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まだテレビが家になかった子供の頃、ラジオは唯一のメディアでした。新聞や雑誌は読めないので、タンスの上に置かれた真空管ラジオが情報源。ドラマもラジオで聴いていました。「一丁目の一番地」という番組は覚えています。しかし、何といっても音楽はビジュアルがなくても耳で聞いて楽しむものでした。クラシックから洋楽、歌謡曲まで詞はわからなくてもメロディは感じるもの。好き嫌いは子供ながらあったように思います。テレビは昭和35年頃我が家にやってきて、きっぱりラジオを聞かなくなりました。いまだにテレビっ子です。ただ、中学2年(昭和42年)頃からまたラジオを聞き始めるのです。親からテレピばかり観ていないで勉強せよと机の前の逃げ道としてラジオが欠かせなくなりました。特にオールナイトニッポンがこの年始まり、虜になったのです。3時から5時は走れ歌謡曲中学の頃はほとんど寝ていなかった。ただこれも昭和45年(1970年)頃まで。またラジオを聞かなくなりました。休みの前の日NHKの深夜便をかけたまま眠りにつくのです。2時と3時代は音楽特集。昔と比べるとFMが面白くなくなった。FMとAMの区別がつかない。FMをほとんど聴かなくなりました。若い頃は5素子のけっこう大きなFMアンテナまで建てていたのに。
2012年12月05日
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時代の流れをそのまま受け入れ過ごしていた私たちは、その時代を動かしていた人たちがいたことをあらためて、この本を読んで知りました。人と人の駆け引き、思惑が時代を創っていた。「スター誕生」という番組は日本テレビと渡辺プロとの駆け引きから誕生した番組でした。今ちょうどCSの「歌謡ポップスチャンネル」のSOUND VIEWで4時から30分ごと1971年、72年、73年のヒット曲が流れています。今まで読んだこの時代の本には出てこなかった叔父の名前がこの本では頻繁に出てきます。キャンディーズのランちゃんをセンターにした経緯や、ザ・ピーナッツは渡辺プロの最初のタレントだとか、タイガースは内田裕也がつれてきたとかその時代の背景を知るのは面白い。叔父がナベプロにいなかったらここまで興味ももたなかったと思うのですが、人の人生を辿ってみるのも結構楽しいものです。吉田拓郎は時代を変えた。あらためて凄い人だとわかりました。SOUND VIEW 1972年の中で、「結婚しようよ」が流れてきました、他の曲も合わせて、そうやなぁ・・・あの頃はこうやったんやと思い出しました。一昨年死んだ母親も42歳やったんやと普段考えないことまで思ったりして。
2012年12月02日
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