PR
カレンダー
キーワードサーチ
図書館で「夕凪の街、桜の国」というマンガを借りてみました。
著者は、こうの史代さん。
舞台は広島。
私が避けていたテーマでもあり、同時に、
いつまでも避けていてはいけないと
思い出したテーマです。
私が小学4年の頃、国語で戦争のお話(題名失念)を習いました。
ギリギリ戦争を体験している年代の父(昭和15年生まれ)が
満を持したと察知したようで
「よし、子供達を広島に連れて行く」と、
急遽、何も無い冬の広島に宿を取り、
私達姉妹を原爆ドームと平和資料館へ連れて行きました。
こんなに遠い旅行は初めて。
新幹線に浮かれるのも束の間、
私は平和資料館のグロテスクなマネキン人形や
ひどいヤケドの写真に
気分が悪くなり、なみだ目になりながらトイレで戻し、
もう帰りたいと母に請いました。
母は、
戦争の悲惨さを知らない我が子に「何か」を残そうと
わざわざ広島まで連れてきたお父さんの気持ちを
察しなさい、と怒り、
結局、私は残りの展示物をワンワン泣きながら見ました。
その後、
この体験は「ヒロシマ」「平和」「戦争」というキーワードとともに
私に強烈なアレルギー反応を起こします。
恐怖体験のトラウマですね。
でも、
学校の図書館に唯一置いてあるマンガ
「はだしのゲン」を読みながら
「うわ~キモっ!」
「こいつメチャ気持ち悪い!」と
ゲラゲラ笑いながらページをめくる男子生徒を
お腹の底から憎いと思う気持ちも同時に芽生えました。
私が何故
平和資料館で泣きながら戻したかというと、
思うに、幼い頃の私には
それらは単に死体になり損ねたオバケでしかないわけです。
8月6日、広島に生きていた人達にも
現代の私達と同様、
家族があり、生活があり、仕事も恋愛もあったのだと
気付くまでには年齢が幼すぎて想像が出来なかった。
父が幼い娘に植え付けたかった
「戦争の恐ろしさと愚かさ」はあまりに荒治療で、
恐怖の先にあるものを理解するのに時間を要しました。
もうすぐ
その娘の子供が、同じ年齢を迎えます。
何かを残してやらないと、と思っています。