2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全13件 (13件中 1-13件目)
1
経済というのは決して、単なる目先のお金の運用ではない。 まして、国の運営をになう政治家にとってはなにをかいわんやである。 経済という言葉は経世済民からきている。 要は国家の運営である。 功罪はあっても、かっての首相には国家運営における経済のポリシーはあった。 今は与党も野党も政策の片鱗もない。 羅針盤のない国家はどこをさまようのか。 目先のバラまきをやってどうなるの? 選挙をやる前に、真剣に国民のことを考えてよ。 みんな目先のことばかり考えやがって。 今、女房殿がなにか言ってます。 「お父さんは経済学部でしたね」 いえいえ、私は経済学部でしたが・・・。 商業史
2008年10月31日
コメント(7)
ダイエット中の私は3食平均的に減らしている。 朝、昼はしっかり食べて、夕食は減らせばいいらしいが、夜に会食の多い私には難しい。 今月は埼玉、和歌山、そして単身赴任時の同窓会とホテルや旅館に泊まることが多かった。 さて、困るのがホテルや旅館の朝食。最近はバイキングが多くなっている。 ついつい、あれもこれもと摂りすぎてしまう。 狸はじっとがまんで、生野菜をたっぷり、ドレッシングなしで。そして白粥に梅干。そして味噌汁。トマトジュース。 美味しそうなベーコン、スクランブルエッグ、ミートボールやソーセージを横目にみて、じっと我慢。 一緒に泊まった連中からは、どうしたの?の声。 わかった、狸お前、二日酔いか といわれつつじっと我慢でした。 でも昔の旅館の朝飯でお酒を呑むのはうまかったなぁ~。
2008年10月29日
コメント(11)
この景気の落ち込み。どうなるのだろう。 毎日が憂鬱です。 日々気の休まらない状態です。 もっと楽しいことが書けたらと思うのですが。 でも、職場ではニコニコとしています。 私が弱った顔をすると部下はもっと落ち込みますからね。
2008年10月27日
コメント(10)
明日から東京に単身赴任当時の寮の友人達がやってきます。 年に1回集まって騒いでいます。 今年は私が当番で関西に集まります。 ということで、日曜日までお休みです。
2008年10月23日
コメント(0)

日本人というのは乗り物に乗ると飲み食いする習性があるようだ。 私もご多分にもれず、汽車に乗ると駅弁が楽しみである。 今回は先年亡くなった恩師の墓参があったので、京都から新幹線に乗った。 京都の駅弁といえば「竹篭弁当」。 人気商品だけに売り切れていた。 ダイエット中の私にとって、他の弁当はご飯もおかずも多い。 しかし、昼食時なので買ったのがこれ、嵯峨野弁当。 フライものが少なく、野菜中心の弁当。 帰りはもう一泊する女房殿に熊谷まで送ってもらった。 翌日仕事があるので、16時には東京を出たかった。 というわけで、帰りの駅弁を買おうといつもの大丸に行ったが、どれもヘビー。 以前は軽く食べられたのが、重く感じる。 結局弁当は買わずに、これ。 これとサラミを齧って帰りました。 女房殿に言うと、ビールを飲まずに弁当を食べればいいのにと叱られました。 でも駅弁にはビールですよね。 え、何本飲んだかって、2本だけですよ。
2008年10月20日
コメント(14)

紀行は逆になったが、私たちがまず行った所がこの「さきたま古墳群」。 埼玉県の県名の発祥の地ともいわれている、ここには9基の大型古墳がある。 非常に広大な史跡公園となっており、木陰でくつろいだり、バドミントンなどをする家族連れも沢山いた。 これが前にも登場した丸墓山古墳。高さは約20m。日本一の円墳だそうだ。 上に登りましたよ。ゼ~ゼ~。ひ~。 そしてこれが有名な稲荷山古墳。教科書にでてきます金字の銘が刻まれた鉄剣が出土した古墳です。 これも登れるので登りました。 前方後円墳なので2回登らないといけません。膝が笑っていました。 ガクガク。 ここの博物館では勾玉づくりの体験も行っていました。 一度、いかれてはいかがでしょう。
2008年10月18日
コメント(8)

忍城はおしじょうと読みます。のぼうの城という小説により一躍有名になりました。 時は安土桃山時代。豊臣秀吉が小田原北條氏を攻めたとき、忍城攻略の司令官は石田三成でした。 三成は秀吉の備中高松城の水攻めを真似て忍城にも水攻めを試みました。 その時築造した堤防は今も道路として残っており石田堤と言われているそうです。 その時本陣を置いたのが「さきたま古墳群」のひとつ「丸墓山古墳」。 この頂に上って指揮をしたのですが、堤防が決壊し逆に数百名の者が溺死したという。 その時、城にこもって指揮をしたのが「のぼう様」と呼ばれた城主の一族の成田長親。かっこよい武将でなく、でくのぼうを略して「のぼうさま」。 しかし、城は小田原落城まで持ちこたえる。 その後、忍城は江戸時代も残り、明治維新時に徹底破却されたという。 今は3層の櫓がやっているが、建っている場所や構造も史実どおりではないという。 しかし、湖沼を利用した忍城は浮き城と呼ばれ守るに堅い名城だったそうだ。 その面影は残っている。
2008年10月13日
コメント(4)
連載中の彩の国紀行につきましては作者、紀州方面に湯浴みに出かけてしまいましたのでしばらく休ませていただきます。 なお気まぐれな狸ですので、彩の国紀行がいつのまにか紀の国紀行にかわっているかもしれませんがお許しください。 本人は湯治などと申しておりますが多分でしょう。
2008年10月11日
コメント(8)

フライ、ゼリーフライについて書きましたが、ご存知でないかたも多いようでした。 百聞は一見にしかず、いや一食にしかずでしょうか、一度お近くに行かれたら食べられたらいかがでしょう。 りゅちんさんのコメントにありましたように行田といえば足袋の町です。 しかし、子狸が埼玉に行かなければ、私としてもなじみの薄かった町です。 足袋つくりの女工さんのおやつとして、フライができたともいいます。フライはフライパンで焼いたのでフライといわれるそうですが、縁起をかついで、布来とか冨来と名づけたともいうそうです。 閑話休題。 行田といえば、最近ベストセラーとなった「のぼうの城」の舞台となった忍城の城下町です。 それについては、次に書きます。
2008年10月09日
コメント(1)

行田ではB級グルメのとして有名なフライを食べた。是非一度食してみたかった。 同じく行田には「ゼリーフライ」なるものがあるという。 「フライ」とは全く別物であり、扱っている店も違うという。 しかし、なかにはフライもゼリーフライも扱っている所があるという。 ゼリーフライといってもポニョポニョ、プル~ンのゼリーを揚げたものではない。 これも百聞は一見に如かず。じゃ~ン 何かピロシキのようなものでしょう。 おからとじゃがいもの裏ごしを衣を着けず揚げて、ウスターソースにくぐらせたものです。 2個一人前で200円。フライでお腹の膨れた私たちは一個ずつ食べました。 おからといっても「もそもそ」とした食感はなく、トロ~リとした、どちらかといえばクリームコロッケに似た食感でした。
2008年10月08日
コメント(10)

土日と一泊2日の慌しい旅でした。 本来、子狸の家の片付けを目的に行ったのですが、男親の悲しいところで、役に立たない。 折角埼玉まで来たので、日曜日は夫婦で町歩きをしました。 今回は時間的に余裕がなかったので、近場の行田に行きました。 秩父電鉄で行こうと思ったのですが子狸が「さきたま古墳群」に行くなら車のほうがいいというのでレンタカーで行きました。 「古墳群」はさておき、行田といえば「フライ」。 古墳群見学のあとフライを食べに行きました。 B級グルメとしてフライも今や市民権を得て知られるようになりましたが、知らない人、特に関西人に説明します。 まずは百聞は一見に如かず。 え、お好み焼きじゃないか。そうです、お好み焼きとよく似ています。 関西で言うと「薄焼き」「ネギ焼き」に似ています。 メリケン粉を水溶きしてネギをまぜて薄くのばして焼いたものです。 味はウスターソースと醤油と2種類あります。 駄菓子やさんのようなお店で食べました。 ビールはなくラムネがありました。 結構ねばりがあって腹持ちは良かったです。
2008年10月07日
コメント(9)
土日と子狸のところに女房殿と行ってきました。 先ほど帰ってきたところです。 紀行を書こうと思ったのですが、チョット疲れてますので、明日以降ということに。 おやすみなさい。
2008年10月05日
コメント(12)
今朝モカの散歩から帰って、玄関の軒下を見ると蜘蛛が巣を張っている。 長柄の箒をで巣を取り払うと、一緒に蜘蛛も着いてきた。 一瞬殺そうかと思ったが、元文学青年の私は芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い出した。 箒の先に蜘蛛をつけたまま、門扉を開け外の道の端に蜘蛛を放した。 私には学習能力がある、蜘蛛の糸に沢山ぶら下がっていても許してやろう。 これで私は極楽は間違いない。
2008年10月02日
コメント(7)
全13件 (13件中 1-13件目)
1
![]()
![]()
![]()