中高年の生涯学習

中高年の生涯学習

2023.10.15
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瀬戸内寂聴 さんは2021年1月に遷化(せんげ、死去)された。99歳だった。​
家の積ん読本の中から「 痛快!寂聴仏教塾 」(集英社インターナショナル)を引っ張り出した。2000年4月に出た本なので相当古い。本ブログを読んで必要と感じた方は古本屋か図書館で探すと見つかるかもしれない。大型本で横組み3段、230ページなので分量はある。特徴は小学4年以上で習う漢字にルビが付いている。あちこちに「ちびまる子ちゃん」のマンガが入っている。子どもにも読んでほしいと著者の願いがあるのだろう。内容は仏教概論、仏教入門である。
​仏教用語は、特に漢字が難しく、専門書は読むのに苦労する。この本は専門用語は赤線が付いてページの上に解説も付いている。寂聴さんの語りは分かりやすく仏教とはどんな宗教なのか説明してくれる。難解な概念も、さすが小説家らしく、くだけた比喩で、当方の「おバカちゃん」の頭に入るように表現される。ルビが付いているお陰で、 仏(ぶつ)と仏(ほとけ)が使い分け られていることを発見した。1か所校正ミスを発見した。(ぶつ)のところを(ほとけ)と入っている。これは概念が違うのだ。仏(ぶつ)は理想の生き方で、仏(ほとけ)は死んだ人である。成仏(じょうぶつ)は、人が死ぬことではなく、理想の生き方を成し遂げた人の意味である。多くの人は成仏は死んだ状態と考えている。多くの寺が葬式が一大事業になっているので、仏教の本当の意味が分からなくなっている。なぜ葬式仏教になってしまったかについての説明も入っている。(ぶつ)と(ほとけ)の使い分けの混乱も、その一因だろう。​
​本ブログでは要点だけなので、仏教を学びたい人は本書を参照してほしい。お坊さんになりたい人や仏教学者を目指す人には勧めない。 仏教業界の裏側 まで分かってしまう。​
ページ扉に「師僧 今東光大僧正に捧ぐ 弟子・寂聴」という献辞が入っている。今東光(こんとうこう)とは、小説家であり、参議院議員であり、中尊寺の貫主であった人。貫主とはお寺のトップという意味だ。まず、ベストセラー作家であった瀬戸内がなぜ出家したかという所から話が始まる。要するに、小説を書くことが面白くなくなったという所が発端のようだ。最初に相談したのは遠藤周作だった。遠藤はカトリックの信者だったが、立派な神父を紹介してくれたが、洗礼まで至らなかった。今度は仏門だということで、禅宗、浄土宗、真言宗にあたったが、断られてしまう。そして天台宗の今東光の自宅へ行き「出家したい」と相談したら、ひと言「急ぐんだね」と話が進んだ。得度式は中尊寺で行うことが決定したが、今東光が癌になり、急きょ、東京上野の寛永寺貫主杉谷義周大僧正が行うことになった。法名の「寂聴」は今東光が命名した。東光の法名は「春聴(しゅんちょう)」、その一字「聴」をもらい「寂聴」、「寂」は「出離者は寂なり梵音(ぼんおん)を聴く」から取った。出家者は心静かに仏(ほとけ)の声を聴くという意味だ。ここは(ほとけ)でいいだろう。葬儀の時、亡くなった人の人生に思いをはせるのが出家者の仕事ということだろう。
今東光は一番厳しい僧侶養成学校の比叡山「横川行院(よかわぎょういん)」に送り込んだ。こんなハードな所と知っていたら出家などしなかったと回想している。クライマックスが五体投地礼という行だ。両膝と両肘、おでこを地面につけてお祈りする礼拝だ。これを3000回行う。500回過ぎたころには目はかすむ、鼻水が出る。お仲間には気絶する人も出る。その時は水をぶっかけて正気にもどす。その間に教義の教習、経典の読み方、声明の唱え方、仏教儀礼の作法の勉強も行う。
​いい宗教か、悪い宗教かを見分けるポイントは、 金を要求する宗教はインチキ と考えることだそうだ。壺が500万円、宗祖の顔写真が400万円、先祖の祟りよけの祈祷が1千万円などと言われたら詐欺と思えということだ。もちろん仏教にもお布施というものがある。これも限度がある。最近の葬式仏教では葬儀の読経1時間くらいで60万円から70万円になっているが、「もう少し負けてくれませんか」と交渉すれば、安くなる。最近の仏教が悪い宗教になっているのは周知の事実だ。​
第二章から仏教概論だ。今から2500年ほど前、ネパールのあたりにサーキャ族という人たちが暮らしていた。漢字で書くと釈迦族だ。お釈迦様はそこの王子として生まれた。本名はゴータマ・シッダールタ。実在の人物だ。仏伝というのはオーバーな表現をするので、にわかに信じがたい。生まれた赤ちゃんは前に7歩、後ろに7歩、左右に7歩、上下に7歩歩いたと書いてある。これは化け物である。仏教学者は、これに意味を付け加えるが、眉に唾を付けて聞いておく。そして「天上天下唯我独尊」とおっしゃった。寂聴さんは、これにも「後世の作りごと」とパンチを加える。「天にも地にも、尊いのは我のみ」という意味だが、寂聴さんの読みは「自分が受けたこの命は、天にも地にもただ一つの、かけがえない尊いものである」と捉える。
​こういう独自の読み方ができるのは作家としての力だ。ゴータマは王子として生まれたので豪華な、贅沢な生活が保障されていた。所が突然、王宮を抜けだし出家してしまう。仏伝は四門出遊(しもんしゅつゆう)というエピソードを語る。東西南北の門を出ると、死人、病人、老人、出家者に出会うという話だ。寂聴さんは、 こんな話は今どき下手な小説家でも書かない という。しかしお釈迦様が何に悩んでいたかは、この話の通りだろうと推測できる。人は生まれてきたのに、老い、病いに苦しみ、そして死んでいくのか。人間に与えられた生老病死、これを四苦という。さらに愛別離苦、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとっく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)を加えて四苦八苦という。この四苦八苦からいかに脱却できるかを悩み、出家したというのが寂聴さんの解釈だ。​
まず、お釈迦様は苦行林に入った。しかし、なぜ人間は四苦八苦があるのか解答は得られなかった。修行の方法が間違っていると気付いた。自分のやり方が違うと考えられる所がすばらしい。苦行をやめると、すぐ悟りに至った。ネーランジャー川のほとりの大きな木の下で座禅を組む。スジャータという若い女が乳がゆを供養した。再びアシヴァッタの木の下で座禅をした。翌朝、暁の明星が輝いたとき、お釈迦様は悟りを得たといわれる。この瞬間を成道(じょうどう)という。アシヴァッタの木は菩提樹と呼ばれるようになる。
悟られた内容は「因縁」という縁起の法則で、この世の出来事は、すべて原因があるという考え方だ。だから苦から逃れたければ苦の原因を滅すればいいということだ。ここから仏教の大系が展開していく。
​縁起の法則を発見されたお釈迦様は自分の心の中にしまっておこうと考えた。そこへ梵天(ぼんてん)という神様があらわれ、「一人で楽しまず、衆生へおしえてください」とお願いした。これを梵天勧請(ぼんてんかんじょう)という。ここから伝道という運動がはじまった。最初の伝道はサールナート(鹿野苑(ろくやおん))で5人の修行僧に向けて行われた。これを初転法輪という。教えを巨大な輪にたとえて、法輪という。それを初めて回すという意味だ。こうして仏教の教えを北インドの各地を歩きながら、広めていった。旅の途次、チュンダという鍛冶屋の出した食事に当たり、腹をこわし亡くなってしまう。80歳だった。弟子のアーナンダに遺言を残す。「 お前たちは自分達を明かりとしなさい。人をよりどころにするな。仏法をよりどころにして、他をたよるな 」。これを自灯明(じとうみょう)という。仏教の重要な教えである。あくまでも頼りになるのは自分である。誰も助けてくれない。自分で自分の心を鍛えろ、ということだ。​
人生は苦労の連続だ。この苦から、どのように脱出するか。仏教の教えの核心に入っていく。それは次回へ。





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最終更新日  2023.10.15 09:44:52コメント(0) | コメントを書く


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