24階のミミック

24階のミミック

2005.08.11
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アップできなかった分の日記

7月23日
 日帰りで東京へ行く日。朝、泰の様子がやはりよくないので心配していたら、母が「大丈夫だよ、見てるから行ってきな」というので、医者につれていくよう頼んで、後ろ髪ひかれつつ電車にのって東京に一人戻った。
 今日、そこまでして東京に戻りたかった理由というのは、ある講習会に出ること。以前日記にも書いたけど、「スクラップブッキング」という写真のデコレートアルバム作りの会だ。前に託児付きで参加して楽しかったので、主催者に連絡しておいたところ、今回は前に参加した人だけのクローズドの上級講座が開かれることになり、連絡がきたのだった。
 私としてはとても楽しくて、泰が幼稚園に入ったら生協のアルバム作り委員会とかに入っちゃおうかな、なんて思っていたくらいだから、群馬の滞在中なのはわかっていたのだが、時間と交通費をかけてでも参加しようと決心していたのだった。
 今回はとくに泰も連れていないので、身軽に行動できるし。

 会場の四谷にもさっさかこれて、小人数の集まりで和気藹々、たのしくアルバム製作をすることができた。前回のテーマは「泰くんの1年」だったけど、今回は思い切って「新婚旅行」(≧∇≦) 心の聖域タヒチの、青い海をイメージして作りました。前もってレイアウトとか決めていってたくせに、色味やトリミングがきまらなくてまた一番最後(^^;)
 皆に待ってもらってコメントを書きこみ、プレゼンしあって楽しく会は終了。もっともっと、上手になりたいと思ったし、今回は来てよかったなぁ、と思いました。そのときは。
 まさか、この後とんでもない事態にまきこまれるとも知らずに……(^^;)


 歩き始めてすぐ。売り場を歩いていると、そばにいたお客さんが「あら? なんか変……」と言ったのが耳に入る。その途端、ガツン!と頭を殴られるような衝撃! 食器の割れる音、キャーッという誰かの悲鳴。
 地震だ! かなり大きい!
 この感じ、前にも一度体験したことがある。震度5くらい、とすぐに思った。揺れがやむとデパートの警備員が一斉に出てきて落ち着いてください、と大声で叫び、館内放送がこの建物が免震構造であることを告げて事態の収拾に入った。私がいたのは生活用品売り場だったので年配の人が多くしばらく皆興奮状態だったがだんだん落ち着いてきて、お店の中はしばらくすると何事もなかったかのように普段の状態に戻った。
 私はとりあえず携帯から実家に電話してみたが、なかなかつながらない。10分かかってやっとつながったと思ったら、母は地震のことなど知りもせず「泰ちゃんがね、泰がね」と泰のことばかり話して私がなぜ電話したのか聞きもしない(^^;) 携帯で電話してるんだから用件を聞け、ちゅうの!
 とりあえず地震のことを話し、電車がどうなるかわからないから遅くなるかもと告げたが、電車自体に普段あまり乗らない母にはピンとこなかったのか、「そう、それでも早く帰ってらっしゃい」なんて無理なことを言う。
 とはいえ、母は母で泰を病院へつれて行ったら肺炎寸前で、ママ(私)の長時間の不在を埋めるのにも必死だったというから、仕方ないことだったのかもしれないが。んでも、大騒ぎになってんだよ、と言ったら「東京は弱いねぇ」なんて言う。少しは娘の心配もしろい、となんか頭にきて電話を切った後、本当に電車が心配になって駅に降りてみると、思ったとおりすべての電車はとまり、改札の前はすごい人だった。
 みどりの窓口前はやたらすいているので、発車まであと1時間たらずとなった予定の特急のことを聞いてみると、動くかどうかわからないから切符は売れないという。
 ひえーっ!……と思ったのだが、現状ではわからないといわれたのだから仕方がない。そこはB型の私、それならもうちょっと時間つぶししてようとばかり再びバーゲン会場に突入(笑)。お得なショッピングを楽しみ、泰のおみやげなどもあれこれゲット。
 そこまではよかったのだが、それでもまだ私は甘かった。2時間もすればいくらなんでも動くだろ、そう思っていたのだが。
 予定の時刻を1時間も過ぎてからJRの駅に降りると、地震直後の状態より人はさらに増えていた。外出帰りの人の群れが、さばききれずに駅にあふれている。ほとんどの電車はまだ動いておらず、どうしようもないけどとりあえず特急のホームに行こう、と構内に入ったはいいが新南口の改札の手前、埼京線のホームに降りる階段の付近で人の波にのみこまれ、まったく動けなくなってしまった。
 群馬に帰る特急は、NEXや埼京線のホームと同じところから出る。その時間、埼京線がやっと運転を始めた直後で、運悪くそのホームにはものすごい数の人が押し寄せてきたところだった。

 そう、動けずに足が固定されている状態で、人の上半身だけが次々と波のように倒れてくるというやつ。倒されないようふんばりたくても、足が抜けなくて動けないのだから、自分もそのすごい力に耐えきれず後ろの人に倒れ掛かってしまう。すると、今度は後ろから反対の揺り返しがやってきて、地面はちっともゆれていないのに人だけがこんぶのように揺れているわけだ。
 これは案外恐ろしいことで、その中でうっかり地面に倒れてしまったら今度は人の下敷きになってしまう恐れがある。その恐怖は回りにいる人全員がわかっていて、なんとか波をとめようと皆が悲鳴をあげつつがんばるのだが、なかなかとめることができない。
 これはまずい、このままいたら大変なことになると思った私は、ホームに降りるのをあきらめて、なんとか外にでようともがいてもがいて15分、やっと空いているホームのほうへ泳ぎ出た。
 そうして外に出てみると、混んでいるのは駅のほんの一部分。しかし、後から後から人がそっちに向かってやってくる。汗をふきながら時計をみると、混雑に突入してから1時間が経過していた。アホだから、おみやげにじーちゃんの好きな水のボトルやジャムとか重いものを大量に持っていた私。疲れて疲れてへたりこみそうだったけど、肺炎寸前の泰も心配だし、なんとか家に帰らないとと思って別のルートでホームにおりようと違う階段にトライ。
 今度も動かない人の塊の中だけど、さっきほどひどくはなく、なんとか人をかきわけながらまた15分ほどかかってついに特急ホームへ到着。近くにいた駅員に聞いてみると、「地震から3時間もたってますけど動いてないから、もう動かないでしょう。群馬に帰るなら埼京線で大宮まで出て、そのあと高崎線の各駅に乗ってください。埼京線混んでますけど……」と無情な答え。

 どうしようかと迷っていると、すごい放送が入る。
「まもなく、埼京線がホームに入って参ります。大変、たいっへん混雑しております。今のうちにすいているホームに移動してください!」
 言い終わるか終わらないうちに、どどぉ~っと音がして、さっきのめちゃこみ地帯のほうから人が押し寄せてくるのが見える。まるで動物の暴走だ(^^;) これはうかうかしてられないと私も慌てて走りだし、一番はじの新南口の階段を駆け登った。
 とにかくもう電車が動かないのがはっきりしたのでこのまま駅でわっしょいしてても仕方がない、とりあえずほかの方法を考えようと、パパや群馬の義姉にメールする。すると義姉から、高速バスはどうかと言ってきたので、新南口にいるのを幸い、高速バス乗り場へ行ってみる。
 するとここでもすでに長蛇の列。とりあえず並んで切符を買おうとするが、順番が回ってきたときには最終のバスが出た後だった(T_T)。
 この時点で群馬に帰るのはあきらめた。地震から4時間。疲れきっていた。
 パパのメールによると私鉄は動いているという。京王線に行ってみると、JRの混乱ぶりがうそみたいに、ガラガラのすきすき。なんと座って東京の自宅に帰れてしまった(^^;)
 おりしもこの日は調布の花火大会の日。あれほど混雑で悲鳴と怒号が飛び交っていた新宿での状態がうそのように、浴衣姿の平和な人と駅ですれ違い、なんだか泣けてきた。
 結局この日は早く帰ってきたパパが、夜中に車で実家まで送ってくれたのでした。

 地震発生から9時間後。夜中の2時に、実家に到着。すると、なんと電気がついている。
 あれ、うちの親は待ってるようなタイプじゃないんだけどなと思ったら、なんと! 車がつくやいなや、玄関のドアがあいて、泰が走り出してきた。
 のぉ~っ!? 迎えに出てくれたのはうれしいけど、夜中の2時に、2歳児が、しかも肺炎寸前の病人がなんで起きてるんだぁっ?!

 後から眠そうなばーちゃんが出てきて、「泰が寝ないんだよぅ。ママを待ってるって……」というけれど、なんか泰の様子が少し変……。とても病人とは思えないような超ハイテンション(^^;) うきょーっ! ガガガッ、ゴゴゴッ、ママーーーーーっ!……って、これは覚えがあるぞ~、こいつは、例のアレだ!

 「今日、医者行ったっていってたよね? 薬見せて!」
 袋をみると、やっぱりあった、テオドール(^^;)
 気管支炎によく使われるこの薬。泰は1000人に一人という「興奮」の副作用を起こす過敏反応該当者だったのだった(^^;)。
 はぁ、次から次へと大変だよ(笑)。
 それでも、原因がわかれば母も安心。薬がきれれば興奮もおさまるし、ママの不在も確かに症状を加速していたみたいで、夜もなんとか寝かせられたし。
 大変な1日が終わりました。

 それにしても、災害というのは、本当に現場の一部しか大変じゃないのだ、ということがよくわかりました。私なんて、まさに飛んで火にいる夏の虫だった。わざわざ群馬から出かけていって、一番混雑して一番混乱している場所に3時間もつかっていたんだからもうどうしようもない。一歩離れてみれば、全然混んでない場所もあるというのに。
 外から見てると中の混乱ぶりはまったくわからないから、うちの母なんて大変な思いをして帰ってきたというのに、「なんで車で帰ってきたの! 電車動いてるってテレビで言ってたわよ!」なんて怒り出す始末。かちんときたから言ってやった。
「あのね、1時間に50本もある電車が1本走っただけでもテレビでは動いたって言うんだよ!それがどれだけ混んでるかわかってんの!?!」

 阪神淡路大震災の体験者の友達も言っていた。「こっちは家がつぶれて大変で、生きているのがラッキー思って会社に電話してんのに『そうですか、ではなんとかして来て下さい』って言われた。『行けませんっ』って怒鳴ったよ」って。何日かして、お金をおろしに隣の町に行ったら、そこでは何もかも普通だった。こっちは着の身着のままなのに、恥ずかしくなった。そう言っていた。
 災害は、やっぱり自分でなんとかするしかない。最後は自分なんだ。
 この地震の後、歩いて自宅に帰るためのマップがバカ売れしたというけれど。わかるなぁ。
 この日はとにかく、疲れた。長い、長い一日だった……。





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Last updated  2005.09.22 18:25:47


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