

つたえるところによれば、建長五年(一二五三)の夏、日蓮聖人が房州の清澄山から鎌倉へ向う途中亀戸の地を通ったおり、同地の住人で千葉某が聖人の教えに帰依したので、聖人は七文字の題目を書いて与えた。千葉氏はこれを石に刻み亀戸の地に宝塔を建てました。人々は聖人が広宣流布の大願を込めた石であるというので、「広布石」と呼び、参拝祈願するようになりました。
その後、数代を経て、千葉常明の一子、万千代が疱瘡を病んで死にましたが、広布石の功徳により不思議にも蘇生したといわれています。
万千代は成人すると出家して、本所法恩寺の住職日悦上人の弟子となり名を大権院日巧と改め、大永二年(一五二二)大法寺を創立しました。





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