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拮抗状態が望ましい New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2017.12.29
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カテゴリ: カテゴリ未分類
人間の、人間らしい心や、からだや、感覚に属する様々な能力は、「作る(創る)」という行為の中で、進化し、成長して来ました。

(以下、「作る(創る)」を「つくる」とひらがな表記します。)

それは、道具を作る、家を作る、村を作る、社会を作る、歌を作る、踊りを作る、お料理を作る、洋服を作る、文章を作る、詩や物語りを作る、哲学や宗教を創る、遊びを作る、オモチャを作る、絵を描く、夢を実現するなどの行為です。

「育てる」という行為も、「作る」という行為と繋がっています。
「野菜を育てる」ことを「野菜を作る」とも言いますから。

でも、現代人はその「つくる」という行為から遠ざかってしまっています。

皆さんは、生活の中で何か作っているものがありますか。

ちなみに、ただレシピ通りに作るだけ、マニュアル通りに作るだけなら、それはロボットにでも出来る「機械的作業」であって、私が言っているところの「つくる」という行為とはちょっと異なるものです。

私が言っている「つくる」というのは、「自分の頭で考えたり、イメージしたものに、自分の感覚や、心や、からだを使って形を与える行為」のことです。



子どもは仕事ではなく、お勉強さえちゃんとやっていれば、生活や遊びに必要なものはお父さんやお母さんが与えてくれます。



「つくる」という行為で「自分」という存在を確認したいからです。イタズラやイジメも、子どもの「つくる」行為です。


イタズラやイジメをするときには自分の頭で考え、自分の感覚で感じ、自分のからだで行為をしますでしょ。

それは肯定的な意味での「つくる」ではありませんが、「つくる」行為と同じように、自分の存在を確認することが出来る行為でもあるのです。

また、ゲームの中でその欲求を満たしている子も多いです。

「いかに高い点数をとるか」と工夫するのも「つくる」です。もっと直接的に、家や村を作るゲームもあります。ゲームの中で仲間作りもします。

ただ問題は、「ゲームの中で作った(創った)体験」は現実の世界の中ではほとんど役に立たないと言うことです。また、ゲームの中で作ったものは、現実の世界のどこにも存在していません。

ゲームの中でも「つくりたい」という欲求自体は満たされますが、昔の人達が「つくる」という行為を通して学んできたことを学ぶ役には立っていないのです。

でも、本人はいっぱい学んだ気になっています。いっぱい知っている気になっています。いっぱい出来る気になっています。

だから問題なんです。

ゲームには子どもの成長欲求を満たす働きがあるのです。だから子どもは夢中になるのですが、でも、成長欲求を満たすだけで実際の成長は与えてはくれないのです。

そこには幻想があるだけです。

そのような子が現実の世界の中で何かしようとすると、ゲームの中とは勝手が違うので戸惑います。



そして、ゲームの外の世界では自分は無力であることを知ります。だから、またゲームの世界の中に戻っていきます。





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Last updated  2017.12.29 16:41:31
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