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話しはちょっとさかのぼるが、桜子を出産した2週間後にカンザスからダンナ両親が赤ちゃんの顔を見に来てくれた。その時出産の手伝いに日本から私の母も来てくれていたので、いつものように私は3人の間に入って通訳をしていた。ある日、私が赤ちゃんのお世話で手が離せなかった時ダンナ両親が買い物に出かけて行った。その時両親がJustinに「We are going to shopping. We will be back soon」と言って出かけようとしたら、Justinが後ろにいた母に向かって「グランパ、グランマお買い物に行くって。すぐ帰ってくるって。」と上手に通訳したのである。ちょっと離れた所からそれを目撃した私はびっくりしたが、母はそれに気が付かず「あ、そう。OK,OK.」と笑っていた。以来、Justinはどうやら「誰が何語を理解するか」がわかったらしく、ダンナと私の会話を母に伝えたり、自分と私の会話をダンナに伝えたりするようになった。でも、自分とダンナの会話を私に通訳する事はない。ダンナが日本語が理解しなくて、私が日本語と英語と両方理解する事がわかっているからの様だ。他にも人から何かもらったりしてもらったりして「ありがとう」を言わない時に「Justin、何て言うの?」と私が言うと、日本人には「ありがとう。」、アメリカ人には「Thank you。」と言う。これも誰が何語を話すかわかっているからだろう。日本語も英語もまだまだ長い文章はたどたどしいが、この1年でかなり会話らしい会話が出来るようになって来た。ごっこ遊びなんかもできるようになって来て、いっしょに遊ぶのも結構楽しかったりする。このまま素直に両方の言葉を吸収して行って欲しいと願う母でありました。
2002年01月18日
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相当英語が達者なお母さんじゃない限り、「いつか子供の方が英語が私よりも達者になるんだろうなー。」って言う思いは、英語圏に住むお母さん達ならだれしも持っていると思う。もちろん、私もその1人だ。今回、カンザスのダンナ実家に向かう車の中でそれは起こった。見渡す限りののっぱらを景色を飽きもせず眺めていたJustinが「Look! Daddy! There is BALE like my TV!」と叫んだ。私は「ん?BALE?ないじゃいそりゃ?」と窓の外を見ると、牛や馬が食べる草が丸まったのが転がっていた。「ふーん、あの干し草を丸めたのをベイルって言うんだ。」と感心した私だが次の瞬間、「えっ?って事は私の知らない単語を彼は知ってるわけ?」とちょっとショックであった。まぁ、こんな単語知らないのも不思議ではないのだが、先日グランパ&グランマからもらった「Here comes farm truck!」と言う農業用大型機器のビデオの中にそう言えばその「ベイル」を作る機械が写っていた。きっとそれをダンナと見ていた時に教えてもらったのだろう。その時も「ねぇ、ママ!見て!ベイル(これだけ英語発音)があるよ。ぼくのテレビと一緒だねー。」と私に教えてくれた。普段なら英語で言った部分は日本語に直して私が言い直すのだが、ベイルなんて日本語でも何て言うかわからないので「そうだねー。一緒だね。」なんて言っていた私である。あー、こういう風に彼の語彙力はどんどん増えていくんだー。あー、こっちもちゃんと勉強しないと彼の言う英語の単語を日本語に直して教える事が出来なくなってしまう...。う~ん、これは大変だ、こっちもしっかり語彙力を増やさねば...。と反省した出来事でした。(ま、反省だけならサルでも出来るんですが(笑))。
2002年01月12日
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先月くらいからJustinは「過去・現在・未来」を使い分けて話すようになった。ただ表現する語彙力が無いために日本では過去は全部「昨日」。現在は「今」。未来は「明日」。なのである。かなりの部分で自分の言葉で説明が出来るようになっては来ているのだけど、この「時制」がいまひとつわからないみたいで「昨日」なのか「さっき」なのか聞いている私にはわからないのである。ある晩、外でご飯を食べようと言う事になりJustinに「Justin、どこで食べたい?」と聞くと「昨日行ったレストラン。(ちなみに昨日はレストランには行っていない。)」とこたえる。これではわからないので「だれといっしょに行った?」とか「どんなお店?」とかいろいろ質問して、まるで連想ゲームの様である。私1人だとわからないのでダンナもこの連想ゲームに参加して3人であーでもないこーでもない、となるのだが、Justinはその度にダンナと私に日・英語両方で同じ説明をするはめなるのである。ダンナは出来ないが私はその両方を理解出来るので大抵の場合私の方がJustinがどのレストランの事を言ってるのかわかる訳である。こういう時によく思うのだが、たしかに日本語と英語両方を同時に取得して行くのは彼らにとっても負担かもしれない。でも、少なくともJustinの場合(桜子はまだ未知なのでわからない)、この「話そう」「理解してもらおう」と気持ちがこれだけ強ければ、この先もあまり負担に思わずに取得して行ってくれるのではないかと思っている。これは自分で経験して思うのだがやっぱり語学は「伝えたい」と言う気持ちがあればある程度までは上達出来るものではないかと思うからだ。彼のこの気持ちをこれからも大切にして行きたい。
2002年01月04日
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January 1, 2002大晦日にカンザスのダンナ実家から帰って来て、バタバタと迎えた元旦だけど、まったく全然「元旦」って言う気分がしない味気ないアメリカのお正月である。今年は初めてアメリカでお正月を迎えたが、やっぱり来年からはどんなに寒くても日本でお正月を迎えよう、と心密かに思っている私である。Justinは前回(2000年)のクリスマスの事を結構よく覚えていて、例えばクリスマスの朝(厳密に言えばうちでクリスマスする朝=プレゼントを明ける朝。毎年実際のクリスマスの日は実家にいるので、それ以前にうちにはサンタさんが来る。と言う事になるわけである。)にグランパ・グランマがくれたマリアさんの前の小さなかごに「ベィビー・ジーザス」を入れる、と言う事もしっかり覚えていた。と言う事はきっと今年のお正月を日本で迎えていたら、お屠蘇を飲んだ事やお年玉をもらった事も覚えていて「ママァ、昨日(彼にとっては過去はみんな「昨日」なのである。)ももらったねっ!」とか言ったに違いない。日本語そのものを覚えてくれる事も大事だけど、それ以上にやっぱり知ってもらいたいのは日本ならでは行事や風習である。なかでもやっぱりお正月ははずせないだろう。あと何年かして小学校へ行くようになれば学校もそんなに休む事が出来なくなる。うちの両親だって年を取っていく。だからやっぱり子供達のもの心がつくまで「お正月は日本で!」やりたいもんだ。あ~あ年に2回日本に帰れたらなぁ~!年間2000ドルくらいでいいから子供を預けないでお金を稼ぐ方法はないかなぁ~?一回分は堂々とダンナに出してもらえるけど2回となるとやっぱり自分でどうにかするしかないでしょう!(それにしても2000ドルだったら日本に帰った時に派遣かなんかで1ヶ月働けば稼げるなぁ...。←真剣に考えてる元派遣社員のまるも。)
2002年01月01日
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