねて「実のなる木」を沢山植えてくれます。つい最近までは木いちご(ラズベリー)がなっていました。真夏に近づくにつれて、ブルーベリーや、ブラックベリーが色づいて来るでしょう。いちじく、あけびも少しですが、緑の実を付けています。コンポストに捨てたカボチャの種から芽が出て伸びて、黄色の大きな花を咲かせています。小さい頃、我が家には、柿の木が二つあって、秋には沢山実をつけていました。「柿の実は家の木になる」と思っていましたから、結婚して九州に来てスーパーで柿が売っているのを見て、「へ?」と思いました。「食べ物は、お店に売っている」と言うのは、とても当たり前の事なのですが、何か味気ないと言うか、、、。変な感じがしたんですよね。好きな物を好きな時に買って食べる事が出来ると言う事は、「贅沢」な事だと思うのですが、どんな木に、どんな色の花が咲いているのかを知り、小さな実が色づいて大きくなるのを待って、自分でもぎって食べる。そんな事が出来る我が家の子供達は幸せだと思います。そうそう、先月とても暑い日に、我が家のその4は川で水遊びをした後、すぐ隣の公園の林の中へと走って行きました。木いちごが一面になっている場所を指して「これゼ~ンブ私の!」と言って両手を広げた我が子を見て「なんて贅沢な子なんでしょう」とつくづく思ったのでした。
2006.06.17
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先週いただいたコメントを読んで、更にまた考えていました。 ともだちって?? もう10才くらい若い頃と、今とでは、ともだちに求めることが違っていると思います。昔は共有することや共感することがとっても大切だったけれど、今は、お互いを認め合えるかどうか、かな。 年とともに自分が作っている人間関係は多様化しているし、そして子ども持ってから広がった世界もあるし。 子どもを持って広がった世界・・・コレ、私、相当広がっています。 自宅の周りのこと(地域のこと)に興味が出てきて、いろいろ知ったし、ご近所との交流も断然増えたし、育児休暇中に子どもを通して知り合ったたくさんのママ仲間もいます。私の場合、住んでいるマンションに同年代の家族が多くて小さい子供も多いので、幸運にもとてもにぎやかな交流ができていて、「地元のお友達」というような感じのママ仲間ができました。 ・・何より、この1000人のママパパだって、子どもを持って広がった世界だし・・! ママ仲間の存在はとても心強く、あるときはパワーを、またあるときは安らぎを、そしてまたあるときは喜びを運んでくれます。でも、その一方で、煩わしさを感じるときがあることは否めません。生活する距離が近ければ近いほど、相反する二つの感情のふり幅は激しいかも。 保育園で知り合ったママたちとは、適度ないい関係は築けているけれど、これから小学校にあがったりして、今よりももっと違う何かもたくさんあって、でも、自分だけなら、「この人とは少し距離を置こうかな」と思うことができても、でも子どもがいるとなると、そう簡単にいかなくなるのでしょうね。 でもなぁ、人生これからも長いし、今出会っている「ママ仲間」との長い交流の中で、「長い付き合いのお友達」となる人もいてくれるんだろうな! 自分の周りの人間関係を、「学生時代からのお友達」とか「前の職場のお友達」とか「添乗員仲間」や「ママ仲間」とかいろいろとくくって考えがちだったけれど・・・あ、違う、”今までのお友達”と、”子どもを持って知り合ったお友達”を分けて考えていたのかも・・・。たぶん、もっと若かったら、こんなふうに考えずに、ともだちはともだちだよ!みたいに思えただろうなあ!うまく言えないけど、そう思う。 ちなみに、私は高齢出産ママです! そんな年に見えない~と言われることに、喜びではなく、「もっとしっかりしなきゃなー」と自省の心が生まれるようになって久しいです。 フクザツなお年頃です。
2006.06.16
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我が家の長女、プリンスセスは5才、幼稚園の年長さんです。しかし・・・朝から制服を着るのに30分(その間、パパにしかられ必ず大泣き)。ご飯を食べるのに30分。それから玄関で靴を履くのに30分。それぞれの行動の間も、のんび~り。とにかく、すべてに時間がかかるの。どちらかといえば、パパものんびりタイプ。夕食は何時に帰ろうとたっぷり1時間はかけるし、あんまりせかすとチョー不機嫌になります。かくゆー私もそうですが。それにしても、プリンセスのは筋金入りです。なにせリビングルームから洗面所までいくのに20分かかる。途中でいろんなことをのんべんだらり、としながら行くもんだから、5歩でいけるところに20分かかる。信じられる??そんなプリンセス、もちろんひらがなも読めず、アルファベットも識別できず。来年小学校にいけるの??って母は毎日心配です。幼稚園でもお弁当を時間内に食べきれず、午後の遊びの時間は毎日ナシだとか。う~ん。それでも彼女には、ちょっと自慢にできることが。それは、好きなことをやるときの集中力。先日は108ピースのパズルをほしがるので買ってやると、2日で作ってしまったし、昨日は幼稚園のコップ入れをチクチクと縫い上げました。1時間でも2時間でも座りこんでいます。没頭している、というのはあーゆーことなのね。もうひとつわが子ながら感心してしまうのは、やる、と決めたことは、どんなに出来なくても「できな~い!!」とほっぽり出さないこと。パズルでも、ゆっくり、確実にしあげていきますし、縫い物も、失敗してママがほどいてしまったところを文句もいわず、縫い直しています。それにしても、やるときとそうでないときの差が激しすぎる!!心配やら感心するやら、私の心中は複雑です。パズルの時には言わない「できな~い」も「さっさとしなさい!!」といわれたときにはひっくり返って「そんな!絶対出来ないこと、言わないで!!」と叫ぶのよねぇ。どうしたらよいのやら・・・子育て大変。
2006.06.12
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先日、誕生日を迎えて35歳になりました。ずっと早く35歳になりたかったのです。「35歳」って「大人の女」って感じがするでしょう???(・・あ、違う?(^^;))まだまだ20代の頃、女性雑誌に起業家の女性の話が載っていて、その方が35歳くらいだったと思うのですが、「今は自分の進む道がはっきりわかる。でも今の自分があるのは、悩みもがいた20代があったから」というようなことをおっしゃっていたのです。その時まさに第1子が生まれて、自分の人生について悩んでいた私は、「苦しくても今努力していれば、35歳になったときには自分の進む道がもっとはっきりするんだ」と考えたのを覚えています。・・・そして35歳。確かに、あの苦しかった20代とはぜんぜん違います。今は自分のするべき事がわかるし、自分の未来が明るいこともはっきりわかる。もちろん、落ち込んだり、傷ついたりすることもありますよ。でも、気持ちがブレる幅がずっと小さくなった。それはやっぱり背後でしっかり支えてくれる主人の存在や絶対的に信頼してくれている子供たちの存在が大きかったりするのですが。20代の私より今の私のほうがずっと好き。早く37歳になりたいし、早く40歳になりたいと思う。そして、今自分の人生に悩んでいる人がいたら、言いたいな。悩みもがいているのは、人生について真剣に考えている証拠。いつか絶対自分の進むべき道が分かる時がきるよって♪今日はレシピはお休み♪m(--)m
2006.06.11
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子育て支援先日新聞に子供の出生率が過去最低になっている記事がありました。テレビでは出生率を上げる政策を行ってきたのに減少に歯止めがかからないと言っていました。私が感じるには政府は働いている家庭において子供をあずける保育園の時間の延長、病気になったときにあずけられる病児保育などの充実をすれば働きながら子供を無理なく育てられると思っているふしがあります。子育ては時間もとられるし、自分の生活を子供本位に合わせることも必要となります。でも、子供が成長してゆくなかで与えてくれる楽しい驚きは何者にも変えがたいものであると思います。本当に必要なことは苦労しないで子供を育てるのではなく、仕事をしていても子育てを満喫できる社会環境をつくることではないかと強く感じます。子育ての楽しさをもっと、もお~と若い世代に理解してもらう努力と子育て世代が困難に直面したとき気兼ねなく援助を受けられる社会環境の整備が急務と思うのですが・・・・このブログも子供がいるから参加できるし視野も広がるのですよね!
2006.06.10
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今週、ひとつ年を取りました~。 6月は誕生月なのです。そして、私は昔から6という数字にとても縁があります(そのおかげか、2006年の今年、いい出会いがたくさんあるのですけれど、不思議なことに6月生まれの方が多い!!)。 外は雨でも、年を取ることになっても、なんだかウキウキする特別な月です。 でも、一方で、6月は悲しいことも思い出す月です。 来週は友人の命日なのです。 同い年でした。 もうずいぶん前になるけれど、一緒に駆け出しの添乗員で頑張っていた頃でした。私は初めての海外添乗(それもヨーロッパ。私の人生でも初めてのヨーロッパ。・・・今思えば、当時の会社の体制は無謀だったなあ。)を前に必死に勉強していたのですが、少し前に初海外添乗を経験した彼女は、いろいろと資料を貸してくれたりして励ましてくれていました。そして、ほぼ同じ出発日で、私はフランス、彼女はスイスに出かけました。 私は必死になんとか日程を進め、明日は帰国という日、パリで偶然会った他の添乗員仲間に、その3日前のスイスでの友人の事故死を聞いたのです。 ヨーロッパ内でも日本でもニュースになっていたはずでした。でも、必死に毎日を過ごしていた私の耳には入らなかった。会社も、彼女と親しかった、しかも初海外添乗中の私の耳にどうニュースが届くか心配していたとのことだったけれど、不思議にも耳に入ったのはすべてが順調に進んだツアーの、あとは明日帰るだけ、という時でした。 何事もなかったように翌日はパリの空港へ向かい、お客様と笑顔で思い出話をしていたところに、彼女のご両親が、彼女を迎えにスイスへ行く乗り継ぎのために、偶然にも私の目の前を歩いている姿を見つけました。自分のお客様に見えないように、ご両親と一緒に泣きました。 日本で彼女に再会したときは、静かに横たわっていました。 『帰ってきたら一緒に乾杯しようね~!!』と手を振っていたのに。 出会えてとっても嬉しい!と思ってた。もっともっと付き合いたかった。 ******* 私は、自分には親友と呼べる人がいない、と思っていました。 だから、夫と結婚することになったとき、 「私の親友になってね!」 とか、言ったものです。 いろいろな人と広く(でも、深いとも思っていますが)関わることが好きです。 でも、気がつくと一人・・・というときがよくあるなあと思っていたのです。 昔から、人間関係を作ることは好きだし得意なような感じがするのですが、築くことにどこか臆病で、あと一歩の踏み込んだつながりを持つことが苦手だったように思います。 亡くした友人とは、深く付き合えそうな予感があった。 でも、もし彼女がいてくれていたとして、当時の私にどんな関係を築けていたかなあ、とも実は今思う。 私がこの年になって、子どもができて、自分を冷静に見れる自分がいて、はじめて気付くことがある。 子どもには、小さいうちから、人を信じられるよう、甘えることができるよう、自分を出せるようにしてあげたい。 自分もそうでありたかった。 でも、心配なときには駆けつけてあげたい古い友人がいます。 私の悩みに心底耳を傾けてくれ、暖かく適切な(時には辛らつな)言葉をかけてくれる人がいます。夢を共有できる人がいます。 そんな周りの人たちの存在をちょっと心に意識して留めてみて、「ともだち」って何だろう?「親友」って何だろう?って、今月は考えてみたいです。 ******** 昨日久しぶりに、亡くなった友人のご両親にお会いしました。 私に子どもがいることを話すと、とても喜んでくれました。 私がまたひとつ年を取ったと伝えると、その年齢は友人が生きていたらなっていたであろう年なので、ご両親はあらためて感慨深けに顔を見合わせていました。そして、事故から12年も経ったということを皆で確認しあいました。 「ともだち」のことを考えながら、もうひとつ。 仕事をするようになって(学生を卒業して)もう○○年。 でも、定年と呼ばれる年まで、同じくらいまだ時間があります。 『大きくなったら、何になろうかなあ!』って、まだ考えてもいいですか??
2006.06.09
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昨日は長女の通う小学校と次女の通う幼稚園の土曜参観でした。(しかも幼稚園は、親子一緒に工作をするというもの)折も折りに1歳半の長男が熱。主人は仕事で不在だったから急遽1時間半離れた所に住む私の母に来てもらいました。それでも子供3人に対し、大人ふたり。事情を察知した長女が、「小学校の参観にはこなくていい」と言ってくれたので、長男と私の母が家でお留守番。私が幼稚園の土曜参観に行ってきました。子供が3人になって、どうしようもなく実母に応援を頼むことがときどきでてきました。でもあんまりあてにはできないんですけどね。だって、実母は病気の夫(私の父)の看病&介護をしているのですから。子供3人を育てていて、ちょっとした時に大人の「手」がもっとあればいいな~思うことがよくあります。例えば雨の日に長女を歯医者に連れて行かなければならないとき。1歳の長男を背負い、4歳の次女の手を引いて、長女を連れて行きます。歯医者で待って治療をしてもらって、帰ってくる・・・本当にぐったりです。最近は物騒で小学生でも子供をひとりで外に出すことも危ないので、ちょっとした外出も送り迎えします。そのほかにも、小学校や幼稚園の懇談会、子供のうち誰かひとりが熱を出したときなど近頃はママ友達同士で助け合って、子供を預け合ったりしますが、それでも時間帯があわなかったり、気を遣ったり、いつもいつもと言うわけにはいきません。昔はきっとこんなことはなかったんだと思うんですね。現在のように核家族ではないから、お母さんに用事があっても、誰かが家にいて子供の帰宅を待ってくれた。それに、現在のように治安も悪くなかったから、子供だけで外に遊びに行かせても大丈夫だった。去年の出生率が1.25で、過去最悪の数字だと騒いでいます。出生率が下がっているのは、女性が「子供を持たない人生」を選択する自由を得るようになってきたこと、経済的、社会的状況から、子供を産むことに躊躇する人がいること、等々いろいろな理由が挙げられるかと思いますが、健康的には問題のない夫婦が「もうひとり」産むのをためらう理由に、「子育ての負担が子供を産む世代だけにのしかかっている」という現実も、そのうちのひとつだと思うんですけどね。あなたは、出生率を聞いて、どのように感じましたか?出生率が下がっている理由はなんだと思いますか?さて、暑くなってきたので、さわやかなデザートを炭酸のゼリーです。「シュワシュワゼリー」<材料>炭酸ジュース 300ccゼラチン 5g水(ゼラチン用) 30cc砂糖 25g水(砂糖を溶かす用) 30ccレモン汁 少々好みの色つきジュース<作り方>1.ゼラチンを水に入れてふやかしておきます。2.砂糖用の水と砂糖を鍋に入れ、火にかけて溶かします。砂糖が完全に溶けたら1のゼラチンを入れて溶かし、レモン汁を加える。鍋を火から下ろして粗熱を取ります。3.ボールに炭酸ジュースを入れて氷水で冷やし、2のゼリー液を縁から静かに流し込みます。4.へらで静かに混ぜたら、冷蔵庫で冷やします。5.ゼリーが固まったら、大きめのスプーンで一度、大きく崩します。6.ゼリーをコップに入れて、好みのジュースをそそぎます。
2006.06.04
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我が家は、車一台を夫と二人で使っています。私が使う時は、夫を仕事先まで乗せて行って戻って来る。で、夜お迎えです。田舎の方に行くと(ウチの方では)大人の数だけ、車がある家庭が多いです。今日の話は、車がらみです。我が家のその3が、学校から帰るなり「S君の所へ遊びに行く!」と言いました。S君の家は、我が家から小学校を超えて、遠い所にあります。子供の足でだらだら歩いたら、50分は、有にかかる所です。うちの子は、自分でS君の所へ行ったことがないし、私もはっきりお家がどこだか分からない。おまけに、その日夫が車を乗って行ったので、我が家には自転車だけ。そして、その4がお昼寝真っ最中。「今日は、無理だから別のお友達の所へ遊びに行ったら?」と話して、我が家から一本道(ちょっと距離はあるのですが)で行けるR君の所へ行くことにしました。「もしR君がいなかったら、ウチに帰って来るのよ」としっかり伝えて。帰ってこなさそうだったので、てっきりR君の所で遊んでいると思っているところへ、5時過ぎにR君のお母さんから電話。「ウチに遊びにきたけど、うちの子S君の所に行ったからA君(その3)車で送ってあげたんです。でも、うちの子一人で先に帰ってきちゃって、A君は、別の所に行ったみたいです」え!!!!!そりゃないじゃん。なんてことしてくれたの!!と叫びたかったです。連れて行ったなら、責任持って連れて帰ってこいよ!!!って。実は、その3は、「前科者」で、今住んでいる所に越してきたばかりの時に行方不明になって(本人は、公園に行って家に帰るつもりだったのですが)警察のお世話になっているんです。あの時の事で、頭が一杯になりました。今いるであろう、お友達の家に電話をすると「道が分からないそうなので、別の子が途中まで送って帰ったそうです」との事。その4は、起きていたのでチャリに乗せて、多分「歩いているであろう道」を行ったのだけど、姿が見えない。途中まで送ってくれた子に話を聞いて、別の道へと走る走る。畑の中の道に子供の姿を見た時は、声を出して泣いていました。「いてよかった~」家についてから、お友達の家に「無事帰ってきました」と連絡をしました。R君のお母さんには、本音は言えず(言えないよな~)「次からは、ウチに帰るよう言って下さい」と伝えました。自分で行って帰って来れる範囲が子供の「行動範囲」だと思うんですよね。だから、それも年齢と共に少しずつ広がって行く。そりゃあ、「最近物騒で子供一人で歩かせられない」と思う事もあるけど、歩きながら、自転車に乗りながら周りを見て季節を感じて、近所の人に挨拶して。車でブ~何て行ってしまったら、味わえないもの、得られないことが沢山あると思うんですよね。その前にも、ウチに突然子供だけ降ろして、私たちには何も告げずに遊ばせて行った方がいました。子供と同じ学校らしいのですが、学年も違って名前も知らない、どこに住んでいるのかも知らない子。「何時に帰るの?どこに住んでるの?」と尋ねても「忘れた。ん?ん?」としか言えなくて。もし、私たちが出かける用事があったらどうするのよ~!!と一人イライラしましたよ。
2006.06.03
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先週、散々悩んで、そして勇気を出して行ってきた、子どもを持って初めての添乗から無事に帰ってきました。 でも、少ししたら、娘が40度近い高熱でダウン。その後4日間熱は下がらず、とても心配しました。夏風邪だったようなのですが、こんなに熱が上がり、そのままなかなか下がらないというのは初めてだったのでビックリしました。が、やっと元気になりました。ブログで無事に帰ってきたことを早くご報告したかったのに、遅くなってしまってごめんなさい。 たった3日間の、しかも国内なのに、行くか行かないか悩んだところから始まって、準備、後処理と前後1ヶ月くらい影響がありました。子どもがいないときの10倍もの時間と気力と体力が必要でした。 でも、出かけられたことは、大きな自信になりました。 ブログを読んで励ましてくださった方々にあらためて感謝します! 写真家の方に同行するツアーだったのですが、一般のツアーでは車窓で眺めて通り過ぎてしまう景色の中に降り立って、風が強いときも雨が強いときも、道がない森を歩きまわりました。添乗員って、お客様のフォローをしようとするために、同じ道を行ったり来たり何度も走ったりすることが多いのですが、残雪の上や霧の中を動き、相当疲れました。 でも、行ってよかった。行けてよかった。 やっぱり好きなのかも。新しい人に出会うことも、新しい景色に触れることも、そして精一杯力を尽くそうと集中することも。 添乗中は娘に電話しない(アドバイスをいただきました!)と思っていたけど、携帯の電波が全くつながらないトコロだった・・。それでも、母にはホテルから一度電話を入れ、無事に過ごしている様子を聞いたりはしました。 帰る飛行機は遅い便だったので、家に帰ったら娘は寝ていました。翌朝も彼女が寝ているうちに出勤する用事があり、結局、娘に再会したのは、帰ってきた翌日の晩、保育園にお迎えに行ったときでした。 担任の先生に「ママがお迎えに来たよー」と声をかけられて振り返った顔は、一瞬照れくさそうでした。そしてとっても嬉しそうに駆け寄って抱きついてきました。 私は、受け止めた体をぎゅうっと抱きしめて、「ごめんねぇ!帰ってきたよー!」「よく頑張ったね、ありがとね~!」と言いながら、泣いてしまいそうでした。 あぁ、またこうして会えたー、抱きしめることができたー、無事で良かったぁ! ほんとに、たった3日間なのに、大げさですよね・・。 調子に乗って夫に「感じがつかめたな。また行けるな・・・」とつぶやいたら、聞こえないフリをされましたが、「また行きたい!」「行ける!」と思えたことも良かったし、逆に、想像以上に出ることが大変だということを身をもって体験できたことも、良かったと思っています。 添乗員の中には、恵まれた環境のもとで子どもを持ちながら添乗を普通にこなす人も、ごく稀ですが、います。 そうなれたら理想なんだろうなあと思うけれど、今回出てみて、今まで漠然と感じていた”出れない悔しさ”がなんとなく薄れました。 子どもがいて不自由になったこともあるけれど、私は、娘に出会って2年、逆に自由になったと思うこともあります。 自分の人生に対して、肝が据わったというか、覚悟ができたという感じかなあ。それから、私が「子どものときに本当はこうして欲しかった」と思うことに気づいて、その頃の自分もひっくるめていい子いい子できたりすることもあって、精神が安定してきた感じ。。。 『たかが仕事』に、いろんな人を巻き込んで迷惑かけちゃいました。 でも、大切なものを大切だって言えたこと、それから、またひとつ自由になれて、嬉しいです。
2006.06.02
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