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これは日記である。だから書くのは事実のみ。ひとりでランチを食べるのは久しぶり。せっかくカフェ天国神戸に戻って来たのだ、お店は厳選したい。うるさすぎず静かすぎず、音楽のセレクトもインテリアもセンスが良く、店内もスタッフの対応も明るくて素敵なお店。本を読みながら、食後のコーヒーをゆっくり楽しめるところがいい。アタマの引き出しにしまいこんでいた「神戸カフェマップ」を引っ張り出しながら、のんびりと歩く。さて、どこにする?昔チャイナドレスを着てバイトしてた広東料理店(の跡。既に移転済み)、友達と二人、会計で絶句した創作寿司のお店、飲んだ後のデザート、と言えば…のお気に入りカフェ。 あのケーキとぺリエとキャンドルとソファのためなら、 酔ったアタマで坂を上がるのも厭わなかった。神戸は、休日の昼下がりが本当に似合う街。いろんな思い出を目でたどりながら散歩した。そして、とうとう1軒に決める。例の条件をちゃんと満たしている。その上ここはランチの種類がとっても豊富。絞り込んだものの、「ホロホロ鳥のレンズ豆煮込み」と「豚肉と春野菜のラグーパスタ」で散々悩み、パスタを注文する。サラダを食べ、熱々のパンを食べ、一口目のパスタに満足し、顔を上げた瞬間。壁際の席の私は、固まってしまった。向かいのテーブルに案内され、メニューをのぞきこむ男女。私に背を向けた女性(顔は分からない)と、こちら向きに座った男性。 …何であなたがここに?!いやいや、きっと他人の空似。二人とも、実家・勤務地ともに、神戸とは何の関係もないのだ。私だって、神戸に来るのは2年ぶり。このお店に入ったのだって気まぐれだ。だってこれだけカフェがあるんだよ、この街には。何で、今日、この時間、この店で、私の向かいに座っているの?そして、長い時間メニューを眺めた挙げ句に「ホロホロ鳥のレンズ豆煮込み」を注文した男性が顔を上げる。細い目が見開かれ、点になる。口はまるでパタリロのようだ。え、どうかしたの?と、女性が振り向く。知らない人。「…あ、どうも…おひさしぶりです」と言うのが聞こえる。私は何も言えずに会釈を返す。 これは日記である。だから書くのは事実のみ。30分後、エスプレッソを飲み終えた私は店を出て、買い物を続けた。ただそれだけの話である。それ以上でも、それ以下でもない。神戸は、休日の昼下がりが本当に似合う街。いろんな思い出を目でたどりながら散歩した。
April 30, 2004
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最後に涙を飲むことはわかっているから、覚悟を決める。腹を括る。そして、嬉々としてドアを開ける。 急に思い立って、実家へ帰省する前に神戸で途中下車することにした。 (そう、前に書いたがウイスキーのせいもある) 早速、友達に連絡し、宿を確保する。2泊3日、何をしようか?置いてある服も、アクセサリーも、バッグも靴も、私の好きなものばかりのセレクトショップがある。やっぱりここに足が向く。神戸店は天井が高く、ゆったりとしていて、雰囲気の良い一軒家。東京にも大阪にもこのショップはあるのだが、ここがいちばんである。…店員が。販売員という人たちは、当たり前だが、私たちにモノを買ってもらうことが仕事。いろいろな手段がある。他では売っていませんよ、今ならとってもリーズナブルですよ、これがないと大変なことになりますよ、持っていないなんて恥ずかしいですよ、…服の場合のアプローチ法は、たいていどちらかだ。1:「服」をほめる。 「このスカート、珍しい柄なんですよね~限定品なんです」 「このジャケット、ラインがいいですよね~今とっても売れてるんですけど」 論外は 「このパンツ、『お形』がきれいですよね~」 …服に、敬語?2:「人」をほめる。 「このスカート珍しい柄だから、誰でもってわけにはいかないんですけど、 今着ていらっしゃるお洋服が大丈夫なら、絶対お勧めです!」 「このジャケット、ワンサイズしかないんですけど、 肩幅も腰のラインも合ってるから、お似合いですよ」1の人たちは、お客と目を合わせない人が多い。二人で鏡の前に立っても、私ではなく「スカートをはいた下半身」を見ている。2の人たちは、常に私を見て話す。頭のてっぺんから爪の先まで、さりげなく見ている。服を売るならこれを伝えるのが最も早道。 「他でもないあなたに、この服が似合っています」基本、かつ究極。そしてこの店には2の店員ばかりなのだ。気がつけば、私は「意思を持った着せられ人形」になっている。彼女は、シックでゴージャスで背中のぱっくり開いた、黒のトップスを持ってきた。店員「これ、お客様にぜひ着てみてほしいです!なんか迫力あるでしょ? でもお客様、顔がはっきりしてらっしゃるから(笑)ぜんぜん負けないです」私 「…私、これ着てどこに行ったらいいんですか? アカデミーの授賞式とか?(笑)」店員「『どこ』じゃないです、『いつ』で決めるんです。明日着ましょ、明日!」私 「…これ、下着はどうすれば?」店員「着けんと行ってください!」私 「うっそぉ(笑)……着てみます」お互いわかっているのだ。私がこれを買うつもりは毛頭ないと。これを着て出かけるような機会なんて、しばらく自分にはないだろう、だからこそ着てみたいと思うのが私の性分で、だからこそ一緒に面白がってみようと思うのがここの店員なのだ。 (もちろん職業的には、試着室に連れ込んでからが腕の見せ所ではある) 結局そこから本格的に至福の試着タイムが始まってしまうのだけれど。とっかえひっかえは続く。「こういうデザイン、お好きでしょう?」「あ、いいですね♪そっちのそれも…」私 「東京でもこちらのお店に行くんですけど、神戸店の方って 何ていうか、いちばん、『うまい』ですよね」店員「ちょっと、まるでうちらがあくどいみたいじゃないですか(笑) わかった、私がこんな笑った顔で言うてるからあかんのですね。 じゃあ真面目に言います、(真剣な面持ちになって)似合ってはりますっ!」で、最後に涙を飲む。買うつもりだったもの、着てみて意外な発見をしたもの、一目惚れしてしまったもの。全部ひっくるめたら全く予算オーバー。でも今日の予算はスズメの涙。どれを残す?どれを削る?このブランドは東京店にも置いてますか?…あぁ、関西限定なんですね。ちょっと予算オーバーのスカートにするか?数を取って、もともと買うつもりだったトップス2枚?ここは大穴馬、店員さん一押し、シルバーを織り込んだデニムにするか?うわぁ、つらい。選べない。結局スカートにしたのだが、彼女はちょっと残念そうだ。「ほんっと、このデニムお似合いでしたよ…」でもスカートよりデニムのほうが安い。ちょっと強引なくらい、「私に似合う(と彼女が思う)服」を追っかけてくれるこのお店の人たちが、私は大好きだ。また来ます。涙を飲まなくていいくらい稼ぐヒトになってから。
April 29, 2004
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20代も半ば。そんな時期のヒトには2種類のベクトルが絡み始める。1つ。自分自身が歩いていく方向、という意味でのベクトル。 「男は40過ぎたら(50だっけ?)自分の顔に責任を持て」と言われたりする。 もちろんこれは女だって変わらないとは思うけれど、 男性はメイクしない分だけ、わかりやすいのかもしれない。 ちなみに、女性は口角あたりに如実に表れる。 そう、恐ろしいことに、40、50歳ともなると生きてきた軌跡が顔に出る。 そして、20代半ばあたりからなのだろう、良かれ悪しかれ足跡を刻み始めるのは。 角度が決まる。 自分で決めるor流されて決まる。 そして、数年後にその差が目に見えてくる。 ヒトは、夢で描いた自分以上になれない。1つ。自分自身から出て行く意識のベクトル。 あれ?他人のことを見ているようでいて、考えているようでいて 結局ベクトルは全て自分にしか向いてないじゃないの。 と、感じさせるヒトもいる。 得てして、立派なことを言ってるヒトにこそ多かったりする。 基本、夢中で走ってる20代前半まではそれでも良いけれど そこから先は…?コワイコワイ。自戒しようっと。自分で書いたことが、120%自分に戻ってきた。ベクトル、急旋回。
April 28, 2004
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「後悔」という言葉の響きは好きではない。が、誰もが避けて通れない言葉なのだとも思う。どんな選択にも、「もしあの時こうしていたら、今頃…?」は付きものだから。それを、自分なりに納得しながら、今の選択の正しさを日々言い聞かせながら、時間のいたずらを思いながら、過ごしていくのだ。 私も5年後、10年後にはこんな風に思うのだろうか?人は、今を精いっぱい生きる。 自ら選んだ箱の中で、自ら造った枠の中で、 どれだけジタバタもがけるか、ということのために。そしていつか、 終わり良ければ全て良し、 と思えるようになるために。無数の曲がり角を無数に曲がって、そして今がある。
April 27, 2004
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「アンタは、沸点が低すぎる!」と、右隣の同僚(30歳)に言われる。…つまり、笑いにハマるツボが浅い、と。そんなくだらないことくらいでおなかを抱えるな、と。彼女はどんなに仕事が遅くなろうと「はねるのとびら」だけは絶対見逃さない。メジャーから若手まで網羅。初めて会ったとき、声をかけようとしたら必死で電話をしていた。もちろん、お笑いのライブの席を取るためである。そんな彼女からしてみたら、向かいに座った西田ひかる似の女の子(人妻:29歳)の口に相当な大判ビスケットが次々と一口で吸い込まれているところを見ただけで笑いが止まらない、私の沸点の低さが信じられないのだという。人妻「私ね、小学生のころ、ゲンコツが口にすっぽり入ってたの~ でもお母さんが『女の子なんだからやめなさいっ』って」もちろん、彼女はいつも本気である。そしてそのビスケットはかなり大きい。私よりも口が小さいのに。私「…ゲンコツ…」(無言。笑いすぎて声が出ない)お笑い好き「またユリがツボにハマった、もうどうにかしてよっ」私「…だってそんなこと言われても、…」(また声が出なくなる)人妻「何がおかしいの~」私「ワタシの沸点は、摂氏じゃなくて華氏で計算してよ(笑)」お笑い好き「インテリぶるなっ、むかつくなコイツ」人妻「ゲンコツ、入れようか?」(もちろん本気)私「…やめて……おなかが…腹筋が…」お笑い芸人よりも、この人たちの言動の方が漫談なのだ。(各々勝手に面白いので、漫才じゃなくてあくまで漫談)お笑い番組を見てるときよりも会社のデスクにいるときの方が笑ってるんだから。最近笑いジワが増えたのは、あなたたちのせい。 幸せなシワだから良しとしておこう。
April 26, 2004
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本当は違うタイトルにしたかった、と、宇多田ヒカルがラジオで言っていた。新曲「誰かの願いが叶うころ」について。 いちばん言いたいのはそこじゃなかったの。 私がいちばん言いたかった一行は 「みんなの願いは同時には叶わない」 ってところ。でも、最近までタイアップしてた車のキャッチコピーが 「みんなの願いをかなえた車」だったから、さすがにマズいなぁと思ってやめたのだという。 「誰かの願いが叶うころ」 小さなことで大事なものを失った 冷たい指輪が私に光ってみせた 「今さえあればいい」と言ったけど そうじゃなかった あなたへ続くドアが音も無く消えた あなたの幸せ願うほど わがままが増えてくよ それでもあなたを引き止めたい いつだってそう 誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ そのまま扉の音は鳴らない みんなに必要とされる君を癒せるたった一人に なりたくて少し我慢し過ぎたな 自分の幸せ願うこと わがままではないでしょ それならあなたを抱き寄せたい できるだけぎゅっと 私の涙が乾くころ あの子が泣いてるよ このまま僕らの地面は乾かない あなたの幸せ願うほど わがままが増えてくよ あなたは私を引き止めない いつだってそう 誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ みんなの願いは同時には叶わない 小さな地球が回るほど 優しさが身に付くよ もう一度あなたを抱き締めたい できるだけそっと
April 25, 2004
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十数年ぶりに小学校へ入学した。名前は「冒險小學校」。校訓は、「人生はすばらしい冒險である。」何というか、大人のための小さな学校。うまく説明できない~活動の歴史は14年目を迎え、ちゃんと校章も校旗もある。創始者は、とある会社社長。生徒会長は、エッジの際立ったマーケティングプランナー。みんな、賢く楽しく面白おかしく人生を送ってそうな感じ。今日は、2004年新入学・進級式特別授業。場所は浅草の老舗天麩羅屋の別館。テレビ取材の映像を見ながら、14年の歴史を振り返る。取材まで受けてたんだなぁと思いながら見ていると、何だか見覚えが…コメントする生島ヒロシとか、「体験入学」をするレポーターの原かおりとか。そう、自分が小学生の頃、朝のニュースで見ていたのだ、この映像を。大の大人が図工に熱中したり、都会の隙間の、味があるスポットを歩いて回ったり。ふーん、東京にはこんなことをして遊ぶ大人がいるのか…と、岡山でテレビを見ていた小学生が、今度は大人として入学しちゃったわけだ。不思議な縁。この学校、・プロの音楽家(もちろん生徒)が授業と称してライブ・軽井沢で「健康増進授業」・能登2泊3日特別授業 孤島に上陸したり、給食の蕎麦を打ったり、望遠鏡で火星大接近を見たり…・江戸開府400年記念、水上バス&江戸落語授業といった感じの「授業」が、定期・不定期で開催されるらしい。今日の2時間目は図工。デザイナーの人を先生に、生徒手帳を作る。たかがカッターナイフで切るという行為に悪戦苦闘して、つくづく不器用さを再確認する。個人写真を撮ってラミネートし、校章をエンボッサーで刻印するという、かなりの本格手帳。欠席者の分も作って、会ったこともない人に宛てて手紙を書く(笑)手帳に名前を記入するところで、悩んでしまう。「冒險小學校名」をつけなければいけないのだ。さっきの図工の先生も、「冒險算数の迷宮」と銘打って授業を行った公認会計士の人も、みんな変てこな名前を名乗っている。「俗名」つまり自分の本名と、個性とセンスを絶妙にミックスした名前。こういうとき、アタマの柔らかさがわかるんだよね~私はちっとも思い浮かばなくて、腕組みしちゃう始末。考えすぎ!結局、人に命名してもらった。言い得て妙なネーミングだったので、そのまま使わせてもらう。そしてお待ち兼ねの「給食」。今日のメニューは老舗の天丼。でも今日は元々夕方から予定があったので、やむなく「早退」に。 私は基本的に体が丈夫なので、昔から早退にはあまり縁がなかった。 だから珍しく早退をすることになると、 非日常の香りとちょっとした後ろめたさにドキドキしながら そそくさと校門を出て行ったものだ。今日は、これから漂ってくるであろうごま油の香りに後ろ髪をひかれつつ教室を後にした。給食を食べないで早退するなんて!
April 24, 2004
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コーチになりたかったわけでは全くないが、コーチングの講座を受けていたことがある。「第2次:仕事やめたい期」のピーク時のこと。何しろそんな時期のことだから、普段からネガティブモードに陥りがちだった。そんな私をいつも温かく受け止めてくれていたのが、私以外の5人のメンバーだ。感情の起伏のパターンがみんなそれぞれ対照的。深いところに触れざるを得ない、コーチングみたいな時間の中ではそれが際立って見える。・お花畑を歩いているようなふわふわした人。でも本質はズバッと突いてくる。・誰からも好感を持たれる、色に例えれば「白」な人。 ギリギリまで外に他の色を出さず、無理を重ねそうなタイプ。・いい意味で計算高い。が、みんなで同じところを歩いているのに、振り返るといない! と思ったら突然深い落とし穴にはまっており、しばらく上がってこない、みたいなタイプの人。・一生懸命なのに、やり方が不器用だから損ばかりしている人。 世渡りベタ。でも本当に一生懸命いつももがいている。・いい意味で最もニュートラル。最も大人で着実な人。でもみんな根っこのところが本当に温かい。びっくりするほどだ。転職が決まったことを心から喜んでくれていたのも、彼らだった。そんな仲間と久しぶりに飲んだ。でもみんななかなか仕事が抜けられず。「不器用で損をしているタイプ」の彼と、ずっとサシ飲み状態。彼は、私と同じく仕事で悩んでおり、そして年末に辞めた。驚きだった。彼がこんなにも変化しているなんて。聞くのがすごくうまい。前は、ぶっきらぼうで痛いほどの直球しか投げられない人だったから私もそれを抑えるようなきつい返し方をしていた。ところが、今日はついついいっぱい喋ってしまうのだ。私の方が。「今は、いい成果が上げられてないから精神的にはひどいもんだよ」と彼は言うけれど、とんでもない!とっても穏やかになっていた。着実に、内面からコーチらしくなってきたようだ。こんなにも人って変わるんだな、と嬉しくなり「~なところがこうなって、…なところがこんなふうになってる!すごい」と目いっぱい伝えてみた。実は相手も同じようなことを思っていたらしく、彼は彼で「今日は自分ばかり喋らせてもらってる」と言う。正直、私たち二人がメンバーの中で最も不安定な精神状態だったのだ。当時は。二人とも、置かれた環境がイヤで、自分がイヤで…でも、最もニュートラルで大人で着実な彼女は、私たち二人の変化を見ていると元気になる、自分も頑張ろうって気になるよ、と言う。これまた本当に上っ面じゃないのが伝わってくるから、涙が出るほど嬉しくなる。自分をよく知っている人からの言葉が、何よりのエネルギー。どん底状態を支えてくれた仲間との時間は温かすぎて、また飲みすぎて、そしてバスタブで眠りに落ちてしまうのでした。ワインじゃなくて、焼酎でよかった。…そういう問題じゃないですね。
April 23, 2004
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ヨーロッパ旅行から戻った友達からもらったお土産は、チョコレート。ウイスキーボンボンならぬ、ウイスキー板チョコ。かじってみる。原液さながらの濃さのシロップが突然口に流れ込んできてひっくり返りそうになった。中身は、スコッチウイスキー`Glenfiddich`。チョコレート自体も、重々しいデザインのパッケージ。緑色で三角のボトルを髣髴とさせる。私が初めて飲んだウイスキーだ。当時でもなめるように飲んでいたのに、すっかり弱くなってしまった今ではちょっと苦しいくらいの量が入っていた。道理でひとかけらが重いわけだ。パリのお店で売っていた、スイス製の分厚い板チョコレート。かじったら、シロップと一緒に出てきたのは学生時代の神戸の記憶。
April 22, 2004
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「族」が闊歩している。その名は「腰巻き族」。この言葉、うちの会社では共通語である。女はとにかく冷えやすい生き物。特に腰周り。 腰の周りに脂肪がつくようになっているのは、冷えから内臓を守るため。 太るときには、おなか周りから。 胸につかなくったって生きていける(と体は判断して)、自動的に後回し。 なかなかうまくは行かないものだ。 体の方は、一生懸命効率的にやってくれてるんだけど…座っていると、秋冬は寒くて仕方がない。ストールを膝にかけるだけでは足らなくて、腰にぐるっと巻いてしまう。そんなわけで、うちの会社には腰巻き族が幅をきかせている。黒の族、赤のタータンチェックの族、グリーンのフリンジつきの族…もちろん、私も一員だった。つい最近まで。オフホワイトと茶色の、ちょっと品の良さげな「族」。が、柄はさておき、ちょっと目立つらしい。なぜって、腰巻きの上はノースリーブだったから。1月であっても。私はボコボコに着込むのが大嫌いで、年中薄着だし腰にストールを巻いていることの方が、自分としてはおかしかったんだけど。「ユリ、おかしいよ(笑) なんでこの時期にノースリーブ?!…っていうか腰にしっかり巻いてるのに~」と言われ続けて、もう春が来た。 いいんです、冷えるのは腰だけだから。 「頭寒足熱」に、ちょっとだけ近いような気がしませんか(笑) ええ、気のせいでしょうか。「族」も撤退のシーズン。私はとっくに族から足を洗った。とはいえ、まだ頑張っている残党もいる。残るはあと1人。初夏の薫りさえもするこの時期、彼女の腰巻きは、ミニスカ状である。
April 21, 2004
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首の後ろに伸びかけて、やめる。その手は迂回して、二の腕へ… 仕事中に煮詰まると、首の後ろの髪の毛を触ったり引っ張ったり する癖がある、と以前の日記に書いた。 これが相変わらずやめられない。 右手はマウスかボールペンへ、左手は髪を触ってしまう。PCに向かった手が止まれば、左手はそのまま首の後ろへ。触りすぎて、そこの髪だけ心なしかゴワゴワになってしまった。おまけに、とうとう私の後ろに席を置く上司に指摘される。 「ねぇ、最近しょっちゅう髪の毛触ってない?」あなたの仕事の投げ方がアバウトすぎて、苦しんでるから煮詰まっちゃって、ついつい触っちゃうんです。なーんて言えないので、本気でこの癖をやめようと決めた。どうやってやめる? イスにくくりつける? そりゃ無理だ。 左手にボールペン? そんな器用じゃない。 煙草でも吸う? 絶対イヤ!…というか、うちのオフィスには喫煙者がゼロ。 それはそれで、すごいかも。で、ちょうどいい置き所を探していたら、あった。それが、二の腕。私は社内でほぼ年中ノースリーブか半袖だ。クライアントの前に出るとき以外は。手持ち無沙汰な左手を置いておくのに、ちょうどいいのである。何ていうかこの柔らかさが。髪の毛触ってゴワゴワにするよりはマシだな、そう思って新しい「定位置」に乗っけてみる。…もうちょっと引き締めなきゃ。
April 20, 2004
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さて、どっちのタイプの人間か。たとえば起業に関して言うとすれば、立ち上げる人間か、拡大する人間か、ということ。私の今の仕事で言うとすれば…アイデアを出す人間か、それを実行できる形に落とし込み走らせる人間か、ということであろうか。私の上司は、アイデアの泉。これまた「泉」onlyの人であって、どんどんぶち上げたモノを誰かがしっかり拾って受け止めないと、進まないのである。「こんなこともできますよね、あんな風にもなりますよね」とクライアントに夢を描かせて、受注に持っていくことにかけては彼女はほんとに向いている。その一方で、彼女があっちこっちにポンポンと投げたボールをキャッチしに走り、しかるべき人間に仕事を振り、予算組みをし、細かいチェックをする人がいる。うちの上司みたいな人だけだと、ほんとに打ち上げ花火で終わってしまうのだ。これもまた、向き不向きの話。人にはやっぱりふさわしい役割がある。いろんなタイプの業務に当たってみて、少しずつわかってきたこと。WHATだけじゃなくてHOWの部分でも、好き嫌い、向き不向きが色濃くある。それを知らなかったから、新卒後の就職では随分と苦しんだ。とっとと自分の傾向を見極め、それを補完する人を周りに置いた人が勝つ。全部自分でやる必要なんてないのだ。苦手を克服するのは、もちろん必要なこと。でも自分が得意なこと、向いていると人から言われることを大切に育てていると(コトだけじゃなくてスタイルも含めて…)これが軸になって、そこに蔓がからまって伸びてくる。そっちの方が、よっぽど早い!何もかも。花を咲かせるためには、やっぱり先に地固めである。自分の中での自信と、他人からの評価に裏打ちされた「何か」が太い幹になって、枝葉がついて…人生で、何かを始めるのに遅すぎるということはない、というけれどそれが何なのか、早く気づくに越したことはない。(気づかないまま結構歳を重ねてしまっている人は、意外とたくさんいるものだ)他の人よりスムーズにできるとか、他のことより楽しくやれるとか、「アンタ、向いてるかもね」という言葉とか…「べき論」や「努力あるべし」という、何やら重そうで硬そうなモノよりも、もっと大切にした方が良い、柔らかい何かが世の中、山ほど転がっているのだ。
April 19, 2004
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「気づいたんだ。30歳過ぎた時に、やっとね。」と、友達が言った。私と同じ頃に9回目の転職をした、という彼である。(前に日記に書いたけど…)「いやぁ、ラッキーだったね。あの時に気づかないで勘違いしたままだったら今頃どうなってたか」何に気づいたかというと… 「実は人の話を聞いていなかったんだ、オレって」 ということに。あ、なるほど。だからこの人はバランスが取れているのね、と内心で納得する私。外資での経験が長く、日本的にウエットな企業での経験があまりなかった。 (そうは言っても、今はベタベタな日本企業で頑張っていますが)何かに捉われることなくサラッと会社を移る。もちろん、逃げじゃなくて、実力を買われての転職。経歴だけ聞くと、他者の目にはけっこうドライにも映る。でも、ちょっと一緒にいると、その絶妙なバランスに気づく。 ・キャラは立っているが、悪目立ちしない。 ・自分のスタンスを崩すことは絶対ない、迎合しない、媚びたりしない。 でも、ちっとも浮かない。 ・リーダーではないが、何かあったら頼られる。 ・大勢の中で目立とうとするわけではないのに、何となく人が集まってくる。 ・話術があり話に引き込まれる、でもこっちに興味を示してくれているのが 上っ面の言葉以外から見て取れる。彼は聞く気満々だ。いつでも。 「オレが話したってつまらないだろ?…誰がって、オレが。 だって、何にも得られないじゃないか!全部自分で知ってることなんだから。 そっちの話を聞かせてくれなきゃ」私もまさに同じことを思っていた。彼が気持ちよく喋ってくれるほどこっちはいろいろ持って帰れる、というわけで。本当は聞くほうが好きだ、というのはそういうことだ。話すのが嫌い、というわけではない。 だって人は基本的に、自分のことを喋りたいと思ってるから。聞く、というのは実は受身ではない。誤解を恐れずに言うならば、ちょっと利己的なことなのだ。といっても、相手による。何かを持って帰らせてくれる人に対してこそ、聞く側にも力が入る。 彼の話は面白い。遮るなんて、もったいない!私は彼の話を聞きたい、でも彼はうまいことこっちに話を振ってくる。でも私は彼に喋ってほしい。だってとにかく面白いから。そのちょっとせめぎ合い、みたいなのがまた楽しい。この人のバランスの良さは、自然に聞けることから来ている。そんな気がした。普通は歳を重ねるにつれて、行動がオトナになってくる。自分が喋りたいのをグッと抑えて、相手に話を振ることもできるようになってくる。たぶん、無意識のうちに。 (そうでない人もいる。気づかない人は一生気づかない)が、彼は数年前を思い起こして 「30過ぎた時、まさにあの時、気づいた」と言う。よっぽど、大きな出来事があったに違いない。どこで気づいたかというと、当時付き合っていた女性との関係の中で。数歳年上の彼女の手のひらで、いい感じに転がしてもらっていてまさにお釈迦様と孫悟空、みたいな感じだったという。「何ていうか、その頃ってさ、今で言うところのオレオレ系だった」別れてから、「あ、話を聞かないオレもひっくるめて付き合ってもらってたんだな」と気づいた。「オレってお子様?もしかしてヤバイ?」と気づいた。今の彼のバランスの良さに大きく貢献している、「聞く」チカラ。頼れるお兄様のひとりです。
April 18, 2004
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TOWER RECORDの、この秀逸なコピーに全く違わない生活をしている。とはいっても、別に特定のジャンルに詳しいわけでもなく流行っているアーティストを網羅しているわけでもない。 (神戸を離れて何がつらいって、FM802を聴けなくなったこと! おかげで本当に疎くなってしまった)つまり、その言葉どおり、ずっと音楽をかけっぱなしということだ。 (ただし、それは家の中だけ。 ヘッドホンをつけて歩くと、ぼんやりしてる私は即行ではねられることだろう)家に帰ると、とりあえず音楽をかける。何をかけるべきか?CDとMDをとっかえひっかえして考える。ちょうどいい曲が見つからず、困ることもある。「こんな気分だから、これを聴きたい」ではなくて、 「これを聴いてしっくりくるってことは、今はこういう気分なんだろう」という具合に、音楽から自分の状態を知ったりするのだ。たとえば、昨日までヘビーローテーションだったのに、今日同じ曲を聴いたら、うるさくて耐えられなかったりして…やたら弦楽器づいている1週間でも、二胡とかチェロのような深い音で落ち着くときもあるしバイオリンの華やかな音がぴったりくるときがある。 (そういうときは前向きなことが多い)1年に何度か、妙にCarpentersが聴きたくなることがある。 たいてい、「今」に疲れているときだ(笑)年末に行ったCrystal Kayのライブ。ちょうどそういう気分だったから良かった。リアル版「戦場のピアニスト」と言われるMAKSIMのライブも、寒さの深まる頃、11月の気分にぴったりだった。http://www.toshiba-emi.co.jp/maksim/profile/index_j.htm逆に、目的があってかける曲もある。大学受験のときはBON-JOVIとか聴いてたな…大音響で、目を覚ましたくて。普段は聴かないジャンルだけど。でもそろそろアップテンポの曲をかけたほうがいいらしい。時間に遅れそうなことに、今気づいた!こんなときにバラードなんか聴いていたら、本当に遅刻する。ヤバイヤバイ。今から行くのは、音のあふれる渋谷。MUSICじゃなくてNOISEですが。
April 17, 2004
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地位・肩書きが人をつくる、というのは、ある意味真実だ。「アイツが父親?!ありえねぇ!」みたいなことを言われる人であっても子供と一緒に育って、それらしい顔にしっかりなってたりする。昇格したら、その責任の重大さから、発言や行動に重みが出てくるようになり肩書きに相応する顔つきになることも、ままある。特に、初めて管理職になったときはそんな感じかも。前職の社内、クライアントでひしひしと感じたことだ。 (それも、良きにつけ悪しきにつけ。 それ以上昇格していくときには…大きくなるのは態度だけ、 重くなるのはフットワークだけ、みたいな人もいる)しかし、逆もありだ。つまり、肩書きを創り出してしまうということ。日本で唯一の「夜景評論家」という人がいる。(検索したら一発で出ます)ホテル、レストランなどのコンサルティングはもちろん、著書も数多い。 ちなみに…サイボーグのようなナイスバディの某姉妹。 姉の肩書きは「ライフスタイルコンサルタント」。 誰が?何を?どんなふうに?やっぱり朝食はステーキと赤ワイン? 5W1Hが気になるコンサルティングだ(笑)いつだったか、彼の一日を追うテレビ番組を見た。「夜景学」なるものを確立したという人ならではの行動。様々な場所を舞台に、数値を出し、緻密に、テキパキと指示を出していく。感覚レベルではない。どの時間にどの角度でどうすれば最もいい時間を過ごせるのか。 言ったもん勝ち。仕事内容は、自分で創っていけば良し。他にいないのだから、比較対象になるモデルもなし。もうここまできたら、文句を言うヤツもなし。 私にも、他にない唯一の肩書きをつけられたらいいだろうなぁ。このシチュエーションに緻密な計算があるのかないのか、私は、そんなことは考えもしないで素敵な夜景だなぁ、と新宿の高層ビルから見下ろしていた。ちらっと「評論家」がアタマをよぎる。それが水曜のことだ。ところが、その夜景の記憶がぼやけてしまうほどバスタブで2時間ふやけていたのがその日の顛末。とかく、ドラマのようにはいかない日常である。
April 16, 2004
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妙なアンケートの依頼を受ける。■それぞれ、ピンと来たものを選んで下さい。 Q1:貫禄ある雄ライオン、といえば? ・マナン ・ルセリ ・ガンダン ・ニーチャ Q2:ミニカー、といえば? ・ザーガ ・ポピン ・ノーマ ・シーキ Q3:人形劇のキャラクター、かわいい少女、といえば? ・キルーカ ・チュルチュ ・ザッガー ・ボラボ …何じゃこりゃ。 言っちゃ何だけど、アニメのキャラクターにしたって、いまいちセンスがない。いたってマジメに話している依頼主は、穏やかなおじさま。「感性」を研究している企業の重役である。別に、この企業でアニメを作るわけではない。言葉の響きが想起させるイメージの研究、その検証用のアンケートであった。「…あなたはどれだと思いましたか?」と聞かれる。全6問。私の回答は、彼の想定とほぼ同じだったらしい。たとえば、髪質を表すとき。 「さらさら:SARASARA」 S⇒K に変えたら? 「からから:KARAKARA」 パサついてそうだ。 K⇒T では? 「たらたら:TARATARA」 何だかアブラっ気が…うぅ、触りたくない。という具合に、音が与えるイメージはものすごく大きい。みんな、無意識のうちにわかっていることだが、解明されていないことだらけ。が、実際問題、モノの売れ行きに大きく関わっている。モノの特徴、押し出したいイメージ、価格帯、ターゲット層。これらと合致しないネーミングでもって、失敗している商品は数多い。クルマ、雑誌、お菓子、化粧品…日々新しい商品が発売され、淘汰されていく。私は右脳全開の人間だ。感覚値だけでモノを言うならまかせて!(ちっとも自慢にならないけど)で、動きの激しい女性誌なんかでいくと、新創刊のネーミングと表紙を見て「コレは、ないな」と思ったものは大抵そのうち消えてしまう。私の感覚値も、科学的に解明してください。あ、解明されたらつまらないか。「そう言うことはわかってたよ。君の言動にはこんな法則があってね…」なんて言われたらたまらない。
April 15, 2004
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推奨:「37℃くらいで、1時間」 「美容にいいから、…」 「健康にいいから、…」と言われても、私は半身浴に耐えられない。短気だから。何もしないで1時間もボーっとできない。 「バスルームに本を持ち込んで…」とan-anで勧められても、私は半身浴に耐えられない。近視だから。メガネやコンタクトがない中で読書はきつい。第一、37℃なんてぬるいお湯につかってられない!私はいつも42℃で沸かす。そんな私が、半身浴を決行できてしまうのは…ワインをしこたま飲んだとき。バスタブで眠りの淵に沈みこみ、見事生還したときには、あら不思議!「37℃くらいで、1~2時間」は余裕。死ななかった代わりに、お肌しっとり。・・・・・どうなの、これ。
April 14, 2004
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完全にカフェインホリックである。会社のPCの横にはいつもブラックコーヒー。家で仕事している今は、カプチーノ。会社では、カップが軽くなれば注ぎ足しに行く。湯水のように?コーヒーを消費し、自分でせっせと沸かし直す。当番制でも何でもないのに、コーヒーメーカーの番人のようだ。もはや、ちょっとコーヒー飲んだくらいじゃ目が覚めるはずもない。今なんて、眠気が襲ってきたから気分転換に日記を書いているくらいなもんで…ところで。コーヒーと紅茶、同じように嗜好品なのに、飲むシーンが微妙に違う。時間の流れがちょっとだけ違う。「もっぱら紅茶派。コーヒーは苦手」という女性には共通するものがある。…ような気がする。確かにスタバにも紅茶はある。だけど、あの紙のカップに入れて蓋をして、飲みながらオフィスへ…っていうシーンに紅茶は少々似合わないように思う。ドトールに時々ある立ち飲みスペース。あそこで紅茶は…やっぱりちょっと違うなぁ。リプトンのイエローラベルにしたって、本当はカップの中でバサバサ振ってはいけないのだ。苦くなる。本当に美味しく紅茶を飲みたいなら、待つ時間を楽しめた方がよい。ちゃんとしたカフェに行けば、紅茶はポットでサーブされるもの。2~3杯飲める、ということは2~3杯をゆっくり頂くことが前提というわけで。リーフで入れるときの量り方だって「自分に一杯、ポットのために一杯」というくらいだ。せかせかしてたら、やってられない。 Q1.仕事の打ち合わせで、テーブルの上にあるのは⇒ Q2.睡眠不足、タバコの吸殻山積み、そんなシーンの横には⇒ 定番回答 A1・2. ブラックコーヒー(ストレートティーではない) Q3.日曜の昼下がり、時間を気にせず読書をする人の傍らにある飲み物⇒ Q4.ちょっとしっとりした美人が好みそうな飲み物(あくまでイメージ)⇒ どっちかといえば A3・4. 紅茶(ポットが尚良し)実際、「コーヒーは苦手。紅茶が好き」だという女性はみんなゆったりしている人が多い。(私が出会った限りでは)うちの社長秘書とか。(美人!そしてとにかく若く見える)コーヒー中毒の私が紅茶を飲みたくなるのは、(無理してでも)気分に余裕を持ちたい時だ。もちろんリーフから入れる。たまにはしっとりしたいのだろうか(笑) あ、でもカプチーノは例外? スタバで出されるのを飲むんじゃなくて、自分で作る時間と手間が好き。 コーヒーをお店で挽いてもらったり、ミルク泡立てたり… そのひと手間で美味しく感じる。と、書いていたらやっと目が覚めてきたので仕事しようと思います。
April 13, 2004
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上へ上へ…高く伸びていくことはあっても色合いはいまいち変わり映えのない東京。が、なぜか言葉だけは季節感があふれているような気がする。金属的で、グレーで、コンクリートで、アスファルト… (地元岡山と比べると、やっぱりちょっとだけこんなふうに感じるのです)そんな風景の隙間にちょっとでも何かを感じるとつい人に伝えたくなるのだろうか?社会人になってからというもの、(特にここ最近?)携帯メールにさえも「季語」みたいな言葉を見ることが増えた。季節の変わり目だから尚更かもしれないけど。今日来たメールは 「通勤電車の窓から春の兆しを探すのが楽しみ」 「初夏の雰囲気漂う1日だったねぇ」 「パリでは雹(ひょう)が降ってたよ」 …これは東京じゃないな(笑) 転職が決まり、次の職場に移る前にヨーロッパを満喫してきた友達の言葉。みんな別の人からだけど、なぜか季語が満載だ。職場でも、外へお昼を食べに行ってきた人が 「新緑がまぶしすぎて!!(会社に戻りたくなかった…)」と、半ば叫んでいた。私の職場はいかにもなオフィス街に程近いが、そういうところこそしっかり植樹している。一見すると会社と家の往復、好きなようには出かけていけない立場。 (日々の仕事内容はちがうけど)だからこそ、変化を外に見出して、バランスを保っているのかもしれない。 私が学生の時には、季節をこんなに感じたことはなかった。…ビジネスマンの、季語メールのお話。
April 12, 2004
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暖かくなってきたこの時期は、特有の空気感がある。特に夕暮れ。民家の塀の横を通ると、夕食の支度のにおい。(焼き魚とか、カレーとか)小学校の近くを通ると、たき火のにおい。日曜日で校庭に人がいないのに、それでもたき火が浮かんでくるのは私の記憶の中で小学校とたき火が結び付いているから?五感の中で、いちばん理性的でなくてその人の思い出とか記憶と強烈に結びついているのが嗅覚だ。(視覚にしても味覚にしても、思考と志向と嗜好のフィルターを通ったものしか感じないようにできている)「においのデジャヴュ」は年中ある。雨上がりのアスファルトからは、なぜか学校の廊下がアタマに浮かんでくる。うっそうとして涼しい木陰からは、夏休みのにおい。じりじり照りつける太陽と、息が詰まるほど湿っぽい空気からは、京都の夏のにおい。いろいろ出てくるけど、アタマにフラッシュしてくるのは、どっちかというと小学校時代のことが多い。具体的なエピソードはあんまり思い出せないのに。いろんなものに免疫がなくて、真っ白な感覚にどんどん焼き付けられた、あの頃。
April 11, 2004
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一度にこんなに大勢の「先生」と会ったのは、いつのことだったっけ。大学の時には教授が複数一緒にいるのを見たことがないし高校以来だろうか。最近会うようになった人の一人に、小学校の先生がいる。私の行動半径とか生活パターンでは、せいぜい道ですれ違うことくらいしかない職業の人だ。(世の中にはこれだけたくさん学校があるのに、全くといっていいほど話す機会がない。いろんな人に会っているようでいて、その実、同質な輪の中でしか回っていないことに気づく)今日はその人主催のパーティ、というか飲み会に。引越し予定の人がいて、荷物を運び出しガラガラになったマンション。カフェみたいに薄暗くして、キャンドルのほのかな光の中でごった返す、30人以上の人。 私はたまに、何というか「異業種交流会」みたいなところへ顔を出すことがある。 いろんな人がいて、新しい出会いがあって、楽しくて、そして疲れる。 家に帰るとぐったりする。 面識のない人と話すのは、刺激でありストレスでもある。 それが、前職を辞めたくなった一つの理由でもある。でも今日の会は、ちっとも疲れなかった。ギラギラしてないの、みんな。ガツガツしてない。ずいぶん遅れて行ったのに、すっと馴染めたし温かい人ばかり。今日だけで4人の「先生」と話をしたが、気負わなくて済んでとても居心地が良い。何でだろう?ひとつ思ったことは…「おカネを儲ける」ということとは違う尺度で結果を出す仕事、をしているということ。悩みの根っこは変わらないはずなんだけど、どこかが違う。それは、「稼ぐ」ということへの考え方。先生の悩みは、私よりよっぽど繊細で深い。そりゃそうだ。未来ある子供を預かっているのだから。「今月はダメだった、でも来月頑張って挽回するぞ!」と、営業マンみたいにはいかない。その子供のその時間は、今この瞬間だけだから。責任が重過ぎて、考えただけで私はクラクラしてしまう。でもこうして話し、一緒に飲んだりすると当たり前ながら「先生も人間だったんだよね~」と思う。子供の時には、畏敬の対象だったり、バカにしたり、憧れたり、からかったりでどうも違う感覚だったような気がする。私が不器用だったせいもあるけど…
April 10, 2004
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デザートを注文する ⇔ やめとくもう1杯飲む ⇔ 「お茶頂けますか?」時間をチェックする ⇔ 気にしない、と決める時計を確認するなら、 あからさまに取り出して見る ⇔ 陰で見る走り出す ⇔ 走るのをやめる「もう1軒行く?」 YES ⇔ NO終電に乗れた安堵感 ⇔ タクシーに乗る覚悟今日も、いろんな人のいろんな思惑を乗せて、タクシーは走る。山手線はぐるぐる回る。
April 9, 2004
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何事も中庸が良い、と言っていたのは誰だったか。孔子だったっけ。孟子?荀子?やっぱり孔子だった気がする。(間違ってたら教えてください☆)程々、ほどほどに。(もちろん、元々の意味はもっと深いんだろうけど)私の大好きなHPで、外食コンサルタントの方が書いています。 声と笑いと香水は、適量こそが肝要。料理、お酒、インテリア、自分、相手、会話…全部がなじんで一つの風景に溶け込む。料理がなくなれば、会話を楽しむ。会話を肴に、ワインを楽しむ。声を上げずに、意思表示する。空気を読んで、次のサービスがやってくる。空気に鍛えられ、お客としてランクアップする。ランクアップしたお客を、より高いサービスが迎えてくれる。ハイレベルな「程々」を保つ、って難しい。「適量」を知る人になりたい。
April 8, 2004
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半分は心に響いて、ジンときた。半分はアタマでしか理解できなかった。タイトルは何だか硬い社会派映画みたいだけどあったかいコメディ、「グッバイ、レーニン!」ひさびさに楽しめた映画。 統一前の東ドイツ。愛する夫が西側に亡命してから、精神のバランスを崩して しまった女性。体調を取り戻してからは愛国主義を強めていく。 ところが、反体制運動に加わっている息子を見て、心臓発作に倒れ8ヵ月昏睡状態に。 その間にドイツは統一され、自由主義で国は激しく変化していた。 やっと目を覚ますものの、「少しでもショックを与えたら今度こそ命はない」と告げられる息子。 「こんな状態の社会を見たら、もう一度発作を起こしてしまう!」と考えて、 何もかも以前の状態を装おうと奮闘するのだ。 もはや売っていない東ドイツ時代のピクルスの瓶を探しまわり、 テレビを見たいという母のために、架空のニュース番組を撮影し…で、何が半々だったかというと。絶対にママを死なせない!と、虚構の歴史のシナリオを創ってまで頑張るところが涙ぐましく、ジンときた。小ワザ満載、笑いも誘ってくれます。アタマでしか理解できなかったのは、東ドイツや共産主義体制が壊れることの重さ、社会の仕組み自体が180度変化する、地面からひっくり返ることの大きさ。太平洋戦争が終わって民主主義の突風が吹き込んできたときの話を聞いているのと同じ。アタマで理解はできるが、ショックの大きさは、身体ではピンとこない。それはさておいて、とっても楽しめる映画でした。難があるとすれば、「アメリ」と同じ曲を使っているシーンがあったこと。薄曇り、石畳のヨーロッパを表現するには確かに合っているんだけどちょっとやめて欲しかったな…(「アメリ」は、女性には本気でお勧め!)
April 7, 2004
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荒木経惟の本を読む。言わずと知れた写真家だけれど、これは写真集ではなくて彼がこれまで雑誌の取材などで語ってきた話をまとめたもの。アラーキーといえば、けっこうどぎつい表現をする人らしい、というイメージしかなかった。でも読み進めるうちに、この人が天才と言われ、自らもそう名乗っていることが何となくわかる気がした。確かに相当すっ飛んでいる人だけど、「いわゆる優しさ」でない「優しさ」がある。うまく表現できないけど。「東京って街は、日付を入れるとすごくいいって感じがするよ」「究極のヌードはその人の顔」…裸を撮り続けていると、いつの間にか顔を撮っているのだという。小学生くらいの女の子が目にいっぱい涙を溜めてうつむき気味な写真。視線はこっちを向いていないのに、私に向かって何かを訴えかけてくる。この人の写真のすごいのは、美人かそうでないか、スタイルがいいか悪いか、そんなことは関係なく、被写体の中から何かを引っ張り出してくるところなのだろう。「ともかく素直に相手と関わってみることだ…そうすると自分自身が気づいていなかった自分を発見できるんだよ」「脚の線にメロディがあるのがいい」 …??こればっかりは、女の私にはピンとこない(笑)
April 6, 2004
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「ユリは、血液型なに?」 日曜の夜、突然来たメール。「なに?突然。大ざっぱで適当なO型だよ、見ての通りでしょ(笑)」「今、『あるある』見ててさ。B型って、周りを見なくてA型とかO型に迷惑掛けてイライラさせるんだって…O型はいいよね、大目に見てもらえるんだって、うらやましい」一緒に結婚式に行った友達からだった。いつも相当マイペースな子で、その日にとうとう切れた先輩がちょっときついことを言ったのだった。珍しくへこんでいる彼女。さっそくテレビをつけてみると、「あるある大事典」の「血液型スペシャル」。またまた、適当なこと言ってるよ。O型なんて日本人の30%もいるんだから。そんなことで決め付けられても、たまったもんじゃない。なーんて思っていると、別に「占い」というわけではなく脳の構造、使い方から診断したものらしい。(それだって、信憑性の程はわからないけど)幼稚園児を血液型別に分けて部屋に入れ、「この箱、絶対に開けちゃダメよ」と言い聞かせて先生が出て行く。すると…B型は、あっという間に箱のことなど忘れて他の遊びを始めた。O型は、気になりつつも開けなかった。「は~い!!」と元気良く返事をし、先生が部屋を出ると入り口あたりを確認し人がいないと見るや、即座に箱を開けたのは…やっぱりAB型。同じ物事を見ても、使っている脳が少しずつ違うのだという。O型は、後頭葉とあと一つ名前は忘れたけれど「現実」「目の前の事象」を把握する部分をよく使うらしい。「今、この時をどうにかする」のが先。過去・未来を認識するのはその次。結果的に、整理整頓がそれほど得意でなく、大ざっぱで適当。大勢で話をしている時には、場を収める役割になることが多い。迷惑を掛けること、イライラさせることを血液型のせいにしている件の彼女、これがまたある意味B型らしくて笑える。月曜の会社では、あっちこっちで血液型の話題が聞こえてきた。実にその場の半数近くが番組をチェックしていたのだ。全国紙5紙の全面広告や、山手線ジャック、渋谷の街頭ビジョンでの一斉CM…どんな媒体広告も、販促ツールも、結局みのもんたと堺正章にはかなわないのである。
April 5, 2004
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確かに桜は美しい。この時期ほど、日本人に生まれてよかったと思うことはない。しかし先人はよく言ったもので、「花より××」のDNAは、日本人にしっかり組み込まれている。今日の××は、「握り」。「飛鳥山公園の桜を愛でながら、寿司職人に握ってもらおう!」という企画。あいにくの天気で中止になったお花見だったけど、築地で仕入れてもらったネタが無駄になってしまう、ということで、ある方の豪華マンションに職人さんを呼んでホームパーティ形式になった。そして、××に惹かれてやってきたのは40名!いくらこのマンションが広いとはいえ、冗談抜きですし詰め状態である。だって、どっしりした木のテーブルの上に鎮座しているのは「ホシザキ」(業務用冷蔵庫、といえば…)の冷蔵ケース。この職人さんは、何と自前でこの業務用ネタクーラーを持っておりそれを個人宅に運び込んだのだ。お店のカウンターと何ら変わりはない。そりゃ狭くなるはずだ。30cmはある大きな葉っぱの上に、握られたお寿司が出されていく。ここが原宿の個人宅だなんて!半ば呆れながらも、出された握りの美味しさに「日本人に生まれてよかった」と思う。元々のテーマなどすっかり忘れ、みんな夢中で注文する。雨が降ろうと、花が散ろうと、さして変わりのない参加率。まさに「花より××」だ。それにしても、握っている職人さんは私と同い年。寿司の良さを、もっと広く伝えていきたいと考え、このような「課外活動」をやっているのだ。普段の私服姿を知っているので、職人としての違う一面を見て一層驚いた。無駄のない動きは美しい。彼が伝えたいのは、寿司という「文化」なのだという。私が持ってきたのは、頂き物の「浪花正宗」。金色の箱に収められた、杜氏の名前入りの逸品だ。飲む機会をずっと窺っていたのだが、今日こそ出番だった。舌がとろけそうなお寿司と、美味しい日本酒、文化に舌鼓を打った、雨の日曜日。桜の花は忘却の彼方へ…
April 4, 2004
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「終日エスコートされる必要あり」という妙な日本語の書かれたパスをもらって、基地に入る。意外にスムーズ。横須賀市民よりも、基地内の人々の方が桜に親しんでいるかもしれない。目に留まったのは、満開の木々。ピンクの桜並木と、グレーの軍用船。`U.S.NAVY`ナンバーの移動デンタルクリニック、PIZZA販売カーも走っている。マクドナルドでは、およそ食べ物には見えないようなデザート(?)のポスターが…暖かい日差しとさわやかな海風で、そんな風景も違和感なく受け入れてしまう。何を見ても何を聞いても嬉しくなってしまうような、こんなにいい天気の下だから真っ白なウエディングドレスがいっそう映えた。六本木のバーで出逢った、という花婿は意外にもNAVYというより学校の先生のような顔立ちで、シャイで優しそうな人だった。「貧しい時にも病の時にも…」と続き、(もちろん英語だけど)花婿の友人が胸ポケットからゴソゴソと指輪の箱を取り出す。花嫁が、誓いのキスで照れて顔をちょっとそむけたもんだから「写真撮影用にもう一回!」と神父さんが笑う。「えー、恥ずかしいよ~」とばかりにこっちを見て顔をしかめてみせる、いつものまんまの彼女。振り袖、サリー、紋付き、NAVYの制服、桜の木にとまったいっぱいの鳩、いろんな人たちに祝福されて式が終わる。披露パーティーで、座席を示すのは透明なボトルだった。下に細長いくぼみがあって、そのなかに`Ms. Yuri....`と書かれたカードが入ってコルクで栓がしてある。何かと思えば、中身は焼酎!引き出物のひとつだけど、あんまり綺麗なのでしばらく飲めそうにない。万事仕切っているのはやっぱり花嫁のほうで、ドレスだというのにやけに機敏に動き回っている。今日くらいはコロナのラッパ飲みはやめなよ、と私たちはくすくす笑う。ステーキのサイズといい、取り分けられたウエディングケーキの甘さといい…サーブするのは日本人でも、やっぱりここはアメリカだった。残念なのは、急な出港が決まったとかで花婿側の席が空き気味だったこと。いたって平和な暖かい春の日に、それでもここは基地だった。桜の花粉には、覚醒作用があるのだとか。ちょっとだけ二日酔いを引きずり、睡眠不足だった身体にシャンパンと白ワインをさらに上塗りして、HAPPYな二人を見て、今年いちばんの天気と、満開の桜が働きかけどうしようもなく気分が昂揚した一日。
April 3, 2004
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転職してから気づいたことはいくつもある。良かったこと、意外な自分、がっかりな場面、幸せな瞬間。癖が増えていたこともその一つ。今日も、首の後ろに手が伸びかけてふと気づく。あ、またやってる。ということは、今は袋小路に入ってるんやな。アイデアに行き詰ったり、複数の案件が同時にややこしいことになったり眠い時間にスケジュールを組もうとして訳がわからなくなったりそんな時には、片手が首の後ろの髪を触ったり引っ張ったりしているのだ。 そのせいか、その部分だけ髪がゴワゴワになってきたような。 美容院では、「何だかここだけ髪が少ない気がする」などと言われてしまった。 「そのゴワゴワを切っちゃって下さい!」と勢いで言ってしまったので 「そうね、春だしね。この際、全体をちょっと短くする?」 「…そうします!!」 せっかく肩まで伸びた髪を、切ってしまった。そして後悔する。相変わらず煮詰まったまま、髪を触り続ける。こういう時、煙草吸ったらすっきりするのかな?吸ったことないからわからないけど。そして、デスクの上で髪を触るのをやめた手は甘い物の方向へ伸びていく。
April 2, 2004
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私が今年初めて見た桜は、去年の桜だった。 もうそろそろ散りそうだけど…今年は、例年になく何度も桜を見た。 というか、毎日通過している中央線沿いで、目に飛び込んできた。 満員電車に揺られて(…本気で揺さぶられる。朝の中央線の運転は相当激しい) 眺めるいつもの景色に、突如現れた桜並木。 実は桜なんですよね、あなた知らなかったでしょ? とばかりに咲き誇る満開の花を見て、驚いたものだ。 八重洲のオフィス街にも、立ち並ぶ雑居ビルの隙間にも… こっちもあっちも、桜だったのね。今年の1月、うちの近所の日本茶カフェで(茶房、のほうが正しいかも?)抹茶を注文した時のこと。煎茶なら、さし湯を持ってきてくれるのだが、抹茶ではそうはいかない。美味しかったけど、濃厚だし口に残ったかもなぁ、なんて思っていると、お店の主人がさりげなく別のお茶碗を出した。渋い色の器に浮いているのは、桜の花びら。「お口直しに、桜湯をどうぞ」初めてだった。甘いとか塩辛いとか、いわゆる「五味」で表現できない、鼻に抜ける香り。ほんとうに、「春」の味。八重桜の花びらを塩漬けにしたものだという。視覚以外の感覚で春を感じた、今年最初の日でした。
April 1, 2004
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