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言うべきことを言い、ある程度予想したとおりの展開をきちんと踏んで、すっきりした気持ちで一日を終えかけた。いや、まだ今日は終わっていないのだ。恵比寿の街を歩き回り、ある程度予想したとおりに道に迷い、胸に何かつかえたような、消化不良な気持ちで目的地を探した。あ、あれか!走り出してみる。…やっぱり違う。ある意味これも予想通り。私の体内コンパスは驚くほど機能が薄い。方向感覚に自信がない、ということには自信があるのだ。 見つからない~なんで~どうして~? こないだ行ったばかりなのに…とグルグル回っているうちに、だんだん目的地のことはどうでも良くなってきた。そう、行き先はどこだっていいのである。それはあくまで時間を構成する大道具、小道具に過ぎないのだから。・・・最近、自分の中にある「ザル」の目が粗くなってきたような気がする。だから、瑣末なことは瑣末ななりに流していく。でも、ザルにところどころ空いていた穴は塞がれてきた。だから、「ものすごく大事な何か」の取りこぼしは減った。大雑把な性格に変わりはない。大切なことには、大切な分だけ時間を割こうと考え始めただけのこと。 (そう、だからさっきは目的地にこだわりたくなった。 大切なことに照準を合わせたら、それはどうでも良くなった)・・・胸のつかえは、またまた赤ワインと一緒に飲み干した。あぁ、すっきり。他の道具が張りぼてでも、ダンボールでもいいけれどこれだけは中身がなくっちゃいけないのだ。ってか、飲みすぎである。
September 28, 2004
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およそ、アーティストと言われる人たちというのは、やはりぶっとんだところがあるものだ。そう、何かリアルに目に見えるモノを作り出す人たちは特に。何しろ、「自分」「自分の感じ方」「言葉」「想い」が売り物なのだから。自分が大好き!そりゃ当然。好きじゃなきゃ売れないよ。自己否定的な内容で何かを世に出しているとしても、「自分を否定している、自分が嫌い」 そんな自分が好きなのだ。・・・この人の作り出す作品を実際に見たり、メディアを通して触れたりしていたが実際本人に会ってみたらどうかというと、まさに上記の通りの人間であった。部屋のなかは全くもってマニアック。偏愛主義で満ちた生活を体現したような…方向性がかわいらしいのがせめてもの救いであった。 (もちろん、私にとって、ということだ。 彼からしてみれば「せめてもの」なんて言葉、失礼極まりないだろう)数時間いるだけでおなかいっぱい。胸もいっぱい。何かにのめりこめない私からしてみれば、こんなに「自分の世界」を押し出した部屋って想像できない、私には創造できない。 彼はカリカリと仕事をしている。目がチカチカするような色、大量で雑多なモノが溢れかえる部屋。しかし全ての構造物が同じ方向を向いていることがわかる。この部屋にあるモノはもちろん、今この部屋にいる私ですら彼の世界を構成するひとつの道具なのだった。部屋のなかで呆然とする私の言葉に彼が返してくるのは、彼主演の舞台を彩る台詞。さぁ、そろそろ息苦しくなってきた。私のカラータイマーは、モノの大群に負けず劣らず赤く点滅している。熱帯魚を眺めるのはいいが、水槽の中では生きられない。酸素がほしくて、部屋を出た。ニュートラルな空気を吸って、私はまたタダの「何かにのめりこめない」人に戻った。
September 26, 2004
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胸が苦しくなった。何だかつらくなった。だから、目を逸らした。それでも足りなかった。空気が悪かったから。だから、この場を離れようと言った。離れてみたが、やっぱり空気はまずかった。この街、この時間、ここに行き交う人たちの顔つきが好きじゃなかったから。伏せ目がちなままで、とにかく脱出を試みた。・・・この街の象徴である高い高いタワーを見上げ、腰を下ろして息をついた。濁った空気は、高層ビルと広場の間で薄まっていたような気がした。あぁ、こんな感覚が前にもあった。ずっとずっと前、シンガポールの無機質な都会の隙間、運河のほとりで感じたのと少しだけ似てる。その感覚を説明しようとした。出来は60点。・・・見たくないモノから目を逸らす癖がある。正視できない、したくない、なかったことにして欲しい、と。卑近な例で言うならば、ホラーやバイオレンス映画。電車の中で理不尽に子供を叱り飛ばしたり頭をはたいたりしているのを見ると、別の車両に移りたくなる。現実、そういう家庭は掃いて捨てるほどあるわけだ。しかし目を逸らしたくなる。なかったことにして欲しい、と。じゃあ今日は何から目を逸らしたのか、といえば…ケージに入ったペットであった。繁華街のど真ん中にあるショップ。薄い空気を奪い合いするかのように吠える子犬。「特価!」などと書かれたPOPの奥で鳴いている。泣いている?こないだ恵比寿で見た、好きに走り回っている飼い犬やお台場のショップで見た、家族連れに愛想良くしっぽを振る子犬。あまりにも目の色や鳴き声が違いすぎて、ギャップで胸が苦しくなった。その感覚を説明しようとした。出来は40点。
September 25, 2004
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最近妙に顔出し頻度が高いこのお店。やっと来たおば(あ)ちゃんのポリシーに則って粛々と注文をする。そう、おばちゃんの静かな圧力には逆らえない。 「そんなとこにしときなさい」 「…はい」終了。鮨屋の頑固なオヤジさん張りである。ところが、やって来た料理は何だか注文と違うではないか。あれだけ圧力を加えておきながら(笑) …なんか、ちがうな。 うん。ちょっと離れた個室、というかまぁ普通の民家の納戸のような部屋だ。どうやって呼ぶのだ。声を張り上げるのか。まさか、こんな古い店に呼び出しブザーとかベルとかないよねぇ。 そりゃそうだね。 …あった!!!うそっ!果たして、ベルはなるのか。半ば息を飲んで壁のスイッチを押してみる。 ピカッ☆は?なに?こんなところに、壁の真ん中に、裸電球。まるでエジソンが発明したときのような代物が燦然と輝いた。照明ではない。ほんとうに、呼び出し用の灯りなのだ。おなかを抱えて笑い転げた。誰か気づいて!この灯りに!そのあとやってきたバイトのお姉ちゃんは、私たちなどいないが如くにこの小部屋で目薬を点して(そうそう、お客さんの前では点せないからね)また仕事に戻っていった。もう、ずっと前に通り過ぎていった頃の心持ちでクスクスと、やがてケラケラと笑い出した。箸が転げてもおかしかった頃の心持ちで。笑いガスが充満した、まるで民家の納戸のような部屋にて。スイッチが入った。もう止められない。
September 23, 2004
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ずらっと顔を並べたメンツ。ある人をハブにしてゆるやか~につながっている。今日は、後輩の退職&転職祝い。この先輩の、失恋励まし会。この同期の、異動したけど飛ばされなくて良かったね会。あの先輩の離婚正式成立&マンション売却完了おめでとう会。・・・そういえば、あの先輩が退職する、まさに最終出社日、彼が会社を出ようとするその時。追っかけていって捕まえて言った。 私も転職したいんです。それからのめまぐるしい時間の始まりだった。 そういえば、ろくに話したこともなかった人だった。と、あとで気付く。その時は、足が勝手に彼に向いちゃってたんだなぁ。2ヵ月後、私は転職を決め、上司に告げた。・・・退職日が迫る、ある日のお昼。ランチを一緒に、と言ってきた後輩はテーブルに着くなり言った。 私も転職したいんです。それから1年、電話をかけてきた後輩に相談されたのは円満な退職日の決め方について。 あの日からですよ~真剣に転職考え始めたのは。そうなんだ。私と同じだったんやね。何だか感慨深い。こうして、ぐるぐると回っていき、つながっていく。あの時以来、じわじわと広がっていったように見えた世界。それを見るにつけ、実はその世界が意外と狭いことにも気付き始めた。広がったのではなかった。それまでは、いろんな人同士のつながりが透明で自分の目には映っていなかっただけ。それに色がついて見え始めただけなのだった。あの先輩のおかげで今の自分があるわけだ。早く「何者か」になって、もらったものを返していきたいなぁなどと想う。何かに生かされている、活かされている、とも想う。
September 22, 2004
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いかにも休日!な一日。何がって、 澄んだ青空、爽やかな空気、明るい太陽。とかくベタベタした東京、そして今年の猛暑ではしばらく望むべくもなかった心地よさ。あともちろん欠かせないのが…シュワシュワしたワイン♪・・・恵比寿ガーデンプレイスが10周年を迎えたらしい。その記念イベント`TOKYO BOSSA NOVA`へ。元々好きな場所。だけど、東京のど真ん中に、こんなにも太陽の似合う場所があったんだと改めて驚くほどの別空間になっていた。そんな空間を見下ろしながら、都心の高層ビルを眺めながら、スパークリングワインを飲みながら、ビルの最上階でのんびりとランチを取る。ハーブが入ったグラスが、今の時間に似合いすぎだ。太陽が明るすぎて、そこへアルコールを流し込んだものだから、もう勝手に口元が緩んでいるのがわかる。ここで決意する。 今日だけは紫外線を気にするのをやめよう。で、階下へ下りて広場へ。既にリハーサル中だ。センター広場には、もうどうしようもないほど休日モードな空気が漂う。幸せそうな顔をした大人、駆け回る子供、飼い主にそっくりな犬たち。あ、やっぱり買ってこよう、とワインとビールを調達。ボサノヴァが演奏されている、のではなくて空気の流れにふわふわ乗ってきた、陽射しと一緒に降ってきたんだろう、きっと。何でだろうね、と話していて気づいたのが「ボサノヴァはおなかから力いっぱい声を出す音楽ではない」ということ。頑張ってます、という顔のシンガーなどめったにいない。歌っている本人がいかにも幸せそうにしているのがボサノヴァという音楽だよね。という結論になる。そういえば、学生時代に行った小野リサのライブでも同じことを感じていた。使い古された表現をするならば、肩に全く力が入っていない人。唇を開けば勝手にこぼれてきたような音を聴いて、すっかり幸せを分けてもらったような気分で帰った記憶がある。さて、今度は屋内での演奏。移動移動…と広場を出かけたその時に足が止まる。今にも生まれそうな大きなおなかでベンチにゆったりと腰掛けたその女性。小野リサその人だった!まとわりついている小さな男の子はきっと彼女の長男で、その子を抱き上げたのはきっと彼女の旦那さん。…って、さっきまで演奏していたグループのパーカッションの男性ではないですか!で、横に座っている老夫婦は彼女か旦那さんの両親。気づく人はもちろん気づいているが、押しかけて話しかける人はおらずそっと挨拶しに行って談笑するのみ。相変わらず微笑みと太陽の似合う人だ。彼女を見ていると、笑顔ってやっぱりにじみ出てくるものであって作るものじゃないなぁと思う。今度はグラススクエアで別のアーティストの演奏。高い天井。その名前にふさわしく、キラキラしたガラスと深い色の内装が美しい。ここも大好きな場所だ。会場となっている、吹き抜けの下のレストランで、ステージに椅子を向けてもらって演奏を聴きながら食事。結局昼からずっと何かしらワインを飲んでいた。贅沢っていうのは、「普段よりも高価な何か」からも得られるけれど「何かと何かを一緒にする、同時にある」ことから感じられるものなのだ。たとえば、今日みたいに高く広い眺望+野菜たっぷりのランチ+ハーブの入ったワイン、だったり澄んだ青空+爽やかな空気+明るい太陽+足にまとわりついてくる無邪気な犬 +素敵に流れてくるボサノヴァ+スパークリングワイン、だったり美味しい食事+高い天井+ギターとボーカルのアンサンブル+白ワイン、だったり。一つ一つのことにフォーカスすると、際立って珍しいものなど何もないのだ。たまに来るかもしれない大きな波を待っている人よりも小さな笑顔が多い人のほうが、きっと幸せに生きられる。
September 20, 2004
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いつの間にか、「ビュッフェ」とか「バイキング」とかいうものには惹かれなくなっていた。そう、完全にだ。たいがい、元を取れない。美味しく食べられない。しかし何となく貧乏性なのか、「行った以上はもうちょっと食べた方が…いや、でももう入らないし…」と葛藤を繰り返すことになるわけで。しかし、やっぱり元を取れない。お皿を見たくなくなる。うーん、でも夜にあれだけ美味しく食べさせてくれるレストランなのだ。きっと、きっとお昼だって素敵なはずだ。あの絶妙なピザとか、にこやかなスタッフとか。 何はともあれ、あなたとっても遅刻しましたね。 飲ませなきゃ、ウソだね♪そしてこの時間は、半ば飲み放題と化した。太陽にキラキラ照らされるシャンパンから目が離せなくなったから。振り返ってみれば、ビュッフェはやっぱり元を取れず。というわけで、女性が一度は通る道を通り抜けて (デザートビュッフェとか何とかかんとか)見事に(やっと?)完全な卒業を果たした。・・・デザートタイムは、壁一面が鏡となった席へ誘導される。ソファに身体を沈める。うーん、このソファも気持ちいいけど…陽の光で満ちた席が恋しい。外を見れば、テラス席は欧米人でいっぱい。何だかその気持ちがわかるようになってきた。ずーっと前にヨーロッパへ行った時は、道端にはみ出してまで(ストーブをつけてまで!)外の席に座りたがる人々を見て「ありえな~い!」と思っていたが。胃の欲求と舌の欲求、そして貧乏性、その葛藤はなくなった。その代わりに、陽の光を目一杯浴びたい気持ちと、紫外線との狭間で揺れる日々。120%UVカットの窓ガラスを下さい。
September 19, 2004
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バタバタ跳ねる、ご臨終寸前のお魚。うわっ、こういうのホントにダメなんだ。こっち見ないで。いや、食べられなくなるから!活きのいいのが大好きなくせに、生きているのは見たくない。なんて勝手なんだ!動かなくなったばかりのを持って来て欲しい、だなんて。インテリアとか、音楽とか、盛り付けとかそんなクッション的要素が全くないお店で、食べる人、食べられるものが面と向きあって、にらめっこになって、そして私は負けました。 こういう命をいっぱいもらって日々生きてるわけだ。 さようなら、そしてありがとう。と、半ば冗談、半ば真摯に思いながら頂きました。本気で食べなきゃダメですか。生まれてから一度も太陽を浴びることなく数ヶ月間卵だけを産み続けて、ある日突然しめられる鶏のこととか考えなきゃダメですか。人としては。
September 18, 2004
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ほぼ徹夜明け。ふらふらだ。週末の予定も断って早々に帰宅。駅に到着。 …のはずが、突然のメール。「おひさ~。今何してんの?会おうよ」 …彼女か。ということは、引き返さねばなるまい。昼夜逆転、不定期就業、私とは全く生活がずれているのだ。今日を逃したら、いつ会えるかわかったもんじゃない。大学時代の友達で、もっともパワフルな女。おそろしく鋭く(私もグサグサと突かれた)、人を見る目があり、自分に素直で、純粋に自分の好きなことを追っかけるままに、とっとと東京へ出て行ってしまった女だ。もう4年半も前のこと。 どこで会う?上野?!何言ってんの、遠すぎるって。 私、家に帰ってきたとこだったんだから。 あいだをとって銀座! …いや、全然「あいだ」じゃないから。改札を目の前にして、引き返した。銀座を目指して、まだ電車に乗り込む。・・・何だかやつれている。あのテンションはどこへ行ったのだろう。相応にオトナになったのか。 転職したいねん。どうやったらいいんかわからへんけど。好きでなければ(好きであっても)続かない、厳しい厳しい業界を人並み以上に愛していたために、この年齢まで突っ走ってきた女だ。何とかかんとか言って、ずっとこの業界に関わっていくのだろうと思っていた。が、そうは問屋が卸さない。彼女よりは、その彼氏に限界年齢が迫っていたのだった。今はかなり売れっ子の彼氏。でも、追ってくる後輩と、高いギャラが足を引っ張り始める。 5年後には彼氏に仕事が来なくなる。わかってんの。 この業界ってそういうもんだっていうこと、散々見てきたから。 …でも、私は結婚したいし子供も欲しい。 よちよち歩きの子供がいる頃に、旦那に仕事がなくなるなんかありえへん! だから、私が稼がなあかんねん。安定的に。わからないのだと言う。この4年半のこと、履歴書にどう書けばいいのか。何に使えるのか。そこで、はたと気付く。 私は、世間にどんな仕事が存在するのか知らない、と。浮世離れした世界で、珍しいものを見て、華やかな人たちに会ってきたが気付けばその業界以外の友達が極度に少ない。わからない、と。紹介業の知り合いに言われたのだと言う。 いや~悪いけど君のキャリアだと紹介できる仕事がないねぇ。って。それにしても、あの女がいつの間にこんなに弱気になったのか。びっくりするほどだ。…そういえば、彼女にはもう身寄りがないのだった。・・・一応、この手の相談は毎日のように受けていた身だ。言ってあげられる事は全部言おう。聞いてあげられる事は全部聞こう。このキャラを活かせるフィールドが絶対にあるはずなんだから。ひたすら聞いて、ひたすら話して、その日はタイムオーバーとなった。あれほど嫌だった前の仕事。でもこんな時くらい活かせないでどうする。この女がまたあのパワーを取り戻すまで、何をしてあげられるのだろう。
September 17, 2004
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袖振り合うも他生の縁、とはよく言ったもの。女4人で飲む、はずが…「スペシャルゲスト」として来た彼。体質的に全くダメなのだと言い、焼酎だのワインだのと盛り上がっている私たちを横目に、妙にかわいい飲み物を飲んでいる某イラストレーター氏。アルコールがなくても、普段からハイテンションだから平気なんだ、と。そうか、あの作品は、このテンションから生まれてくるのか、と妙に納得する私。ずっと前から、あなたの描いた絵も詩もいっぱい見てきたよ。一緒に飲んでるなんて、なんか?!?!すぎる。そして、気づく。東京に来てからというもの(というか特にこの1年で)そんなことへの驚き度や免疫がおそろしく下がっていることに。・・・袖振り合うも他生の縁、とはよく言ったもの。いろんな人との縁の不思議を想わされる1年だった。あの時、あの人に話しかけなかったら。そもそも、あの場所へ行っていなかったら。あのメルマガを読まなかったら。あの忘れ物をしなかったら。結果的に、その不思議のキーになっているのは私の行動だけれど私自身では予測もコントロールもできないのである。出会うべき人とは出会い、続くべき人とは続く。去る者は追わず、来る者は拒まず。私にとって「出会うべき人」だった人達、私にとって「続くべき人」だったあの友達。見方を変えれば、誰かにとって「出会うべき人」だった私。
September 15, 2004
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ドキドキ。直感、直観。笑い出しそうな口元。緩んだりシワを寄せたりと忙しい目元。ちょっとだけ後ろめたいような思い。もっともっといろんなことを楽しみたい気持ち。何やら明るそうな未来。いろいろ持って出かけていった。そしていつものように忘れ物をして、改札からあたふたと戻っていくわけだ。
September 14, 2004
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とかく夜景というものは、高いところから見下ろすもの、遠くを見渡すもの、どっちを向いてもどこがどこだか、さっぱりわからないけれど (それは私だけかもしれない)高さとスケールに絶句したり感動したり、というものである。しかし、この夜景はずいぶんと低く、ビル風でなく自然なそよ風が心地いい。お台場ってこういう楽しみ方もあるんだなぁ。ほけ~っと眺める。空気が大きくゆっくりと動いていく。なんだかキレイ。あぁぁ、このままぼんやりしていたい。焦点を定めないで。何かを凝視することなく。…というわけにもいかない。仕方ない、立ち上がりましょう。 ぶちっ。え。なに、何の音?まさか! …また?スカートをヒールで踏んで座っておりました。裾をまつった糸が切れました。珍しいことじゃない、何せ私のことだから。・・・頭に浮かぶ、クリーニング屋のおばあちゃんの、いつかの声。 んまぁぁ、このスリットどうしたの!あなた、自転車で立ち漕ぎしたでしょ。…いえ、自転車とか持ってないです。
September 12, 2004
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で、何にする?プレゼント。 う~ん。どうしよう。さっきから全く同じ会話を繰り返している。黄ばんだ紙が貼ってあるのを横目にしながら、壁に寄りかかる。そう、注意書きというよりはむしろ「書き付け」のような古い紙。 「倒れるおそれがあるので寄りかからないで下さい」壁じゃなくて、窓枠の手すりのことである。本当に古い。壁、テーブル、畳、全部古いのだから、逆に何一つ浮いていないし目にもつかない。こういうコンセプトの店だ、と言ってしまえばそのとおりで、 (もちろん単に古いだけなのだが)だからこそ、ティータイムど真ん中のPM3:00から私と妹はチューハイなんぞを飲んでいるわけだった。母はもうすぐ大台を迎える。大げさに言ってしまえば、半世紀を生きたことになる彼女。 へぇぇ、50歳だって!すごいわ。 うちらのおかんながら、全然そうは見えないよね。18歳までしか実家にいなかった自分は、最も話すネタが増えるであろうはずの時期に、妹と一緒に過ごしていない。そうだそうだ、サシで飲むのだって初めてだ。母の記念すべき誕生日をダシに設けた一席は、仕事、友達、家族、恋愛に至るまで詳細かつ雑多な放談会となった。緑豊かな公園を臨むお店で、何十年と使い込まれたようなちゃぶ台を前に、串をかじりながらのお喋りは数時間と続く。・・・大放談会の末に、母へのプレゼントは全く決まらず、そして妹の買い物に付き合わされるのだった。化粧品売り場で、妹は「素敵にチーク入れられてますね」とほめられる。アルコール分解酵素をほとんど持たずに生まれてきたらしい。飲んでることを白状した妹は、BAさんから飲んだ店の名前までも当てられてしまうのだった。最後まで、BAさんは私たちが姉妹であることに気付かない。 うちらってホントに似てないみたいね。 うん。やっぱりね。再確認したほろ酔いの午後だった。
September 11, 2004
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白い壁、海をイメージしたインテリア、水揚げされたばかりのように氷の上に並んだ鮮魚。 メニューを眺める。見事なほどに魚料理ばかり。肉々しいものは一切見当たらない。前菜代わりに出てきたのは、白身と一緒に並んでいる、不気味なほど赤い、むしろ紅い、赤身の魚。 「…これ、何ですか?」(う、気持ち悪いかもしれない) 「とりあえず召し上がってみて下さい」ウエイター氏はにやっと笑って私を見た。 「そこまで言われると食べられないですよ~ 教えて下さい!いや、ホントに」 「まぁまぁそう言わないで、召し上がったらわかりますから」彼は粘る。 うぇぇ。仕方ない。 …あ、うーん。割と平気。 「…で、これは何だったんですか?もう教えて下さいますよね?」ウエイター氏は白目がちで大きな目を見開きながら、大きな口を開いてにやっと笑う。 「サメの心臓です(笑)」 (絶句)…あなたの顔がサメっぽいよ。・・・今日こそはバスタブに沈むまいと決意しながらも、ワインはどんどん減っていく。 青い海の底でたくましく生きられるのは、 この紅い心臓があるからなんだなぁ。…全く飲みすぎだ。何だか訳の分からないことを考えてしまう。赤い紅い、その前菜。生命力溢れる味わいに、私の心臓もまた一回りたくましくなったのであった。肝臓ももう少し強くならないかな。六本木の外れで、金曜の夜は更けていった。
September 10, 2004
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欠点は、80年経っても直らないかもしれない。下手すると、死ぬまで無理かもしれない。でも、長所なら明日にでも伸ばせるよ。 1日のうち、8時間働くとする。食事や睡眠で8時間取るとする。…あとの8時間は、何してるの?自分のために使うべきだよ。 って言われたんだよね。20代半ばの頃に。 一緒にいろんな人たちに会っていきたいね。 (一緒に○○しよう、という響きの良さを知る。今さらながら) 何かを決断しなければいけない時、1週間悩んでいても実は3日以内に答えが出ている。オーリングテストは強ち間違ってないんだよね。結局、好きなことだと身体が離さないようになっている。害のあるモノを握ったら、指が開いてちゃんと離れる。 一度しかないから、楽しんだもの勝ち。 できないから悩むんじゃなくて、自分のことがわからないから悩むんだよ。とことん知ることができたら、悩みがかなり減る。人間は、無理だと内心で思ってるような選択肢をわざわざ残したりはしない。 ユリちゃんは、ユリちゃんの人生を歩いていかなきゃね。 「とんかつ茶漬け」なるモノを食べながら、最後に一致した意見。 受信アンテナと発信アンテナは、別物ではない。 だから当然同じ高さである。 発信する量と受信できる量は同じ。 ・・・もっともっと聞いたのに。記憶力悪いから、忘れちゃいそうだ。忘れないうちに書いておく。だから、覚え書き。ノリで話したことはあるけれど、ちょっとした約束でもある。だから、覚書。
September 6, 2004
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何だか幸せな気分で目覚めたこの日は、4度もお茶を飲む。それが全てコーヒー以外だったのだ。コーヒー中毒の私には極めて珍しい1日。お茶会へ。ゆったりしたい気分と、足が痺れすぎて恥ずかしい気持ちと、ごちゃごちゃ言ってられないくらいビリビリしたふくらはぎの間で飲み干したお茶。 茶花を入れたりして、簡素なのに奥深い日本文化と取っ組み合う。 ・・・お茶会にてお抹茶×2回カフェ砂漠な街では貴重なお店にて。間接照明の薄暗い中で、大好きな友達と近況報告しながらお茶を飲む。お茶会のお菓子×2回分が既におなかに入ってたので、ここではお茶だけ。メインはデザートじゃなくてこの人との話だ。以前は、カフェで甘いモノを注文しないことなんて有り得なかったなぁ。 ・・・カフェにてライチティー×ポット1杯分バタバタと急いで待ち合わせ場所へ。一見して地味極まりない佇まいの鰻屋へ、時間通りに到着する。遅れたら、お店のご主人に怒られてしまう!!ちょうどいい頃合い、鰻はちょうどいい焼き具合。席について間もなく、やって来たお膳に目が緩む。そっと蓋を開けると、ふわぁっと立ち込める香ばしい香り。美味しいお漬物を頂き、肝吸いに満足する。そして、一杯の熱いお茶を飲む。 ・・・鰻屋にて熱々の日本茶×一杯飲み終わって、ふうっと出てくるのは幸せの吐息。
September 5, 2004
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めったに足を踏み入れない街で、学生のように遊び倒した。運動神経ないからな~と言いつつも、ビリヤードではしっかりポケットに叩きこみ、(目だけはハスラーだ、と言われ)ダーツではなぜか400以上も出してしまい、(狙ってないのに、狙ったかのように刺さり)調子こいてビギナーズラックを満喫。 面白すぎる。 瞬間の集中が大事なことには、結構向いているのかも?!と笑う、身の程を知らない超ビギナー。目に痛いような色ばかりに囲まれて、それでもびっくりするほどグレーだ。無機質な街。その他大多数は不要な街。ド派手な看板も、水はけの悪い街路も、違う人種のような人たちも。自分の周りだけ見えていれば、半径1メートルがHAPPYならば、それでいい街。この時間は、絶対に忘れない。
September 4, 2004
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