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今日は30回目の結婚記念日です。今朝も肌寒い日でしたが、結婚式の日は汗ばむくらいの暖かい日でした。 割れ鍋に綴じ蓋。いやいや、30年よく続きました。 女房殿がいいました。私たち友達夫婦だね。 あまりべたべたせず、からっとしてましたから、友達のようだと思ったのでしょう。 さて、今日出勤前、整理ダンスの上に見かけぬ時計が。 どうも高級そうな舶来婦人時計。私は時計のブランドには疎いので、名前は分らない。 「これ、どうしたの?」と聞くと「結婚記念日のプレゼント」 プレゼントを自分で買うか? ま、いいか。
2009年11月24日
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錦秋の季節。街の書店には京都関連の本がズラリ。 京都に行けば、ひと、ひと、ひと。 ♪なのに あなたは 京都に行くの お金もいらず、あまり混んでいない京都ガイドを。 まずは京都駅から地下鉄に乗りましょう。 600円で一日乗り放題のカードをお勧めします。 国際会議場方面、いわば北へ向かうのに乗ります。 今出川でもいいのですが、鞍馬口で下車します。 鞍馬口といっても、鞍馬山の麓ではありません。 長い解説はやめますが、かって京の七口というのがあり、その一つです。 駅のすぐ前に上御霊神社の森が見えます。まずここにお参りしましょう。ここは応仁の乱が起こった場所でもあります。 その境内を抜けてまっすぐ東に歩きますと、南北の広い筋にでます。 ここが寺町筋です。この付近には沢山のお寺が並んでいます。境内だけなら拝観料はいりません。 これは天寧寺です。門の向こうに見えているのが比叡山。門が額縁として比叡山が拝めるので、額縁門といわれています。 その並びにあるのが阿弥陀寺。本能寺で討ち死にした信長公以下の墓地があります。 信長の棺という加藤廣さんの小説にも出てきます。 これが信長公のお墓です。 続く
2009年11月23日
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私の拙い日記にいつも温かいコメントいただきありがとうございます。 多忙いや不精なものでお返事ができず申し訳ありません。 本日、短いながらもお返事をさせていただきました。 さて、島崎藤村の次は志賀直哉。え、狸には似合わん。 いやしかし、私もかっては文学青年でした。 志賀直哉が東京市電の事故の怪我の療養のため滞在したのが兵庫県の城崎温泉です。ここでのことを書いた作品が「城崎にて」です。 先日、昨年の部署の慰安旅行に招待され行ってきました。 城崎といえば外湯巡り。7つの外湯があります。 温泉客は下駄をならし、浴衣がけで外湯に行きます。 もちろん、各旅館にも温泉はありますが、外湯保護のため、浴室は小さいです。 各旅館に泊まれば外湯券をくれますので、それをもっていけば無料で入浴できます。 これが一の湯。広々としています。 これは御所の湯。滝を見ながらの露天風呂が趣があります。 それぞれ、下足番の人がいて、浴衣の柄を一瞬に判断し、その旅館の下駄を出してくれます。 まさにプロです。 これからは松葉蟹のシーズンです。一度いかれてはいかがですか。
2009年11月22日
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浅間山麓の鎌原から軽井沢に行こうとした、私たちは車の多さに渋滞を懸念した。 そこで、小諸に行き先を変更した。 小諸なる古城のほとり、雲白く遊子悲しむ 10月の上旬でしたが、小諸では既に紅葉が始まっていました。 小諸城址から見た千曲川です。 小諸城址懐古園の付近にある蕎麦屋で昼食。 車の運転は女房殿なので、お品書きにあったお酒を注文。お酒はにごり酒。 草笛とある。女房殿にレクをする。 藤村の千曲川旅情の歌に「濁り酒にごれる飲みて歌かなし佐久の草笛」とあると。 腹もくちくなり、懐古園を散策。 30年ぶりの小諸だったが、駅も橋上化し、街も近代化したが、昔の面影が残っている。 楽しい秋の一日でした。
2009年11月09日
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お若い皆さん学割ってご存知ですか? え、餃子の王将の大盛り。 それも確かに学割定食ですね。 先日、謡の本を整理していると、本の間からハラリと落ちるものが。 黄ばんだ一枚の紙。 学生時代の学割証。 昔、学生が旅行をするとき、この証明書を持参すると、安く切符が買えました。 大学の事務室で発行してもらいました。 今でもあるのでしょうか。昔は学生さんといわれ大事にされていたのですが。 明日から、また旅にでます。学割は使えませんが、友と旧交を温めてきます。
2009年11月05日
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夫婦の珍道中の途中、浅間山麓の鎌原(かんばら)という村に立ち寄りました。 30年ほど前、まだ発掘中に立ち寄り、強烈な印象を持った場所で、女房殿に見せたかったので。 ここは、浅間山の天明の大噴火で一瞬にして村が消滅したところです。 いわば、日本のポンペイです。400人ほどの村人のうち助かったのはほんの数十人。 ほとんどの人が土石流に呑まれて亡くなりました。 村人が避難しようしたのがこの観音堂です。 この石段の下に逃げ切れず命を失った親娘と思われる遺体が発掘されたそうです。 もう一段昇っていれば、助かっていたかもしれないと思うと、哀れでしかたありません。 土石流に埋まり、残った石段が15段。 その脇に「天明の生死をわける15段」と刻まれた石碑がありました。 この観音堂で土地のお年寄りからお茶とキャベツの漬物の接待を受けました。
2009年11月04日
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急に寒くなりました。皆さんお変わりございませんか。 私は超が三つ付くほど多忙で、先週などは徹夜まがいの仕事。土日出勤で、ヘトヘトです。 今日は久しぶりにゆっくりできました。 女房殿はコーラスの発表会。 母も娘もいないの家はひっそり。 出かける前の女房殿から指示のあった掃除のあとはのんびりしていました。 お気に入りのソファでゆっくり読書しました。 写真はイメージです。
2009年11月03日
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