全30件 (30件中 1-30件目)
1
2004 9/30(木)台風一過の晴れ。とても気持ちの良い天気。次女は月曜日に駅伝の試走で雨の中を走ったせいかダウン。自分の体力と練習量、回復力のバランスが取れずにいるのがちょっと可哀相な気もするが…。先日からshinの掲示板で職場復帰についての書き込みが沢山あった。復帰を果たした人は「周りの理解が少ない」と言い、これから復帰する人は「ノンビリやります」と書いている。経験した人でないと分からない辛さ、悔しさ、また中途障害のため本人も周囲も戸惑う事ばかり…と条件は必ずしも良くないのだが、私としては障害はすべて違うものの障害を受け入れられる土壌が少しずつでも出来てくれば、お互いに歩み寄れるのでは…と人間の「善」を信じたい気がする。これから求職活動を始めるshinの道のりを考えると、復帰する職場があるという事は大きな支えだと思うのだが。やはり水道は不都合が起きた。台所の水栓が水漏れを起こし、シンク下のキャビネットはビショビショ。結局取り替えと言う事になり、普通に水が使えるようになるには暫くかかりそうだ。2003 9/30(火) *転院77日目*午後早めに病院へ行きました。SWのUさんとも相談をしなければいけません。デイルームでノートの記入とメモの練習をしているとUさんが来てくれました。夕方Uさんと相談室で話をし、*会社への連絡は明日(10/1)、こちらから電話。*病院で評価会議があったことなどをサラリと話し、面会日の日時を決める。…という事にしました。あ~ドキドキします。休職期間の延長が認められれば…それが今の最大の願いです。胃が痛くなりそうです。今週からSTが週3回になりますが、今日の分の宿題は一人で済ませていました。よしよし。覚えて出来る事が少しずつでも増えて欲しいと思います。
2004.09.30
コメント(0)
2004 9/29(水)一日中台風情報が流れていた。南九州、四国、近畿とくまなくカバーして北上した台風21号。今年は台風の当たり年なのか、それにしても多すぎるようだ。10年前につけたソーラーがダメになり、見積を取ったところ10年ではペイ出来ない事が分かった。冬でもお天気だと昼間は給湯器は要らないくらいなのだが、コストと使い勝手(両親が対応できていない)などを考えて普通の給湯器だけに変える事になった。工事の人が出入りするので、何となく慌ただしい一日だった。お天気も昼から雨が降り出して、工事もやりにくかったようだが、夕方にはお湯が出る状態になり一安心。機械が変わり水圧も変化しているので、もしかしたら不具合が起きるかもしれない。2003 9/29(月) *転院76日目*今日は25日にあったshinのカンファレンスについての説明があります。午後1時の約束でしたが駐車場が混んでいて、ヒヤヒヤものでした。今日も転院した日に主治医のK先生とお話をした部屋での説明です。K先生の他に担当看護師のIさんとSWのUさんの同席です。*リハビリの状況と今後の課題について 転院時に比べればかなりのレベルアップが見られる。 足も手も日常生活を何とか自立して行えるレベルまで あと一歩と考えてよいだろう。 今後の課題は病前のレベルを目標としながら更なるリハビ リに励んでほしい。*再発について 脳血管障害の人は誰でも出血、梗塞の危険があると認識し て日常の生活を送ってほしい。 塩分、カロリーなどもよく考えて食事にも注意してほし い。*高次脳機能障害について 左視床の出血だが高次脳が起こる部位とは少しずれてはい るようだが、全くない状態でもない。(だからナンナノ) 感覚性失語→人の言う事を理解しにくい 自分が言った事を客観的に聞けない の症状は僅かだが見られるので、今後もリハビリは続けて もらいたい。*全身状態について 血圧は服薬により安定してきている。心臓は肥大気味。 小さいながら脳梗塞が数箇所認められる。*復職について まだリハビリの途上にあるので、できれば休職期間を延長 してリハビリに励んだがよい。 脳卒中のリハビリは病後半年が最重要と言われるが、可能 であれば来年の3月一杯まで休めるとよい。 休職延長の申請については主治医の診断書や場合によって は会社との面談の用意もあるから心配しないように。 会社との交渉も一回とは限らずなるべくゆっくり引き伸ば し気味に行うのも一つの方法。…とこのような内容でした。だいたい予測していた事もあったのですが、「複数の脳梗塞」には心の準備もなかったのでショックでした。今後は再出血と梗塞の危険があるということになります。退院のタイミングは早くてもOKと言われましたが、会社との交渉は病院で行いたいと思っているので、もう少し入院していたいと思います。OTのI先生も心配してくれて、会社との連絡のタイミングや内容などを改めてSWのUさんと相談するようにアドバイスを受けました。説明の内容はショックな事もあったのですが病院側もこれからのリハビリと復職にむけて出来るだけのフォローをしてくれる事が分かり、shinも私も大変心強く思いました。何から何まで始めてのことばかりなので回り道も沢山あるのでしょうが、専門家のアドバイスが受けられると言うのはとてもありがたいと思います。感謝です。shinがどの程度説明の内容を理解できたのかはイマイチ不明なのですが、かなり疲れた様子でした。それでも夕方のPTは頑張っていたのでホッとしました。PT室でKさんと一緒になりました。KさんもO先生が担当なので、大体同じ時間帯が多いようです。いつも元気なKさんの奥さんがちょっとションボリしています。介護保険の更新で介護度が上がってしまったのよ…との事。「Kさんの状態が悪くなったというよりは、退院後になるべく家族の負担を減らすために利用しやすくしてくれたんじゃない?」と言いました。「そうか、そう考えればいいね」と奥さんの立ち直りは早くいつもの笑顔が見られました。Kさんの奥さんにはいつも私が励まされています。何週間も一緒に入院していると家族同士で話をするだけで気持ちが軽くなる事も沢山あります。病院では疲れたとは思いませんでしたが、帰宅後頭痛がしました。お風呂もやめて早めに休みました。
2004.09.29
コメント(0)
2004 9/28(火)ケアマネージャーKさんの訪問日。前回は暑い盛りの8月だったがさすがにかなり涼しくなっていいる。両親と面談の後、shinと1時間ばかり話してもらった。どんな時も静かな語り口は変わらず、話をしていて安心感のある人だと思う。先日からの健保組合の照会についてと求職活動のスタート時期についても話をする。shinと私が仕事を始めると両親の事が問題になると思うが介護保険でカバーできる事もあると思うので一緒に考えていきましょうね…と励ましてもらった。ありがたいと思う。今夜は中秋のお月様が見られた。少し輪郭がぼやけていたが,きれいな月だった。お団子もお饅頭も用意しなかったのでそれはまた明日。2003 9/28(日) *転院75日目*午前中布団や洗濯物を沢山干し久々に家事をしました。午後から次女と病院です。次女が学習に付き合うと言ってくれたので先に降ろして、私は用事を済ませてから病院へいきました。二日ぶりですが思ったより元気で不調になった事も覚えていました。自分なりに分析も出来ているようなので一安心です。今週からSTも週3回になり、宿題も多くなります。先日のOTの時にSTの回数について尋ねていたので、I先生から話が通ったのだと思います。こちらからリクエストしたようなものなので、宿題もさせなければ…と固く考えてはいけないのかも。学習のあと時計台広場でおやつにしました。次女が近くのコンビニで肉まんを買ってきました。「ああもう肉まんが美味しい季節なんだね」とshinは言いながらほおばっていました。病院の上の坂道から軽トラックに乗ったお神輿が下りてきました。お囃子とお神輿がトラックの荷台に乗って半被を着た大人や子供達がぞろぞろと後ろをついて行きます。「秋なんだね」と次女が言いました。季節が確実に変わっているのが分かりました。ちょうどTさんが駅の方から上がって来ました。奥さんと外出だったようで、坂道を車イスで上がるのは本当に大変そうです。でも楽しい外出だったようでTさんはニコニコしています。昨日は同室の人たちとアイスを買って外で食べたらしいのですが、shinはYさんにお金を借りたようです。今までテレフォンカードしか渡していませんでしたが、少しお金も管理させる事にしましょう。帰りのエレベーターでTさんの奥さんと一緒になりました。今日の外出の事など話したりしましたが、「先が見えなくなってきました」最後にポロリと一言。奥さんもかなり疲れているようです。言って少しは楽になったかなぁ。
2004.09.28
コメント(0)
2004 9/27(月)今日は昨日のKさん主催のグランドゴルフ大会がある予定だったが雨のため延期になった。代わりに近くの集会所でミーティングがある事になり、入院仲間のYさんも奥さんと来られるので私も遅れて参加した。肌寒かったのでshinは長袖のシャツを着て雨よけのパーカーも着ていたのだが、そのままの格好で室内にいた。暑くないのか、脱ぐのが面倒なのか。こんな時がどう考えているのか分からない。今日の参加者は雨のため少なく10人程度。それにボランティアの女性が2人。今後の予定や11月にある日帰り旅行についての話があった。終わりの時間になっても雨は止まず、車イスの人は大変だった。スロープは後付けで出来たもののようで、勾配もカーブもきびしくYさんの奥さんは車イスを押すというより、後ろに引っ張り気味に持ちながら降りていかれた。車イスだけでも十分大変なのに、天候が悪かったり駐車場が無かったりすると障害のある人の外出は本当にきびしくなる。あれこれ考えて出るのが億劫になる人は多いと聞くが分かる気がする。それでもYさんは10月より会社復帰が決まっており、職場に恵まれた…と話しておられた。ただ運転免許は取得したものの恐くてなかなか運転できないんですよ…と奥さんは笑っていたが。ここまでの道のりはYさんも奥さんも本当に大変だったろうと思う。それだけに再発に気をつけてゆっくり確実に復帰を果たして欲しいと思う。2003 9/27(土) *転院74日目*昨日の事があったので朝、ナースセンターへ電話を入れてみました。変わった事も無かったようで朝食も完食したらしく、大丈夫のようです。ああよかった。様子次第では朝から行ってみようかとも思っていましたが安心しました。今日は次女の運動会でお天気もバッチリです。小学校最後の運動会なのでしっかり見てあげようと思います。病院は両親が行ってくれることになりました。次女は体が硬く、練習に苦労した側転や倒立も本番は上手く出来ました。毎晩バタンバタンと壁倒立を練習をするので私も足を押さえるのを手伝ったりしましたが、本当によく頑張ったと思います。(私も沢山蹴られました!)6年生全員が気持ちを一つにして作り上げた組体操はとっても立派なものでした。運動会の進行でも6年生は率先して仕事をしています。アナウンス、道具の出し入れ、ゴール判定、入場門整理、得点計算等など。大きくなったナァ~としみじみ思いました。幼稚園から一緒だったTさんと久々に会いました。あれこれ話をするうちに同級生のお母さんが3月に亡くなった事を聞きました。私は知らなかったので本当に驚きました。命のはかなさを感じて言うつもりはなかったshinの病気の話をしてしまい、今度はTさんを驚かせてしまいました。夕方6時ごろ両親は帰宅しました。初めて二人でshinの所へ行ってくれたのが私にも嬉しい出来事でした。本人は昨日の件で少し落ち込んでいたようですが、両親と3人の時間が過せてshinも嬉しかったと思います。
2004.09.27
コメント(0)
2004 9/26(日)肌寒い日曜日。長女は模試、次女は久々に部活がないのでユルユルしている。午後からshinの仲間のKさんが来られ、明日のグランドゴルフの話や昨日自宅の台所のコンセントから出火した話などをして帰られた。(コワイですね~)幸いだいじには至らなかったので良かったが、台所のコンセントは油などが付着してその上に埃が溜まるから危ないらしい。急に心配になったので私もコンセント回りの片づけをした。2003 9/26(金) *転院73日目*5時前のかすかな揺れで目が覚めました。TVをつけると北海道で大きな地震があり、ずっとそのニュースです。被害が大きくない事を祈るばかりです。先に買い物を済ませて行きましたが、今日の駐車場は空きがあり待たずに入れました。デイルームで学習をしていたら歯科治療のスタッフが来ました。金曜日だと言う事を忘れていました。2Fもデイルームは一杯で1Fのテーブルでようやく静かに始める事が出来ました。患者さんを送ってきたI先生がそっとshinの後ろから近づいてチェックをしました。shinは気配が分からないのでしょうか、しばらく気がつきませんでした。OTは3時過ぎからでしたが、OT室へ行った直後からshinの様子が何だかおかしくなりました。「集中できない、乗らない」顔色も冴えません。さっきまで普通だったのに。I先生も心配して血圧を測ったりしましたが、熱脈血圧ともに異常は見られません。でもきつそうなので、ADL室の畳に横になりマッサージだけを受けて早々に終わりになりました。3Fに戻りナースセンターに報告すると、ちょうど主治医のK先生もいて、いろいろとチェックしてもらいました。再出血でしょうか。先生の言われるとおりに手足を動かししゃべらされました。再出血の場合、もっと状態が悪くなりロレツもまわらなくなるようです。歩行もしっかりしているので様子を見る事になりました。K先生がナースセンターにいて良かったと思いました。病室に戻りパジャマに着替えていると、PTのO先生も様子を見に来てくれました。初めてPTを休んだので心配されたようです。先生との受け答えもフツウに出来、先生も顔を見て安心された様子でした。こんな時のスタッフの心配りが私には本当にありがたく思われます。まだ心配はあるのですが、何かあったらすぐ連絡してもらうようにナースセンターとも話をして一応帰る事にしました。明日は次女の小学校最後の運動会です。お天気は大丈夫でしょうか。
2004.09.26
コメント(0)
2004 9/25(土)午前中次女の授業参観。土曜日だが月曜の時間割で行われ、いつどこを見てもOK。前回は4校時の英語を見たので、今日は2校時の音楽にする。11月に文化祭と一緒にある合唱コンクールの練習風景を参観できた。1年生は合唱コンクールのイメージも湧かないらしく、着席のままダラダラと練習していた。かなりキーの高い曲だったのでソプラノはつらそうだし、指揮者は未経験の男の子だったが特に何のレクチャーも無く、今どきの音楽の授業ってこんなものかと思う。隣のもう一つの音楽室は3年生が使っていたが、全員ピアノの周りに集まり練習にも熱が入っていた。教師より子供達が主になって進めている様子。1年生は一度合唱コンを経験しないと目覚めないのだろう。去年までの合唱コンは公立高校の入試が終わってから行われていたので、卒業間近かという事もありすごく盛り上がる学校行事だった。学校によっては合唱コンのステージに上がっても歌わない生徒や後ろ向きに座り込む生徒もいるとか。何でも皆と一緒に…とは言わないが行事を楽しむ気持ち、盛り上がりを感じる心…を一人でも多くの子供に味わって欲しいと思うのは贅沢なのだろうか。2003 9/25(木) *転院72日目*駐車場大混みで仕方なく近くのホームセンターに車を入れました。銀行へ寄ってから病院へ行くと、満車表示は消えていました。トホホ。病室で衣類の整理をしていたらK先生が入ってきました。shinのカンファレンスが済んだそうで「今からでも説明しますよ」と言われましたが、OTの時間が迫っていたので月曜日の2時に約束をしました。今日のOTはパソコン操作でした。月曜からスタートしたらしいのですが、本人からの情報は無く見学もしていなかったので私は知りませんでした。PTはひたすらバランスを取る練習です。課題は沢山あるのですが最優先は「摺り足」を直す事のようです。右足をきちんと持ち上げて使おうとせず半端な動作で済ませているので毎回チェックが入るのですが、shinの意識はいつも薄く指摘される度に「ああそうだった」と言います。先生方も大変だとつくづく思います。特に脳血管系で入院している患者の場合、shinのように言っても言っても定着しなかったり覚えられなかったりするのですから。病気だから仕方が無いところもありますが、いくらプロとは言え人間なので時には「おいおい」と言いたくなるときもあるでしょう。家族として申し訳なくありがたく…。久々にPT室でYさんと会いました。体調も回復してリハビリ再開だそうです。本人も嬉しそうでした。良かった。病室までshinと一緒に上がり、帰ろうとしていたら担当看護師のIさんが来てしばらく話しました。カンファレンスが終わった事。それからこの一ヶ月程のshinの状況について。「夏休みもあったので特にそう思うのですが、○さんの進歩は目覚しいものがあります。トイレ事情も良くなりオムツはもう必要なくなりました。9月に入って杖歩行になり歩行能力もアップしました。私は6年この病院にいますが、スタートのあのレベルからここまで来れた人は殆どいなかったと思います。まだまだ社会復帰までの道のりは大変だと思いますががんばってくださいね」と言われました。もしかしたらリップサービスもあるかもしれませんが、家族としてスタッフからのこんな言葉はとても嬉しいものです。ここの病院のリハビリがshinに合っていたからだとは思いますが、全ての方のサポートに感謝です。そしてshinの気持ちもリハビリに向いてきたのも嬉しい事です。転院当初は帰る事ばかりを意識していたのに、最近はそれを言わなくなりました。歩行距離も伸びてリハビリの成果を実感できるようになったのもひとつでしょうし、病室を変わり仲間の方達との交流が出来るようになったのも大きいでしょう。これからの問題は高次脳機能障害の記憶についてでしょう。本人も覚えられない事は分かってきたらしく、その点は以前よりつらいのかもしれません。
2004.09.25
コメント(0)
2004 9/24(金)今日は診察日なのだが私の体調もイマイチなのでshin一人で病院へ。退院直後のリハビリでは「○さん早く一人で来れるようになってね」とどの先生も口揃えて言うものだから、何回も練習して一人でリハビリに通えるようになった。でも診察は4~6週に一回だしその都度先生に相談する事があったりして私も同行していたので、今回は初めてshin一人の受診となった。今回も健保の書類のお礼をK先生に言いたかったのだが、全部shinに任せる事にした。shinはK先生に伝える事をメモし資料の書類をコピーして、昼食後出かけた。時間は余裕を持って出たのだが、私鉄は急行に乗ってしまい一駅戻ったらしい。まぁ普通でもうっかり乗ってしまう事はあるのだが、今のshinはやはり血流が足りてないのかもしれない。意識してトレーニングを開始したので、しばらく時間をかけるしかないだろう。2003 9/24(水) *転院71日目*今日はSTが9時20分からなので8時半に家を出ました。水曜日は駐車場は混まないのか9時前だとまだ空きがありました。G階で書類に目を通し1階のST訓練室の前に行きましたが、まだshinはいません。時間も迫っているので3階へ上がってみました。するとshinはベットの上で新聞を広げ、まだパジャマのままです。こんな風景は家ではなんともありませんが、今の私はどっと疲れます。考えてみればパジャマに着替えられるようになっただけでも当初のshinにしてみればスゴイ事なのに、だんだんハードルが高くなってきているのは欲張りでしょうか。STは記憶のテストでした。先日のOTのテストと似たようなものでした。出来ないから疲れるのか、量が多くて疲れるのか…。さっき新聞を読んでいた時とは比べ物にならないような顔をしています。問題点はこの「記憶」…です。午前中のデイルームでノートの記入とメモの練習をしました。一日抜かしたからって大勢に影響は無いと分かってはいるものの、続ける事で少しでもshinに自信を持って欲しい…そう思います。午後からストラップ用の皮と丸カンを買いに材料店へ行きました。以前は手芸品店へ行くと革細工用の材料は沢山あったのに、どこへ行ってもありません。最近はなんと言ってもビーズのようで、綺麗なビーズは本当に沢山あります。私も元気で余裕があったらビーズに触りたいなと思いました。肩・腰のつらさがどうにもならずに温感のシップを買ってみました。ニオイがきつかったですが、貼ると肩は随分楽になりました。あ~温泉でも行ってのんびりしたい…って今の私には贅沢な望みでしょうね。今朝はY子ちゃんからお誘いメールをもらいましたが、体調に自信が無く断ってしまいました。ごめんね。
2004.09.24
コメント(0)
2004 9/23(木)朝から少し肌寒い。今日は次女が世界陸上の応援に行くだけで、他の家族は外出の予定は無い。私は買い物に出かけようかとも思ったが、家にあるもので間に合わせる事にした。銀行日(今は給料日ではないので)前は意外な組み合わせの料理を作ったりするのが好きで、家族にはあえて言わないがゲーム感覚で楽しんでいる。午後からTVでも世界陸上の中継をやっていたが、さすがにオリンピック直後とあってスタンドも一杯だった。市内の小中学生の希望者には一番上の方の席のチケットが配られていて次女の部活でも全員参加の応援だったようだ。世界のトップアスリートの競技が目の前で見られるのだからこれは素晴らしい事だ。ハンマー投げの室伏選手も良い成績を出したようだし、お預けになっていた金メダルの授与も沢山の観客の前で行われたのは、感動的だった。2003 9/23(火) *転院70日目*晴天です。調子に乗って厚めの布団や洗濯物などを干しすぎました。午前中の時間を使いすぎたので、昼食は子供達に任せて病院へ。半袖を着ていたので長袖に着替えさせ、ベット下の引き出しも整理しました。半袖は2枚を残し、ズボンと長袖Tシャツをセットにして入れました。もともと暑がりのshinですが、病院内は空調が効いているので今年の夏は長袖でも良いくらいです。デイルームでノートの記入をし、メモを取る練習とSTの課題を利用して記憶の練習をしました。こんな事をして役に立つのかな…と弱気になったりもするのですが、何かをしている事で支えられている今の私です。何もしなければゼロのままです。今日の天気のような秋晴れの気持ちになれる日が来るように信じます。
2004.09.23
コメント(0)
2004 9/22(水)8月末からPCへ通うようになり朝からの外出が増えた。そのため朝の日課だった「音読」と「計算」を殆どやらないで半月が過ぎてしまった。やっている時は気がつかなかったが、止めると見えてくるものがある。歴然と記憶力・判断力が落ちている。文章を作ったり段取りを立てたりするのも益々苦手になっている。昨日「午後からでよいから問い合わせのTelを1件しておいてね」と頼んで私は娘と外出したのだが、帰宅後聞いてみると一番重要だった事は聞いていない。いつも習慣になっているメモも取れていなかった。私も感情的にもなったが、一方で「音読」「計算」の効果を確信した。この日記を読んでくれているTちゃんの日記にも脳外の先生が患者の子供に「勉強したら頭の血流が増えるからがんばろう」(表現は少し違うかも知れない)と言う場面があった。巷でも話題になっている「大人のための~」シリーズをやり始めたのは昨年の12月ごろからだったが、新聞広告で見つけたとき「これだ」と直感した。今shinに必要なものはこれだ、そう思ってブックサービスをしている宅配業者に電話注文をした。著者も前書きで「音読や計算を続ける事により前頭部の血流が増える…」と述べている。最初は半信半疑だったが、ワンクルーやったところで一時中断した時があった。その時もいろいろと問題行動を起こし、慌てて再開したのだ。今回は私もうっかりしていたが、「音読」「計算」が今のshinにいかに必要かがはっきり分かるきっかけと捉えよう。電車のつり広告に「脳を鍛える人たち」とか言う見出しで会社や役所の始業前に「音読」「計算」のトレーニングをする人が増えていると書いてあった。レベルの維持のためにも朝から時間を作ってこのトレーニングは続けようね…と改めてshinと話した。2003 9/22(月) *転院69日目*台風の行方が心配でしたが、5時に起きると雨は降っていず風だけが吹いていました。ただすごく寒く外は13度しかありません。慌てて長袖を着ました。shinには昨日長袖のパジャマを持って行ったので良かったと思いました。ただ着替えたかどうか分かりませんが。午前中はヘルパーさんが来ました。午後母を皮膚科へ送り、私は区役所へshinの介護保険の申請に行きました。申請だけなので時間はかからないとは思いましたが、「ちょっと待つかもしれないけれど、寒いから薬局の中で待っててね」と母には念を押しました。両親の申請はケアセンターでしたのですが、区役所ではまた違う面も見えました。事業所のパンフも他の区のものが手に入りました。介護保険専門の担当者がいていろいろと詳しく説明をしてくれました。これから両親の時と同じように本人との面談があり、医師の意見書(F病院のK先生)などを参考に審査があるようです。結果は早くても10月末でしょうか…。慌てて薬局へ戻ると母は外で待っていました!「外で待ってたから寒かった…」…!!う~ん、母もこのレベルなのでしょうか…ちょっと焦ってしまいます。「午後から皮膚科に行くので明日の病院は休むからね」昨日そう言って帰りましたがshinは覚えていたでしょうか。夜、実家から電話がありました。あるサプリメントの紹介で、その特性や効果などを母が話してくれたのですが、私はあまりその手の話を信じないタイプなので何となく生返事で答えてしまいました。今のshinに効果があるかもしれないサプリメントってどんなものでしょう。考えてみれば私以上に以前の母はサプリメントは好きではなかったはずです。それほど母がshinを心配してくれているのはありがたいと思いますが私は母が心配になりました。資料を送ると言ってくれたので、よく検討してみようと思いました。
2004.09.22
コメント(0)
2004 9/21(火)今日は皆出かける予定があるので、私も代休で家にいる長女と外出する事にした。以前は二人の子供の予定が合わないと出かけなかったが、子供が大きくなるとそうもいかないのでそれぞれのタイミングを大事にすることにした。たまたま高校の同級生が版画の個展の案内を送ってくれていたので東京まで出かける。初めての場所だったが、再開発で出来たらしいビル群の中に画材屋さんがありそのギャラリースペースに展示してあった。彼女は美大を卒業後ずっと造形の創作を続けており、3年ぶりぐらいでの個展だ。本人はいなかったが彼女らしい個性が溢れる作品ばかりで来てよかった…と思った。近くに「六義園」という庭園があり娘と見学する。もともと柳沢吉保が作った庭園だそうだが今は東京都が管理する有料の庭園となり、中も美しく手入れされていた。今が盛の萩があちこちに咲いていたが、大きな枝垂れ桜の木や紅葉も沢山植えられておりもう少し落ち着いた季節に来たいねと長女と話した。帰りに娘の洋服を見るため若者の街で途中下車。もともと長女はこれが目的だったようで、熱心に見てまわるのだが若者向きの店は音楽も大きく何だか圧倒されてしまう。おばさんはついていけませ~ん。2003 9/21(日) *転院68日目*昨日から降り続いた雨ですが今日もやみそうにありません。文化祭二日目の長女は7時に家を出ました。途中で買い物を済ませ、1時ごろ病院へ着きました。shinの部屋では6人中3人が外泊中でした。デイルームでノートの記入と漢字の練習です。ノートはメモを取る練習として文章題を私が読み、shinがポイントをメモしたうえで計算…という順番にしました。昨日はOTのテストで落ち込んでいたので今日は気合が入っているようです。TさんもデイルームでST関係のトレーニングをやっていましたが天気のせいか乗らないようで、奥さんが気の毒でした。同室のTHさんが車イスをこいでデイルームに来たのでおはぎとお茶でティータイムにしました。何となく私もお疲れモードで早めに帰ることにしました。お風呂にゆっくり入り、好きなFMを聞きながら夕食の準備をしました。
2004.09.21
コメント(0)
2004 9/20(月)ハッピーホリデーとやらで今日が今年の敬老の日。長女は文化祭二日目。次女は部活の試合。大人4人の休日となった。町内会からご案内が来ていたので両親の敬老の日のお菓子を貰いに出かける。毎年の事だが殆どの人は、自力で貰いに来ているようだ。我家は自分で行こうとはせず、かといってお菓子は要らないとも言わない。昨夜のうちに子供達には敬老の日の挨拶もさせていたのに(同居していれば毎日が敬老かもしれないが)やはり夕食の時になって「なんで子供達がいないのだ」と義父は聞く。もう覚えられないのだろうか。2003 9/20(土) *転院67日目*今日は病院だけの予定でしたが、明日は天気も悪そうなので急遽次女と高校の文化祭へ行く事にしました。吹奏楽のマーチングに間に合いました。座って演奏するだけでも大変なのに、衣装を着て暗譜でフリまで覚えないといけないのはスゴイ事だと思いました。衣装はマネの「笛を吹く少年」のような感じでなかなか決まっていました。一年生はクラスでの出し物が恒例で、長女のクラスは「迷路」。教室の中を暗くしダンボールでやたらと間仕切りが作ってありました。キャスター付きの板に乗せられていきなり背中を押されたり、くもの巣のように張り巡らしたゴムの中を歩かされたりいきなり冷たい手で触られたりと驚く事ばかりでした。でもクラスでアイディアを出し合い、一つの事を達成するのはいい思い出になります。ぎりぎりまで学校で過ごしましたが、とうとう雨になりました。ちょうど2時前に病院へ着きました。OT室PT室にもshinはおらず、次女が3Fまで捜しに行きました。OTは記憶のテストでした。なかなか思うように答えられず、少々落ち込んでいました。この当たりの事もゲーム感覚で出来たらいいな…と思いました。今日のメインはSWのUさんとの面談です。職場復帰に向けての相談ですが、shinはUさんとの面談は初めてで少々緊張気味でしたが、仕事に関する自分の気持ちを思ったよりキチンと述べていたので少し安心しました。Uさんもユックリではありますがポイントを押さえた話し方で、shinもリラックスして受け答えが出来ていたようです。Uさんは今後会社との話し合いの時には*引き続き会社で仕事をしたい*ただ退院後ももう少しリハビリを続けたいので、今年一杯の休職を希望する*だが復職までに何回かお試しで会社に通ってみたい…と主張してみては…とのアドバイスを貰いました。本人にきちんとした判断力があれば全然問題もありませんがshinの場合にはそうはいかないので事前にいろいろと対策が必要になります。しかしOTのI先生やSWのUさんなど心強い味方がいるので私も何とか乗り越えられそうです。
2004.09.20
コメント(0)
2004 9/19(日)今日は長女の文化祭でshinと朝から出かける。次女は昨日と明日が試合で今日は学校で練習。とても残念がっていたが練習を優先した。今年は天気も良く、恒例の2年生の模擬店では炎天下クラス毎に焼きソバ、お好み焼き、たこ焼き、ピザ…と汗だくで作っていた。長女はお好み焼きのキャベツ切りが担当で家庭科室に籠もり、ひたすらキャベツと格闘していたらしい。昨夜の義母は我が身の腰の痛さも忘れ「お姉ちゃん大丈夫かね。私も手伝いに行こうか…」なんて冗談とも本気ともつかない言葉。思わず笑ってしまった。ステージでは吹奏楽とチア、ハンドベルを聞くことが出来た。特にハンドベルは繊細な音を出す小さなベルから片手では持ち上げられないほどの大きなベルまでがあり、ただ手で振るだけではなくわざと振動を止めて音を出したりする奏法などもあり興味深かった。いずれにしても今年のあの暑かった夏休みにどれだけ練習したのだろう…と思うと拍手にも力がこもった。若くないと出来ない事って沢山ある。2003 9/19(金) *転院66日目*駐車場で混み、1時間待ちでした。うっかり並んでしまいましたが、金曜日は外来の他に入院患者専門の歯科治療もあるようで駐車場も混むようです。今日もshinは同室のYHさんと話をしていました。shinから聞いたところによると、YHさんは一人暮らしですが発病から何日も経ってからお兄さんから発見されたそうです。YHさんの生命力の強さに驚かされました。shinも印象深い話だったようで、ノートにもその事を書いていました。OTではIさんに会いました。Iさんは今のshinの部屋にいた方でshinと入れ替わりに退院され、今日は外来で奥さんと来ていました。やはり同年輩なのでデイルームなどでもお話したりする機会もあったのですが、待ち時間の間に奥さんともいろいろと話ができました。「退院してどんな感じですか」と尋ねたところ、「疲れます。全部見えちゃうし…。年寄りもいるから」とニコニコされてはいますが言葉少なに答えてくれました。家族が病院へ通わなくてもよくなる分、全部が家族の負担となるのでしょう。本当に大変なのは自宅復帰してからかもしれません。Iさんは発病後1年経ったそうですが、まだ左には麻痺が残り車イスに乗っておられます。「○さんは歩けていいですね」と今日も言われました。明日のSTとPTの時間が被っている事が分かりました。その後の予定もあるので、OTとSWとの面談も時間の調整をしてもらいました。ナースセンター横のホワイトボードにリハビリの予定が書き込んであるのですが、時々こうしたミスもあります。
2004.09.19
コメント(0)
2004 9/18(土)朝から家事を済ませ、買い物へ。9月も半分過ぎたのに、まだまだ暑い毎日。長女は明日からの文化祭の準備、次女は午後から部活。私も土日二日ぐらいで仕事を探しているのだが、なかなか見つからない。2003 9/18(木) *転院65日目*午前中美容院へ行きサッパリしました。病院の前に手芸品店でストラップのパーツを買いました。OTの時間を私が勘違いしていてshinに指摘されました。今日は時間切れで学習は無しです。でも自分で先にスタートする事はまだ思いつかないようです。OTのI先生と外泊のチェックをしました。外泊後タイミングが合わず今日になりました。家の中のチェック項目を確認したり、介護保険の申請についての話をしました。shinのカンファレンスは9/25らしいので結果は9月末に出るのでしょうか。F病院ではある程度リハビリが進むと患者のカンファレンスがしっかりあるようです。一人の患者に対して主治医、担当の看護師、OT・PT・STの先生とSWで話がなされ、今後の課題や退院のタイミングなどが話し合われるそうです。カンファレンスは木曜日と決まっているので、この日はすべてのスタッフが出勤しています。転院時に入院期間は約3ヶ月と言われましたので、普通だとあと一月位で退院と言う事になります。退院の準備、会社との交渉…またいろいろと課題が出てきます。久々にYさんとPT室の前で会いました。リハビリを頑張りすぎて体調を崩していたらしく、ちょっとションボリしていました。今日はお嬢さんも一緒で「お外の空気を吸ってくるね」と笑っていましたが。shinと一緒だったので「○さんは歩けるようになっていいわね」と言われました。「Yさんも無理しないでね」と言いましたが、こんな時の言葉選びは慎重になります。
2004.09.18
コメント(0)
2004 9/17(金)午前中はPTのT先生の訪問日。両親のリハビリをいつものようにやってもらう。リハビリをしながらの会話の中で両親の気持ちを解してもらっているので、本当に感謝している。以前にも書いたがPTやOTの先生方の観察眼はとてもスルドくかつ細やか。ちょっとした変化も見落とさないのはサスガ。これは職業的に訓練されたものなのか、それとも素質がある人がこの職業につくのか…ナゾ。shinは昨夜Tさんからお誘い電話があり、フィットネスへ出かける。今週は毎日出たので今日はお休みにしていたようだが。帰宅後も大して疲れた様子も無く、体力の回復を感じる。2003 9/17(水) *転院64日目*午前中墓参。年を取ると墓参りってそんなに重要になるのでしょうか。私は失礼が無い程度で十分だと思うのですが。帰宅後、あれこれ用事を済まして病院へ。同室のTHさんと話が弾んでいました。shinより少し年配のようですが、見た目も若く元気そうです。この部屋に移ってから日常の会話が格段に増えました。皆さん話好きで患者同士だけでなく、それぞれの家族ともコミュニケーションを取れるのは嬉しい事です。ユーモアのセンスがある方も多く、会話も弾みます。私も病室に入っていく楽しみが増えました。今日はOTが休みなので、デイルームでゆっくりと学習です。漢字とノートの記入をしました。同室のYYさんも学習中でした。少し失語があるらしいのですが、shinと違って記憶もしっかりしている様子なので、時間を決めて一人でコツコツといつも学習されているのが印象的です。今月末に次女の運動会があります。6年生は例年組み体操の種目があるのですが、体が硬い次女は側転と倒立が苦手で毎日練習していました。今日は学校の練習で倒立が出来たらしく、嬉しそうに帰って来ました。本番も上手く行くといいなと思いました。
2004.09.17
コメント(0)
2004 9/16(木)今日はスポーツ講座最後の日で、メニューは水中ウォーキング。お昼を皆さんと食べて散会だったらしい。7月の半ばから始まった講座だが、もともと人見知りをしない性格なので結構楽しく通えたようだ。ボッチャ、卓球、グラウンドゴルフ、水中ウォーキングと陶芸のメニューだったが一度PCと重なり休んだだけだった。今年の夏はことのほか暑く体調面で心配もあったが、終わってみれば仲間も出来、また掲示板にも来て下さる方も増えてshinにとって充実の2ヶ月間だったと私は思う。午後からはPTで遅い予約にしていたので帰宅は6時を過ぎていた。以前は帰宅するまで何かと心配な事もあったが、いつの間にかそんな不安も薄くなっている。本人も一人の外出に慣れ、家族も安心できるようになってきたのだろう。2003 9/16(火) *転院63日目*昨日までの3日間がウソのように涼しくなりました。今日は病院を休みにしたので一日ユックリする事にします。とても濃い3日間でしたが、思ったよりshinの行動もしっかりしていました。家の中での移動は特に問題は無いようです。階段も右側にある手すりだけで十分だと思いました。ただ浴槽の出入りでは吸盤で着けているタオルかけを握ったりしていたので、縦位置の手すりが一つあったがいいかもしれません。これはI先生と相談です。安心材料もあったけれど、すごく疲れたのはshinと両親の間に私がいたからでしょうか。黙って見ていてくれればそれでいいのに・・・と思うのは身勝手なのでしょうか。病院でのshinの様子を実際にもっと見ていてくれれば、納得できる事ばかりなのに…。定例FAXを送信し、ユックリ昼寝をしました。
2004.09.16
コメント(0)
2004 9/15(水)以前は「敬老の日」だったけれど、ハッピーホリデーとかで今年は来週の月曜日らしい。(去年はたまたま15日の月曜日)月曜日が休みになる事が多くてレギュラーの約束は時々飛んでしまう。shinは午前中PC、午後から地区リハ。最近は意識して午前午後と予定を入れる事も多くなったようだ。場所が違うと移動もあるし、途中で昼食も摂らないといけない。また集中力も必要だし、体力もいる。こんな事の一つ一つが社会復帰のための積み重ねかもしれない。2003 9/15(月) *転院62日目*今朝は起こしませんでしたが、時計を見て7時過ぎに起きていました。5時前のトイレも一人で起きていましたが、心配だったので一応着いて行きました。我家の場合、朝食に両親が起きてくる事は殆どありません。病前から4人顔を合わせるのは朝食と決めていましたが、今朝は長女がタイミングを外しました。こんな時DNAを感じたりするのですが、もう少し気を使うように長女に言いました。午前中PCとピアノを触ってみました。PCはブラインドタッチを忘れているようです。母音のタイピングだけで精一杯のようですが、これは退院後の課題でしょう。ピアノは次女の昔の楽譜を使ってみました。自称「天才オルガン少年」だったshinですが、楽譜を読めて右手で弾けました。脳のどの部分を使うのかは分かりませんが、これもOTのリハビリに使えるかもしれません。14日15日分のノートの記入もしました。辞書をスムーズに使えたので病院用に一つ持って行く事にしました。3時帰院予定なので昼食前にお風呂へ入りました。浴槽の出入りに縦位置の手すりが一つあると安心かもしれません。I先生と相談してみようと思いました。昼食に長女が作ったナスの味噌汁を食べて2時過ぎに家を出ました。玄関で皆と別れるときにちょっと涙ぐんでいた様子でした。帰りは二人です。病院までのルートは田園風景もあります。今年は冷夏だったけれど田んぼは結構黄金色になっています。早いところは稲刈りをしていました。そんな話もしようかとも思いましたが、私はすごく疲れを感じてしまい車内はラジオの音だけが響いていました。病院で担当看護師さんがいたので報告をしたり、同室の方達と少し話をして帰りました。今回の外泊を機会に「夜はパジャマに着替える」をshinと約束しました。shinの場合、パジャマに着替える動作の問題より着替える事を覚えておく記憶の問題が大きいのですが本人も「意識する」と言ったのでさせてみようと思います。8月に同室のUさんが外泊した時、奥さんが「疲れたぁ~」と言っていましたが今の私にはあの時の奥さんの気持ちが本当によく分かります。体だけではなく精神的な部分まで疲れた連休でした。明日の病院は休みます!
2004.09.15
コメント(0)
2004 9/14(火)shinと墓参り。以前は両親のタイミングに合わせていたが、shinが家にいる間は二人でサッと出かける事にして時間も楽になった。朝は曇っていたのだが鎌倉に着くと、暑いくらいの日差し。それでもお彼岸が近いので墓参の人も多く、駐車場も一杯だった。お墓は遠くにあった方がよいのかも…。昼食を済ませてshinはそのままPCへ。私は敬老の日用に体温計を購入。義父はいつも大騒ぎをして体温計を捜すので(自室に置いてあるのに)。ユニバーサルデザインで数字部分の表示が大きく、電子音ではなくメロディーで(メリさんの羊!)知らせてくれるタイプにした。(補聴器を着けていても体温計の電子音は聞いたことが無いと言う義父。目覚ましも聞こえないようなので仕方ないか)2003 9/14(日) *転院61日目*今日で発病より3ヶ月です。この日を自宅で過せる事に感謝と驚きがあります。ノートも4冊目に入りました。先日看護師さんにアドバイスを受けていたので、朝5時に起こしてトイレへ。上手く目覚めていなかったようで布団の上で尻餅をつきました。その後8時過ぎまで寝ていました。やはり病院では熟睡出来ていないのでしょうか。shinの好きなお芋をふかし、チーズ、果物やコーヒーと一緒に朝食にしました。いつもマイペースな母は結局起きてこず、時間がずれて昼食も一緒には食べませんでした。shinもちょっと淋しそうです。はぁ~。午後から私は買い物に出たので子供達に後を頼みましたが、特に問題も無くTVを見たり新聞を読んだりしていたようです。夜にでも電話しようと思っていた実家から電話がありました。先を越されてしまいましたが、本人もキチンと受け答えをしていたようです。今日も真夏のような天気だったので洗濯物も布団も気持ちよく乾きました。義父は暑い中、ケーキを買いにお菓子やさんまで出かけました。夕食前にshinはカーテンを閉めていました。「動く時は声をかけてね」と言っていましたが、自然な動きだったのでそのままにしました。家庭内での小さな仕事も覚えているようで嬉しかったです。夕食はshinの好きな皿うどんでしたがとてもよく食べていました。ほんとうにあっという間の一日でした。一泊で帰る人はもう病院です。本人も家族も忙しいです。
2004.09.14
コメント(0)
2004 9/13(月)ST・OTの日なのでshinは朝から外出。最近は外出前に掲示板の書き込みも出来るようになった。少しは段取り力(って言うのだろうか)も向上してきたのだろうか。先日の健保関係の書類も担当の先生達に見てもらう事が出来たようだ。退院した患者でもリハビリだけでなく社会復帰に向けての様々な事に関わってもらえるのはとても心強い。でも書類も出して安心…ではなく、もしもの時の対策も考えておくべきだろうか。とは言え、どのような対応をして良いのか皆目分からない。2003 9/13(土) *転院60日目*さて今日はshinの初外泊です。午前中は布団干し、掃除!夕食の用意などを済ませて次女と2時ごろ病院へ行きました。午前中ST・OTを済ませたshinはエレベーターの前で待っていました。着替えを済ませ、荷物をパッキングし二日分の薬と外泊証明書、チェック表などを貰い3時前に病院を出ました。オムツについても看護師さんに相談したところ、「○さんは最近使ってないのよね。キャビネットに入れておいても邪魔だからとりあえず持って帰ったらどうですか」と言われました。やった~。次女と手分けして荷物と一緒に持って帰りました。YTさんTHさんYさんはお昼ね中。YYさんはすでに外泊帰宅。Tさんにご挨拶をして帰りました。駐車場で先日I先生と練習していたので、車の乗り降りも安心してみていられました。自宅ではお茶を飲んだりTVを見たり話をしたり…家でする普通の事が病人には嬉しいらしく、shinもいい顔をしています。早いですが夕方には入浴させました。フロイスを大きなタイプに替え、浴槽の中に滑り止めマットを敷いただけですが、お風呂の出入りは特に問題もないようです。もともとフロは嫌いな人で、子供達からも「お父さんは砂漠でも生きていけるよね」と以前から言われていましたが、3ヶ月ぶりのお風呂はやはり気持ち良かったようです。お風呂場から「う~~ん」と言う声が聞こえました。頭も体も殆ど本人が洗えるようですが、シャンプーと石鹸を取り違えたりシャワーの手元のストッパーを操作できなかったりと小さな事は忘れているようです。2階への階段にはもともと右側に手すりをつけていました。下りは左手で手すりが持てるのですが、上りのために左側にも手すりが必要かどうか…今回の外泊のチェック項目の一つです。上らせてみると右手で手すりを持てています。I先生からは両手で持って体をナナメにしながら上がると言う方法も聞いていたのですが、それも必要ないようです。ただ右足の踏み込みは(病院でもそうなのですが)浅いので、つま先を階段の奥板に着けるようにして上るようにアドバイスしました。お布団も気になる点でしたが「PTのマットと同じに考えてね」と言ったところ立ち居も上手くいきました。これだったら退院してもベットの必要はないでしょう。皆で夕食を済ませ、九州の実家にも電話しようと思っていましたが、とても疲れたので休んでしまいました。外泊一日目はほぼ成功です。
2004.09.13
コメント(0)
2004 9/12(日)昨日不調だった義父は早くから起きている。どうやら復活らしい。そのまま放っておくとまた不機嫌になるので、子供達も気を使って「おじいちゃん大丈夫?」と声をかけたりしている。早めの昼食を済ませて買い物に出る。日曜日はあまり出かけたくないのだが、ずっとサボっていたので冷蔵庫には6人分の食材はもう無い。ダイ○ー系のスーパーへ行くと駐車場が一杯だった。どうやらパ・リーグのプレイオフ決定の売り出しらしい。これから日本シリーズまで賑やかになるのだろう。100均でポケットアルバムを買う。旅行の準備では何も貢献出来なかったので、写真を撮ったshinは焼き増しをして皆さんに送ると言う。「お手紙もメモ程度でいいから添えてね」と私がオーダーしたのでPCに向かって頭をひねっていたが、どうやら形になったようだ。「火曜日のPCでレイアウトのアドバイスをしてもらう」と言っていた。PC一つにしてもこうやって日常の生活にも活用できるようになればshinも気持ちよいだろうし、欲も出てくるかもしれない。年末の年賀状作りも今年はshinにシフトしよう。2003 9/12(金) *転院59日目*2時過ぎに病院へ着きましたが、駐車場は10台待ちです。金曜日は外来も多いのでしょうか。もともと40台弱のスペースしかないので、昨日フロイスを買ったホームセンターへ入れました。今日はシャワーではありませんでしたが、食事の時に服を汚したらしくシャツを着替えていました。「着替えはいつもベット下の引き出しに入れているからね」と言ってはいたのですが、自分で処理できたようです。そう言えば最近はトイレ事情も良く、ズボンの汚れもありません。オムツも8月に母が来たときに買ったのが最後でそれから買い足していません。これがずっと続いたら…そんな風に思うのは贅沢でしょうか。OTは籐細工の後、革細工に変わりましたが、ストラップを作る事にしました。材料を買い足して沢山作る事にしました。出来上がりが退院のタイミングと合いそうなので、記念に配りたいと思ったからです。I先生も賛成してくれました。shinは模様や形を考えています。OTが延びてしまい、初めて次のPTに遅れてしまいました。病院内ではよくある事のようで、特に何も言われませんでした。
2004.09.12
コメント(0)
2004 9/11(土)午前中、shinは旅行の写真の焼き増し枚数を確認していた。私はこんな作業が苦手なのだが、shinは苦でもないようだ。こんな事なら病前からshinに頼めば良かったと思ったりする。それからSTの作文。やはり旅行について書くらしい。印象に残る旅行が出来て良かったと思う。今日は暑くはあるが、湿度は低く爽やかな天気。昨夜、義父は眠剤を飲まなかったため眠れなかったらしい。眠れたのはやっと3時半頃から…と起きてはきたもののボーッとして不調の様子。食事もあまり摂らず、一日部屋にこもっていた。長い間お薬を服用していたのに、昨夜はどうして飲まなかったのだろう。やはり睡眠は健康の基だと思う。用心用心。2003 9/11(木) *転院58日目*今日はshinのシャワー見学です。外泊に備えて私もシャワーの様子を見ておく事にしました。動作や判断力に問題が無い人は、シャワー室が空いていれば毎日でも入れるようですが、shinは週に2回が原則です。もともと入浴は好きな人ではないので、週2回でも文句は言いません。浴槽もありますが、やはり出入りの問題もあるようで皆さんシャワー浴です。看護師さんは足元まである大きなゴム引きのエプロンと長靴姿です。shinは病室でバスローブに着替えてシャワー室へ行きました。大きな部屋に沢山のシャワーブースがあり、shinは一番窓よりのブースを選びました。看護師さんは「○さん、殆ど一人で出来ますよ」と言いながら窓辺に立って見守りモードです。介護が必要な患者の時は、一人済むと汗ビッショリになるそうです。浴槽の出入りが体験できなかったのでちょっと心配ではありますが、シャワーだけでは特に問題もないようです。シャワーチェアーの購入も考えましたが、大きなフロイスがあればそれで済みそうです。今日近くのホームセンターで買って帰る事にします。3時からOTだったのでちょっと時間が厳しかったのですが、何とか間に合いました。ラバーのばし(色つきの粘土のような素材を手や道具を使ってのばすリハビリ)をしながら、I先生と職場復帰のタイミングや介護保険について話しました。OTも先生は何人かの患者を同時進行で見ていますが、イスに座って出来る事が多いのでお話もしやすく、I先生もいろいろと相談に乗ってくれます。休職期間が延長できるのであれば今年一杯はリハビリに専念してもいいかもしれない…また介護保険は申請してみよう・・そんな話になりました。会社との交渉は個人でしなくてはいけませんが、今後の事や制度の問題を相談できる人がいるのは本当に心強いと思います。交通事故の場合、相手との交渉を保険会社に依頼することがありますが、病気や怪我で長期の入院・休職等についてもプロに頼めたら…と切に思います。特にshinは転職したばかりなので、私も会社の様子がよく分からず戸惑う事ばかりです。PTまで少し時間があったので、時計台のベンチで休憩しました。今日も暑く真夏日と天気予報は言っていましたが、4時も過ぎると日陰もできて涼しくなります。果物とお菓子でブレイクしました。こんな時のshinはとても嬉しそうです。PTは自主トレの後、実習生による集中力の検査がありました。きっと自習レポートのデータになるのでしょう。今日のshinのノートには、車イスの更新についてと外泊時の履物についての質問が書いてありました。どうやら覚えていたようです。車イスについては返却になりました。発病当初は車イスに座らせてもグニャグニャとして、きちんと座る事さえ出来なかったのに、もう必要ない…とは。本当に感謝です。もう一つ。shinのノートには「今日はお月見。丸二年になるあの日。5000人以上がなくなり、黙とう」と書いてありました。
2004.09.11
コメント(0)
2004 9/10(金)旅行から帰ってきて毎日外出だったのでちょっとお疲れモードのようだけど、まぁshinの今の体力だと心配は無いと思う。今日は健保提出書類の作成。一応作っていた文案と昨日貰った主治医のアドバイスを基に新たな文章を作る…shinの苦手な分野だがまず本人にさせてみる事にした。昼をはさんで2時ごろにはコピーまで出来たので、これから郵便局へ行くと言う。雨も降りそうな気配だったが本人もその気になっているので行ってもらうことにする。郵便局や銀行などには最近殆どshinが行くようになり、私は助かっている。先週健保から書類が届いた時には戸惑いが大きく少し感情的にもなったりしたが、SWや主治医のアドバイスもあり書類も納得できるものが書けた。また、この事がshinも現在の自分の状態を客観的に見る機会となり、これから求職活動を始めようと予定している来年1月までの時間の使い方を考え直す機会ともなった。昨日のO先生の指摘も踏まえて、これからの課題を丁寧にクリアーして行きたいと思う。2003 9/10(水) *転院57日目*OTが休みなので昼寝をしてから出かけました。ちょっとの時間でも横になると体も休まり元気になります。昨日は部屋替えでしたが、また移動の話があったらしくshinはちょっと不機嫌でした。今の部屋の隣は3人部屋で狭いので、車イスの人は入れません。それでshinが候補に上がったようですが、本人は一応「いやだ」と断ったようです。今の部屋がいいようで、まだ一晩しかたってないのに結構皆さんと話が弾んでいます。年令が近い事もあるのでしょうか。あとどれだけかかるか分かりませんが、shinの入院生活がなるべくスムーズに楽しく(って変ですけど)送れればいいと思います。週末の外泊届けをナースセンターに出し、主治医のK先生にも先日のMRIの写真を見せてもらう約束が出来ました。先生も忙しい人だし私も午後からしか来ないので、コンタクトを取るのはなかなか難しいです。9月に入り杖歩行になったので車イスは使わなくなりました。レンタルの期間が今月半ばまでなので一応病室前の廊下に置いてあるのですが、更新はどうしたらいいのか、また外泊した時の家の中での履物(裸足、靴下、スリッパ…)についてもOT・PTの先生に聞いておくようにshinに言いましたが、明日まで覚えているでしょうか。
2004.09.10
コメント(0)
2004 9/9(木)shinは午前中スポーツ講座で水泳、午後からPT。私も久々に見学する事にしてF病院で待ち合わせ。予約の時間にPT室へ入ると、すでにO先生とストレッチを行っていた。水泳の後なので疲れも心配していたが、いつもと同じペースでメニューもこなしていたので安心。先日のお見舞い旅行の話などもしていたようだ。リハビリの最後は「チャリこぎ10分」といつも言っているのだが、shinがバイクの方へ行くとO先生のshinの日常について質問があった。いろいろと答えているうちに「論理的思考とそれを会話で表現する事が課題のようです。突然に話が始まったり飛んだりする事もありますね。また同じ話がグルグルまわる事もあります」とスルドイ指摘。以前にT先生からも言われた事があったので、対策を聞いてみたら「やはり家族との会話の中でフィードバックしていくのがいいでしょう。文章にするのもひとつですね」とアドバイスを貰った。入院中からO先生は歩行以外の点ではあまり指摘されなかったのだが、今日は私が久々に行ったからだろうか。ありがたいと思った。もともと話し方の癖はあったものの、今後の社会復帰を考えれば自分でも意識して改善して欲しい点だ。先生から指摘されたと言う事は、shinにも改善の余地があると思っていいのだろう…と解釈する。帰りの車の中でshinにも先生の話をする。本人も気付いている点もあるようで、私のサポートも頼んだので言葉を選んでなるべくケンカにならないように指摘しよう。2003 9/9(火) *転院56日目*病室へ行くとshinがいません。ナースセンターで尋ねると部屋替えだそうです。新しい部屋は先日まで一緒だったYさんをはじめ、比較的自立した人の部屋のようです。ナースセンターからは遠くなりましたが、西向きなので夕方まで明るく同じ6人部屋なのに印象が全然違います。昨日も夕食を自室で…と看護師さんから言われていたのですが、この部屋では皆さんここで食べるようなので、夕食から自室食となりました。いい形で解決出来たのでホッとしましたが、「お箸も自分で洗ってね。はみがきも」と言うとムスッとしていました。これでもといた部屋はKさんと新人のおじいさんともう一人で3人の部屋になりました。OTの前にお風呂用の滑り止めマットを購入しました。I先生に教えてもらったお店で買いましたが聞いていた金額より安く、先生は「私もここで買えばよかったな」と言っていました。OTは籐編みが終わったので革細工に移りました。頭がいろんな形になっているクギが沢山あり、それを木槌でトントンと革に打っていきます。さて今回は何を作るのでしょうか。
2004.09.09
コメント(0)
2004 9/8(水)外出が続くが午前中はPC、午後は地区のリハビリ教室でバスの乗降訓練があり、shinは朝から出かけた。PCについてはどの程度定着しているのか…。スタート当初は復習などをやっていたようだが、最近は見ない。次女は体調不良で休み。体がきつく頭が痛いと言う。私も小さい頃は夏が苦手で、夏休み中ボーッとして過していた。次女も体質が似ているのかも知れない。部活も結構ハードだったので疲れも出る頃だろうか。2003 9/8(月) *転院55日目*どんよりした涼しい日です。定例の月曜Faxを会社に送信しました。昨日の事もあるので今日は休みにしようかとも思いましたが、ちょっと可哀想かな。8月分の傷病手当の請求書を郵送し、2時過ぎに病院へ着きました。シャワーを浴びてサッパリしており髭も剃っていましたが、昨日の記憶もあるらしくあまり元気がありません。OTの前にデイルームでノートの記録、漢字、文章題を少ししました。Kさんが来たので一緒におやつ。Kさんはお菓子屋さんで舌も肥えた方です。果物も好きなようですが、ヘタなお菓子は食べないようです。先日はかりんとうを勧めたら、「油が良くないね」と一言。おそるべし。隣のベットのYさんはニオイのクレームを言ったらしく、別の部屋に移っていました。ニオイのもとのおじいさんのご家族はいつも済まなさそうにしています。本人もご家族も大変だなと思いました。OTではI先生がノートのチェックです。昨日の所に「悪事露見」とshinが書いているので、「○さん悪事って何をしたの?」とI先生もニヤニヤしながら聞いています。shinは「いいの。勘弁してくださいよ」と逃げていました。PT前に10分ほど時計台のベンチに座り、外の空気にあたりました。車イスに比べて移動が楽になり、ちょっとした時間でも外に出れてshinも嬉しそうです。先日のMRIの写真も出来ている頃でしょう。外泊の申請もしなくては・・・。今の私は疲れもあり余裕が無い状態かもしれません。外泊に向けて私も体力の回復をはからないと…。
2004.09.08
コメント(0)
2004 9/7(火)shinも夕べはかなり疲れた様子だったが一晩休んだら回復していた。体力だけなら私より元気かもしれない。予定通りでOKと言うので、午前中は訪問PTのT先生との面談。shinが近況と今後の予定(求職活動)を話し、先日の健保の書類を見てもらう。両親の状態も分かってもらっているので、私も日常の話もしやすくちょっとグチっぽくなってしまった。反省。先生は「いいのよお」といつも明るく対応してくれるので、つい甘えていろいろと話してしまう。でもこんな風に病気の事から家族の事までじっくり話を聞いてもらえるのは、とてもとても有り難い。午後からはshinはPCへ。私は買い物を済ませて先に帰る。台風18号はすごい被害を残しながら北上している。前回も日本海側を通ったが、今年は台風も多い。2003 9/7(日) *転院54日目*やはり例のカードの件をshinに直接聞いてみようと思いました。ゆっくり話しがしたかったので、昼過ぎに病院へ着くように行きました。昨夜も起こされたらしく、髭も剃らずに黄昏ています。天気も良かったので時計台のベンチへ誘いshinは果物、私は昼食を食べました。・・・・ここまでは平和な風景です。さて、行方不明のカードについては使った記憶はあるらしくあっさりと認めました。お金の使途についてもボソボソと説明します。(怒)しかしカードの所在については話がチグハグになり、本当はどこにあるのかが分かりません。会社にも無く本人も分からないと言っている以上、この話は取り敢えずはここで打ち切りでしょうか。結果として分からないままでしたが、一応本人にも話が出来たのでこれから新たな展開があったとしても、それはそれで乗り切るしかありません。気分を変えてデイルームでSTの宿題をしているとTさん一家が帰ってきました。3FにはTさんが沢山いますが、転院当初shinが食事の時に「うるさいよ」と言ってしまったTさんです。お母さんらしい年配の女性はよく見かけていましたが、奥さんと娘さんには初めて会いました。Tさんはshinに少し若いくらいなので奥さんも私と同じ年代のようです。「家族で車イスを押して外出してきたんですよ」と奥さんが話しました。一駅先はちょっとした商店街になっているのですが日曜日で人も多かったらしく、3人とも少々お疲れモードです。「○さんは歩けるし、字も書けて羨ましい」と奥さんが言いました。何だか公園の若いお母さん同士の会話のようです。3FにはUさんやKさんのように年配の方も多いのですが、Tさんやshinをはじめとして40代50代の方も沢山います。家族同士もいつの間にか年令の近い方とお話するようになります。後からTさんとの関係をshinに尋ねたところ、あれから話をするようになり(shinが話しかけてTさんが表情で答えるらしいのですが)関係は良好!との事で、私も安心しました。やはり転院当初はshinの精神状態も安定していなかったのでしょう。Tさんも退院はまだまだのようですが、奥さんも前向きな方のようで、また話をしたいな・・と思いました。shinとTさんの関係も良くなり、奥さんとも話が出来た事が今日の嬉しい出来事でした。
2004.09.07
コメント(0)
2004 9/6(月)天気も思ったより良くなった。昨日はshinはいなかったが、エアコンの工事があり慌ただしかった。ヒマな主婦のようでなかなかまとまった時間が取れない。夕方6時ごろTelがありshinが帰宅。帰りもTさんの車に乗せてもらって帰ってきた。関越道を通ってきたようで、お土産は横川の「○の釜飯」。いくら車に乗せてもらったとは言え、家族分6個は買うだけでも重かっただろう。有名なだけあって釜飯は味もよく、普段は少食な義母も殆ど食べられた。いつもは「うまい」等と言わない義父も喜んで食べていたが、人と団体行動を取りながら一泊旅行に出かけたshinの回復を、両親はキチンと認識しているのだろうかとフト思ったのだが、こんな風に考えるから私は必要以上に疲れるのかもしれない。2003 9/6(土) *転院53日目*とても体がキツイのですが、両親が病院へ行くと言うので休む訳にも行かず…(二人で電車で行く…と言う選択肢は無いようです。まぁ70日間会わなかったのだから面会してくれるだけでもよいのですが、私の体力もそろそろ限界かもしれません)子供達とは夫々の出先から病院で集合としました。OTで作っていた籐のカゴが完成していました。もともと不器用な右手だったので、籐細工をしていると聞いても誰も信用しなかったのですが、とても綺麗に出来ています。shinもちょっと鼻を高くしています。持って帰るのはボンドが乾いてからにしました。新人のおじいさんのトイレ事情が悪いらしく、お部屋も何となくニオイがします。夜も頻繁に起こすようで、寝不足だ・・とshinとお隣のYさんが言っています。自分達も記憶が無い間に通ってきた道なのに、ちょっと余裕が出来ると人間はワガママです。shinの食事は入院以来ずっとデイルームでしたが、もともと介助が必要な人が食事をする場所のようで、shinは部屋での食事を勧められました。しかしshinの部屋は照明も暗く、ベットサイドでテレビと向き合って食べる形になるので淋しがり屋のshinは「イヤです」と断っていました。デイルームのイスの数も限られており、shinより優先度の高い新人さんも次々に入院している事を考えれば、部屋での食事も時間の問題だと思いました。同室のUさんが退院されました。自宅は病院から徒歩で20分の所らしいのですが、「まだ上手く歩けないし坂道では車イスも恐いので、通院はタクシーで来るよ」と言っておられました。子供達がKさんの奥さんに小さなぬいぐるみと(奥さんのお姉さん作)お菓子(Kさんの家はお菓子屋さん)を頂きました。奥さんのお姉さんは時々病院でも見かけますが、優しそうな白髪の婦人です。私は姉も妹もいないので仲の良い姉妹を見ると羨ましい時があります。超疲れた一日でした。母から電話が夜にありましたが、疲れもありあまり上手く話せませんでした。またまたごめんね、お母さん。
2004.09.06
コメント(0)
2004 9/5(日)shinは入院仲間のYさんYYさんTさん達と同室だったYTさんのお見舞いに長野県へ行った。浅間山の近くの温泉病院なのだが、長野県側は大きな影響も無いようで予定通りにTさんの車に同乗し出かけた。皆さんには段取りや連絡、車の手配などお世話になってしまった。自分に出来る事は何かと考えたshinはカメラを持っていく事にしたのだが、うまく撮れただろうか。2003 9/5(金) *転院52日目*朝から快晴です。フトンや洗濯物を沢山干しました。10時過ぎに簡保の担当の人が来ました。shinの入院証明の確認や長女の保険の見直しについて説明を受けました。分かりやすい説明だったので私にも理解出来ました。やはり長女については見直しをする事にしました。OTとPTの間に時間があったので外のベンチへ出て、用意していった果物を食べました。ここは一段だけ段差があるのですが、shinが足の踏み出し位置を考えずに半端に足を乗せたので、注意しました。次にトイレで荷物やステッキ、スイッチ、ドアの開閉など行動の順番が混乱したようなのでまた注意すると、大声で「ウルサイ」と怒鳴りました。出来ない時は「今日はこのレベル」と思えばいいのでしょうかつい欲が出て、いろいろと言ってしまいます。杖歩行も始まったばかりなので慣れてないのも分かるのですが、転倒も伴う場面ではついキツイ調子になってしまいます。イエローカードの出し方には注意です。 反省。今日からノートの記入も始めたようです。リハビリ担当の先生の名前、時間が書いてありました。食事の内容と金曜日のシーツ交換についても記入してありました。漢字も随分書けるようになっています。小学生のような文章ですが、ちょっと面白くもあります。8月分の健保への提出書類をK先生に思ったより早く書いもらいました。コピーをとって明日会社へ送る予定です。
2004.09.05
コメント(0)
2004 9/4(土)SWのUさんと面談。健保からきた書類を見てもらう。専門家のUさんもこの様な問い合わせはあまり聞かないと言われたが…。考えてみれば、休職中であれば定期的に報告もするのだろうが、会社とは切れているので現状報告を求められるのも当然かもしれない。・・・・shinはまだ気持ちの整理もつかない様子だったが、Uさんとじっくり面談してもらっているうちにそう考えられるようになった。Uさんと面談するといつも思うのだが、人の話をじっくり聞くと言うのはとても大切でとても難しい。Uさんはまずじっくり聞いてくれるので、こちらも考えをまとめながら話が出来る。そうやって話しているうちに、こちらの気持ちも落ち着いてくるから不思議だ。これは家族との関係で私も気をつけないといけない事だ。提出書類についてもアドバイスを受け、落ち着いた気持ちで帰れた。2003 9/4(木) *転院51日目*午前中いろいろと用を済ませて、3時に病院へ。OTのI先生からノート記入の提案がありました。書字の練習もかなり進んでいるようなので、一日の予定や記録などを書いていく習慣をつけてみてはどうですか…と言う事でした。shinもイヤと言わなかったので、早速ノートを用意する事にした。PTまで時間があったのでおやつを買って外のベンチで休憩しました。いつの間にか空も高くなり、今日の空気は乾燥しています。秋の始まりでしょうか。太陽も病院の向こう側に回り、ちょうどいい影が出来てそよ風も気持ちがいいです。こんな時は現実も忘れて、何だかホッとしてしまいます。他の患者さんや家族の人たちも、気のせいか穏やかなお顔です。昨日はshinの部屋に新患さんが二人入ったそうです。
2004.09.04
コメント(0)
2004 9/3(金)昨日健保より書類が届いた。会社とは縁が切れているが、健康保険は任意継続の形にしたので健保には毎月払い込みや書類の提出がある。その書類に不備でもあったのかと問い合わせをしたところ、「傷病手当金を支給し始めて一年が経過しましたので、一応現状確認と思っていただければ・・」との答えだった。何となく腑に落ちない問い合わせだとは思いながらも、提出しない訳にもいかないのでF病院のSWに相談に乗ってもらう事にした。明日のアポが取れたので、私も久々に病院へ行く事にする。午前中はPTのT先生の訪問日だったので、先生にも相談してみようかと言っていたのだが、両親の時間が長引いてしまった。shinの介護保険の利用の件もあり、来週の面談の予約を入れてもらう。午後は定例の払い込みでshinは銀行へ。3時前には入れたらしいが、「月初めの金曜日で混んでたよ」と汗ビッショリになって帰って来た。2003 9/3(水) *転院50日目*明け方足が攣って目が覚めました。左足のふくらはぎがプルプルしているのが分かりますが、痛くて身動きが取れません。昨日、履き慣れないヒールのある靴を長時間履いたのが原因だと思いますがカラブリだった上に足まで攣って、本当の無駄足でした。午前中Y子ちゃんとメールと電話で話しました。やっと夏休みも終わりお互いにホッとしているのが、可笑しかったですがY子ちゃんも元気そうで何よりでした。細い体で仕事も家事も学校のお手伝いもバンバンこなすY子ちゃんです。あのエネルギーはどこから来るのだろうといつも思うのです。7月の次女の眼科の予約をすっかり忘れていたので、振り替えが今日になりました。夏休み明けの眼科はスゴイ混みようで、おまけに散瞳検査までしたので終わったのは5時を過ぎていました。私も疲れたので初めて病院は休みました。朝刊に「高次脳機能障害」の記事が載っていました。交通事故などの脳外傷で起こった場合の例が書いてありましたが、脳外傷・病気・脳卒中いずれが原因の場合も程度の差はあれ、本人も家族も対応に困る事が多々あり、社会的認知度が低く、障害を持つ人の社会復帰の妨げになっている…とありました。事故や脳卒中での救命救急率は格段に上がったものの、深刻な後遺症が残る人は増えているそうで、医療関係者の中でも「高次脳」に対する認知度が低いため、障害があっても的確な治療を受けずに退院するケースも多いとか。随分経ってから「高次脳」が分かり「早期からのリハビリ開始をしていれば…」と悔やまれる患者さんや家族も多いのが現状と書いてありました。「高次脳」はshinにとっても大きな問題ですが、少なくともH病院・F病院で高次脳対策のリハビリを施されている事を思えば、これは感謝でしょう。shinに記事を見せようかどうしようか・・・と考えましたが、とりあえずもう少し時間が経ってからにしようと思います。記事のコピーだけをとることにしました。
2004.09.03
コメント(0)
2004 9/2(木)木曜日はスポーツ講座の日だが、今日は陶芸のプログラムだとか。デニムのエプロンをバッグに入れたshinは「芸術の秋だ~」等と言いながら出かけた。ノンキなおじさん、ノーテンキなお父さん…そんな風に写るshinだけど深い所ではどうなのだろうか。見た目と変わらないのか、実は悩んだりもしているのか・・・17年一緒に暮らしていても分からない部分だ。午後からまたTさんの所へ行ったshinは、またまた1ℓのビンを2本貰って帰って来た。Tさんの実家はりんご園で、ビンの中身は美味しいりんごジュース。Tさんはリハビリの一環でPCを勉強し始めたようで、shinの掲示板にも病院のPCから投稿してくれた。shinはそれが嬉しかったようで、Tさんにお礼を言いに行ったようだ。この前のようにカチャカチャいわせることも無く、バッグの中にうまくパッキングして帰ってきたので先日のようにヘロヘロに疲れてはいなかった。一度経験した事は何とか活かせるようになってきている。2003 9/2(火) *転院49日目*1時の約束でshinの会社を訪問しました。初めて会うSさんはニコヤカに対応してくれました。机の上に出されたshinの私物は思ったより少なく、書類と名札とフロッピーが数枚でした。探しているカードなどは見当たりません。「○さんのデスクは先日、Fと整理しておきました。これで全部ですが、この私物は今日お持ち帰りになりますか」と聞かれました。そうか、shinのデスクはもう無いんだ・・・そう思うとまた胸がワサワサしました。私物を貰って帰ると本当に会社と縁が切れてしまいそうに思ったので、「今日はこれから寄り道をしますので…」と言って帰りました。完全にカラブリでした。解約手続きをしてはいるものの、どうしてもカードの行方がきになります。もう少し家を探して、それから本人に聞くことも考えてみようかと思いました。病院には夕方着きました。OTは検査をしていました。色を面で塗り分けた積み木を使って図形を作る検査です。プリントされた見本のように出来ればOKなのですが、制限時間の中で色と形を認識しながら作業をするのは、shinにはなかなか難しい事のようです。それでも前回は43点でしたが、今日は59点という事でした。こんな点数に一喜一憂しても、仕様が無いのでしょうか。退院を控えた同室のUさんと撮った写真をプリントして上げました。入院は楽しい思い出ではありませんが、一枚くらい記録があってもいいかもしれません。
2004.09.02
コメント(0)
2004 9/1(水)子供たちは今日から弁当を持って学校へ。shinは午前中はPCで午後から地区リハなので一日外出。やっと静かな日中の復活だ。やれやれ。久々に天気も良く、洗濯機を何回も回し掃除をして布団も干して…と主婦のフルコース。やっと皆出かけたのだからノンビリしようと思っていたのだが、お天気には勝てなかった。悲しい?主婦のさが…。先日実技を合格したYさんが今日学科も合格したそうで、丸4ヶ月で免許証get。実技も学科も1回ずつ練習があったが、すぐに傾向と対策の分析が出来るところがYさんのすごいところだ。これから、駐車禁止区域除外申請と下肢等障害者自動車運転訓練費助成事業実績報告をしなければいけないらしい。お役所は何でもまず申請なのだ。試験場は月曜日が混む日で問題も難しいとか。我が県の試験場はバリアフリーどころか車イス用の段差解消板すら買えないビンボーらしい。またYさんの自宅からだと県の試験場より都の試験場が近いらしいが、受験は自宅がある県と決まっているようで、この辺も規制緩和で選択できるようになれば…と言われていた。2003 9/1(月) *転院48日目*定例の月曜Fax送信後、会社のF氏へ電話をすると今日付けで転勤になったとの返事です。「私が窓口になりますから」と言って下さっていたのに・・・。変わりに先日お見舞いに来てくださったSさんとお話しましたが、ちょっと不安になりました。shinの入院直後、私の知らないカードの請求書が送られてきました。請求額がかなり高額だったのと、そのカードがどんなに探しても見つからないので不安が募りました。とりあえずカード会社に連絡し解約の手続きを済ませましたが、どうしても気になります。家中探しても無いので後は会社かと思い、Sさんに相談したところ、明日会社訪問をする事になりました。何か進展があるでしょうか。PTのO先生に外出の報告をしました。今日から病院内での杖歩行の開始です。痛いような視線を感じる事がありましたが、私の思い過ごしだったのでしょうか。OTの時間に「外泊前でいいので、車の乗り降りをチェックしてもらえますか。でもこれはPTのO先生の担当ですか」と尋ねたところ、I先生は「はいはい。私でいいですよ。じゃあ今から行きましょうか」ともうイスから立っています。「え~先生、今日じゃなくていいですから」と言いましたが「はい○さん、駐車場へ行きますよ」とshinを促しています。もし問題点があったらPTの時間にもチェックしてもらわないといけないかな…と思いました。時間の余裕があった方がいいかもしれません。F病院の駐車場はスペースも狭く、今日も1時間ほど入庫で待ちました。夕方の駐車場は少し空いて、車イス専用スペースも空いていたのでそちらに車を移動しました。I先生と私が見守る中、shinは後ろの左ドアから乗りました。家の車は車高が高く、ステップを付けてはいるものの義母はいつも「よっこらしょ」と言いながらよじ登ります。shinは左手で取っ手を握ってスムーズに体を移しました。先生も「へー」って感じです。降りるのも半ば後ろ向きにスルリと下りました。乗降とも心配していましたが、義母よりうまいかもしれません。先生も「これなら大丈夫ね」と安心そうです。OT室に戻りながら「I先生はもしかしたらセッカチですか」と失礼を承知で聞きました。先生はニヤリと笑っていました。車の乗降は解決しました。さて明日はどうなるでしょう。
2004.09.01
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1