中高年の生涯学習

中高年の生涯学習

2023.01.08
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​昨年(2022年)、森鴎外は 生誕160年、没後100年 に当たっていた。1862年に生まれ、1922年に亡くなった。様々な記念行事が行われていた。​
2023年1月29日まで、東京文京区立森鴎外記念館では特別展「鴎外遺産」が開催されている。ここでは昨年発行された岩波新書「森鴎外ー学芸の散歩者」(中島国彦著、岩波書店)と1992年発行の「鴎外 森林太郎」(山崎國紀著、人文書院)を参考に森鴎外
(林太郎は本名)の人生をたどってみる。鴎外を読むときの参考にしていただきたい。
鴎外は各社文庫本で多く出されている。多分、数ページ読むだけで「これは読めない」と思うはずである。明治の文学であり、語彙が難しい、やたらとドイツ語、英語の言語が出てくる、初期の作品は文語であり、古文を読んでいるという感じがする。文庫でも難しい語彙やドイツ語については注が施されているが、巻末にまとめられているため、わずらわしくなってしまう。 筑摩書房「明治の文学14巻、森鴎外」 はページの下に注がほどこされ、文章を読みながら参照できる。鴎外の小説でビックリするのは、タイトルが外国語になっているものがある。「ヰタ・セクスアリス」、「カズイスチカ」等である。前者はラテン語で性的生活、後者はラテン語で臨床記録の意味である。なんとなく、俺はこんな言葉を知ってるんだぞ、というような嫌味を感じるが、ここのところは「ああ、そうですか」と流して読んで行こう。
​​岩波の中島国彦さんは早稲田大学教授である。この本は大学の国文学の授業のようで、鴎外の文学の概要が書かれている。鴎外の全体を把握するのに最適だ。帯の宣伝文句に 「学問の自由研究と芸術の自由発展とを妨げる国は栄えるはずがない」 と書かれている。これは現在進行の政府の学術会議への介入に対する批判になっている。帯は編集者が作っているのだが、これは実は、鴎外の文章で、この本の最後の方に書かれている。100年前に書かれた警句が現在の状況を照らしている。鴎外がなぜ、こうした警句を書いたかに注目して本書を読んで行くと 単純な体制内文学者という批判 は的外れであることがわかる。​​
山崎國紀さんの本は、さらに突っ込んだ本で鴎外文学の核心にあるものを暴いている。山崎さんは立命館大学卒業後、花園大学で近代文学を教授している。大岡昇平、中野重治等の鴎外に対するイデオロギー的批判がいかにうすっぺたいものか論じられている。大岡、中野の鴎外論では、政府官僚のトップに立った鴎外が有名な遺書に「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と書いた真意を理解できないだろう。普通は「〇〇省〇〇局局長」という職名を誇らしく書くところだ。
森鴎外とは何者か、どんな人生を歩んできたかをたどって見ないことには複雑な精神内容をもつ文学者を理解できないだろう。
​鴎外が生まれたのは 島根県津和野 (つわの)。昔は石見国(いわみこく)と言った。この町は観光名所として多くの旅人を迎えている城下町である。小京都とも言われる。藩主が建てた藩校養老館が復元されている。森林太郎の生家、森鴎外記念館もある。観光客がほとんど行かない乙女峠は鴎外を勉強する人にとって重要な所だ。行かれる方は観光案内所で地図をもらい、足を延ばしてもらいたい。駅から徒歩10分ほどだ。津和野藩が預かっていた隠れキリシタンを新政府の方針で弾圧、27名を殉教させてしまう出来事が起きた場所だ。昭和26年にマリア聖堂が建てられている。鴎外は、この出来事にはまったく触れていない。ここにも鴎外の複雑な精神の葛藤があった。​
林太郎が養老館に通い始めたのは7歳の時だ。倫理道徳の教科書「童蒙入学門」の筆者から始めた。この写本が先の記念館に収められている。内容理解はともかく、しっかりした書跡でただしく写されている。岩波新書には写真版が出ているが記念館へ行かれる方は本物を目に焼き付けてほしい。漢字の字形がきちんと捉えられている。子どもの字とは思えない。明治の初期は現代のように本は簡単に入手できない。写本として自分の本にしなければならない。雑誌も絵本もない中で、百人一首や浄瑠璃本、謡曲の筋書きなどを見て文字を覚えた。明治5年、林太郎は父に連れられ東京に出た。落ち着き先は向島の亀井家の下屋敷。まもなく医学校に進学するためにドイツ語を学ぶ本郷壱岐坂の進文学舎に通う。この時、鴎外は西周(あまね)の家に下宿していた。
​明治7年、第一大学区医学校に入学。この学校は後に東京医学校→帝国大学医学部になる。東京医学校の時には寄宿舎が整備され、鴎外は ここで何人かの友人 を得た。明治14年、東京大学医学部を卒業した。友人の小池正直が林太郎の事を心配し、陸軍軍医本部次長に手紙を書き、陸軍入りを依頼してくれた。これが功を奏し東京陸軍病院での職を得られた。林太郎は徴兵検査のために各地に出張し、公務をこなした。明治17年、ドイツへの留学の命が下りた。​
​ヨーロッパ各地をめぐり、先進の衛生学を学び、ナウマンとの論争があり、明治21年帰国。ここから軍務と同時に文学活動が開始される。ドイツ3部作と言われる「舞姫」、「うたかたの記」、「文づかひ」が生み出される。帰国と同時に、 林太郎を追って、一人の女性が横浜へ着いた 。エリーゼ・ヴィゲルト、当時21歳である。これが「舞姫」と同じ状況になった。エリーゼに対する日本側の対応は冷たかった。35日後、エリーゼは寂しく横浜港から離れていった。「舞姫」ではエリスになっている。エリス=エリーゼとして考えると鴎外にとってエリーゼは、どういう女性であったか。鴎外の妹の小金井喜美子は単なる「行きずりの女」と書いたが、これは家族エゴであり、鴎外の権威を守ろうとしたというのが山崎教授の見解だ。ここからエリーゼ論が展開される。軍務と家族との葛藤が鴎外文学を育んだということになる。​
中島教授の本では、ここから鴎外概論である。各小説の梗概、鴎外が明治文学興隆にはたした役割、なぜ歴史・史伝小説を書くようになったか等が論じられる。ポイントのみの紹介になるが、たとえば「青年」という小説は地方から東京に出てきた青年小泉純一の東京彷徨記である。純一は 「東京方眼図」 という地図を持っていた。縦、横に線が引かれて、縦が「一」、「二」と番号が振られ、横には「い」、「ろ」と番号が振られ、その方眼の位置で住所の場所がわかるというものである。現代の地図は多く、この方式で位置がわかるようになっている。ヨーロッパの大都市の地図には、この方式が取られ、鴎外がこの方式を紹介した。純一はこの地図を持つことで、東京には詳しく、行ったことのないところでも自由に歩ける。個性的な人物との出会いももたらされる。この小説のポイントはお雪と妖艶な坂井夫人の目の表現であると中島教授の教示である。
​中島教授は 永井荷風の鴎外認識 を示す印象的文章を、この本の冒頭と最後に引用してる。冒頭部の「鴎外先生」は、​
「先生は「社会」と云ふ窮屈な室を出て、「科学」と云ふ鉄の門を後にして、決して躓(つまず)いた事のない、極めて規則正しい、寛闊(かんかつ)な歩調で、独り静に芸術の庭を散歩する」
「鴎外の本質をしっかり凝視し、過不足がない」と評する。
最後のものは、「文学」1939年6月号の「鴎外全集を読む」から、
「文学者になろうと思ったら大学などに入る必要はない。鴎外全集と言海とを毎日時間を決めて三四年繰り返し読めばいいと思っております。」
大学教授 の中島先生は、すかさず「鴎外全集と言海のみを読んでいれば文学者になれるわけではない。言葉を駆使する能力と鴎外の備えていた見識と感受性を読み取ることが大事である」とコメントしている。荷風の表現を文字通り実践した文学者がいた。松本清張である。清張は朝日新聞西部本社での版下係だった時、給料が安かったので小倉図書館で鴎外全集を耽読していた。鴎外の「独身」をモチーフにして、「或る「小倉日記」伝」を書き、芥川賞を受賞、作家デビューした。小倉の脳性マヒの若者が小倉時代の鴎外の足跡を調べようとする物語である。清張は脳性マヒの病状をよく調べている。モデルとなった本人にも会っている。小説では実在の人物より障がいを少し重めに設定されている。「独身」に「伝便屋(でんびんや)」という職業が出てくる。「独身」は筑摩の「明治の文学14巻 森 鴎外」に掲載されている。​
鴎外を読むと日本語の語彙の豊かさに驚かされる。ボキャ貧の私には知らない語彙ばかりである。こんな言葉があるのかと広辞苑で調べるとちゃんとある。英文解釈ならぬ、日文解釈のつもりで読んで行くとボキャ貧はすぐ治る。日常会話に使えるわけではないが。
次回更新は2月5日予定。





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最終更新日  2023.01.08 10:52:30コメント(0) | コメントを書く


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