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月曜日、いつものように10時から始まるNHKのニュースを見ようと、TVをつけました。10時ちょっと前だったので、その前の番組のドラマが終わるところでした。そのとき、TVからこの歌が流れてきて・・・。それから、毎日、これが耳から離れないんです。無意識のうちに、メロディが頭を過ぎって行く。そういうことって、ありますよね。小さなとき、遠くの彼方で聴いたような、懐かしさと親しみ。切なくて、侘しくて、そして、とても悲しい。涙が出そうになる。けれど、そんな思いは自分ひとりではないんだ。みんな、むなしい思いを、じっと耐えて生きているんだ。そんな、ちょっとした勇気も同時に感じさせてくれるんです。胸にしみる 空のかがやき今日も遠くをながめ 涙をながす悲しくて 悲しくて とてもやりきれないこのやるせない モヤモヤをだれかに 告げようか白い雲は流れ流れて今日も夢はもつれ わびしくゆれる悲しくて 悲しくて とてもやりきれないこの限りない むなしさの救いは ないだろうか深い森のみどりにだかれ今日も風の唄に しみじみ嘆く悲しくて 悲しくて とてもやりきれないこのもえたぎる 苦しさはあしたも つづくのか(サトウハチロー「悲しくてやりきれない」)
January 30, 2005
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心の病気って、本当はないんですけどね。あるといえば、多かれ少なかれ、みんな心の病気を持っています。ただ、それをどれだけ感じてしまうか、なだけ。私たちは、そんな心と真正面から、向き合っているだけ。それって、すごいと思う。「心と向き合う」ことをしていない人が、そんな言葉(心の病気)を簡単に言うんです。だから、堂々と向き合おうよ。ねっ。ダメな自分は自分が一番よく知っているけど、それでも、いっぱい、いっぱい自分を愛せるようになりたいですよね。
January 27, 2005
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私たちはみな繋がっている!私たちの肉体は、「原子」でできています。そして、それは犬も、猫も、目の前にある机も、椅子もみな同じです。この地球の無数にある原子は、水や空気や食べ物と形を変え、私たちの身体に入ってきます。そして、私たちの肉体の一部になる。そこでまた、私たちの息や涙となって、私たちの身体を出て行きます。出て行った原子は、再び何かに形を変える。そして、また・・・。そうした循環が、地球上では絶え間なく行われ続け、5年もすると、私たちの肉体を作っている原子は全て入れ替わるのだそうです。あなたが昨日流した涙は、今日は私の身体の一部かも知れない。私が昨日笑った吐息が、今、雪となってあなたに降り注いでいるかも知れない。「私たちのからだは、原子のレベルで見ると、地球そのものや動物や植物と原子を互いに交換しながら生きているのだ。昨日、私が吐いた息と共に私のからだから外へ出て行った原子のひとつが、今日は街路樹の枝先に咲いた小さな花のつぼみの中に入っているかもしれない。そして、明日には、そのつぼみをついばんだ小鳥のからだをつくっているかもしれない。そう思うと、私と花と小鳥の命が一つながりのものである、ということが分かってくる。」(龍村仁「地球(ガイア)のささやき」より)私たちの身体は、ありとあらゆる命を取り込んで、私という一人の人間が成り立っている。私の身体の一部は、本だったかもしれないし、かばんだったかもしれない。私の身体の一部は、犬だったかもしれないし、鳥だったかもしれない。私の身体の一部は、あなただったかもしれないし、違うかもしれない。だから、私たちはみんな繋がっている!遠い祖先の命を支えた同じ原子が、いま私たちの身体として生き続いている。それは、いくつもの命を経て、いま、私の身体となっている。江戸時代のお百姓さんの流した汗、ヨーロッパの貴族がしていた呼吸、はたまた、原始時代の恐竜の一部までもが、もしかしたら、いま、私の身体の一部をなしているかもしれない。そう考えると、すごくないですか。私たちは、かつてこの地球に生きた全ての命と一つながりであり、いま生きているすべての命とも一つながりなんです!生きるって孤独な作業だけど、でも決して一人じゃないんですよね。
January 24, 2005
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苦労や楽しさ。悲しみや喜び。絶望や希望。そういうことをいっぱい、いっぱい、感じ取れる「心」。感じ取りすぎて、落ち込むことも多いけど。けれど、そういう心を持っている方が、より良い人生に決まっている、と思う。そう。絶対、そうに違いない。だから、いろんなことを感じ取る心に乾杯!人より、ちょっと得しちゃったね。嫌んなることも多いけど、その分ちょっとだけ多く、幸せも、もらっちゃったね。
January 16, 2005
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人はあらゆることにもかかわらず、人生に「YES」 ということができる。偶然の出来事はない。困難は、必要なだけ、必要なタイミングでやってくる。どんな時にも、人生には、意味がある。この人生のどこかに、あなたを必要とする「なにか」あるいは「だれか」がある。そして、その「なにか」や「だれか」は、あなたに発見されるのを待っている。
January 13, 2005
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アウシュビッツでは、どんな人が生き抜いたと思いますか?これが今日の問です。肉体的に優れた強靭な体力の持ち主でしょうか。それとも、心理的にタフな強い精神性の持ち主でしょうか。強制収容所がどんなに残酷な場所かは、数々の記録や写真で知ることができます。しかし、私の経験の幅(想像の粋)を超えているので、本当に実感することはできません。そんな最悪と思われる状況の中でも(きっと、あなたが最悪だと思っていることは、決して最悪ではありません。少なくとも、強制収容所に収監された人たちに比べれば)、生き抜いた人たち。前出のフランクルは、当初、典型的な収容所の囚人は2つの段階を経て、「退行」していくと考えました。第1の段階は、収容所に収監され、それまでの全人生に終止符を打たれるときです。アウシュビッツに入れられた者のうち、95%はこのときに既にガス室送りになったといいます。残った5%の者を支配するのは絶望です。もう彼には家族もいません。このとき、だれでも「鉄線に飛び込む」(自殺)ことが頭によぎるそうです。しかし、遅かれ早かれ「ガス室に入れられ」ないで済む平均的確率が極めて低いという状況では、あえてそんなことをする必要がないことを悟るのです。「ガス」を恐れるなら、「鉄線」を望むということもありえません。第2の段階は、自分の運命に対する無関心がどんどん進んでいく状況です。部外者には想像できないような、ありとあらゆるおぞましい恐怖や怒りから身を守るために、何事にも感情的に無関心になって、自分を守ろうとするそうです。そして、人間は「無感情の段階」というべき状態になります。それから、フランクルは、人間は「退行」していくと考え、それら人間を観察しました。退行とは、本能的に支配された原始的な段階に心が衰退することだとしています。しかし、そこでフランクルが実際に目にしたものは、多くのものが退行していく中で、退行するどころか、強制収容所の体験を通して、なお内面的に前進し、成長していくたくさんのケース(人々)でした。最初の問に戻ります。実際、生き延びた人は、ごく僅かの運のよい人たちだけです。しかし、その偶然に巡り合う権利を持っていた人たちは(現実には、その多くはガス室に送られましたが)、どんな人たちであったのでしょうか。強制労働の場所へと進む隊列の中で、多くの人は、絶望と失意が心を支配し、何事にも無関心なまま、ただただ脚だけを機械のように前に動かしていました。すると、労働に赴く道の途中で、道端にあった植物が、とてもきれいで大きな花を咲かせました。そのとき、それに気がついて、「ああ、なんてきれいな花だろう」と心の中で感動できる人だけが、生き抜ける権利を持ったのです。現在の私たちの生活では、当たり前のことかもしれません。しかし、もし自分が強制収容所のような状況下に置かれたとき、そのような心をなお持ち続けていられるだろうかと、ふと考えてしまうのです。人間の強さ、たくましさ、そして美しさって、なんなのでしょう。そして、私たち人間に生きる力を与えるものは。「もし私がそれをしなければ、だれがするだろうか。しかし、もし私が自分のためにだけそれをするなら、私は何であろうか。そして、もし私がいましなければ、いつするのだろうか。」(紀元前、ユダヤ教のラビ ヒレルの言葉:フランクルの著書より)
January 10, 2005
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ヴィクトール・E・フランクルは、ナティスの死の強制収容所「アウシュビッツ」から生還した精神科医です。絶望的な状況の下、生死の淵を自ら経験した彼の言葉は、ズッシリと重く私たちの心に響くものがあります。終戦直後、強制収容所から生き帰った彼のメッセージは、「人間は、あらゆることにもかかわらず、身体的心理的な病気の苦悩にもかかわらず、また強制収容所の運命下にあったとしても、“人生にイエスと言う”ことができる」という答えでした。強制収容所でユダヤ人が最も恐れていた人間はだれだと思いますか?これが今日の問です。ドイツ、ナチスの鬼将校でしょうか。それとも、彼らを取り巻く一兵卒。あるいは、ガス室送りを判断するドクター。実は、彼らが一番恐れていたのは、「カポー」と呼ばれる同じユダヤ人だったのです。カポーは、ユダヤ人を監視するために収容されたユダヤ人の中から選ばれた者達でした。カポーは、自分の身を守るために、進んで同じ仲間を告発し、殴り、虐待を繰り返しました。飢えに苦しむ者達の前で、誇示するかのように(彼らには充分に与えられた)食事をしたといいます。(そのいう行為に適したものだけがカポーに選ばれたのであり、普通の囚人を‘悪意’を持って苦しめたようです。)一方、ナチスの親衛隊である収容所所長の中にも、自分のポケットから定期的にお金を費やして、秘密裏にユダヤ人たちのために薬を調達していた(バレたら、彼も罰せられるにもかかわらず)者もいたといいます。ほとんどの強制収容者が死んでいく地獄のような状況の中で、フランクルが学んだものは、「・・・すべては、その人がどういう人間であるかにかかっていることを、私たちは学んだのです。最後の最後まで大切だったのは、その人がどんな人間であるか‘だけ’だったのです。なんといっても、そうです!強制収容所の体験の中でも、その人がどんな人間であるかがやはり問題であり続けたのです。・・・最後の最後まで問題であり続けたのは、人間でした。‘裸の’人間でした。・・・」私たちには様々な出来事が降りかかります。それらは、決して楽しく思えることばかりではありません。むしろ、辛いこと、悲しいこと、心が傷つくことばかりです。しかし、たとえどんな状況であろうとも、そこで問われているのは私たち人間自身なのです。自分以外の何ものでもありません。「どんな時にも、人生には意味がある。偶然の出来事は何一つない。」アウシュビッツを生き抜いたフランクルが、私たちに残した、厳しくも、心温かいメッセージです。
January 7, 2005
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「私は眠り夢見る、生きることが喜びだったらと。私は目覚め気づく、生きることは義務だと。私は働く―――すると、ごらん、義務はよろこびだった。」(タゴール:ノーベル賞を受賞したインドの詩人)
January 6, 2005
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