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最近、「もしも明日が」の口笛を吹くのが癖になってしまった。てゆうか、街中でも普通に歌ってしまうんですけど。コチラ→http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/moshimo_ashitaga.htmまちがいなく時効警察のせいだ。完全に洗脳されてしまってます。。。それにしても、おもしろかったなぁ、霧山に十文字。DVDが出るらしいので、あの先輩になんとかして買わせよう。てゆうか、2やってください>テレ朝さま
2006.04.05
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博士論文執筆の期間中、取引をやめていた株式投資を本日再開。この間、マーケットの動向が完全に変わってしまって、以前より情勢が遥かに読みやすくなっているような気がします。こりゃ、みんな儲かるわけだとはいえ、感覚が鈍っているので、とりあえずオソルオソル。短期上昇期待銘柄をいくつか絞ったうえで、とりあえず本日は挨拶代わりにナカニシ(7716)を購入。半年間、横目で好調な相場を眺めていた鬱憤を晴らします。
2006.04.05
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なんとか、博士論文を提出しました。満足いく水準ではないけれど、かといって、今の能力からすれば、あんなものかなぁ、とゆうのが正直なところです。まだまだ、勉強不足なところは、たくさん、たくさんあることが分かったことだけでも、執筆した意義はあったと思ってます。(もちろん、くれるもんならいただきたいですがね、博士号)それで4月から、晴れてニートの仲間入りを果たしました。心機一転、というか、全くのフリーハンドになりますので、とにかく、やりたい放題やったろうかと思ってます。三十路ニートのイキザマってのを見せてやる!ってな感じです。とりあえず。。。1)統計ソフトの会得2)理論の復習&特訓3)研究テーマ探しのための文献濫読4)英語べらべら計画が当面の作業です。毎日好きなだけ時間が使えるなんて、想像するだけで、楽しいでしょ?ニートって、時間だけが武器ですから。「時間」は、お金で買えない価値がある(プライスレス)。生活費なんて、切り詰めれば、どうにでもなるってもんだ。それよりも、とにかく画期的研究の発表、これが全てです。そして、ついに今月から、理論&実証&歴史の鉄のトライアングルで、共同研究を開始しました。この異分野3人がタッグを組んだことって、あんまないんじゃないでしょうか。ほんと、これまでで最も楽しい日々が送れそうな予感がしてます。ハングリー精神以上に、持続的なエネルギー源となるものはありませんし。とまあ、いきなりハイテンションなスタートです。
2006.04.03
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いよいよ、D論がクライマックスです。てゆうか、まだ出来てないのか!?ってことなんでしょうけど。もう、マジで、終わるから。あと少し。あと少し。で。今はしばしの休憩中。先日、勤務先の主から、退社するにあたって、気のきいたメッセージ付きの皮製栞をいただいた。”あなたにぴったりよ”って。It is by logic we prove, but it is by intuition we discover.なんともいいコトバですな。座右の銘にしやう。感想といえば、現在日経の私の履歴書に連載している、生化学のおっさん。とにかく、偉大なお方だというのが、文面からにじみでている。学問的な業績がどうなのか知らないけど(京大医学部の教授だし、国際学会の会長とかやってるからスゴイ人なのだろうが)、考え方や問題提起が、とにもかくにもすばらしいし、年を感じさせない柔軟さはスゴイ。多分あの人って、最高級の教育者だったんだろうな、とうらやましく思う。是非とも、あーゆー人のもとで研究をしたいもんだ(まあさぞかし厳しいのだろうが・・・)。それにひきかえ、私の知ってる人らって。。。あの人も、そしてまたあの人も。。。ほんとに先生なんだろうか。。。とにかく、泣いても笑っても、総仕上げざんす。
2006.03.26
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最近、どこでもすぐ入力作業ができるように、持ち運び用PCの購入を検討中。本命は富士通のLOOXシリーズ。対抗はVAIOのtipeT。どっちでもいいんだけど、迷うんだよなあ。それにしても。ダヴィンチ・コードは面白い。思わず電車を乗り過ごしそうになる。あーゆー話題がある欧米ってのはやっぱりいいソフトもってんなぁと思う今日この頃。日本にはないもんなぁ、秘密結社。それに主人公が東大教授じゃ、たかが知れてるしなぁ。。。何かが決定的に違うんだな、何かが。
2006.03.16
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博士論文もいよいよ追い込みに入りました。それでも、いまだにデータを、普通に打ち込んでる自分が愛らしく見える今日この頃。あと少しの辛抱です。さてさて。それで、どうも4月からは、ニートっぽい情勢になってまいりました。元来、楽観的な性格だから、特に気にしてもいないけれど、まわりの人たちが心配してくれることだけが、なんとも申し訳ない。先日も上司に、「人生にはこんなこともあるよ」と言って励まされる。やっぱりこの年で職がないのは、負け組みに見えるらしい。ただ、人は逆境でこそ真価が問われるもんだよと、ことある毎に力説してきたものとしては、「今こそ生き様をみせるいいチャンスだ」と自らに言い聞かせてるので、どうぞ御心配なく。人間、転んで、踏まれて、そしてそこから這い上がるってのもいいもんだよ。ここからが本当の闘いだと思ってガンバロウ。それにしても。今年の初詣の時引いたおみじくが凶だったのが、何ともニクラシイ。とゆうわけで。四月からは、 「三十路の途~試練編~」となりそうです。
2006.03.09
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昨日は、とある新年会。2次会はよく行くBARへ。そこで、年賀状の返事を書こうということになった。とゆうのも、郵便番号違いでかなり遅れて到着した年賀状への、返事をどうしようかと思いつつ、昨日まで返事を書かないでいたら、「それはいかんだろう」とゆうことで、じゃあ皆で書こうぢゃないか、とゆうことに。それはいいアイデアだと思い、はがきを差し出した途端、先輩がいきなり真ん中に、下手くそな犬の顔を書き出した。どう見ても、変な生き物にしか見えない。「これはヒドイ」、ということで奪い返し、体を付け足したら、これがまた、ますます気持ち悪い化け物に。ただ、アルコールのおかげで、こうゆうのもアリやな。てゆうか大作じゃんという意見で一致し、帰りにそのままポストへ。どうか笑いのセンスがある人でありますように。で。1つ情報を。今、ポプラ社という出版社で、第1回ポプラ社小説大賞、というのを募集しています。なんでも「10代も大人も夢中になれる、エンターテインメント小説」ということらしく、賞金はなんと・・・2000萬円也締め切りは今年の3月末だから、まだ大丈夫。オイラもD論そっちのけで書こうか、という誘惑に駆られています。みなさんも是非応募しませふ。
2006.01.15
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心の中の思いを、ヒトオモイに吐き出したら、すっきりしました。ホント、人間ってよく出来た動物だ。くよくよしててもハジマラナイ。全てを受け止めて前に進みます。とゆうわけで。本年もどうぞよろしく。
2006.01.11
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あれよ、あれよと月日は流れ、気がつけば、有馬記念も終わり、クリスマスも終わり、ついに明日は仕事納め。もちろん、「じゃ!」っと言って納められるわけもなく、正月以外は毎日出勤することになることは言うまでもない。今も一人で会社。しばしの休憩。で。そんなこんなで31歳。三十路じゃなくなったので、三十一の路だね。まあ、気持ちは30ということで、このままですけど。しかも、誕生日の翌日という、ありえないタイミングで、健康診断の結果が来て、しかも再検査項目があるぢゃあないか。問い合わせれば、「淡白がどうだの、血液がどうだの、もしかしたら、すい臓が問題鴨」とか言われるし。ついに内臓系がきたか・・・しばし、マジべコミ。ってなことを先輩に話すとボソリと・・・「それはスイゾウガンやな。精密検査の前にガン保険に入った方がいいよ」さらりとゆうな、さらりと。とゆうわけで、最近健康の話題に敏感になってしまった。同世代の人たちって、どうなんだろうか、かなり気になる今日この頃。2005年もあと5日、いや、まだ5日もある。最後まで完全燃焼しませふ。
2005.12.27
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本日の日経経済教室には、久しぶりに青木昌彦が登場。最近、全く音沙汰無しなので、どうしてるのだろうと思っていたので、少し安心。実は、大学時代、青木氏らが提唱していた比較制度分析に魅了されたのが、研究者を目指す契機の1つでもあるので、個人的に思い入れが強い。ただ、残念なことに、90年代後半以降、実態の日本の経済システムが青木氏の主張と微妙にズレて推移したことと、そしてさらに悪いことに、一部の経済学部の化石グループに便乗されたことなどもあって、比較制度分析のアイデアは、それほど普及しなかった。ただ、まだ制度研究は捨てたもんじゃない、と僕は信じてるし、いつの日か、ムーブメントが来るのではないか、とも期待してる。そのためには、ニセモノ連中(つまり○経一派)が真似できないような、圧倒的な水準の実績を成し遂げるしかない。まあ、いずれそのうち。で。今となっては、なつかしの青木昌彦に、大学院時代、一度だけ会ったことがある。当時は、まだスタンフォードの先生で髪もフサフサ、元気一杯だった。会話の半分ぐらいが英語なので、ルー大柴みたいだったのが印象的だった。とにかく、こっちの理解などお構いなしに、マシンガンのようなトークだったけれど、どこかオーラを醸し出していた。で、その場の雰囲気で、「僕も制度分析をやりますよ」と言ってしまったことなど、今となっては、ほろにがひ思ひ出、ではあるが、向うは覚えてもいまい。とにかく、まだまだ御健在のようで、何より。で。本日、D論提出書類をゲット。やっぱり、実際手にすると緊張してくる。明日からの意気込みが違ってくるってモンだ。ただ、論文要旨がFD指定なのには驚き。さすがにやめませんか?
2005.12.15
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先日、東京芸術劇場で行われた武蔵野音楽大学の演奏会に行ってきました。これまで、ちょこちょことコンサートには行ってきたけれど、学生メインというのは初めて。大学関係者から招待状をいただいたので、まわりは音大の学長やら、外国人の先生やらがいて、かなり場違いな感はありましたが・・・で。メインは、ブラームスのドイツレクイエムだったのですが、正直、知らなかった。てゆうか、渋すぎでしょう。印象としては、やっぱり若々しくて、みんなよくがんばったな、とゆう感じ。特に目立った人がいないのが、いいのやら悪いのやら。いろいろと難しいのだろうけど、もうちょっと個人にスポットをあてた演奏の方が、楽しめると思うし、刺激にもなるんじゃないでしょうかね。学生なんだし。指揮者は先生なんだけど、あれだって、いっそのこと学生にやらせるわけにはいかんのでしょうか。「のだめ」みたく。ただ、ふと思ったのは、彼ら/彼女らは、このあとどうゆう道に進むのだろうかと。やっぱり、みんな、音楽的にはかなりの才能がある人たちばかりで、僕ら素人からすれば、ものすごいテクニックも持っているのだろうけど、プロで生きていける人って、そう多くはないんじゃないだろうか。N響やら、読響に就職するのって至難の業だって聞いたことあるし。そうゆう意味じゃ、研究者以上にシビアな世界なんだろうな、と思うと、妙に親近感が沸いて来る。一度、一緒に飲んで話たい気もする。とにかく、いろんな意味で、貴重な演奏会でした。
2005.12.07
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これまで見た映画で、現在、まちがいなくトップ3に入る映画の1つが「オールドボーイ」なんだけれど、その続編であり、また復讐3部作の完結編である「親切なクムジャさん」を鑑賞。主演はJSAのイ・ヨンエ。復讐相手は、オールドボーイでは復讐人だったチェ・ミンシク。つまり、前回とは設定が入れ替わってるという、堪らない設定。児童誘拐殺人の冤罪で刑務所に送られ受刑者クムジェさん(イ・ヨンエ)が、真犯人である男へ復讐していくというのが本筋。見所は、なんといっても最後の復讐場面。これから先はネタバレになるから言いませんが、かなり深いです。どうしても最近起こった日本の事件と重なってしまい、その意味でもなかなか考えさせられる。ミステリー仕立てではないこともあって、オールドボーイほどの衝撃はなかったけれど、それでも、よく出来た設定と、相変わらずのグロさと、何といっても先が読めない展開がうまい。半分はイ・ヨンエを見たくて行ったんだけど、その分を差し引いても充分傑作だと思う。ふつふつとした思いとともに、見終わって映画館から出る時に、「もっとキレイな映画がいいわねぇ」とか言ってるおばちゃんがいたが、あんたらは、最近流行っているとゆう昭和30年代を舞台にした例の映画でも、のほほんと見てればいいのよ。正直、年配の方やカップルでみる映画じゃないです。血まみれですし。ただ、それはストーリー上必要なグロさであって、日本映画のような意味のない乱闘・流血シーンではないから、特に違和感なく見れる。久しぶりに、しっかりと作られた映画を見たとゆう感じです。オールドボーイを見た人は、是非見てみてください。ちょっとした関連があったりして、その点でも楽しめると思います。
2005.12.04
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ついに12月。今月で2005年も終わり。そして。今月中にはサーティーワンに。まあ。正直どうでもいいんですけどね、30だろうが、31だろうが。とりあえず、終わりよければとゆうことで。残り1ヶ月がんばりませふ。
2005.12.01
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最近は、毎日、毎日、銅のことを調べております。銅って一見地味だけど、これがなかなか奥が深いし、昔は日本にとって、相当、重要な商品だった(歴史の教科書的には公害の方が有名だけど)。特に明治時代は、ガンガン輸出しており、貴重な外貨獲得産業だった。多くはヨーロッパに向かったんだけど、中国の貨幣用にも結構使われた。で。これは今も昔も変わらないのが面白いんだけど、銅は完全に投機の対象になってたこと。ヨーロッパで買占めなんかが度々起こり、その度に、短期間でありえないほど、価格が乱高下する。数ヶ月で20~30%の変動なんて平気で起こってるからスゴイ。当然、日本も例外ではなくて、明治期に既に世界的な銅投機の影響を強く受けており、いろんな浮き沈みが起こる。そもそも、当時においても価格の基準はロンドンの価格だし、当然、リスク回避のために、大手は普通に先物契約とか結んでる。まあ、それが逆に投機を加速することにもなるんだけど。それに、日本から輸出していた担い手は、多数の外商たちだったというのが、胡散臭くもあり、また魅力的でもある。当時は、日本の商社も銅販売は弱く、横浜や神戸に拠点をおいて活躍していた、イギリスやドイツの外商たちが、日本から銅を送っていた。なかには、日本の会社が仲介していたケースもあるみたいだけど、どれも、乱高下に振り回されて、すぐ潰れてしまう。ただ、詳しいことはほとんど分かっていなくて、この辺が少し壁になっている。どこかに資料が眠ってないかなぁ。だけど。明治の銅取引って何か面白そうな発見がありそうで、ワクワクしながら調査中。
2005.11.30
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さっき、たまたま見つけたんだけど、心から感動したので、備忘録として転載。今年の6月にmacのCEOスティーブ・ジョブスがスタンフォード大で行った卒業祝賀スピーチ。既に広く知れ渡ってるらしいけれど、今日の今日まで知らなんだ。素直に心に染み込んでくる話なのと、あとは、小さなことで悩んでいる自分への励ましをも兼ねて。翻訳は市村佐登美というオカタ。以下で原文も見れます。(http://blog.livedoor.jp/tomsatotechnology/)------------------------------------------------ PART 1 BIRTHありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。 ◆◇◆ PART 2 COLLEGE DROP-OUT こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。 ひとつ具体的な話をしてみましょう。 ◆◇◆ PART 3 CONNECTING DOTS リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、 あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。 もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。(続く)
2005.11.26
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(続き)PART 4 FIRED FROM APPLE 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。 自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。 ◆◇◆ PART 5 ABOUT DEATH 3つ目は、死に関するお話です。 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。 ◆◇◆PART 6 DIAGNOSED WITH CANCER 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだから、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。 ◆◇◆ PART 7 STAY HUNGRY, STAY FOOLISH 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。 スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。Stay hungry, stay foolish.ご清聴ありがとうございました
2005.11.26
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最近、キチンと経済学を復習しようと思い、仕事から帰ってから、毎晩1章を日課にしている。テキストはスティグリッツ。最近の大学だと、マンキューとかなんだろうけど、オイラの大学時代はスティグリッツだったし。で。こないだ、経済理論をやってる後輩に「最近のテキストは何なの?僕らのころはスティグリッツのテキスト初版だったけど」ってなことを訊ねると、「時代を感じますねぇ~」と笑われる。悪かったな。どうせおっさんだよ。くやしいので、最新の第3版を買ってくる。内容は、「こんなわかりやすかったっけ?」というぐらい平易なので、スラスラ読めるし、学生の頃とは問題意識が違うので、いろんな発見があって、なかなか面白い。で。「入門」が終わりそうなので、「ミクロ」&「マクロ」に移ろうと思ったら、なんと翻訳が出ていないことを発見。しかもアマゾンでは、来月原書で第4版が出る予定になっている。そうなると、今さら第3版の翻訳は出せないじゃん。翻訳作業が遅れてるうちに次の版が出ることになって、モメてるのかなぁ。てゆうか、大学ではどうしてるんだろう?「入門」には、「詳しくはミクロ○章参照」と指示してるんですけど。まさか原書か?ただ、今さら1万を越す原著買って読むパワーないしな。こうなったらマンキューに鞍替えしよっかな。
2005.11.20
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今日、仕事帰りにふらっとヨドバシへ。特に目的はないんだけど、新製品とかボーっと眺めるのが楽しい。で。出会ってしまった、U10に。iriverというメーカーが出してるんだけど、最初は操作方法が分からなくて、適当にいじってると、なんと、画面を動かすんだ!右へ、左へ、そして下へ。うぉ~、動く動く。画像もかなりキレイだし、チープ感が全くない。こりゃあ、すげぇ~まじで感動した。動画とか見る人なら1GBじゃ少ないかもしれないけど、とにかくかっちょええわ、これ。オイラみたく音楽聴くだけなら充分。ボーナスが出たら速攻で買おう。詳細はコチラ↓http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20050902/dev127.htmオフィシャルは、http://www.iriver.co.jp/product/?U10
2005.11.16
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最近、やらなきゃいけないことが山のようにあるのに、こうゆうときに限って、本業とは関係のない本を無性に読みたくなる。とにかく、自然に足が書店に向かう。読む時間なんてないハズなんだけど、買ってしまったものはショウガナイ。行き詰ったので、”視点を広げる”とか、何とか自分に言い訳する。で。お買い上げは・・・1)「カラー版 天文学入門」(嶺重慎/有本淳一編、岩波ジュニア新書)子どもの頃は、天文学者になりたかった。今じゃ、全く忘れてしまったけれど。やっぱり、天体観測は男のロマンやね。とりあえず、ジュニア新書を眺めつつ、子どもの頃の夢を振り返るか。2)「巨大投資銀行 上」(黒木亮、ダイヤモンド社)一押しの経済小説家黒木亮の最新作。 バブル期の日本を描いてるようだ。個人的には、未だに実感が全く沸かないバブル時代の夢物語ではあるが、あの黒木氏が当時をどのようなスタンスで描いているのか、かなり楽しみ。3)「新・平家物語」(吉川英治(一)~(一六)、講談社)ついに買ってしまった。しかも全巻。この時期に読み始めるのは、かなり無謀ではあるが、D論を書き上げる前に「滅びの美学」を堪能しないといけないような気がしていたので、いたしかたない。とにかくオソルオソル読み始める。と、こうして並べると、これらは見事に「夢」でつながってるジャン。しばし感動。
2005.11.14
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最近のマイブームは、愛英史+里見桂のマンガ「ZERO」。”神の手を持つ究極至高の贋作者”であるゼロが、美術品から歴史的な品物まで、いろんなモノをホンモノに複製するというストーリー。多分、こう説明したところで、何のことだかサッパリ分からないハズ。ただ実際に読めば、何となく意味が分かってくるから不思議。面白いのはストーリーではなく、中に込められている薀蓄。どこまで正確な話なのかはよく分からないけれど、へぇ~という話が多い。とにかく暇な時に読むにはもってこいです。1話完結だし。マスターキートン系が好きな方はハマルと思います。
2005.11.13
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やっと読み終わった。すらすら読めた上巻とは違い、下巻はなかなか前に進めなかった。話が面白くないからではなく、ダイエーがいかにして堕ちていったのかを描いているから、いろいろと考えつつ読まなければならなかったから。もちろん、あれだけの大企業が衰退していった理由として、トップの経営方針の誤りだけで、実際にどれほど説明しえるのかは微妙だし、また貸し手である銀行の行動や責任についての言及がほとんどないのも、やや客観性に欠けるように思える。ただ、例によって佐野氏の手法は、”徹底的に人をして語らしめる”、ということだろうから、そういった批判はナンセンスであるし、何よりも、本書を読み終えた今、中内氏に対する興味や認識がかなり高まったという意味で、佐野氏の試みは成功している。個人的には、ダイエーが傾いていく過程を描いた後半の方が読み応えがあったし、よくぞ最後まで調べた、と心から賛辞を送りたいと思う。不思議なもので、下巻を読み終わったときには、ダイエー成長期を描いた上巻の話が、遥か遠い昔々の記憶のようにおぼろげになっていた。今となっては「大衆消費社会」とゆうフレーズは懐かしいヒビキとなったけれど、戦後日本の軌跡を知る上で、そしてもちろん現代の社会について考える上でも、貴重な記録だと思う。
2005.11.09
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ここのところ、非生産的作業に追われ、精神的にも、体力的にダウン気味。D論の執筆も全く進まず、アイデアもまとまらず散々たる日々。それをあざ笑うかのように、”経済発展”だ、”効率性”だ、という研究やら、報告が目について、まったくもって眩暈がする。何の迷いもなく発展や成功の歴史に打ち込める人たちは、ある意味うらやましいし、それはそれで、何かを明らかにはしているのだろう。でも。その先に一体何があるのだろう?生きるとはどうゆうことか?考えるとはどうゆうことか?闘うとはどうゆうことか?そして、ぼくらが暮らしている日本とは何なのか?それら全てを考える教材として過去があり、歴史学がある。”発展の歴史”なんて、ただ春の世の夢のようなもの。風の前の塵に同じ。せいぜい短い春を謳歌すればよいよ。ただ、宴のあとには何が残るだろう?そろそろ”平家”を読まねばなるまい。
2005.11.07
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(夜のハウステンボス。1泊したホテルヨーロッパです)10/31から11/2まで、遅い夏休みとして長崎に行ってきました。行く前のイメージでは、サビレタ地方都市かと思いきや、とにかく活気に溢れ、またいたるところで歴史を感じることが出来る、スバラシイところでした。初日は、ベタにハウステンボスへ。平日ということもあり、人はまばらだったけれど、のんびりするにはもってこい。あんなとこまで行ってまで、人込みなんてゴメンだし。年をとったこともあるんだろうけど、とにかくフラフラと歩いては、花や、運河や、風車や、山や、海のすべてを満喫。内部はよく整備されていて、ほんとキレイ。走っている車も、徹底してヨーロッパを演出している。中には閉まってる店もあるんだけど、それも逆に観光地っぽくないりアルさをかもし出してて、個人的には好印象。ほんとにヨーロッパの小さな街にいるみたいな錯覚に陥る。夜は夜で、ライトアップが始っており、一足早いクリスマスモード。ほんとは11/1かららしいけれど、テストということで、点灯されてた。これがまた、”採算は大丈夫か?”と心配になるほど贅沢。とにかくどこもかしこもキラキラ輝いてて、チョーキレイ。規模は小さいながら花火も上がり、音楽と光とのコラボがよく出来てる。とにかくハウステンボスは、かなりガムバッテル。あとは食事がもう少しよければ文句ないんだけど。これからの時期はライトアップもきれいだし、是非オススメです。人が少ないのが、逆に魅力だと思う。ハウステンボスに1泊して、翌日から長崎市へ。長崎市は、山に囲まれた都市で、とゆうよりも実際には、ほとんど山と海の間のわずかな区域に形成された街で、そのためどこにいっても坂だらけ。そのことも影響してか、路面電車&路線バスがものすごく充実している。特に路面電車は、完全に市民の足になっており、どこまで乗っても100円。待ってればすぐに来るし、いたる所に停留所があるから、どこへ行くのにも、ふらっと乗れる。長崎駅からそう遠くないところに、出島、グラバー園、大浦天主堂、香港上海銀行長崎支店、眼鏡橋、オランダ坂と主要な名所の全てが揃っているのがうれしい。グラバー園は広いから、さすがに少々時間がかかるけれど、それ以外は比較的すぐ見れるので、頑張れば1日で廻れる。出島は現在復元中だけど、完成している部分は公開している。夜は中華街へ。横浜と比べると、さすがに小さいけれど、ふらっと入った会楽園というお店のちゃんぽんがおいしいのには感動。焼きそばみたいな皿うどんが、これまたうまい。しかも安い。食べ比べたわけではないけど、オススメだと思います。そして、最終日は長崎港から約14キロ先に浮かぶ高島へ。高速船で30分ちょい。ここは知る人ぞ知る、炭坑の島。今は閉山していて当時の面影はないけれど、それでも何か感慨深いものは感じることが出来る。小さい島なので1時間もあれば余裕で一周できる。島の真ん中にある山に登れば、すぐ近くに浮かぶ島が2つ見える。そのうちの1つが、これまたその道の人には有名な軍艦島。正式には端島といって、石炭が採れた小さな小さな島。ほんとに海に浮かぶ軍艦のように見える。高島には2時間ほど滞在して、再び長崎へ。そして、造船のマチ長崎を確認するべく、飽の浦にある三菱造船所の史料館へ。ただ、思った以上に小さくて、内容も写真がメインなので少々がっかり。建物は古い木造で、1つの歴史的な建造物でした。で。最後に長崎名物だという一口餃子を食すべく、思案橋にある雲龍亭へ。一見、どこにでもある中華屋を思わせる感じの店構えなので、おそるおそる入ると、やっぱりどこにでもある感じの店なので、腰がひける。引くに引けず、とりあえず一口餃子を注文。ただ。これがまた何とも言えずウマイ。”癖になる”とは、まさにこの餃子のことを言うのかというぐらい、まさにヤミツキ。店に入るのには、ちょっと勇気が必要ですが、ホント絶品です。とまあ、最初から最後まで大満足の長崎旅行でした。
2005.11.03
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幕張メッセで開催中の第39回東京モーターショーに行ってきました。もちろん目的はただ1つ。話題のGT-R PROTOをこの目で確認するため。午後から行ったにも関わらず、週末だけあって会場は激込み。当然というべきか、一番人を集めているのは日産ブース。とりわけ、真ん中に特設されているGT-Rの周りには、幾重にも人だかりができていて、しばし順番待ち。映像と音楽がボルテージを高める。で。第一印象は予想以上に小さいなぁ、と。ただしばらくすると、次第に大きく見えてくる。そして、完全に魅了されている。それにしても、ものすごい完成度だ。今すぐにでも発売できるんじゃないか、と思うほど。とにかく。完全に惚れた。これはマジで欲しい。2007年発売予定ということなので、今から貯金をしないと。で。他のブースも確認したけれど、どれもぱっとしないなぁ、というのが正直な感想。遊び心が足りないというか、夢がない。まあ、どこも大変なのは分かるけど。個人的には、光岡、現代、三菱、ダイハツには少し惹かれた。意欲的に取り組んでいる。期待していたトヨタ、アウディは全くダメ。とにかくGT-Rのためのモーターショーといっても過言ではないぐらい、オーラだしまくりだった。(写真もアップしました。画質がえらい落ちてるのが残念ですが・・・)
2005.10.30
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やっとカフェーパウリスタに行った。明治42年創業の、知る人ぞ知るカフェの老舗。”鬼の如く黒く 戀(こい)の如く甘く 地獄の如く熱き コーヒー”とゆうのが謳い文句。”鬼”だとか、”地獄”だとかいう辺りが、怪しげな雰囲気を醸し出し、未知の世界へと誘う感じで、抜群のセンスを伺わせる。銀座の喫茶店では、松屋の裏手にある仏蘭西がお気に入りなんだけど、ちょっと離れたところにあるパウリスタには、なかなか足が向かなかった(てゆうか途中にある銀座ライオンの誘惑に負けてしまう)。で。店内の印象はすごくいい。予想以上に、”モダン”でキレイ。客層も、若いお姉さんから、御年配の夫婦までかなり広範囲。もちろん、タバコをふかしてスポーツ新聞を読むおっさんなどいない。メニューは予想以上より少なかったけれど、オリジナリティ溢れるネーミングなのが面白い。迷ったあげく、ブルマンを超えた自信作という、パウリスタNO.1を注文。値段が良心的なのがうれしい。銀座では、1杯4桁を越す店があるから注意しないといけない。で。味は、酸味が強く、ちょっと苦手だったけど、確かにおいしい。酸味が強いとはいえ、苦味とのバランスがよくて好印象。またカップも凝ってるのがいい。で。店内においてるパンフレットには、ちょっとしたトリビアが。「銀ブラ」は、銀座をぶらぶら散歩する事として解釈されているが、そうではなく、銀座(パウリスタ)のブラジルコーヒーを飲みに行くこと、というのが正しいという説明をしている。当時の慶応の学生たちが作った造語だという。たしかに、ありそうな話ではある。大正時代のハイカラな学生が、銀座にコーヒーを飲んで議論するのに、「ところで諸君、今日もそろそろ銀ブラしようではないか」ってな感じで使ったのかもしれない。
2005.10.30
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突然ですが。誰が何と言おうとグレングールドが大好き。CDはほとんど持ってるし(海賊品は除く)、DVDから書籍、そしてあげくの果てに写真集までゲット。バッハはもちろん、ベトベンも、そして賛否両論のモーツアルトだって、全部すばらすぃ。そもそものヤツとの出会いの1枚は、モーツアルトのピアノソナタ集。ぷつぷつ途絶える、完全にふざけきったトルコ行進曲や、超速の8番まで、まさにやりたい放題だけど、これでハマッテしまった。なかでも特に感動したのは、ドキュメント番組「27歳の記憶 off the record on the record」の中の、バッハの”パルティータ第2番ハ短調”の演奏シーン。1人で、もくもくとピアノを練習している途中で、何度弾いてもうまく弾けない箇所にぶつかり、立ち上がって一旦窓際へ。そこで弾けなかったフレーズを口ずさみながら頭に入れる。で。再びピアノに戻り、途中止まった箇所から、マシンガンのように弾きはじめ、弾き終わると同時に颯爽と立ち去る。チョーカッコエエ♪それにしても。本などから得られる情報によれば、ちょっとやそっとのヒネクレ度合いじゃないらしい。そこに堪らなく魅力を感じるし、また自分と同じニオイを感じる。いつの日か「草枕」を携えてトロントに行こう。そして、周りが引くほどのアマノジャクで、かつ見事なまでに異端児で、またどうしようもない頑固者で、それでいて人一倍ナイーブで、情けないほどの人見知り同士として挨拶しよう。
2005.10.27
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阪神弱すぎだからマジで。パリーグ党から「ロッテが出るまでもなかったな」とか言われるし。ソフトバンクにしてもそうだけど、ペナントレースって一体何なんだろうという気がする。クイズ番組でよくある、”最後の問題はなんと1問100万点です!”、みたいな感じ。来年は1リーグでいいと思う。てゆうか、もう1リーグしかないやろ。
2005.10.26
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「阿片王」に続く佐野眞一シリーズは、ダイエー中内の全容を追った『カリスマ』。これまたかなりの力作で上下2巻ある。とりあえず上巻読了。ほんと例によって調べまくっているので、とにかく”へぇー”の連発。なかでも「主婦の店・ダイエー」という有名なキャッチフレーズが、実はダイエーが考えだしたものではなくて、当時日本で起こった「主婦の店運動」の一環だったというのは驚いた。あと中内が神戸の闇市からスタートしていたことも初耳だった。戦後闇市は、新宿など東京の一部を除いて、詳しい実態はよく分かっていないと思うけど、神戸や小倉が、官ぐるみで支えていたことで機能していたという話は、ダイエー云々を抜きに興味深かった。それにしても。やっぱり戦後の流通のことを話すには、いろんな壁があるんだろうな、というのが文面から伝わってくる。そういう意味で、分析がなんとも中途半端な箇所が多々あるけれど、それは仕方ないんだろうな、という気がする。実はそこにこそ核心があったりするんだろうけど、そこは「聖域」というか、我々素人にはうかがい知ることができない世界なんだろう。それと、これは佐野氏の特色でもあるんだけど、”オレは全てを見通していた”、とでも言わんばかりの記述が気になる。そもそも結果を知った上で書いてるんだし、たとえ同時代においても当事者よりも冷静な目で動向をウォッチしてるんだから、”俺は変化に気づいてたよ”、といいたい気持ちはすごく分かるんだけど、それを言うのは少しもったいない。とゆうか言うべきじゃないと思う。歴史の醍醐味って、当事者の判断はいかに優れていたのか、あるいはダメだったことを明らかにすることにあるのではなくて、当時の状況下で、当事者がいかに考え、そしてその結果何が起こったのかを、客観的に記述することで、当時の問題を現在の目で考えることにあるんだと思う。まあ、そんなカシコマッタことはサテオキ。中内とはどうゆう人で、何を考えて、またどこを目指して事業をしていたのかは、すごくよく分かるし、高度成長の時代とは、どんな雰囲気に包まれていたのかを感じ取れせてくれる貴重な本だと思う。次は下巻。ダイエー転落の道です。
2005.10.25
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久しぶりに見た「世界遺産」がすごく良かった。スウェーデンのヴァルベルイってところにある、巨大な鉄塔が立ち並ぶ無線電信局の話なんだけど、すごく勉強になった。それに何か番組の雰囲気がハイグレード(死語)な感じに変わっていて、ついつい見入ってしまった。1つは、ナレーションがオダギリジョーに変わってるのが大きい鴨。これまでの緒方や寺尾の明快な語り口と違い、ぼそぼそと語る口調が、実に絶妙で個人的にはかなりハマッタ。こりゃ、毎週見なきゃいかんな。
2005.10.23
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「人間の創れなくなった今の日本をひっくり返します」数年前から読めと言われ続けていた、史村翔+池上遼一の『サンクチュアリ』を読む。少年時代、内戦が続くカンボジアで生き地獄を経験した男2人が、帰国後、腐敗しきった日本社会を見て、1人は極道の世界から、もう1人は政治の世界から日本を変えようというストーリー。とにかく問題設定がストレートで、それでいて真面目なストーリーがいい。ヤクザものって結構あるのだろうけど、ここまで政治とリンクさせ、メッセージ性の強いマンガって稀有だろうと思う。怒りの矛先が、1980ー90年代の政治状況にあるので、今読むとあの頃の雰囲気が改めて思い出される。こういった硬派でアツイ日本改造ものを踏まえた上で、今の「20世紀少年」のような壮大な物語へと繋がっていくんだなぁ、と妙に納得されされた。
2005.10.23
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あのヘタレの上田次郎が帰ってくる。てゆうか真面目な話、上田次郎こそ理想の大学教師像だったりする。絶対にあーゆうセンセイになってやる。まずは来月13日のテレ朝。で、来年は再び映画化だとか。回を経るごとにシュール度が落ちてきてるとはいえ、とりあえず必見。ただ、できればドラマ化がいいんですけどね。それも深夜枠で。あんなに良いソフトは、なかなかないと思うんだけど。まあ、とにかく喜ばしい限りっス。
2005.10.22
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知ってる人は知っている、銀座にある日比谷バーのウイスキー専門店。各種ビンテージウイスキーが揃っているお店。大好きな山崎の品揃えはこの店がピカイチ。今月はキャンペーンで全商品39%引きという大盤振る舞い。本日はハナキンだし、行ってきました。それにしても、やっぱりウイスキーはウマイ。ただ、古けりゃいいというわけではなく、それぞれの個性があるし、好き嫌いも人それぞれ。今日飲んだ中では1992年ものが最も良かった。店員さんに進められた1991年は、パンチがあったけど深みが足りない。これまた個人的な意見だけど、何やかんやいってストレートに勝る飲み方はないと思う。今日も店員さんが進める飲み方に従い、ハーフロックやトルネード(ワイングラスみたいなのに入れて飲む)を試したけれど、すぐ薄くなるので何とももったいない。ただ、ストレートばかりだとダウンしそうで怖い。とにかく。ウイスキーはサイコー。次回は80年代に挑戦だ。
2005.10.21
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今でこそ普通にクラシックを聴いているけど、ひと昔前までは、全く何も分からなかった。楽器も全く弾いたことがないし、クラシックを聴くなんて、ブルジョアキドリ以外の何ものでもないと真面目に考えていた。ただ、大学時代の友人に、モーツアルト狂い、通称”モルキチ”がいた。どうみても、ただの大阪出身のあんちゃんなんだけど、モーツアルトを語るときだけは別人だった。”そうないいんならオススメの曲をMDに録ってよ”と言ったのが全ての始まり。そのとき最初に録ってくれたMDが、実にいい選曲だった。最初はよく分からない曲も多かったけれど、何度も聴いてるうちに次第に良さが分かってくる。しかもいいとこ取りではない完全版なのがよかった。いわゆる”どこかで聴いた~”なんて邪道だと言うことで、容赦なく2楽章とかも入ってた。でも、これがクラシックの奥深さに対して興味をもつきっかけとなり、結果的に良かった。そいつがすごいのは、曲に分かりやすい解説をつけて渡してくれたところ。送られてきた添付ファイルには、オレ様のコメント、略して”オレ評”とある。中日の落合よりも、数年早い元祖オレ流。で。久しぶりに読み返してみたら、これが実にイイ。モーツアルトに対する思いがひしひしと伝わってくる。これを読みながら聴いたのが、スムーズに入れたのかもしれない。とゆうわけで。せっかくなので公表しちゃいます。著作権上問題かもしれないけど、そろそろ近づいてきている生誕250年を祝うとともにモーツアルト普及活動の一環とゆうことで許してちょ。* * * * * * * * * * * * * * *モーツァルトMD Vol.1<オレ評>●ピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488この流れるようなメロディの美しさは完璧というものであろう。協奏曲にはカデンツァというのがある。曲の終わりのほうにソリストがその腕前をみせるため、ソロになる部分のこと。この部分は作曲者が作曲する場合もあれば、演奏家が作曲する場合もある。だからこの部分は即興的な要素が大であるが、この曲の場合第1楽章にのみカデンツァがおかれており、この部分をモーツァルトは入念にピアノのパートに書き入れている。つまり、通常は大いに望まれる即興的な演奏もほとんど入る余地がないほど、天衣無縫ということ。第2楽章のはかなさも印象的。●セレナード第13番ト長調 “アイネ・クライネ・ナハトムジーク” K.525おれの中でもまさに原点の曲。おれも最初はオムニバスでクラシックを聴いていて、当然この有名な第1楽章もはいっていた。ある日、この曲にあと3つの楽章があると知り、それを聴いたときの衝撃はおれの人生をかえるほどのものだった。他もええやん!て感じで、それからモーツァルトの曲をかたっぱしから聴こうと思うようになった。聴いてみてわかるように他の楽章もどこかで聴いたことがある曲やろ。ちなみにこの曲、今は4つの楽章で成り立っているが、元はもうひとつメヌエットがあった。その曲がなぜ、いつ、なくなったかは今も謎である。それでもこの曲もまさに完璧といえるものである。●クラリネット協奏曲イ長調 K.622モーツァルト死の年につくられた、最後の協奏曲。同じ年につくられたピアノ協奏曲第27番と同様、晩年の特徴である清澄なスタイルとともに、死期の迫った(作曲して2ヶ月後に死んでる)モーツァルトの心情を情緒豊かに表現している。第1楽章の流れるような旋律は、ピアノ協奏曲第23番と共通するものがある。どちらもイ長調であり、モーツァルトの場合同じ調整で同じにおいがすることがよくある。第2楽章はモーツァルトの白鳥の歌ともいわれる曲で、泣けてくる。●交響曲第40番ト短調 K.550交響曲第39番~第41番までを3大交響曲といい、古典派シンフォニーの金字塔をうちだしている。しかもこれら性格の異なる3曲を、わずか2ヶ月あまりで作曲している。中間にあたる40番は、ト短調という調性(モーツァルトのト短調は論じられることが多い)が示すように、言葉にならない悲劇的な叫びを感じてしまう。哀愁というべきか。なんであれ、第1楽章のあまりに有名なため息音形から、この曲にはまりこんでしまう。●ミサ曲ハ長調“戴冠式ミサ” K.317声楽曲、それも宗教音楽もいれよう。若いころはたくさんの宗教音楽を書いている。(全作品の1割強の割合)詞がわからなくても、曲のよさはわかるだろう。この曲は副題がついているように(副題はほとんど後世による)ミサ曲の中でもポピュラーなもの。オペラのように豊かなオーケストラに優美な旋律、そしてハーモニー。ゆえにモーツァルトのミサは俗っぽいという批評もあるが、そんな批評はどうでもよい。●交響曲第25番ト短調 K.183モーツァルトの数ある交響曲の中で短調の曲は2曲しかない。40番とこの曲で、いずれもト短調である。片や32歳のとき、これは17歳のとき。40番とは違った激しい感情(まさに悩める青春期かのよう)が感じられよう。40番と比較して小ト短調と呼ばれるが、映画アマデウスの主題曲に起用されて、大ト短調に負けない人気を博すようになる。●2つのコントルダンス K.603●3つのドイツ舞曲 K.605モーツァルトは晩年、宮廷音楽家となったが、与えられた仕事は、望んでいたオペラではなく、こういった音楽であった。しかし、片手間につくったと思われるこれらダンス曲だが、実に味のある名曲ぞろい。ここが、モーツァルトのすごいところ。●モテット『アヴェ・ヴェルム・コルプス』 K.618最後の年につくられたこれぞ珠玉の名作。宗教音楽だが、キリシタンでもないおれでも泣ける。弦とオルガンが静かに奏で始め、旋律は澄み切っており、そして天に召されるかのごとく上昇していく。わずか3分の中に、深い宇宙をつくりだしている。
2005.10.20
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勤務先には、妙にいろんなことに詳しい人がいて、”何なんですかそれは?”とか言うと、”オマエはホント何も知らんなぁ”と言ってはいぢられる。そんな関係が、ここ3年間、習慣になってて、定期的に攻撃を受ける。で。今日は平家物語。帰り際に、”日本人なら必読の吉川英治の平家物語は読んだの?”とか言われる。こうゆう言い方のときは完全に確信犯だ。人生のすべてが盛り込まれているらしい。詰め込み教育世代の哀しさで、「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす」ってなことは、スラスラ出てくるのに、肝心の中身はサッパリ知らなんだ。”何だ。京都でカフェを開くのに、まだ読んでないのか”と笑いながら帰って行った。こう言われると、近いうちに読んでおかないと、次の攻撃を受けることができない。ってなわけで、帰りに本屋に寄ってみると、なんと全16巻。おひおひ。最近忙しいんだってば。
2005.10.17
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今、日本経済が大きな変化を遂げつつある気がする。村上ファンドや楽天なんかの攻勢もその1つのあらわれだろうけど、それらの動きも含めて、何かが大きくうねりをあげて変わりつつあると思う。それも単なる世代交代ではなく、新旧勢力が入り乱れた本格的な再編がいよいよ始まったんだと思う。そんな時代に第一線にいないのが何ともくやしいけれど、逆に外から冷静に見届けられると考えて諦めるしかないのかもしれない。これまでにも何度となく言ってきたけれど、この流れから完全に切り離されて、腐りつつあるのが、文科系アカデミックの世界であり、このまま推移するようだと、将来的に、日本の文科系大学なんて存在価値が皆無になると断言できる。ってなことを、とあるセンセイに言うと、”将来、大学は専門学校化するから需要は高まってくと思うよ”、と一蹴された。確かに一理あるけど、一体、それを誰が推進するんだろうか?という一抹の不安は残る。それでなくとも、保守の塊のような世間知らずのセンセイ方が時代のニーズを掴んで、ますます稀少価値化していく人材の育成に貢献できるとは、とても思われないんですけど。きょうびの学生は利口だし、また従来にましてセンセイの存在を相対化して見るようになってるから、時代から取り残されているセンセイ方の出る幕なんてあるのだろうか。たちが悪いのは、センセイ方が何を勘違いしているのか知らないけれど、自分は世間のことを分かってると思い込んでること。ほんと重症。それが淘汰される仕組みなら問題ないけれど、そうじゃないから事態は深刻。我々の世代がどうにかして変えて行くしかないけど、これがなかなか・・・ってなこともあり、村上、ホリエモン、三木谷といった”異端児”には、無条件で共感する。まあ、そんな瑣末なことはさておき。時代が流れ、世界が変わりつつある、今この瞬間を見届けなきゃ、と思うと日々ワクワクする。で、こんな刺激的な今を感じながらも、元来のアマノジャクがまたしても顔を出し、1つの時代を作り、今や瀕死の状態にあるダイエーについて考えなきゃな、と思い佐野眞一「カリスマ」(新潮文庫)を読み始める。少し遅れたけれど中内追悼の意味も込めて。「戦後、神戸から出て大きくなったのは山口組とダイエーだけや」という、何とも深い中内発言に凝縮されている「戦後」を考えるという意味でも格好な本だと思うし。ここにきて、資源、メディア、鉄道、金融、不動産、自動車といった「古い」産業が注目されているけど、個人的には、流通も負けず劣らずキーになると思うので。
2005.10.16
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最近のオトモはもっぱらサザン。特に2曲目の”セイシェル”がいい。哀愁漂うメロディが秋になって少しづつ寒くなってく今の季節にぴったり。ほんと旅に出たくなる、てゆうか出なきゃ。流石にセイシェルは無理だけど、どこか海の近くへ。とりあえずD論のプロポーザル終了。いよいよ追い込みっス。
2005.10.13
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ふと入ったコンビニで、ミニカーが付いた缶コーヒーを発見。てゆうか、どっちがメインかわからないぐらいデカイ。それもそのはず1/72サイズ。なんでも「感動の名車コレクション」とかで、本体のコーヒーはブルボン。おいおい、んなもんみたことねえぞ。完全に抱きあわせ販売じゃん。で、30種類あるという車種の中に、なんと2000GTをハケーン!しかも、スピードトライアル&SCCAのゼッケン33がある。さっきまで毒づいてたのに条件反射で確保しているオノレが哀しい。で。レジに行くと一つなんと498円!缶コーヒーが498円!!ブルボンの缶コーヒーが498円!!!完全にミニカーwith缶コーヒー。でも、まあよく出来てる。店頭で中身が見えているのも良心的ではある。とりあえずコレクションルームに飾ってみました。
2005.10.11
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やっと佐野眞一『阿片王ー満州の夜と霧』を読みおわった。とにかくよく調べてあって、ただ脱帽。分析方法や切り口に関しては、言いたいことはたくさんある。歴史研究の動向から言えば、戦後日本経済の原型が満州にあった、ということは、今さら誰も言い出さないほど、既に手垢にまみれた議論だし、大陸における阿片の重要性は指摘の通りだろうが、そのことが、戦後の日本や中国にいかなる意味を持ったのか、ということが分からない限り、やっぱり”里見甫伝”の域を超えることにはならない。佐野氏のポリシーは、”唯一、そこに生きた人間を、人間だけを徹底的に描き出すこと”であるから、その意味では初志貫徹してるし、それはそれで有効な手法なんだろうけれど、個人的には、”人間の行動が、意図せざるものをも含めて、いかなる結果を生み出したのか”、ということに強い関心があるため、どうしても、もう少し先に進んで欲しかった、というのが率直な感想。ただし、彼が調べた事実は、今後、満州研究において貴重な資料になるといっても過言でないほどの重みを持つだろう。それにしても、改めて歴史ってのは難しいもんだ、と痛感。記録に残っていないからといって、その事実がなかったことは意味しないのだから。本当に大事なものは記録には残らないし、また普段のわれわれの暮らしってのも記録には残らない。だとすると、残ったものを使って描く歴史が、どれほど真実を捉えきれているのかは、実に怪しい。阿片のような問題は、まさにその典型なんだろう。その意味で、佐野氏の仕事から学ぶべきことは実に多いし、とりわけ、我々のような歴史研究者はそのことを、多いに自覚すべきなんだと思う。で。3連休だし、勢いで里見甫のお墓がある市川の総寧寺にまで行ってしまった。しかし。岸信介が刻んだという「里見家之墓」は見つからなかった・・・雨が降ってたということもあるんだけど、お墓をウロウロするってのは、何とも気味が悪くて、あえなく退散。天気のいい秋晴れの日にでも再チャレンジしよう。
2005.10.10
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"KILLER STREET" is wonderful CD.Especially, DVD of extra is good. I got the inspiration from exciting views.The person who wants to do creative work should buy it!
2005.10.04
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日曜日の横浜の夕暮れです。最近の出来事と感想をつらつらと。(こうやって更新しなくなるんだろうか)・学習院で勉強会→ほんとは飲みがメインだったりして・・・・久しぶりに中華街へ→めっちゃうまい饅頭屋を発見。・南翔饅頭店にも行く→ほんまうますぎ。・御徒町で羊料理に挑戦→ちょっと変わった味だけどウマイ。・会社内での引越し→大変だったけどすこぶるキレイになった。・外国人記者クラブで食事→ホントいつ行っても夜景がキレイっス。・サザンのニューアルバムゲト→三十路世代には必須アイテムでしょ。・電車で「閨閥」を読む→面白いんだけど、どこまで信じていいものやら。・ついにトミカが気になりだす→気が付けば買ってる自分が怖い。これからガキ使の罰ゲームを見ます。
2005.10.04
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今日も電車の中でホワイトバンドをしてる人を発見。職場にもしている人はいるし、研究会では某教授もしていた。そもそも、こういった運動にぜんぜん興味が無いので全く知らなかったのだけど、ホワイトバンドをめぐっては、ネット上で、ものすごく熱い論戦が繰り広げられているらしい。それにしても。なんで皆こんなに熱くなれるんだろう。読んでるだけで引くぐらい、露骨に自己主張し、かつ相手に対してめちゃくちゃ厳しい。この点は、賛成派も反対派も似たりよったり。あんなもん、したいやつがすればいいんで、実害はないんだから、ちったぁ、もちつけ。オイラは邪魔くさいからしないけど、好きでやってる分には別にいいぢゃん。で。これで思い出しのたが、例の”人質3人組”をめぐって繰り広げられた自己責任論争。あの時も、ネット上では、熱い熱い論戦が行われた。今回のホワイトバンド論争もあの時と、ものすごく似ている。当時、”危険地域に行ったのは自己責任なんだから三人は救いがたい”、と主張していた人って、今回のホワイトバンドにも否定的なんじゃないだろうか。逆も同じかと。そして、お互いが嫌悪感をむき出しにして、徹底的に批判しあう。相手の話に納得するなんてことは絶対にない。なんで、「正義」とか「平和」とかがからむと人はアツクなるんだろう。ほんと不思議。DNAに組み込まれた本能なのかもしれない。とにかく、こうゆう議論をしだすと、必ず罵倒合戦になるから怖い。論理じゃなく、すぐ感情になる。最終的には、”オマエみたいな人間・・・”とか言い出す、そんなことを考えているうちに、鮮明に思い出したのが高校時代の道徳の授業。映画を見て感想文を書かされた。「いかなる理由があろうと差別はいけないことだと思う」みたく書けば済むのを、超ひねくれ者であるオイラは・・・「中途半端な知識は無意味なだけでなく、むしろ有害であり、こんなことに時間を割くぐらいなら、実態を知る努力をすべきである。実態の深刻さを知らないで、”かわいそう”だとか、”よくないことだ”なんて、今こんなところで主張して、一体何になるのか。差別がよくないことなんて、わざわざ授業でやらなくても誰もが認識している。中途半端な知識や中途半端な同情なんて何の解決にもならない。こんな授業に何の意味があるのか?」みたいな感じで書きなぐって提出した。まあ、若気のいたりではあるんだけど、当時は本当にそう思っていた。すると、当然の如く職員室によびだされ、こっぴどく叱られ、あげくの果てに・・・「オマエが最低の人間だということがよく分かった。帰れ!」とブチギレ。普段は面白いセンセイだったのに、そのときの血相は鬼そのものだった。「じゃあセンセイは差別をなくすために、実際何をしてるんですか?」なーんて言ったことも、火に油を注いだのかもしれない。で。時は流れて21世紀。高校時代、センセイとオイラとがやったバトルが、自己責任論やホワイトバンド論争をテーマに全国規模で繰り広げられているんだと思う。ただ、あんなにアツク論争したのに、しばらく経つと何もなかったかのように、忘れてしまうから不思議。後になって振り返れば、”あの時は、なんであんなにアツクなったんだろう?”と誰もが思ってるハズ。あんなに盛り上がった”人質3人組”のことを、今でも怒ってる人っているんだろうか?ほんと人間の感情って、面白いとゆうか、実に不思議だ。このあたりって、心理学の研究対象になってないのかなぁ。心理学的な研究対象といえば、是非ともアンチジャイアンツを本格的に分析して欲しい。”好きなチームはないけど嫌いなチームならある”とか、”負けるとうれしいけど弱すぎたらつまらない”とかいう人たちって、絶対何かが屈折してるに違いないと思うんですけど。
2005.09.30
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今日は、論文の手直しを行うため、資料を探しに大学へ。ここ数日、雑務に追われてたため放置していたけど、ようやく復活。で。あらためて思うんだけど、やっぱ東大の所蔵量はハンパネェ。必要な資料は、ほぼ確実にヒットする。おかげで補足資料が揃った。それにしても。書庫にいると心が落ち着くというか、居心地がすごくいい。今日も気が付けば数時間経ってた。しかーし!数時間うろついてたのに、学生に1人も出会わないってのは一体どうゆうことなんだ。きょうびの学生は、本なんて借りないのかなぁ。論文だけならオンライン上でも読めるから図書館なんて行かないのか。それとも、効率よく調べてるから、オイラみたくフラフラ彷徨ったり、書庫でデータを探したりしないのかなぁ。あれはあれで、思わぬ発見があったりして、楽しいんだけど。そういえば、センセイにも全く出会わなかったな。ただ国会図書館とか公共図書館とかに行くと、”何のイベントやってるんですか?”てゆうぐらいワイワイ賑わってるから、大学の方が特殊なの鴨。でもこれって、なんだか変だと思いません?
2005.09.28
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先日紹介した、カーマガジンにも登場していた2000GT富士24時間レースの優勝車が常設展示されていたレーシングパレスが、なんと休館らしい。この度、諸事情によりレーシングカー博物館「レーシングパレス」は、2005年8月31日(水)をもちまして休館する事になりました。今までレーシングパレスにご支援とご鞭撻を賜りました皆様には、厚くお礼申し上げます。こんなことになるなら夏に行っとくんだった。御殿場まで行ったのに。でも。展示していた車たちはどうなるんだろう?どこかへ移動するのか?トヨタ博物館とか。どなたか知りません?
2005.09.27
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ようやく「CAR MAGAZINE」の8月号をゲット。2000GTを特集したもので、表紙はホワイト(後期)のデッサン画。おまけとして特別付録のDVD付き。不覚にも買い逃していたので先日ヤフオクで購入。さすがに特集だけあって情報量が多い。しかも写真がすべてカラーというのもいい。富士24時間レースについて細谷四方洋氏へのインタビューもある。あと便利なのが、前期と後期の差を写真で比較している企画。特に内装については、ホーンボタンやドアハンドルも違うなど、いくつかのトリビアがあって参考になった。また、先日メガウェブで見たばかりのスピードトライアル車は、SCCAシリーズの時のスペアカーを改造したものらしい。へぇー。ただ惜しむらくは、せっかく「トヨタ2000GTア・ラ・カルト」と題して、いろんな種類の2000GTを紹介しているのに、不完全ということ。SCCA出場車をはじめ、1966年の日本GPに出た2台がなく、また市販車についても、全カラーバリエーションを網羅して欲しかった。そこだけが少し残念。ただ付録のDVDは優れもの。走行しているだけの映像かと思いきや、なんとドライバーによる実況中継付き!見ているだけでは分からなかった、実際に運転した時の印象などが聞けて感激。3000円で買ったDVDの「名車シリーズ」なんかより遥かによくできてる。2000GTファンなら必携ではないでしょうか。(追伸)先日メガウェブに行った時に撮った写真をアップしました。
2005.09.24
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昨日の夜は、論文決定でうかれていたら、本日、最後の審査が届いた。かなり自信があったやつだったのにダメだし。しかも、なんともあっさりとダメ。反論のしようもないコメントなので、潔く撤回して違うところへ出そう。で。いつも思うんだけど、審査員が1人ってのはいかがなものなんだ。まあ、2人だと、それはそれで大変なんだけど、1人だと半分は運。僕みたいな異端児はかなりに確率ではじかれる。今回なんてまさにそう。そもそも研究の目的が違うのだから。彼の見解も一理あることは認めるが、個人的にはぶっちゃけどうてもいい。そんな瑣末なことをやるために研究してるわけじゃない。逆に僕がやってることは、バリバリの歴史家から見れば、細部がアナだらけ。コイツは歴史の方法が何も分かっとらん、とゆうことになる。そこをどう折り合いをつけて双方が歩みよるかというのがポイント。これまでのケースだと、審査員が2人いるので、だいたい1人が、”ケシカラン!”と激怒し、もう1人が、”こうゆうのもいいのでは?”といった感じになる。で。運良く2人ともその辺に寛大な人の場合、昨日のやつみたく、「反論が出ることは間違いないが、むしろそれは歓迎すべきだ」と応援メッセージ付きがやってくる。まあ、怒る側の理由も分かる。バリバリの歴史家である彼の立場だったらそうしかないのかもしれない。ただ、もう少し歩みよる姿勢があると、いろんな試みが、もっともっと出てくると思う。で。やっぱりダメなものは、次第に淘汰される。だけど今の仕組みだと、入り口の段階で選別されているので、僕にいわせれば、似たような古いタイプのものだらけになる。その結果、学問全体が沈んでいってる。権限をもつものが、中枢部にいる限り、何も変わらない。しかも、悪いことに、最近は定年延長で60を過ぎても全くでていかない。現役の平均年齢が、年々上昇している世界って、おそらく学問の世界だけだと思う。そりゃ、学問が退化していくわけだ。経済学や経営学は、資源の最適な配置をいかに行い無駄をなくし、社会の効用を高めるかを重要な研究課題としている。しかし、学問の世界は、景気が悪かろうが、学問のレベルが停滞しようが、改革なんてどこ吹く風で、センセイ方が自分らの権限を守ることに躍起で、いつまでたっても最適化されない。あげくの果てに、最近の若手は、”非常勤”という不安定なポストで首をつないでいるが、これなんて、所詮安上がりで使えるバッファーにすぎない。これも、すべて既得権益に居座るセンセイらが、能力の低下とは無関係に、いつまでたっても全くイグジットしない、むしろどんどん在任期間を延長していることによる。年をとれば、能力が衰えるのは当たり前だし、新しい研究をやろうという意欲が減退するのも仕方がない。だったら、それにふさわしい資源配分を行う仕組みを作るしかないのに、やつらは逆に伸ばしているんだから、逆最適化だ。「失われた10年」で、企業はリストラを行い、さまざまな改革を行ってきている。その結果、収益性をあげる仕組みとなり、今日にいたる。あの政府ですら、古い仕組みから、新たな方向へ変わりつつある。しかし、学問の世界では一体何が変わったのだろうか?少子化は目の前なのに、このままの仕組みでだらだら行くのか?問題が悪化した頃には、今の現役教授陣は引退して、それでいて「最近は大変だねぇ」なんてほざくのが目に浮かぶ。室井じゃないが、内部から変えるしかないだろう。そうはいかんざき。
2005.09.23
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今日は、初めて神谷バーへ行った。創業は明治13年らしい。もちろん目的はデンキブラン。予想以上においしいお酒。ただオールド(40℃)の方は、ちとヘビー。家で飲むために、お土産としてボトルを購入。で。酔っ払って帰宅すると、5月に提出した論文の審査結果が。ドキドキして開封すると。。。なんとB判定。つまり一発OK。思わず涙が。。。まじでうれしいっス。
2005.09.22
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今日、所要で母親から電話があった。で。その時唐突に・・・”あんた松下政経塾に入る気ない?”と、ほざく。なんぢゃそりゃ!?完全に前原の影響を受けとるわ。”これだから田舎モンは。。。”と、しばし呆れる。そりゃ、今拾ってもらってるところは、来年の3月で任期が切れるし、このままだと、就職も厳しいのは分かってるが。それにしても。母親は見る目があるもんだ。大学への就職はできんとふんでるらしい。”確かに大学教授に対する魅力は、これぽっちも感じないし、新たな刺激を受けるためにも、政経塾も悪かないか・・・”、と思っている自分が怖い。松下政経塾もなめられたもんだ。とはいえ。とりあえず願書だけでも、と思って調べると、今年はもう締め切ってる。来年考えよう・・・
2005.09.21
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久しぶりに亀戸ぎょうざ本店へ。お世辞にもきれいだとはいえない店内で食べる、いたって普通の餃子が、やけに恋しくなるのはなぜなんだろう。やっぱり今日も混んでました。餃子をたらふく食べたので、散歩がてら、ぶらぶらと亀戸探索。で。駅前の”珈琲道場侍”なる店へ。内装は、なかなかいい。古いんだけどキレイ。侍の名の通り、鎧や刀が飾ってある。長いカウンターは、なぜか全席ロッキングチェアー。揺れながら飲むのか?とりあえず、テーブル席へ。いつものようにブレンドを注文。だいたいこれで店の実力が分かる。味は、いたって普通。ちょっと酸味が強すぎるから、むしろ苦手。それに温度が高すぎ。渋みが出るわけだ。これならオイラがいれたほうが断然うまい。”道場破りでもしてやろうかな”、と思いつつも、居心地がいいので本などを読みくつろぐ。で。メニューをよく見ると値段がすべて両。これはちょっとおもろい鴨。さらにメニューをよく見ると、営業時間が7:60となってる。8時ってことなんだろうか?珈琲の御替りが、150両と激安なので2杯飲む。ただ御替りは、日の出から17時まで とある。ってゆうか、日の出から開いてんのかよ!おそるべし珈琲道場侍。
2005.09.19
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”無念だ”といえば、唐沢寿明の、もとい、財前ゴロウの名台詞。で。今日は、無念なことを2つ3つ。まずは、小沢の民主党代表選挙辞退。まあ、いいんだけどさぁ、民主党がどうなろうと。でもいくらなんでも、菅と前原だけ ってのは、いかがなもんなんだよ。なんとも哀れとゆうか、へたれ野党というか。無念だ。で次。今朝の日経の1面に「ソニー、金融事業売却へ」とある。ついに決断したのか、とまるで問題児が、やっと言うことをきいてくれたかのような喜びで、この記事を読んだ。「電機と娯楽に集中」「出井流『多角化』と決別」「ブラウン管開発中止」やればできるじゃんソニー♪これでいよいよソニーも「買い」だな、と久しぶりに御機嫌だったら、何のこっちゃない、速攻で完全否定の記事が。いったいぜんたい、どうなってるんだよ?!ソニーの旗振り機関である日経の親心を完全無視するとは。てゆうか、アドバルーンなのか?全く、外人CEOの魂胆は読みきれんよ。出井路線が間違ってたことは明らかだろうに。やっぱり腐っても出井なのか?早く、ネコに鈴をつけんと、ほんとに腐っちまうぞ。無念だ。で。最後は我らがジャイアンツ。これについては、くどくど言わない。ただ一言。江川はすっこんでろ(怒あー。ほんと次から次に、気分が滅入るニュースばかりだ。アルコールも全くまわらん。とりあえず明日から3連休なので、これから、読みたくてうずうずしていた『阿片王 満州の夜と霧』でも読みます。
2005.09.16
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今、民主党は1つの岐路にたってるんだろう。”ピンチはチャンス”と割り切れるかどうか。ここまで惨敗したのだから、もはや失うものはないでしょう。下手に怖気付いて、中途半端になるのが一番最悪な道。だとすれば、鳩山の言うような話し合いなんかじゃなくて、徹底的に政策論議をやるしかない。若手もベテランも政策で戦えばいいぢゃないか。管も前原も枝野も手を上げて、やりあえばいい。それで、出てこないんだったら、つべこべ言わず従え。小泉と戦うにはそれしかないっしょ。で。今こそ、日本改造なんじゃないっすかね?憲法論議もそろそろ鴨よ。影でこそこそ小泉批判やらんと、堂々とやれ。それでこそ小沢じゃ。
2005.09.15
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