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2005 5/31(火)おはようございます、minminです。ちょっと寒い朝ですが、今日で5月も終わりですね。さて、今朝のTVニュースの中で点字の話題があったので。実はshinが病気になるまで、私も細々ですが点訳ボランティアをしていたのです。と言っても約10ヶ月ほどの研修と審査をやっとこさパスし、気の合ったお仲間さんたちと助け合いながら(私はずっと助けてもらう一方でした)何とか続いていた…のが現状でしたけど。ので、点訳の世界の決まり事の多さ、煩雑さ、難解さ…だけは身に沁みて分かるのですが、今朝のTVでは画期的な進歩が伝えられていました。まず、スキャナーから墨字(晴眼者が書いたり読んだりする文章)を読み取り、隣の点字プリンターからダッダッダッと点字文書が出てくる装置が開発されているとのこと。これは昨年、OTのI先生に勧められてshinと行った東京ドームでのハンディナーの為の就労フェアーで実物を見ました。とにかく数分間でできてしまうので、お役所関係の文書など、何週間も待たせることなく点字版を必要な方に渡すことができます。今のところ、日本語の文章しか対応できないようなので数点(数学の点字)英点(英語の点字)楽点(音楽の点字)などは、まだまだ人の手に委ねられるのが現状だと昨年は説明を受けましたが、これも近い将来PCが引き受けてくれるかもしれません。(ただとても高価で、公共の場所ではともかく個人で簡単に買える金額ではありませんでした)次はラベルなどの短い文章を入力し、墨字のラベルの上から点字を打つことができる機械ができたそうです。これはまさに私が研修を受け、その後も活動させてもらっていた視覚障害者のためのセンターでの映像でした。トイレットペーパーの補充の仕方を説明するラベルを作っていましたが、これは小さなキーボードとプリンターが一緒になったような装置でしたので、一番目の機械よりも使い道も多いかもしれません。3番目は視覚のハンディがある人へのメール点訳機能です。ハンディナーの中にはPCに音声読み下し機能のソフトを入れている方も多いと聞きますが、これはメールの送信者が四国のA大学へメールを送信するとそこの研究室でメールを点訳・プリントし、指定された住所へ郵送するシステムでした。(内容を人に知られたくない方には向かないでしょうね)PCを開ければメールを「聞く」ことは出来るでしょうが、実際に手紙で来れば何時でも何度でも触ることが出来るので、やはり嬉しさも違うかもしれません。点訳も今はPCが主流になっていますが、手打ちだとまず文章の下調べを入念にし、間違いを犯さないように極度の緊張を強いられ、ページも膨大な量になるので、仮に打ち直しなんて事になると、もう気が遠くなってしまう…。一冊の点訳本になるまでには点訳者の他に沢山の校正者や装丁者も関わったりするので、完成までには何ヶ月単位の時間がかかります。このように点訳完成までのプロセスを考えれば、便利な機械が沢山開発され、使いやすい場所に提供されたり、価格の点で改良が進めば、点訳の必要がある方達にはとても生活しやすくなると思いました。もともと私は楽譜の点訳を目指して講座を受講したのですが、数年に一回の楽点講座を待っているうちにshinの発病と重なってしましました。これから点字に関われるだけの余力が、また私に与えられるかどうか…今のところ分かりませんが関心だけは失わずにいたいと思っています。最後になりましたが、点訳講座で知り合ったOさん(度々私の日記に登場する、バイタリティー溢れる方です)のお誕生日が今日です。~~Oさん、お誕生日おめでとう♪~~
2005.05.31
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2005 5/30(月)こんばんは、minminです。今日はまさしく ”RAINY DAYS AND MONDAYS "でした。カーペンターズはほぼリアルタイムで聞きました。カレンの声っていつ聞いてもいいですねぇ。さて、昨日は日本ダービーでしたね。大方の予想通り、ディープインパクトが大きく差をつけて勝ちましたね。スタートがあれだけ乱れたのに、ジョッキーも馬もすごい集中力でした。shinは以前から見るだけ競馬が得意な人でした。スポーツ全般においてその記録を覚えるのが得意で(何~の役にもたってませんけどね^^;)競馬についても「これは誰が父で○○の血統。いついつのレースで何着を取り、どーのこーの」馬にしても他のスポーツにしても記録を喋りだすと止まらない人です。20年近くも一緒に住んでいると、私も耳からの情報で少しは気を止めるようになってきました。私は毎朝5時には起きますが、お台所に立つと真っ先にラジオをつけます。お気に入りの民放FMはこの春から5時からの番組もリニューアルして、スポーツ専門プログラムになりました。この二週間はディープインパクトをあらゆる面からリサーチし結構な情報量でしたので、起きぬけの私の頭でも面白く聞きました。厩舎の様子、調教師のインタビュー、競馬記者のコメント、武豊のディープインパクトへの思い…そんなこんなを聞いていると、競馬=ギャンブルという図式だけでなく、一頭の馬を知る事の面白さをお弁当を作りながら感じたのです。「血」を残せる馬は、いい成績を残した馬だけ…と、とてもシビアな世界ですが今いるサラブレットの血統をさかのぼっていくと、最後にはどの馬も3頭の馬のいずれかに属するとか…。なんだか面白い世界だと思いませんか。秋の菊花賞も楽しみですね。でもね、優等生の馬だけではなく「ハルウララ」みたいな味のある馬も私好きです。
2005.05.30
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2005 5/29(日)こんばんは、minminです。今日のshinはお仲間さんたちと箱根へ行きました。お世話役のKさんが段取をしてくださり、市の福祉バス(車イスもリフトで乗れるタイプ)を借りての旅行でした。今回は彫刻の森が目的地でしたので、園内で皆さんゆっくりできたそうです。お天気も良く、無事に日帰り旅行が楽しめて本当に良かったと思いました。一昨年、リハビリ病院から退院直後の外出は何処へ行くにもいつも二人一緒でした。毎週あった通院リハビリでは先生方から「shinさん、なるべく早く一人で来られるようになってね」とプレッシャーがかかり、車での通院からshinは電車、私は車で現地集合、そのうちshinの一人通院と少しずつshinの行動も自立していきました。それでも昨年は私もずっと家にいたので、shinが外出する時は見送るのが常でしたが、最近は私がいないタイミングもあったりします。もともと時間にはルーズなところもある人なので、時間の管理、外出の用意など出かける前から緊張は始まります。(子供でも何でもないことも、病後のshinには大変なことでした)私も気になるので外出・帰宅のタイミングに電話をもらったりしていましたが、最近は専らメールの遣り取りで済むようになりました。(当初はメールをしたがらず困りました)最近はメールがない時もありますが私もあまり気にならなくなってきたので、まぁいいか…という感じでしょうか。こうやって徐々に病前の生活に近くなっていくなかな…と思うと、退院直後の焦りに似た気持で過していたこともshinに対して申し訳なかったな…と感じます。リハビリって時間がかかるものなのですね。さて、今日のお土産は小田原の干物でした。お刺身も用意していたので、ちょっと変わった組み合わせになりましたが、両親も鯵の干物を美味しそうに食べていました。最近はshinの病気に対して何も言わない両親ですが、嬉しかった…かな。
2005.05.29
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2005 5/28(土)こんばんは、minminです。まずまずのお天気の今日は娘達の運動会でした。shinは明日お仲間さんたちと箱根へ行く予定もあるので、近くの中学へはshin、高校は私…とも考えていたのですが、「高校も今年が最後だろう(タブンね)。両方行こうよ」と言いますので、運動会のハシゴとなりました。中学の800mは去年と同じ、プログラム1番でした。次女は昨年のタイムは更新したものの、最近の異常なほどの食欲のため体は重くとても陸上部の走りとは言い難く、「もっと絞らないとねぇ」とshinと顔を見合わせて笑ってしまいました。高校は午後の応援合戦に間に合いました。毎年、中高が6色の色別応援団を作り、応援合戦をします。チアやダンス部が盛んな学校なので、振り付けのセンスも良く男子もなかなか上手く跳ねたり踊ったり。特に今年はマッスルミュージカル系の動きを取り入れた緑チームの踊りが、私は気に入りました。それにしても、今どきの子供は。ラジオ体操ができない。整列ができない。駆け足ができない(整~列と言われてダ~ラダ~ラ動きます)。・・・・・「朝飯食べたかぁ~」隣でshinが呟きました。
2005.05.28
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「区切りのいいところであと一人、どなたか参加してくださ~い」高校の同窓会MLでメールが届きました。明日は在京の高校の同窓会があるのですが出席者が伸び悩み、幹事さんは困っているようです。例年40歳になる学年が当番幹事になるお約束ですが、今年は該当学年の人数が少なかったらしく私達よりも一回りも上の学年がお世話をして下さっている様子です。ネット研究会もある同窓会なので、郵便よりもネットでのお知らせが多く、出欠のお知らせも経費削減のためネットで済ませるように御触れがきます。例年300人近くは集まるのですが(なにせ長崎くんちで育った祭り好きの人間ばかりです)今年は集まりが悪そうで、幹事さんにもお気の毒です。かく言う私も明日はダブル運動会。午前は中学、午後は高校(一応最後の予定です、ハハハ)で欠席です。(く~、さっき次女がゼッケンと体操服をさり気なく置いていきました)200人目の出席者、決まったでしょうか。
2005.05.27
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昨日仕事から帰ると台所に葉っぱ付きの大根。義母曰く「植木屋さんのIさんからよ。Hさんでお仕事だって」。緑が濃い葉っぱでしたがちょっとシンナリしていたので、外出前に水に浸けて出かけました。Iさんは先日垣根の剪定をしてもらったのだけど、もう15年くらいのお付き合いです。もともとシルバーセンターで紹介してもらった植木屋さん。口数は多くはないのだけど、話すと何だ心地よい人です。たしか義母と同い年。ここ数年は依頼の電話をするのにも、ちょっとだけ躊躇いもありましたので、わざとお天気の日のお昼間に連絡をしていました。いつも感じの良いご家族が電話に出られるので、お仕事を依頼してもよいかどうか尋ねると「今、仕事に出てますから、夜にでも電話させますね」と答えてくださいます。昨年は「もう年だから来年は弟子を行かせるよ」と言っていたIさん。お仲間さんが梯子から落ちたり交通事故に遭ったり、気になることが続いたらしくちょっぴり元気がありませんでした。今年も春先に電話をしました。お隣のHさんと2軒分の依頼です。「弟子と二人で行くから。オレは梯子には登らないけど、低い所の仕事は大丈夫だから」と嬉しい返事です。よかった、よかった。昨日はHさんの垣根を作るお仕事だったようです。我が家の夏椿も枯れてしまったので、「梅雨に入ったら植え替えに来るから」とIさんは約束をしてくれました。外出から帰ると、大根の葉は葉先までピンっと背筋を伸ばし気のせいか緑も更に濃くなったような…。早速ザクザク刻んでおジャコと炒め、ふりかけにしました。少々腰は曲がってきましたが、日焼けした肌も艶やかなIさん。元気の秘訣はお日様でしょうか。
2005.05.27
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2005 5/27(金)こんにちは、minminです。私好みのお天気が続き、湿度も低めでよろしいのですが、何だかお肌がツッパル感じ。さて、2月に買った義母の携帯電話。CMで「なんだ簡単じゃないか」ってやっている、あれです。外出先で公衆電話が見つからず不安に思うことが多くなり、今年になって購入したのです。(2月の日記に詳しく書いてあります)子供達は「おばあちゃん、出かけるとき持って出るのを忘れないかな」「呼び出し音がわかるかな」などと心配していましたが、見事に裏切られました。(^^)外出の際はお気に入りのウエストポーチにしっかり収めて出かけます。こちらからかけても(かなり呼び出しますが)ちゃんと取れます。一方義父は義母の携帯を横目で見つつも、「欲しい」とは言いません。これはかなり珍しいことです。目新しいものが大好きで、PC・デジカメ…など何台も購入しては義母から「また買ったのですかぁ~~~」なんて言われていますから。耳が遠いので持ったとしても着信音は聞き取れないでしょうし、操作にも自信がないのかもしれません。月々3500円で小さな公衆電話を持ち歩いている義母。shinの発病直後は小さな体が余計小さくなったように感じられましたが、携帯を購入してから外出も増え、ちょっと元気になったような気がします。7月で80歳になりますが、その意欲や良し、です。
2005.05.27
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4月から徐々に増えだした体重。おかしい。仕事も始めたし、歩く時間も増えているのに。なぜ、なぜ、なぜ~。「それは、インプットとアウトプットの量の問題でしょ」いつも冷静な友人はこともなげに言ってくれます。「は、はい。その通りです」もう返す言葉もございません。それに、です。でも、です。もっとおかしいのは、普通この数字になると私はお腹につくのです。お肉が。今回はそうでもない。どこについたの?増えた分は。もしかしたら、腫瘍とか出来てる?でもそんなに大きなものが出来たら、他にも何か症状がでるでしょう、普通。おかしい、おかしい。ずっと首を傾げていましたが、この前やっと分かりました。増えたお肉は背中についていたのです。薄手のカーディガンを着た時にはっきりと分かりました。二の腕の後ろから背中にかけて、今までなかったお肉が…。敵もさるもの、お腹にばかり注意していた私ですが、背中にくるとは…。やられた~って感じでしょうか。豚の背脂って聞いたことがありますが、おばさんの背脂じゃあねぇ。(涙)
2005.05.26
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2005 5/26(木)こんばんは、minminです。お天気が続きますね。朝は冷たかったりするので、衣類の調整も考えてしまいます。子供の頃は、今と違って長袖、半袖を着る期間がはっきりしていました。今のように年間を通して引き出しに半袖のTシャツが入っている…ということも無く、秋になるとキッチリ夏物は仕舞っていたように覚えています。5月に入ると急に暑くなったりして、「半袖着たい~」なんて母に頼んでも「まだまだ」と却下されていました。あれは、「まだ出したくない」ってことだったのですね。で、ある日学校から帰ると部屋イッパイに夏服が散らばっています。「わ~い、半袖」「まだ触らないでね。整理しているから」季節初の半袖に手を通す時、何だかとても新鮮な気持ちになれました。ちょっとひんやりした、防虫剤のニオイが少し残っている夏服には何かいいことが起こりそうな眩しい予感がありました。大好きだったパフスリーブのブラウス、母が作ってくれたスモック刺繍のワンピース、短パン、スカート…どれも早く着てみたくて、手伝いもせず母の周りをうろうろしていましたっけ。大きくなって制服を着るようになり、初めての夏服も嬉しくて鏡の前で横を向いたり後ろを見たり…。もうすぐ、衣替えですね。随分早くから半袖も着ていますが、やっぱり嬉しい夏服です。~~更衣せし 身軽さは すぐ馴染む 汀子~~
2005.05.26
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2005 5/25(水)こんばんは、minminです。キャンパス地にVANのロゴが入った縦長の手提げ、オックスフォード地のボタンダウンのシャツ、ヂャケット、あまたのノベルティー…。あなたが世に送り出したグッズは私達、当時の若者の憧れでした。そして今の若い世代にもシニアにも愛され続けています。~悠々たる貧~ 石津謙介さんのご冥福を心からお祈りしたします。
2005.05.25
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知人のOさんから読後メールです。柿の新芽は天ぷらにすると美味とか。Oさんは柿や桑の新芽を天ぷらにして春を味わうそうです。子供さんのお弁当に入れて、クラスでも話題になったそうですよ。ちょうど山菜のような感じでしょうか。来年の春の楽しみがまた一つ増えました。
2005.05.24
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2005 5/24(火)こんにちは、minminです。なになに、今日は火曜日ですぞ。おっしゃるとおりです。ただカレンダーの日曜日は仕事も入れているし、家族がいれば何だかノンビリできません。「今日のお昼なに~」「夕食の献立は?」子供達は食べることばかり口にしますし、実際、何か作っていることが多いです。朝は忙しくてもお弁当を持って出かけてくれた方が…。今日は皆それぞれ予定があって出かけました。(火曜日は家族の外出度:大)私ひとりのお昼は、バナナとカップ麺。ナント。インスタント食品はゴミも出るし、調味料や保存料など良くないものも沢山入っていますが、たまにはね。それよりゆっくりした時間が持てたことをよしとして。。。さて、これから、しばし午睡でも。
2005.05.24
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2005 5/23(月)こんばんは、minminです。お天気が続きますね。風も結構吹くので植木鉢はすぐカラカラになります。さて、昨日は~むしょうに食べたくなるもの、柿の葉寿し~を作りましたぁ。もうもう、おいしかったです~。柿の葉はこの1週間で随分緑も濃くなりましたが(私的にはもう少し黄緑が強い方が良かったのですが)まだまだ柔らかく、キレイな状態の葉っぱでした。仕事から帰宅すると、ちょうど義母が「あんまり繁っていたから」と枝を落としているところでした。(日曜日にお昼前に起きるって珍しいんですよ)「あ~、お義母さん待って~。この葉っぱ使うから捨てないでね」グッドタイミングで葉っぱをGETです。お米は6合。酢飯にして細長いおにぎりを作りました。上に乗せるネタは、鯖とツボ鯛の〆たもの、それにタマゴ焼きです。母のオリジナルレシピでは酢〆の鯵を使いますが、鯵を開いて塩して〆る…なんて私には出来ないので、ネタは全部魚屋さんで調達しました。握った酢飯にネタを乗せ柔らかい柿の葉っぱで包み…。しまった、そこから先を考えていませんでした。押し寿しですから、しばらく重しを乗せないといけなかった。はて、どうしよう。そうだそうだ、四角いお皿大集合。パイレックスの深皿を4個と小さなまな板を使って76個のお寿しを押しました。(汗)さてさて、お味は…。自分で言うのもなんですが、もう最高。義父はナント葉っぱごと食べてしまい、「おじいちゃん、葉っぱは食べれないのよぉ~」と娘達からツッコミが入っていました。今回はお魚に拘ってしまいましたが、チーズやスモークサーモン、お漬物などのネタでもいいかもしれません。(他にもないかなぁ)次女が食べた後の種を埋めてから軽く8年は経っている柿の木。花をつけないので実もなりませんが、今年は葉っぱを使うことができました。来年もきれいな若葉のうちに、柿の葉寿しを作ろうと思います。
2005.05.23
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2005 5/22(日)こんにちは、minminです。今日もちょっとリハビリ系のお話です。連休中に猫通りさんから教えてもらった番組が、舘野泉さんの「左手のピアニスト」でした。舘野さんはフィンランドに住み北欧に縁の深いピアニストですが、数年前に演奏会のステージ上で脳出血で倒れました。番組はその後の舘野さんの様子のドキュメントでした。左側の出血だったのでしょう、右にマヒがある舘野さんですが、現在では歩行も自立、日常の動作では右手も普通に使っているように見えました。ステージへの復帰、これが舘野さんの最大の目標でした。プロの音楽家ですから、当然の思いでしょう。初期の治療、リハビリ、自宅復帰までは出来たものの、彼の右手はなかなかピアニストの右手として働いてくれず、長い間苦悩の日々が続きます。毎日毎日大好きなピアノを触っても思うような音色が出せない…プロのピアニストとして言葉では言い尽くせない気持ちだった筈です。そんな時、バイオリニストとして活躍する息子さんから舘野さんはある楽譜をもらいます。それが、左手のためのピアノ曲との出会いでした。それからの舘野さんは、左手でピアニストとして復活すべく練習を重ねました。と、簡単な説明ですが2004年に復活コンサートをするまでの日々は、本当に大変な毎日だったと思います。舘野さんのご両親も音楽家で、小さい時から恵まれた環境で音楽の研鑽を積まれたようです。音楽大学を卒業後、北欧でピアノを続けたいとの舘野さんの希望もご両親は理解し応援してくださったそうです。チェリストのお父様はもうすでにお亡くなりになっていますが、ピアニストのお母様は90歳でまだまだお元気。東京で一人暮らしだそうです。舘野さんが日本でリサイタルをする時は必ず実家に滞在し、小さい時から使っているピアノで練習なさるとか。病後初めて帰国し、実家でピアノを弾いたとき、お母様は「あら、下手になったわね」とおっしゃったそうです。フィンランドと言えばシベリウスが有名な作曲家ですが、彼が後半生過した家がヘルシンキの郊外にあるそうです。彼が愛した奥さんの名前をとってその家は「アイノラ」と呼ばれていますが、舘野さんはお父様の訃報を受け、いたたまれない思いでアイノラまで来て、シベリウスのピアノを弾いたそうです。「病気をしてから初めて来ました」とアイノラのお庭で穏やかに語る舘野さん。またピアノが弾けるようになった喜びを、「ひとつ、ひとつの音が……とても、いとおしかったです」と語っておられました。左手のための演奏会で弾けるような曲はなかなか無いそうです。そのために、友人の作曲家へ委嘱し新曲へも果敢に挑戦する舘野さんの笑顔は何処までも穏やかでした。シベリウスのピアノの前に座り、ピアノを弾き出す瞬間。右手も左手と一緒に鍵盤へ乗ろうと緩やかな奇跡をえがきました。「左手のピアニスト」として復活を果たした舘野さんですが、きっと数年後には新たなレパートリーを携えて再復活をなさると信じています。-------*放送時間が外出と重なったので次女に録画を頼み、ゆっくり見たのは放送日から10日あまりもたってからでした。番組はブラームスが左手用に編曲したバッハのシャコンヌを舘野さんが弾く場面から始まりました。小さなサロンコンサートの会場のようでしたが、舘野さんの奥に実家の母の姿が見えた時はイスからコケ落ちそうになりました。そういえば、昨年の秋、「舘野泉さんの復活コンサートへ行きました」と興奮ファックスが届いたのですが、どうもその時の映像のようでした。フィンランド語を始めて聞くこともできました。日記友達のhassuさんはフィンランド語を勉強中で、時々あちらへも行かれるようですが、他の北欧の言葉とは違う、もちろんゲルマンでもラテンでもない言葉、を聞けて満足でした。また先日のボーマンさんのプログラムで気になったエンリコ・マイナルディを検索していたらチェリストの舘野英司さんにたどり着きました。おお、舘野泉さんの弟さんでした。日記友達の猫通りさんから始まった矢印が次々に連鎖し、まあるく繋がりました。こんな事もあるのですね。猫通りさん、ありがとう♪
2005.05.22
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2005 5/21(土)こんばんは、minminです。今日は久々にshinのリハビリを見学しました。月に一回になったPT(理学療法)ですが、担当のO先生、毎回熱心なリハビリです。最近、杖を使わなくなったshin。理由はあれこれあるようです。家族としては人込みの中での歩行が心配だったりするのですが、shinが自分で考えて「杖は使わない」と決めたようなので、彼の気持ちも尊重したいと思っています。主治医のK先生、訪問OTのM先生(結婚されてお名前が変わりました)、今日のO先生とshinも相談したようですが、いずれの先生も積極的に賛成…のようでしたので、ちょっと安心しました。右足を前へ出す際に力で押し出すのではなく、振り子のように自然に出せたらいいんだけどな…O先生はいつもの調子でshinに言います。「shinさん、もう歩行の練習としては最終段階に入っていると思ってくださいね」今日のリハビリの最後、O先生の言葉です。6月で発病から2年です。遠からずリハビリも卒業ということでしょうか。普通の病気と違ってリハビリの終了は(特に脳血管障害の後遺症では)はっきりした形では、ないのです。でも病院の性格上、入院患者と外来患者は絶対に減らないのですから、退院して時間が経てばいつかは卒業となるわけです。リハビリ病院と関係が切れることは、患者も家族もやはり不安の方が大きいと思います。後は日常の生活の中で、自分の障害と折り合いながら暮していかなくてはいけないのが現実です。でも、粘る事も随分うまくなりました。あっさり諦めないで、行ける所まで行く、ガンバレshin。
2005.05.21
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---だって暑いんだもん。---*だからカーディガン脱いで、ベストにすればいいでしょ。---やだ、してベ(指定ベスト)ださい。---*じゃあ、カッターシャツだけにしたら。---いやだ。それはまずい。---*じゃあ、どうするの。---だから、お母さんが買ったユ○クロのベスト貸して。---*でも、制服用じゃないでしょ。---だって暑いんだもん。今どきの中高生、夏でもスカート丈とあまり変わらないようなセーターやカーディガンを着ています。我が家の娘達も同様ですが、さすがに昨日の気温で暑がりの次女は参ったらしく指定ベストでないベストを着たがりました。一年生の時は大人しく指定のものを着ていましたが、今年は様子が違います。スカートは姉のお下がりで(妹が身長は越しました)「え~、このスカート短いよ」なんて入学式の頃は言っていたくせに、最近はウエストで二折りはしているらしく随分短く、またそれを隠すためにも上から何か着ていないとチェックが入るらしいのです。でもね、私からどうぞと出すわけにもいかないし。もう少し、意地悪しようと思います。暑さに負けるか、次女の粘り?に負けるか。。。
2005.05.20
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2005 5/20(金)こんにちは、minminです。我が家は6人家族ですがその構成は、高齢者2人、リハビリ中1人、受験生1人、反抗期1人、ドジな主婦1人…でございます。で、この受験生が問題でして。はぁ。まったく受験生の自覚がない…と言うか、緊張感がないと言うか。私は密かに「ナンチャッテ受験生」と呼んでおります。それでも親心は一応ありまして、娘が小さい時に郵便局の保険のおじさんに勧められるまま、学資保険なるものを毎月毎月微々たる額ですが、積み立てておりました。「満期になったよ~、取りにお出で~」とお知らせが来たものですから、行ったのです。スキップしながらはんこを持って。そしたら、窓口の職員は「あ~、これは受取人はお父さん…ですか。するとお父さんが直接取りに来るか、お父さんの委任状を持ってお母さんが来るかですね」と冷たい答え。あれ、保険を勧める時はあんなにニコニコ顔なのに、このギャップはなんざんしょ?それに、父親を受け取り人にしても窓口に来るのは母親ってパターンが多いんでないの?なに、委任状?もう、まったく。じゃあ、書いてきますからフォーマットを下さい。すると、「ありません。普通の委任状で結構ですので」はあ????書いてこなければ渡さないと言うわりに、委任状の形式も決まってない…もう何これはっ!!! と窓口で爆発したのが3年前でした。長女が中3の時です。それから、あの団体もいろいろ変化があったようで現在は委任状も文例があるようですが。今回はあれから早くも3年が経ちました。確認するとやはり委任状が必要であることは変わっていないようです。おまけに今回は「健康祝い金」なる付加もついていて「これはお嬢さん本人が受取人ですので、来られない場合は…」ハイハイまた委任状ね。そんな訳で今日は、中間試験が終わった娘とshinに郵便局に行ってもらい、本人二人という事で無事受け取り完了と相成ったのです。本当に微々たる額ですが娘のお小遣いからしたら何倍もあるので「え~そんなお金、見たこと無い。どうしよう。ドキドキしてるよ。試験大丈夫かな」とブツブツ言いながら今朝は出かけました。このお金。どぶに捨てる事になるのか、活かす事ができるのか、びみょう~。。。------*3年前、「どうして家族のことなのに委任状が必要なんですか」と聞くと「はぁ、最近は離婚が多くてですね。子供さんのことより親の利害が先に立ってトラブルになるケースが多いものですから」との答えでした。ナルホド。分からない訳ではないですが、やっぱりお役所なのね~と思いました。なんかへんよね。
2005.05.20
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2005 5/19(木)こんばんは、minminです。いや~、暑い一日でしたね。25度を超えるとお昼ねしていても、ふっと暑さで目が覚めました。あんまり暑いから、気分を出そうかと(って何の)蚊取り線香をつけました。火を使うのはイヤなので、ずっとコンセントに差し込むタイプを使って夏を過していたのですが、「蚊取り線香、買って~」と次女があまりにしつこくせがむので去年の夏から使っています。次女は蚊取り線香フェチと言うか、今どき風に言うと「もえ~」って感じでしょうか。私の実家は緑の中にあるので虫も多く、夏の夕方は必ず縁側で蚊取り線香を焚いていました。次女はそのニオイがたまらなく好きらしいのです。「長崎に行った気持ちになれるよ」と蚊取り線香の煙が漂う中でうっとり言います。お~、そうかそうか、蚊取り線香で旅費が節約できるならお得~。すぐ使えるように、廊下の隅においていた蚊遣り、○ャッカマン、使い残しの蚊取り線香。いえ、モノグサで秋まで使ってそのまんま。蚊遣りの中を見たら、灰まで残ってるし(そのまんますぎ!)。とにかく、何も探すこと無く、すぐに火を点けることができました。気分はもう夏休みってとこでしょうか。もしかしたら、今夜は蚊もでるかもしれませんね。でも、分からない事がひとつ。その年最初の蚊は、一体どうやって生まれるのかしらん。う===ん。
2005.05.19
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2005 5/19(水)こんばんは、minminです。外はすごい風です。午後からだんだん強くなりました。やっとこの季節らしい温度になりましたね。ちょっと酸っぱいものも食べたくなったりします。無性に食べたくなるものってありますか?**亭のラーメン、お母さんのカレー、**屋のお好み焼き…。思い出やこだわりが食欲を引き立てます。私が今、むしょうに食べたいのは、柿の葉寿し。昨日bさんの日記で小田原名物の「鯵の押し寿し」を目にし、Hさんの日記でお鮨の話題が3回登場し、極めつけは母から「柿の葉寿しを作ったのよ」の電話。あ~、もう食べたい食べたい。この季節になると、柿の柔らかく緑鮮やかな若葉を使って母は「柿の葉寿し」を作ってくれました。握った酢飯の上に酢で〆た鯵を乗せ、柿の葉で包みます。それをダーッと並べて上から重しをかけて押し寿しにするのです。ご飯と鯵の甘みと酸味、柔らかい柿の葉の独特の香り…それらがミックスされてとても美味しい。もう幾つでも入ります。柿の葉寿しの有名なお店もあり一度買ったこともありましたが、若葉ではなかったので色も固さもイマイチでした。葉っぱを食べるわけではないのですが、やはりこの季節の柔らかい若葉に拘りたいなぁ。次女が幼稚園の頃、食べた柿の種を埋めて芽が出、それが今ではヒョロヒョロと3メートル近く成長しました。とっくに8年は経っていますが、花をつけないので実もなりません。でも今年は若葉を沢山つけました。あれだけあれば30枚くらい取っても大丈夫でしょう。酢漬けの魚を買ってきて日曜日にでも作ってみようかな。
2005.05.18
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アイロンかけが溜まっています。セーターの洗濯も、まだ少々。冬物と夏物の入れ替えも、かなり。丸い掃除は今日もしましたが、お風呂場の天井、実は気になっています。換気扇、たしか暮に掃除したっきり、かも。やること多すぎ。明日一日で終わる訳ないよねぇ。
2005.05.17
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2005 5/17(火)こんにちは、minminです。久々にお布団が干せるような日が続いています。昨日は慌ただしい一日でした。午前中は仕事。午後から中学校。そして夜はお悔み。ご不幸は突然ですので、仕方がありませんね。今住んでいる辺りは昭和40年代に開けた丘の上で、その頃引っ越してこられた働き盛りのご家族も、70代80代の世帯になっています。新に立て替えて2世帯で住んでおられるおうちも多いです。(我が家もそうですが)Tさんも家の両親とほぼ同世代ですが、ご主人がお亡くなりになり昨夜がお通夜でした。(ここ数年、春のご不幸が続きます)一旦ご自宅に戻られたと聞いたので、義母と日曜日の夜にお参りだけはさせていただいたのですが、高齢の両親はお通夜は失礼したので私だけでお参りに行きました。6時からのお通夜だったのですが出るのに手間取ってしまい、会場に着いたのは7時過ぎ。それでも父の時はかなり長くかかったしとタカをくくっていたのが間違いで、着いた時にはもうお通夜は終わり、隣のお部屋で皆さんお食事中でした。「ああ、しまった」と思いながらもお焼香だけはさせていただいていると、お世話係の方がTさんを連れてきて下さいました。遅くなった失礼をお詫びして、少しだけお話ができました。「7ヶ月の入院だったのよ。お正月は一旦自宅に戻ったのですけれどね。25年間、病を持ちながら家族を支えてくれました。ずっとM病院のS先生に診ていただいて」ご夫婦の共通の趣味はダンスで、これはご近所でも有名でした。「毎日、パパ、早く良くなってまたダンス踊ろうね、って言って帰るのが日課だったんですけどね。ラストダンスは踊らずじまいでした」そういえば遺影のお写真もダンスの時の服装でした。その事に触れると「そうなのよ。あれはダンスの先生が撮って下さったお写真で本人もすごく気に入っていたので使ったんですよ」と少し嬉しそうなお顔になったTさん。Tさんの悲しみの中にも落ち着きと言うか心の静まりみたいなものも感じられると共にご主人への深い思いも伝わってきました。自分の横着でお通夜には遅刻したものの、Tさんと言葉を交わす事が出来たのはよかったのではないか…そう思いながら帰宅しました。残された家族は亡くなった人を偲ぶ事で少しずつ悲しみを溶かしていくのでしょうか。そして、周りの人がそのお話を聞くことでご家族も気持ちの整理が出来ていくのでしょう。ゆっくり、Tさんも必要なだけ時間をかけてこころをおさめて欲しいと思いました。安らかなお顔で眠っておられたTさんのご主人のご冥福を心からおいのりします。------*帰りに受付で頂いたつつみは、会葬御礼と「志」と書かれた香典返しでした。父の時にも係りの方に「最近はお通夜、告別式の時にお返しをなさる方も多いです」と聞いていましたが、実際には始めての経験でした。でも、だんだん疲労が出てくる頃の膨大な後始末と家族の負担を考えれば、こんな方法もありかも…と思いました。------*
2005.05.17
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2005 5/15(日)こんにちは、minminです。なかなか暖かくなりませんね。みなさん、お風邪などひかれてませんか。さて昨日のチャペル・コンサート、行ってきました。私ひとりのつもりでしたが、shinも午後の予定をキャンセルして一緒に行きました。ボーマンさんはスウェーデン生まれの熱心なクリスチャンで、音楽伝導師の資格をお持ちだとか。優しい笑顔のステキな紳士でした。お話もうまく、笑わせながらもしっかりと神様のお話もなさる…そんな感じでした。伴奏者は奥様(ルリ子・ボーマンさん)でしたが、またこの方がスゴイ存在感で。ピアノはソリストに背を向けるような配置だったのですが、(教会のスペースの関係でしょうか)繊細かつ大胆なピアノで、殆ど振り向きもせず、ぴたりとピアノを合わせるあたり、さすがご夫婦だと思いました。ボーマンさんが英語でスピーチを始めると、たちまち通訳者に変身です。お二人の掛け合いも面白く、音楽以外の才能も多分にお持ちのようでしたよ。さて、10曲ほどの演奏会でしたが、簡単なプログラムしか用意されていなかったので、一曲ずつソリストが曲の紹介をしながらの演奏でした。先日紹介したG線上のアリアや白鳥の他に、フォーレのエレジーやメンデルスゾーンの無言歌などもありました。ヴァレンティーニのソナタはもともとヴァイオリンの曲だとか。軽快な2楽章のスピッカートはさすがにすごいテクニックでした。私の後ろには小さい子供達がいて少し騒がしくしていたのですが、2楽章が始まるとリズムに合わせてピョンピョンはねだしました。「おお感じているね」この子達には、この瞬間を神様が備えてくださったのだと思いました。印象に残った曲はエンリコ・マイナルディー(1897~1976)の「3つの日本の歌」でしたマイナルディーはイタリア生まれのチェロ奏者で作曲者でもあるそうです。ボーマンさんが音楽を学んだフィンランドでも活躍されたようですが、1958年の日本滞在中に日本の民謡を6曲編曲したそうです。昨日はその内の3曲(いずれも無伴奏)桜・子守唄・木挽き歌が演奏されました。私は初めて聴いたのですが、日本のメロディーをうまく活かしながら和声を重ねてとても重厚な曲になっていました。帰宅後ネットで調べてみたのですがマイナルデイーの資料は少なく、残りの3曲も聴いてみたいし、楽譜も欲しいと思いました。涙が止まらなかったのは、フォーレのエレジー(哀歌)です。学生の頃ビオラのレッスンで弾いた曲でしたが、私にはとても難しく何回も放り出したくなった思い出の曲でした。それでも伴奏者の友人に励まされながら、なんとか最後までたどり着けたのですが。ボーマンさんの素晴らしいエレジーを聴いていると、当時のとても薄っぺらな演奏やその頃のことなど次々に思い出され、何故か涙が止まりませんでした。私は音に関する記憶が多く、初めて聴いたり弾いたりした曲の印象が深く残っています。楽しかった思い出はもちろんですが、その時の高揚感や焦り、季節のにおい、練習場所の重たいドアの音…など曲によって思い出すものも様々です。shinが病気をしてからすっかり涙腺がゆるくなったのですが、若い頃に触れた音楽を聴くと、もう本当にすぐに涙が流れてきます。これってアブナイですね。(笑)昨日購入したボーマンさんのCDを聴きながらこれを書いています。「キョウハ コレカラ サントリーホールデ オペラノ ホンバンガ アリマ~ス」と言いながらも、CDにサインをしてくださり、本当に優しい笑顔で握手もして下さいました。ボーマンさん、ソリストが身近に感じられるとてもステキな演奏会でした。どうもありがとうございました。
2005.05.15
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2005 5/13(金)こんにちは、minminです。明日の土曜日、ちょっとしたお楽しみがあります。近所の教会で小さなコンサートがあるのです。近所の教会はイスを20も並べたら一杯になるような大きさなのですが、shinが高校生の時からあったと聞いています。牧師さんも何年かおきに変わるのですが、去年新しくいらした牧師さんはまだ若く、いろんなイベントを企画しておられるようで、よく案内チラシがポストに入っています。昨年の今頃は私の精神状態が不安定で(多分shinの発病後一年ということだったと思います)つらい時期だったのですが、教会のチャペル・コンサートでハープ奏者の佐々木冬彦さんが演奏されました。暖かいハープの音色で随分気持ちが落ち着いた事を覚えています。今年はチェロのベアンテ・ボーマンさんです。東京交響楽団の主席チェロ奏者で、日曜日の朝の音楽番組でもよく見かけていました。気持ちも体も元気でテンションも高い時は、高音のヴァイオリンも大丈夫ですがチェロの音色はいつ聴いても楽器と同じ体温になれるので、私は好きです。コンサートの性質上、大曲はないようで、白鳥やG線上のアリアなどお決まりの曲の他にヴァレンティーニのソナタとチラシにありました。子供達もshinも予定があるようなので、私ひとりでゆっくり行こうと思っています。ふふふ。楽しみだわ。
2005.05.13
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2005 5/12(木)こんばんは、minminです。今日も寒い一日でしたね。北海道の宗谷岬では、今頃になって流氷が近づいて来たとか。アザラシでしょうか、氷の上でノンビリくつろいでいる様子が印象的でした。さて、連休があったので先週は加入している生協の配達がありませんでした。私はお米を奇数週に配達してもらうように登録しているのですが、1週間休みだったので、お米の配達もズレました。足りるかなぁ…まぁスーパーで買えば済む事なんですけどね…人知れずスリリングな数日間を過しましたが、無事に持ちこたえました。ほっ。来ると分かっているのに買うのも、なんだか悔しくて。(おかしいでしょ)でも偶数週に来る予定の玄米は、間に合わず買っちゃいましたけどね。生協の登録米は予め登録することで、生産者も安心してお米が作れるし、消費者も配達が約束されているので、うっかり申し込み忘れ…なんて事が無くなる訳です。近郊の田んぼも田植えが始まり、ツバメがツイーっと空を切るように飛んでいます。今年の天候は大丈夫でしょうか。梅雨の雨も夏の暑さも私は苦手なのですが、やはり豊作の為には自然の力が大切なのですね。
2005.05.12
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4月に蒔いた朝顔と夕顔の芽が出て、双葉になりました。種からして夕顔は大きいのだけど、出てくる葉っぱもやはり大きいです。去年蒔きださなかった種を使ったので、少々不安でした。でも、何となく貧血色だった葉の色もだんだん緑が濃くなり、一安心です。もう少し大きくなってツルも出てきたら、垣根の根元に移植する予定です。やはり地面に降ろすと、成長の仕方も違うし花つきは格段に違います。(一昨年は12月まで蕾をつけました)朝顔は元気の花。夕顔はちょっと大人の花。ずっとプランターに植えてフェンスに絡ましていましたが、ある年垣根に咲かせているお宅を見て、もうびっくり。我が家のひと夏分くらいの花が、一夕に咲いていました。驚きと共に、納得。やはり植物は土が必要なのね。去年はお隣のお花友達Hさんも朝顔を蒔きませんでした。「あら、minminさんの朝顔を当てにしてたのよぉ」「あれ、私はHさんの朝顔を楽しみにしてたのにぃ」二人で大笑いでしたが、「今年も朝顔はよすわ」とHさん。義母と同い年で主婦業もこなし、庭仕事も頑張っているHさんですが、やはり毎朝の水遣りもシンドいのかもしれません。Hさん、今年は任せてね。朝顔と夕顔、ワンちゃんのお散歩の時に楽しんでください。
2005.05.11
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2005 5/11(水)こんにちは、minminです。またまた、寒い。珍しく早めにセーターを洗ったらこれです。ったく。(笑)さて、最近気になる言葉。…やらせていただく…よく芸能人などがインタビューで「○○をやらせていただいて…」なんて答えてますが、これは変ではないですか。若い人だけでなく、何時だったかベテランの歌舞伎俳優までが「やらせていただく…」を連発していて、イスからコケ落ちそうになりました。そんな私だって、尊敬語、謙譲語、丁寧語がキチンと身についているか…と言われれば、いいえ、と答えるしかないのですが。普通に「させていただく」ではいけないのでしょうか。とてもへりくだっているようで、実はビーサン履いてタキシードを着ているようなアンバランスを感じます。こんな印象を持つのは私だけでしょうか。言葉は基本的に時代と共に変化・進化するものだと思ってはいます。学生時代に「スゴイ嬉しい」「スゴイ上手」なんて表現はおかしい、と年長者から指摘を受けた事もありましたので、これも一つの進化なのかな、とも思いますが。こんな事を気にするようになるのは、年取った証拠かしらん。日本語ってムズカシイ。
2005.05.11
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2005 5/10(火)こんばんは、minminです。先日「砥ぐ」話を書きましたが、今日はプロに包丁を砥いでもらいました。行きつけの美容院で刃物屋さんの事を聞いていたのですが、忙しくてそのままになっていました。今日はお天気も良く、時間もたっぷりあったので、よく使う3本を広告紙に包んで持って行きました。そこは旧街道沿いの古いお店で、奥がお店の何倍もある工場になっていました。お店の入口にはコークス(もしかしたら石炭かも)置き場があったので、工場では炉もつかうのでしょう。店にいたのは奥さんらしく、私の包丁を見て、「素人さんが砥いだのね」と笑ってました。刃の長さで料金も違うらしくメジャーで測り、3本で3000円弱だったので、3本とも頼みました。お店の中は銘の入った包丁がずらりと並び、壮観でした。包丁だけでなく農具やハサミもありましたが、全部ここで作った品物ばかりで、お値段も一桁違うものが沢山ありました。お店の看板にホームページのアドレスも書いてあったので、きっと後継者もいるのでしょう。区の逸品にも認定されている技術が受け継がれる事に、何だか嬉しい気分でした。さて、夕食の仕度。さすがに良く切れます。鯵のゼイゴを落としている時にちょっとだけ手が滑り、左の親指の頭にトンっと刃が当たりました。痛みも何も感じなかったのですが、見るとジワ~っと血が滲んでいます。おそるべし、プロの砥ぎ味。もうネギなんて、ウソみたいに切れちゃいます。こんなに沢山切ってどうするの・・・山盛りのネギになりました。そして、夕食の片付け後。砥いで貰った包丁を電気にかざして見ていました。時代劇などで刀の手入れをするシーンがありますね、お侍さんがウットリしてるような。私もそんな感じだったのかもしれません。「包丁砥いでる時より、もっとコワイ」と子供に言われてしまいました。(汗)
2005.05.10
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2005 5/8(日)こんばんは、minminです。今日は母の日でしたが、皆さん如何お過ごしだったでしょうか。私は金曜日にスポンジを焼き、本日「母の日ケーキ」にしました。(本当は次女の誕生日に作る筈だったのに、ナンテ母でしょ)朝からお仕事だったので、帰宅後すぐにデコレーションです。時間的にお昼になったので、無理矢理「母の日、ケーキランチ」にしてしまいました。(汗)イチゴも沢山使って、美味しくできたんですよ。写真も撮ったので、画像も載せようと思ったのですが「サイズが合わないので画像修正をしてください」とコメントが出てきました。(ションボリ)コーヒーとケーキ、サンドイッチの簡単なメニューでしたが義母も嬉しそうで、こんなランチも悪くないなと思いました。子としては、義母には先日買った「地元産結晶ハチミツ(ミツバチは2~3キロ飛ぶらしいので、このハチミツの中には我が家の小さな花の蜜も入っているかもしれません)」。九州の母には、日記にも書いた「エンディングノート」とハンカチを送りました。母が通っている教会は平均年齢が高いので、きっと今日の礼拝でエンディングノートの話題が出たことでしょう。母としては、子供達からお茶碗を貰いました。(素朴なお花の絵柄のものですが、ちょっと大ぶりでした)結婚してからずっと使い続けていたお茶碗を、先日割ってしまいました。ソコツな私が18年間も使って割らなかったのだから、母は相当丈夫な物を選んでくれたに違いありません。^^;気を利かせてか、「はい、これはお母さんとペアのお茶碗」とshinにもプレゼントです。「これ、来月の父の日の分だから」だって。????子としても、母としても、実に平凡な一日でしたが、皆が健康で笑ってテーブルを囲めたことはやはり感謝でしょう。***どなたか、画像の処理の仕方を教えて下さい。 専用ソフトをインストールすればよいのでしょうか。 私のデジカメの問題でしょうか(記録画素数はネット用で0.3M:640x480とい う設定です)***------brendelさん、ウサギさん、アドバイスありがとうございました♪何とかお写真取り込めましたが、こんなに小さいのかな。う~ん、難しい。練習せねば。^^;(5月9日)
2005.05.08
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2005 5/7(土)こんばんは、minminです。今朝は地震で目が覚めました。時計を見ると4時台後半で、ちょっと心配しながら起きました。朝もボーッとしているので、お弁当を作りながら数分前の地震の事は忘れてしまいました。^^;昨夜は寒くて目が覚めました。お天気にまかせて冬のお布団を片づけたのが悔やまれましたが、寒いと眠れない私です。ホームレスのおじさん達のように新聞紙を上から掛けようかとも思いましたが、ガサガサうるさそうなので、寝惚け眼でお布団を出しました。朝から良く見たら、shinのはタオルケットでしたが私のはシーツでした。子供達の事はうっかり忘れていました。今朝見ると次女は薄い綿毛布にミノムシのように包まっていました。(笑)今夜もまだ肌寒い感じです。タオルケットくらい出してあげようかな。明日は母の日だし。
2005.05.07
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って誰?最近、養○酒のCMにおじいちゃんとおばあちゃんの人形が出てるバージョン、ご存知ですか。そう、あの何だか見てるだけで懐かしい気がするお人形です。その作者が高橋まゆみさんです。殆どが、農村のおじいちゃんとおばあちゃんをモチーフに日常の生活風景を含めて作品になっています。笑うと出来る深い皺、ちょっと曲がった腰、何回も水をくぐった質感のモンペ等など、そのリアルな表現力とあわせて漂うユーモラスな雰囲気がなんとも言えずよいのです。私、あんまり人形って好きではありません。ちょっと不気味だったりするので。でも高橋さんの作り出す世界は、何故か暖かく懐かしく、五感がくすぐられるというか、夕方の焚き火の匂いを思い出したり、おばあちゃんが作った漬物の味がよみがえったり,庭先でニワトリがエサをついばむ気配が感じられたりします。日本人がずっと持ち続けている大切なものを、無言のうちに伝えるメッセージを持っているのが、高橋さんの「おじいちゃんとおばあちゃん」のような気がします。作品集も数冊あるようですが、暫くは日本各地で作品展もあっているようです。HPのURLを…とも思いましたが、「高橋まゆみ」で検索した方が早そうです。
2005.05.06
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2005 5/6(金)おはようございます、minminです。久々に子供達も登校なので、月曜日のような気もするのだけれど、おっと金曜でしたね。連休中は特に何もしてないのに、今朝はボ~ッとしています(え、いつもだって。おっしゃるとおりですけど)きっと学校でも、みんなボ~ッとしてるのでしょうね。午前中は訪問OTのO先生のリハビリ日なので、私はゆっくりできます。午後からスポンジを焼いて、明日イチゴのケーキを作りまっす。
2005.05.06
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2005 5/5(木・祝)こんばんは、minminです。05、05、05の今日、全国的に良いお天気でしたね。祝日の名前が変わったり、日にちが固定でなくなったりしだしてかなり経ちますが、こどもの日は私が小さい頃からありました、多分。我が家では何故か、この日、母がイチゴのケーキを作るのがお決まりでした。この季節は誕生日の家族もいないので、イチゴのケーキは年に一度だけでした。(今のようにイチゴがほぼ年間を通しては無い時代でした、念のため、ふふふ)ケーキの中にも上にもイチゴをたっぷり使うのが母流で、こどもの日のおやつが楽しみなのは私たち子供だけではなく、父も何だかソワソワしていましたっけ。5月1日は次女の誕生日なので、私は例年この日にイチゴのケーキを作っています。今年は部活の都合で4月の終わりにしましたが、私の体調不良で、とうとうスポンジが焼けず、急遽火を使わないケーキに変更しました。母は私たちが大きくなってからも、やっぱりイチゴケーキは作っていたようです。家で食べる分と、楽しみにして下さっているお宅もあったようで、年によって2~3台。母は何よりも「美味しかった」の一言が嬉しかったようです。父のいない今年は、どうしたのでしょうか。スーパーに行けば、いつも赤いイチゴが並んでいますが、やはり今の季節が一番美味しいように思います。次女の誕生日は過ぎましたが、美味しいイチゴがあるうちに今年も作っておこうかな。
2005.05.05
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2005 5/4(水・祝)こんばんは、minminです。連休中、午後になると風が吹きます。今日はノンビリする予定でしたが、お天気も良かったので洗濯機はフル稼働でした。5月の日差しは紫外線も強いと聞きます。ベランダで洗濯物やお布団を干す時も、侮るなかれ、です。日焼け止めが間に合わない時も、帽子だけは被るようにしています。ナゼって。たかだか20センチ四方くらいの顔なのに、細かいパーツが6個もあって、おまけに皮膚の状態が部分で違う…のに気がついたのはいつだったでしょうか。「あれ~、シミが」「あれ~、シワが」「あれ~、…」 絶句。気がついてからは遅いのよ…っていつか年上の知人が言っていましたが、まさしくその通りでした。でも、これからだって、帽子くらい被っていれば、少しは違う、かも、しれなくないかも…。20代の頃、ある冬の日、帰宅したばかりの私を見て母が「きれいな肌ね」と言いました。(きれいな顔ね、ではありませんでした。念のため)何となく、分かったような分からなかったような気持ちでしたが、今、娘達の肌を見ていて、あの頃の母の気持ちが理解できます。お肌のお肌の曲がり角~♪もう幾つぐらい曲がったでしょうか。そう言えば、卓球の愛ちゃん、とってもキレイな肌ですね。
2005.05.04
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2005 5/3(水・祝)こんにちは、minminです。お天気と私のタイミングが合って、子供達の冬用フトンの始末がやっと出来ました。ふとイヤな予感がしたので、ベランダでカバーを外すと…。次女のおフトンから、細かい砂が。ほえ~。なんで?直ぐに鑑識さんを呼んで調べたところ、やはり中学のグランドの砂と判明。(って冗談ですけど、長女のからは出てこなかったので部活で持ち帰った砂でしょう)でも、どうして?毎日お風呂にも入っているのに。ベランダは明るかったのでロービジョンのおめめでも良く見えました。確かに、彼女のトレーニングシャツや靴下を揉み洗いすると出てくる細かい砂と同じようです。幼稚園の時も小学校の時も、洗濯する時にポケットをチェックすると必ず砂がザラザラしてるような子供でした。そのうち、「お砂代」って請求書がきたらどうしようか…なんて笑っていたこともあったりしたのですが。2月、慌てて子供達と長崎へ飛んできたshinは礼服だけを着て、コートを忘れていました。いくら九州とはいえ、まだ寒い頃だったので弟がコートを貸してくれました。こちらへ帰って来てから、クリーニングに出す前にポケットをチェックすると・・・。あらら、出てきたのは小銭でもティッシュでもなく、砂でした。あの年になってもコートを着て砂場で遊んでいるのでしょうかね。こんなところも似るのですね。叔父と姪。
2005.05.03
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2005 5/2(月)こんばんは、minminです。今日は暑くって、夕食はお素麺にしました。あ~、ミョウガって美味しいですね。さて、shinがメガネを新しく作りました。字を書いたり新聞を読んだりする時に、メガネを外して目を近づけます。かなり小さい字が辛くなってきているようで、「老眼鏡」を作ったら…と勧めてみました。嫌がるかなと思っていましたが、あっさり「そうしようか」と頷きました。本人もかなり不便だったのでしょうね。かく言う私も辞書は厳しいです、かなり。特に漢字の場合、横画が一本か二本か、あやしいです。襟元にブローチをつける時、ピンホールの位置が分かりません。身支度をする時、手元から鏡に視線を移すと、ピントが合いません。暗い場所では、何となく字を読みたくありません。「奥さんはまだよろしいですか?」とshinの眼鏡屋さんに聞かれました。「(ドキッ)はぁ、あればいいかなと思う時もあるのですが、新聞はまだ大丈夫なので…」「何時でも結構ですから、ご相談くださいね」ニッコリ。長女が生まれた時、実家の母は娘を横抱きにして「あ~Mちゃんのお顔が見えない。メガネメガネ」と騒いでいました。緑の中で育ちました。父は口ぐせのように「疲れたら遠くを見なさい」と言っていました。素直?な私は遠くばかりをみて過し、やたら遠目が利くようになりました。「お父さん、私、今、困ってます。聞こえる?」ニカウさんほどではありませんが、助手席に座っても二つくらい先の標識も分かるのが自慢だったりして。若い頃遠くが見えていた分、調整が利かなくなるのも早いのでしょうか。(母も早かったです、老眼鏡は)私は、もう少し様子を見ることにしましょう。新聞がつらくなったら、考えます。しばらくはshinもメガネをかけ直すことに慣れないでしょう。外出する時の持ち物が一つ増えました。忘れ物に気をつけてね。
2005.05.02
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2005 5/1(日)こんにちは、minminです。早いもので5月になりましたね。私、切れる包丁が大好きです。さくさく、しょりしょり、とんとん、包丁音の擬音はあれこれありますが、やはりこれは切れてる音でしょう。大好きなネギ類、タマネギはもとより白ネギ細ネギまで、切ると泣けます。特に切れ味が落ちると涙も余計に出るようで、そんな時に人でも来るともう大変。集金の人でも「あのぉ、後から来ましょうか」なんて変に気をきかせてくれたりしますが。砥ぎ屋さんに出した事もありますが、持っていくのも面倒になって、義母が買っていた砥ぎ石で砥いでみたのがキッカケで、自分で砥ぐようになりました。私が台所で砥いでいると、家族は「その背中がコワイ」と口をそろえます。そうかなぁ。でもすぐ、試し切りしたくなるのよねぇ。皆、気をつけてね。集中力の無い私は10分も砥ぐと「あ~シンド」で止めるので、直後はよく切れますが長持ちしません。砥石もいろいろあるらしいのですが、家にあったのは目が細かいので仕上げ用かな。砥ぎ癖もついてしまって、砥石の上には筋が何本もあります。私が結婚してから買った刃物はお付き合いで買ったパン切り用1本のみ。後はお道具大好きの義母のコレクションを使って18年。まだ、手にしてない包丁も沢山あります。私、一生これを砥いでいくのかなぁ。
2005.05.01
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