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本日2回目の書き込みは、日記とは違う内容です。
今日だんなの祖父の法事があって、ふと思い出した事がある。
それは私の母方の祖父母の事…。
だんなの祖父母は当時は珍しく恋愛結婚だったそうです。でも私の母方の祖父母はお見合い結婚。祖母の1番上のお姉さんの紹介でお見合いをしたそうで、祖母は断りたかったけれど、お姉さんの顔を潰す訳にはいかないからと、結婚する事にしたそうです。でも結婚したいと思っていた相手じゃなかったため、当時は珍しく新婚旅行に行ったそうだけど、旅行先の熱海で「実家に帰りたい」と泣いたそうです。
祖母はあまり語らない人だったから、母から聞いた話によると、祖父は給料を一切家庭に入れない人だったそうで、稼いだお金はおしゃれ好きな祖父らしく、洋服などにつぎ込んだり、多趣味な祖父らしく、色んな趣味にお金を注ぎ、さらにお菓子などを購入しては食べまくっていたそうで…。結局それが原因で祖父は糖尿病になったんだけど…。
生活できないからと祖母は仕事をしたんだけど、病院でシーツの洗濯や交換、給湯がなかったので大きなやかんでお湯を沸かしたりと、そういう仕事をしては家計にしていたそうです。母と叔父は、卵かけご飯を食べる時にお金がないから、1個の卵を2人で分け合ったんだけど、少量でもご飯を食べられるようにって、大量にしょう油を入れて量を増やして半分こしていたそうです。
そんな家庭を顧みない祖父は、愛人を作って自宅のそばに住ませる事もしていたらしい。これはかなり最近になって聞いた話。でも子供の頃から私が見てきた祖父は、私や弟を溺愛してくれて、銭湯に連れて行ってくれたり、保育園のお迎えに来てくれたりしてました。特に銭湯では頭髪を石鹸で洗うんだけど、毎回その石鹸を流す前に
「何回流す?」
って聞いてきた。だから例えばそこで「5回」と言えば、洗面器に入れたお湯を5回かけただけでおしまいって状態。もしそこで「1回」って言ったとしても、祖父は本当に1回だけにしていたと思う。
でもやっぱり元々愛情がないまま結婚したし、結婚後も家庭的とは言いがたい祖父だったから、祖母は祖父を愛するどころか、おそらく憎んでいたと思う。祖母が盲腸になった時、仕事中に痛かったらしいんだけど、家計を背負っているからか、かなり無理して痛みをずっと我慢しまくったらしい。最後は耐え切れずに仕事していた病院で診察を受けたら、先生から
「何でこんなになるまでほっておいたんだ!」
って怒られたらしい。それくらい我慢強い人でした。そんな祖母も私と弟をたくさんかわいがってくれて、私が結婚する時に知ったんだけど、祖母は自分で稼いだお金を、私名義と弟名義の口座を作って、毎月貯金してくれていたんです。結局私は病気がひどくて、料理ができなかった時にそのお金で凌いだけれど、かなりの高額でした。当時の貨幣価値から考えると、ここまで貯金するのはかなり大変だっただろうと思います。そう思うと、あの時使い込んでしまったお金は、祖母の努力を無駄にしてしまったようで、すごく申し訳ない気持ちでいっぱい。
叔父が亡くなる少し前から、祖母の様子がおかしかった。叔父もそれを気にしていたけれど、叔父がくも膜下出血で倒れ、47歳の若さで亡くなってから、祖母はすごく変わってしまった。あれだけボケ防止のためにって、かなりの距離を歩き回り、今で言うデイケアで絵画・コーラスなどを楽しんでいたのに、周りに自分の息子が亡くなった事を話すのが辛いからと、一切出かけなくなってしまった。今思えば、その当時の祖母は抑鬱状態だった。突然泣き出したり、何もする気力がない状態だった。引きこもってしまったために、ボケが一気に進行してしまい、自分の息子が亡くなったという現実を受け止められなかったんだと思う。
そのうち「○○(亡くなった叔父)が最近来ないのよ」と言うようになり、とうとう認知症と診断されてしまった。それまで家庭を大事にしなかった祖父は、今までの罪滅ぼしのつもりだったのか、それ以来祖母に尽くすようになって、家事全てを祖父がするようになった。祖母では火をつけっぱなしにしてしまうなどの、危ない状態まで認知症が進行していたためである。でも祖父の気持ちは、悲しい事にもう祖母には伝わらなかった。私も祖母がまだ元気だった頃、何回も八つ当たりをしてしまって、祖母を泣かせてしまった事がある。そのお詫びがしたいと年中思っているし、何か力になりたいって年中思っている。でも、もう遅い。祖母は私を見ても、孫のMintだとわからなくなってしまったから…。祖父や実の娘である私の母もわからないくらいまで進行してしまった。
祖父が亡くなった時は、祖母は特養に入っていたし、例え報告してももう新しい情報は一切記憶されないし、祖父もわからなくなっていたため、祖母は葬儀には呼ばなかった。
私の母方の祖父母はそんな状態でした。
だからだんなの祖父が、亡くなる直前まで認知症になる事もなく、ちゃんと孫であるだんなをわかっていたし、ひ孫である子供達もちゃんと覚えていてくれた。そしてだんなの祖父母には愛があった。それだけでも救いがあるように思う。私の祖母は今までたくさんの苦労をして、たくさんの苦しい思いをしてきた人生だった。だからそういう苦しみや苦労を、忘れさせて楽しい思いだけを神様が残してくれたのかもしれない。
いつだったか、見に行ったミュージカル「ボケは神様がくださった宝物」を思い出した。
もし、これを読んでいる方で、身内に認知症の方がいらっしゃったら、どうか悲観しないで下さい。今まで苦労したり苦しかった事を、忘れているから今は幸せなのかもしれません。もしかしたらこういう解釈は、ただの自己満足なのかもしれない。でも無理に過去を思い出させようとしなくてもいいと思う。私の祖母の記憶の中では、私や弟がまだ小学生のままです。だから私はお正月に祖母に会った時、
「Mintちゃんはちゃんといい子でお留守番しているから、安心してね」
そう祖母に伝えたら、すごく嬉しそうな表情をしていた。それでいいんじゃないかなって最近思うようになった。結構こっちは悲しいし辛いし、もう自分を思い出してくれはしないんだって思うと、すっごく淋しい気持ちになるけれどね…。
- Mint Tea -
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