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「私が人間の心臓を持っていた頃は、“無悲宮殿”に住んでいて、そこには悲しみが入って来れないから、涙というものがどんなものなのか知らなかった。・・・確かに私は幸福だったのだ。もし、楽しく暮らすことを幸福というのなら。・・・」(‘幸福の王子’がはじめて出会ったとき、ツバメに言う言葉)小さな頃、「幸福の王子」という童話を絵本で読んだ。とっても悲しい物語だと感じた。ショックだった!そして、その悲しさが子供の心に深く刻まれて、何日も何日も考えた。「どうして、幸福の王子なのか」と。その頃は、何度考えても分からなかった。悲しみを持つ人たちに身を捧げ、最後はボロボロになって、ゴミ捨て場に捨てられる王子とツバメ。子供の頃は、この話しを読むたびに2人が可哀そうで堪らなくなり、涙が溢れてきた。でも、なぜか大好きなお話しでもあった。今、大人になって、ちょっとだけ分かってきた。なぜ、王子とツバメが幸福なのかを。人生には、悲しさや苦しみが付きまとう。そして、楽しさや喜びもね!!彩りある人生を過ごせること、そうですよね。
March 30, 2005
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なんか、結果は出ていないんだけど、けれど、自分では「がんばれたのに」と、そう思うときがありますよね。たとえ、他人がどう見ようと、がんばれた自分は、自分が一番よく知っている。そこには、がんばれなかった自分も見えるかもしれないけど・・・。自分自身には、嘘がつけないからね。どっちも、ちゃんと観ているんだ、自分は。そう、実は・・・ちゃんとね。両方の自分がいるのは、知っているけど、でも、がんばれた自分を褒めてあげよう!がんばれた自分を、抱きしめてあげよう!この自分の手と‘こころ’で。。いつも、がんばれる自分と、がんばれない自分が、自分の中でせめぎ合っているけど、そんな、自分を応援しようよ!!「がんばったね!自分」って、言ってあげよう。自分自身が、自分にとって、最も素敵なサポーターだからね。
March 26, 2005
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私は「人は生まれ変わる」と思っています。だけれども、本当のことはだれにも分かりません。「死んだらどうなるのだろうか」と、子供のころよく考えて、どうしょうもない恐ろしさに駆られてしまう。そんな経験は、私だけではありませんよね。本当は、大人になった今でも、死への恐怖は常にあって、でも、考えてもどうしようもないから、そのことを避けているのかも知れません。だから、「人は生まれ変わる」と思いたい。もしくは、全く別な死後の世界がある。この世より、もっと素晴らしい世界が。そう思いたい。けれど、そのときに忘れてはいけないことが、2つあると思うのです。一つは、「この世の人生は、1度きり」だということ。たとえ、人は生まれ変われるにしろ、今生きている自分は1度限りだということ。そして、もう一つは「たとえ、生まれ変わっても、この世でどう生きたかは、決してリセットされはしない」ということ。魂は、「どう生きたか」を次の生、もしくは次の世界に引き継いでいくに違いないこと。この2つのことを、私たちは心に刻んでおかなければいけないと思うのです。1度きりの人生、最後に「がんばったね!」と、自分を褒めてあげられる自分になりたいですね。
March 22, 2005
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去年、「21グラム」という映画を観た。その題名の由来は、人間は死ぬと21gだけ身体が軽くなることからつけたらしい。生と死の狭間、それはたったの21g。煙草1箱の重さ。板チョコ3分の1の重さ。スプーン1個の重さ。ポケットティッシュ3個分の重さ。薄い文庫本より、もっともっと小さな重さ。その重さが、身体から抜け出す“魂”の重さなのか。生きていることは、もっともっと「重たい」と感じていた。その重たさから抜け出した私たちの魂は、どこに行くのだろうか。どこに行くにしても、この世界で生きた証を、魂は忘れないに違いない。私たち人間は、所有物はおろか自身の身体まで、死んだら終わりだけど、どう生きたかは、死んでも終わりにはならないだろう。魂は、「どう生きたか」だけは、次に引き継ぐに違いない。そして、それを包み込んで、次の生が始まるのだろう。そう、21gの中には、私たちがこの世で生きていたありとあらゆる重みがインプットされていることだろう。
March 18, 2005
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とても親しい方が、「また、同じようなことを書いているね」と。あっはっはっ。その通りなんです。私が伝えていることは、いつも同じです。自分が信じることを、角度や表現を変えて、語っているだけなんです。信念。それは、自分自身に言い聞かせているのかも知れません。本当は。でも、そうありたいと思っている自分は、真実だから。だから、自分の信じることを伝えたい。真剣に。そう、真剣に・・・。自分の信じることを語る。それは、自分の信じようとしていることを語る、そう置き換えられるのかも知れません。だから、私は、同じことを、繰り返し、繰り返し、語っていきます。でも、それが、いま、わたしに出来るささやかな努力。私が皆さんに伝えたいこと。それは、いっぱいあるようで、たった一つのことかも知れません。一緒に、自分も学びながら・・・。成長できたらね!
March 15, 2005
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幸せの青い鳥を探して、遠くへ旅立ったチルチルとミチル。でも、どこにも青い鳥は見つからなかった。もとの家に戻った二人がそこで見たもの・・・。幸せが来ますようにと人は言う。だけど、本当は、幸せはもうそこにある。たとえ、どんな環境にいる人でさえも・・・。遠くを探しても見つからないけど、幸せは既に自分自身の中にある。どんなに小ちゃくても、いろいろな幸せが・・・。大きな不幸の陰に隠れてしまっているから、すぐ目の前にある幸せに気がついてあげようね。それが、幸せになる唯一の方法だから・・・。
March 12, 2005
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冬の夜って、意味もなく寂しい気持になることがある。虚しいって言った方がよいだろうか。とても不安で堪らない。そんなとき、ふと思う。一体どれくらいの人が、今の自分と同じ気持になっているのだろう?何百人。何千人。何万人。何十万人。もっと、たくさん?きっと、もの凄く多くの人が、この同じ瞬間に、言いようのない悲しい気持ちに堪えているのだろう。この夜の暗闇の中で、不安を感じているのは自分だけじゃない。そして、朝が来れば、その人たちが私に見せるのは、きっと明るい笑顔。昨晩の辛い思いは、微塵も感じさせないことだろう。だから、私も笑おう!明るく笑って、その人たちと接しよう。そして、お互い、また一つ強さを身に着けられたら、それが幸せなことだよね。
March 9, 2005
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生きることの不思議なからくり。生きていると、よいことも、悪いことも、不思議なからくりで巡り合ってきますよね。出会い、別れ、喜び、悲しみ、希望、不安、ツイテル、アンラッキー、・・・。そして、それらがどこかで繋がり合って、絡み合って・・・。また、ひとつの幸福や不幸を生み出す。そして、それも、また次の繋がりを生んでいく。このからくりを運命と言うんでしょうか?生きることって、不思議なからくりだらけですよね。それだから、楽しいのかな。
March 5, 2005
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