おはなしパレット☆ミーとハナ別館
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長崎の幼児殺害事件では、亡くなったお子さまのご冥福を心よりお祈りいたします。これから私が書くことは、子供の親である私たちが、この様な悲しい事件を繰り返し発生させないためにどうすればよいか、という前向きな考えで書いていくものであり、加害者を庇護するつもりも、被害者側の過失を追求するものでもないことを、初めにお断りしておきます。***********今回の事件で、加害者が12才の少年だったことで、マスコミは大騒ぎ。刑事扱いとなる年齢のアンダーラインが14才に引き下げられたばかりだということを大きくとりあげ、また教育機関では、中学生の‘こころ’の問題を叫ぶ。親子の会話をふやそう・・・だって?そんなこと、親はいつも悩んでいるよ。それでも理解できないのが、この年頃の子どもの心なのだ。自分にも覚えがあるでしょう。そして報道はいつもの決まり文句、加害者は「勉強もできる普通の子」だった。かなしい・・・かなしすぎる。残された家族にしてみれば、犯人が何歳であろうとも許せるものではない。まして極刑に処せないということは、耐え難いに違いないのだ。それに加害者も「普通の子」であるならば、残りの長い人生を、この先ずっと苦しみながら生きていくことになる。周囲が忘れても、本人と家族は忘れがたい事実。それをどうやって受け入れていくのだろう?わずか12才の子どもが―――。そしてもうひとつ、今日私が一番書きたいこと。被害者のご両親は、子どもから目を離したことをきっと後悔しているに違いない。それを思うと本当に心が痛む。デパートや大型スーパーで、「おもちゃ売場やゲームコーナーで遊んでいてね。絶対にここから動かないでね」と言い置いて、急いで他の売場(フロア)に必要なものを買いに行く。実は、私も毎回のようにやっていることだ。ゲーム売場には、必ず人気商品のソフトが体験できるように、数台のゲーム機がおいてある。子どもが列をなしてテレビゲームの順番を待っていたら・・・「向こうで同じゲームができるよ」と、その中の一人を連れ出すのは意外と簡単なことかもしれない。もしかしたら、この子のほかにも、同じように声をかけられた子がいたかもしれない。加害者の心裏は未だ明らかではないが、誰でも被害者となる可能性があるということを今あらためて考える必要があるのではないか。子どもの監督保護という親の義務。被害者にも加害者にも悲しい、出来心殺人を未然に防ぐことはできなかっただろうか・・・アメリカでは、自宅の庭で遊んでいても誘拐されることがあるという。一応キッチンの窓から見ていたにも関わらず、ご近所の方に「あまい」と指摘されたという日本人の友人もいる。行方不明の子ども達の顔写真が印刷された牛乳パックが並ぶ光景が、想像できますか?英国では、12歳以下の子どもだけを家において、外出することも禁じられていた。赤ちゃんがお昼寝をしているからと、急いで買い物に行く日本とは大違い。ニューヨークもロンドンも、暮らしていて、そんなにこわい都市ではない。夜間の外出だってできるし、一人歩きだって平気。しかし、どこの街にも闇の部分はあるのだ。日本だけは治安がいいと、いつまでも安心していていいものだろうか・・・かく言う私も、小学生だった長女を、夜の9時、10時に一人でバスで塾から帰らせていた親だ。(バス停までは迎えに行ったが)小学校の行き帰り、絶対に一人では歩かないこと、という内容のお手紙が学校からでる昨今、気を引き締めなければならない部分ではなかろうか。加害者に犯行(非行)の機会を与えない。これは最低限の自己防衛だと思う。そして、それができない子どもは、やはり保護者が責任を持って守ってあげなければならない。加害者の低年齢化についても同じことが言えるのではないか。子どもを産み育てるということは、自分以外の別の命にも責任を持たなければならない。そんなことを考えさせられた事件であった。(続く?・・・予定)
2003.07.10