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「あ~、湧いたな~… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2019.01.16
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カテゴリ: カテゴリ未分類
物事を認識し、理解していく方法には「部分から見ていく」という方法と、「全体から見ていく」という二種類の方法があります。

科学は「部分から見ていく」という方法を使っています。部分について調べて、その部分を組み合わせることで「全体」を理解しようとしているのです。

例えば、西洋医学では、胃や、腸や、神経や、骨格と言った「部分」を研究することで、その複合体(全体)としての「人間」を理解しようとしています。

ただその方法は、道具や、機械や、ビルなどといったような、「1+1」が必ず「2」になるような素材を使って、無機的な構造体を作る時などには非常に効力を発揮しますが、部分同士が相互に影響し合って「1+1」が「2」に確定されないような対象には応用出来ません。

20kgを持ち上げることが出来るロープを二本使えば40kgのものを持ち上げることが出来ます。
でも、20kgを持ち上げることが出来る人が二人協力すれば40kgのものを持ち上げることが出来るかというと、話はそう簡単ではありません。

一方が、「おまえとなんか一緒にやりたくない」と言えば、それで終わりですから。
そしてそれが現実の世界です。

そして、生き物の世界はそのように出来ています。生き物の世界では「部分」を集めても、「全体」にはならないのです。



そして、からだの具合が悪いときには「部分が故障している」とは考えずに、「他の部分とのつながりがうまく行っていない」と考えます。

会社に例えると、「社員の能力が低いから営業成績が上がらない」と考えるのではなく、「社員の協力体制がうまく行っていないから営業成績が上がらない」と考えるのです。

命の働きにおいては、もともと個々の能力にそれほど大きな差はないのですから。

ただし、これは「どちらの考え方の方が正しい」ということではありません。
本当のことを知るためには、両方の見方が必要だと言うことです。

で、ここからが「気質」の話です。

どうして、「気質」の話のはずなのに、そういう「部分」とか「全体」という考え方について書いているのかというと、この「全体」という視点を持たないことには「気質」のことが理解出来ないからです。

気質には「多血質」(たけつしつ)、「胆汁質」(たんじゅうしつ)、「憂鬱質」(ゆううつしつ)、「粘液質」(ねんえきしつ)の四つの気質があるといわれていますが、この四つは別々のものではなく、「人の命の状態を現す四つの側面」に過ぎません。

その四つの気質の関係は、紙の「裏」と「表」の関係と似ています。
それが別々のものに思えるのは脳の錯覚に過ぎません。
ですから、人は誰でもこの四つの気質全てを持っています。



「気質」も同じです。だから、同じ人でも状況に応じて多血が強くなったり、胆汁が強くなったり、憂鬱が強くなったり、粘液が強くなったりします。

そうやって、「気質の働き」を通して命の状態のバランスを整えようとしているのです。

そして、それが気質の役割なんです。

それでも、「喜・怒・哀・楽」の中の「喜」の働きが強い人もいれば、「怒」の働きが強い人もいます。「哀」の働きが強い人もいれば「楽」の働きが強い人もいますよね。

それと同じように、「多血」が強い人も、「胆汁」が強い人も、「憂鬱」が強い人も、「粘液」が強い人もいるのです。



因みに、多血質の人は「楽」に感応しやすいです。
胆汁質の人は「怒」に、憂鬱質の人は「哀」に、粘液質の人は「喜」に感応しやすいです。

「感情」もまた命の状態の現れですから。
ただ気質は感情よりももっと深いところにあるものです。





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Last updated  2019.01.16 10:51:23
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