中高年の生涯学習

中高年の生涯学習

2025.02.02
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

​森田正馬と聞いて知ってる人は多くはないだろう。森田療法というのは、どこかで聞いたことがある感じかもしれない。高知県の人でも坂本竜馬は知ってるけど、 森田正馬は忘れられた人 だろう。森田は高知県に生まれた。​

​帚木蓬生(ははきぎほうせい)の書いた 「生きる力ー森田正馬の15の提言」 (朝日新聞出版)は森田正馬の15のことばの意味をわかりやすく解説し、森田療法の真髄を明らかにしている。精神を病んでいる人はもちろん、 一般の人の人生を豊かにする心のとらえ方 を教えてくれる。帚木は精神科医であるのと同時に小説家でもある。この二つの視点から森田正馬(まさたけ、通称しょうま)の人生を浮き彫りにする。​

「森田正馬が語る森田療法」 (岩田真理著、白揚社)は、「森田正馬全集全7巻、白揚社)を編集した岩田が森田療法の真髄をまとめたもの。正馬の故郷の高知を訪ねるところから始まる。

「自覚と悟りへの道ー神経症に悩む人のために」 (森田正馬、白揚社)は、形外会(正馬の家で行われた悩み相談会)で行われた相談の内容を記録したもので、対人恐怖、不眠症、どもり、読書恐怖、不潔恐怖等の神経症に対する正馬のアドバイスが網羅されている。病院へ行かないで、これを読むだけで、ほとんどの神経症は治癒してしまいそうな正馬の指導だ。

この3冊から普通の人が充実した人生を歩む法則を引き出してみる。主に帚木の「生きる力」を参考にする。

まず、森田正馬とは、どんな人だったか。正馬は明治7年土佐の素封家の息子として生まれる。幼少時に寺の地獄の絵を見て、死の恐怖に取りつかれた。ちょっとした体の違和感に病気ではないかとびくびくするような 神経質な子供 だった。父は小学校の臨時教員を務め教育熱心だった。勉強を強いられた正馬は学校嫌いになり不登校になった。中学に入学した後も家出をしたり、腸チフスになったりで、落第。同級より二、三年遅れて卒業した。熊本の第五高等学校進学には、父親の反対にあい、大阪の医師の奨学金を得て入学を果たす。22歳で従妹の久亥(ひさい)と結婚。結婚を前提に学費を出すという父親の約束があった。24歳で五高を卒業し、上京して東京帝国大学医学部に入学するが、神経質の傾向は続く。医師を訪れると「神経衰弱兼脚気」と診断される。体調はよくならず、父親からの学費も送金されず自暴自棄になる。身体の懸念はそっちのけで勉強に打ち込む。不思議なことに体調はよくなった。

​28歳で大学を卒業し、精神科の医局に入局。指導教授は、日本の精神医学の生みの親、 呉秀三 だった。すぐに東京府立巣鴨病院に勤務する。同時に東京慈恵会医院医学専門学校(後の慈恵医大)で精神医学の講義を担当する。この時の服装は詰襟の洋服で、用務員とまちがわれた。45歳の時、自宅に患者を入院させるようになる。ここであみ出されたのが森田療法という独特な治療法だ。​

​患者は1週間から10日、絶対臥褥(がじょく)を言い渡される。ずっと寝っぱなしで、洗顔、食事、入浴以外は誰とも口を利いてはいけない。自分の不安、恐怖に直面させられる。次の1週間は軽作業期で庭の自然の観察や古事記の朗読などをさせられる。自分にばかり関心を向けていたものを外の世界にふれさせる。第三期は重作業期。障子張り、炊事、配膳、鶏小屋の世話、庭掃除、 便所の汲み取り作業 などがあった。東京の真ん中で汲み取りとは患者は驚いてしまう。正馬は号を形外(けいがい)と称し、患者の集まりを形外会と命名した。夜、座敷に集まって正馬の話を聞き、質問ができた。第四期は社会復帰期で買い出しに行ったり、外泊も許された。投薬はほとんどなく、まったくの精神療法だが治療効果は非常にあった。​

患者の症状は、赤面恐怖、読書恐怖、不潔恐怖、吃音恐怖、字が震える書痙(しょけい)などである。

​正馬の指導とはどんなものだったか。その言葉は一般の人にも「生きる力」をエンパワー(力づける)ものだった。帚木は15の言葉を説明する。指導の実際を経験すれば、即わかるものだが、言葉で説明するのはむずかしい。帚木は小説家である。小さなプロット(小話)を重ねるという手法をとる。一つ目は「一瞬一生」である。一瞬を一生と思えということであろうが、何のことかわからない。そこで山口県の長門市にある小さな美術館の話からはじまる。この美術館の入口に自然石の碑に刻まれている言葉が「一瞬一生」である。この美術館の絵画は香月泰男(かづきやすお)のもので、シベリアに抑留された経験のもとの画業である。画家は、一つの画面に一生をかけている。 一筆の線に一生をかける 。どの絵をみても、その情念が伝わってくる。人生を常に一瞬にかけて生きていく強さをもつと人生そのものが強靭になる。今の一瞬一瞬に命を懸け、重荷を一つ一つ解きほぐしていけばいい。正馬の体得した「生きる技術」もこれだった。森田療法の特徴は、患者の過去の来歴を一切問わないことだ。通常の精神療法では成育史や親子関係を重視し、そこから現在の症状の原因を探ろうとする。森田療法は過去を問わず、現在の生きざま、動きのみ問題にする。悩みはたくさんある。それはさておいて、生きている今の瞬間に一生をつぎ込んでいく。このことが「一瞬一生」という言葉の意味である。​

​第二の要諦は「見つめる」である。これも何のことか意味不明である。帚木は、意表をついて「文章を書く力は、どうやって養われるか」と問うてくる。普通は「読む力」と考えるが、帚木は「良い文章を書く力は、 見つめる習慣から生まれる 」、と説く。文章が上手な人の職業をよく見ると、たいていは「見つめる人」であると、証拠をあげる。たとえば「画家」である。具象画家であれば、眼の前の風景、人物を見つめ続ける。見つめる過程で頭が澄んでくる。論理がクリアになり、言葉が洗練されてくる。写真家も同じ。新聞社では写真部員も写真に添えた文章を書く。記者の文章より写真に添えた文章の方が名文であることもしばしばである。視力障碍者の場合はどうか。見る代わりに聴く。「聴き入り」「聴き詰める」。「考える」行為は案外、実を結ばない。人前でスピーチをするとき緊張する。これは自分を見つめる行為で自然な働きである。にもかかわらず、緊張してはいけない、という「考え」が入ると、人前でのスピーチを避けるようになる。緊張する場面では当然、緊張する。この「当然」に余計な考えが入ると、正馬が表現する「悪智」になる。不可能を可能にしようと考えることを「悪智」という。森田療法では絶対臥褥を終えた後、患者が命じられるのが「庭の観察」である。草や花、飛んでくる鳥、虫などを眺めさせる。不眠を訴える患者には、正馬は、悩まずに、不眠を「見つめよ」と言う。​

森田療法の第三期から四期は、休む暇のないほどの日課が組まれている。これは禅僧の修行方法から取り入れたのかもしれない。禅僧は朝は4時に起き、布団を片付け、歯を磨き、用を済ませると本堂に行く。朝の読経を大声で行う。5時ころ、粥座(しゅくざ)という朝食を食べる。梅干し、漬物、たくあん、粥ときまっている。6時から老大師と独参という禅問答が行われる。一つの公案を何度も質問され、それに答えなければならない。独参が終わると、朝の掃除である。境内を掃き清め、庫裏、書院などを掃除して、雑巾がけである。それが終わると作務(さむ)という労働が入ってくる。これはまさに肉体労働である。石を運び、雑木を切り、障子張り、窓ガラスを拭く。10時ころ、昼食。これも粗末なもので毎日、同じ。午後の仕事が始まる。こんな日常を何年もおこない、禅僧は無念無想の境地を目指す。休む暇もないほどの作業が続く。悩んでなどいられない。この作業が体を鍛えていく。

7つ目の要諦は「無所住心(むしょじゅうしん)」。これも字義からして何のことか、わからない。帚木は宮本武蔵の「五輪書」の剣の極意から話を始める。

武蔵は、心の置き方を「一点に注意を集中させず、眼もどこかを見つめるのではなく、満遍なく相手の総体に注意をはらう」。こういう心構えが「無所住心」だと説く。正馬も日常の所作として重視した。帚木は練達の看護師や介護士は。この無所住心を実行しているという。

いくつか紹介したが、帚木の本では、あと十いくつ提言が説明されている。興味ある方は同書を参照してほしい。岩田真理の「森田正馬が語る森田療法」(白揚社)では、サブタイトルに使われる「純な心」が一章を使って説明されている。これもわかりずらい概念だ。この「純な心」の体得が森田療法の核心という。岩田の説明では「正馬は<純な>という言葉で、「美しい感情」「良い感情」という意味のことを表現したわけではない。彼は、理屈などの夾雑物などが入り込まないという意味で<純な>という形容詞を使っている。」「常に自分を厳しく裁き、だからこそ他人の視線に過度におびえ、また過度に称賛を求める神経質の患者に、森田は他人の感覚や他人の評価でなく、自分の感覚自分の感情を拠り所に生きることを教える。つまり本来の自分に返る事、自分を欺かないことである」。「純な心」を感じることで、観念から解放された自由な瞬間を得る事ができる、という。この心の体得が森田療法のゴールとされる。

「自覚と悟りへの道」(白揚社)は森田療法の治療を受けている患者の夜の座談会を記録したもので、正馬の深い指導による人間教育の足跡がみられる。窃盗恐怖と不潔恐怖に悩む人と森田正馬の会話の要点を紹介する。

「往来で煙草の吸い殻が落ちているのをみると、それを自分が盗んだと人に思われはしないかと恐怖した。学校付近で家に着物を干してあるのを見ると、それを盗んだのではないかと恐怖し、家に帰ってからも安心できないので、電車に乗って見に行き、それでも安心できないので、夕方、家のものを連れてさらに見に行く、というふうでした。また不潔恐怖になり、自分の手や身体に不潔なものがつきはしないかと極度に恐れました。

正馬はこれに対して、次のように答えた。

「みなさんは、このような話を聞くと、ずいぶんばかげたことと思われるかもしれません。しかし、それは自己観察が足りないからでありまして、私どもの心は少し深く自分で観察してみれば、お互いにいくらも違わず、このような気持になることはたびたびあることです。それを一番簡単に体験することができるのは、夢を見ているときです。煙草の吸い殻を盗むという気持は、普通の人の場合、目が覚めているときにはめったにおこりませんが、夢の中ではそんなことはいくらもあります。夢を見ているときの精神状態には周囲にたいする見境がないからでありまして、ただ気分だけに支配されているからであります。だから、私どもの日常生活におきましても、気分本位、感情本位の考え方にとらわれ、それをどこまでも推し進めてゆくと、しまいには夢を見ているのと同じような状態になってしまうのであります。夢を興味をもって観察するならば、人間心理の奥の奥がわかるようになるのです」

まるで「夢の心理学」の講義である。正馬の講話には仏教用語が多く出てくる。当時の精神医学の段階は専門用語が確立していなかったため、仏教用語で代用していたという事情がある。ここで紹介した本は図書館に置いてあるので、詳しく知りたい方は図書館で参照されたい。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2025.02.02 10:34:33コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

カレンダー

プロフィール

masa2948

masa2948

コメント新着

 大原問答@ Re:京都大原歴史文学散歩(06/24)  ≪…   世の中にたえて桜のなかりせば …
高木千佳@ Re:帝銀事件71年目の真実(その2)(02/24) 誰が犯人って?それは平沢さんだと思いま…
小林美香子@ Re:帝銀事件71年目の真実(その2)(02/24) 神戸連続児童殺傷事件の通報者として私も…
一般神@ Re:相模原事件の深層(09/04)  知的障害者が経済的にマイナスにはなっ…
2021 放送大学生@ Re:放送大学の自主規制(11/01) 放送大学 天下り で検索し、こちらに来…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

お気に入りブログ

まだ登録されていません

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: